星屑の夢 作:ハレルヤ
「ところで、みんなお金は大丈夫なの?」
セリカが心配と呆れを含んだ言葉を発した。
ノノミはチャーシュー麺。シロコは塩ラーメン。アヤネは味噌ラーメン。ホシノは特製味噌ラーメンの炙りチャーシュートッピング。先生はアビドス名物、柴関ラーメン。リョウヤは半ラーメン半チャーハンセットを頼んだところだった。
アビドス高等学校の生徒達も、別に余裕ゼロの生活をしているわけではない。節約優先ならばそもそも外食をしないのだ。
真っ先に返答したのは、笑顔を浮かべたノノミだった。
「私は大丈夫ですよ☆ カードの限度額まで余裕がありますし」
「いやー、きっと先生が奢ってくれるはず……だよね? 先生」
ホシノがシレッと言い放ち、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる先生。数秒停止して、ゆっくりとホシノを見る。次いで反対側を見て、視界いっぱいに壁が映る。
逃げられない! そう誰でも理解するだろう。昨日のリョウヤにしたお説教時と同じように、逃げ場を塞がれている。
真っ先に壁側へ押し込まれた理由を、ここにきて悟った。
「――……か、可愛い生徒達の空腹を満たすのも先生の役目だよね!」
「声、震えてるけど」
「……ははっ」
ホシノの強引さに小さく嘆息するリョウヤの指摘を受け、先生は曖昧な笑みを浮かべた。
なるほど、と注文を受けたセリカが離れていく。無銭飲食にはならないと確信していたものの、普段からお金を出しがちなリョウヤとノノミにまた頼るつもりなのかと疑っていたのだ。
「最初からそのつもりだったんですね……」
アヤネもリョウヤ同様の心情なのか、乾いた笑いを溢している。
「あぁでも……じゃん!」
リョウヤが、両手の親指と人差し指で隅を摘んだのはクーポン券。しかも二十五パーセントオフの五枚綴り。
「コンロ修理した時に貰っちゃったんだよね、これ」
貰った時を思い出し嬉しそうなリョウヤが一枚を点線で切り離し、先生へと差し出した。
「え、いいの?」
「いいよ」
ありがとう! と言う先生の顔には血色が戻り、リョウヤは「誰が払うにしても使ってただろうし」と呟く。
ホシノが先生に奢らせようとした理由に「反応を見て為人を確認すること」も含まれているのはリョウヤにも分かるが、金銭の問題はデリケートだ。最低限のフォローは必要だろう。
「でも、二十五パーセントも割り引いてくれるなんて凄いですね……それを五枚も」
クーポン券を改めて見て、アヤネは感激を露わにした。
「報酬とは別にだよね? 気前が良いなぁ」
「報酬?」
「ではない、ですよね?」
しみじみとした先生の言葉にシロコが首を傾げ、ノノミはリョウヤへと視線をやった。
「壊れた時にちょうどいたしな、俺」
リョウヤは肩を竦めた。
コンロの故障で調理が遅れてしまうという理由と、謝罪の言葉を伝えた紫大将が客席に向けて頭を下げた。その場に居合わせたリョウヤは、すぐさま修理を買って出たのだ。行きつけの店舗なので、迷いはなかった。
そういった状況でも、工房から修理道具を直接引き出せることは役立つ。
「依頼じゃなければ報酬は貰いませんからね、リョウヤ先輩は」
当然と言えば当然なのですが、とアヤネは微笑んだ。
後から報酬を請求することはしないし、依頼にするために交渉することもない。リョウヤが善意から行動することも多いのは、アビドスの借金事情や本人の印象もあって意外と知られていない。
「ただ働きのことも地味に多いよね~」
「ただじゃないぞ、クーポンもらったんだ」
「うんうん、嬉しかったんだよねー」
リョウヤはテーブルに置かれていたクーポンを、文字が読みやすいようにホシノの側にくるりと回す。幼い子供に接するようなホシノも、どちらかと言えば嬉しそうである。後輩三人も微笑ましいと言わんばかりの表情だ。
リョウヤの声が心底嬉しそうなのは出会ったばかりの先生にも伝わるのだから、親しい者達にとってはそれ以上だろう。
その後、料理が運ばれてくると皆で手を合わせる。
生徒達からの評判通りの料理に、先生は大満足だ。
昼食を終えて学校へと戻り解散することになると、あっという間に時間が過ぎ……同日、夜八時三十二分。
モモトーク、対策委員会グループにて七秒間の着信が入った。
発信したのはセリカ。
最初に反応したのは、連絡がつかないことに注意を受けたばかりのリョウヤである。時刻は夜八時三十五分。自宅で、ちょうどお風呂から上がったところだった。
どうした? と短く送信し、既読が付かなかったことを不審に思い、リョウヤはセリカに電話をかける。
「……」
待ってみても応答がない。
リョウヤが発信を終わらせると、三分もしないうちに今度は着信音が鳴り響く。セリカかとも思ったが、画面に表示されている名前は違う。
「もしもし」
「あ、リョウヤ。今のセリカちゃんからの着信なんだけどさ~……」
リョウヤに電話かけたのはホシノ。彼女もまたセリカからの着信に気が付き、折り返しで発信した直後だった。
「誤タップならそれで良し」
「誤タップじゃなかったら?」
リョウヤもホシノも誤タップの可能性は低いと思っている。普段の調子で会話をしているものの、声音は至って真面目だ。
「……学校で落ち合おう」
リョウヤが言うと、電話は終わる。
その後も次々と既読者が増えていき、それぞれがセリカへとコメントを打ち込むも、肝心のセリカからの返答はつかない。また既読者が増えることもなかった。
アヤネがセリカの部屋を確認し、シロコとノノミが念のために二人でバイト先へ聞き込みに。先生は連邦生徒会が権限を持つセントラルネットワークにアクセスを試みた。
結果……セリカは帰宅しておらず、しかしバイトは定時に上がっているが判明。そして、先生はセリカの携帯端末が最後に位置情報を発信した場所を突き止めてみせた。
「――先生の情報通りの場所に、セリカちゃんのスマホ落ちてたよ~」
セリカの携帯の位置情報が確認された場所に赴いたホシノの音声が対策委員会室に響き、すぐさま一度帰るからと通信が切れる。
確認すべきことが出来たからとは言え、判断が早い。行動に焦りが滲んでしまっているのだ。
「セリカちゃんの端末の位置情報が最後に確認できた時に、近くにあった他の端末の情報も見つけられたよ」
ホシノの報告が終わると同時に、先生が入室して来て言った。
先生は「セリカの位置情報を開示する」と提案した際に、リョウヤより一つの頼み事をされていた。それが、恐らくセリカを誘拐した実行犯がいるので、その情報を得ること。誘拐犯が携帯端末を持ち歩いている可能性があると踏んだのだ。
流石! とリョウヤは指を鳴らした。後輩三人も沸き立ち、先生がテーブル中心に置いてくれたタブレットに近付く。
「カタカタヘルメット団……!」
映し出された画面を睨み、シロコが怒りを言葉に滲ませる。
「昨日の襲撃で得た情報に、カタカタヘルメット団の主力が集まっている場所についてもありましたよね?」
ギュッと拳を握るノノミが、アヤネに問う。アヤネは頷くも、難しい表情で続けた。
「ですが候補が複数あるので、それだけで居場所の特定は……」
「全部確かめて回れば良い」
ちなみに確認されているカタカタヘルメット団のアジトは三カ所である。シロコの強気な案は可能か不可能かで言えば可能だが、セリカを無事に確保できる可能性は下がる。
一カ所目で保護できれば良いが、出来なければその時点で他のアジトに情報が伝わり、保護は困難になる……と先生は冷静に告げた。
対策委員会の面々を分け、同時に三カ所に襲撃をかけるのはリスクが高い。こういった状況の時、どうしても人数が少ないことがネックになる。
「……先輩はどうしたら最善だと思う?」
シロコは一人でも行くと言いかねない雰囲気を纏っている。しかし「冷静になるように」と自分に言い聞かせ、先輩であるリョウヤの意見を求めた。
「少し時間をくれ」
暫しタブレットの情報を見つめ、先生と後輩のやりとりを黙って聞いていたリョウヤだったが、意を決して、しかしそれを他者に悟られないように意識して声を発した。
「オペレート室のパソコン借りるな」
ひらひらと手を振り、余裕の微笑みを浮かべて退室していったリョウヤを、ぽかんとした顔で見送る先生と後輩。
オペレート室は隣の部屋にある一部屋だ。正しく言うのなら元々あった教室に作られた、教室の半分もない密室空間だ。
置かれているパソコンは、アビドス高等学校で最も高性能な一品となっている。
複数のデスクトップパソコンに、いくつも並べられたモニターとキーボード。全部がリョウヤとホシノで用意したものだ。電子機器に至っては魔力不可もされている。
ハッキングを行うにも問題のないパソコンだ。
(皆を安心させるのに、
ハッカーとしては未だ半人前だと自覚しているリョウヤにとって、時間との戦いはプレッシャーが大きい。それがセリカの危機なら尚更だ。
後輩と先生に安心してもらうため、余裕のある態度を演じてはみた。だが思い返せば、軽薄過ぎて状況に似つかわしくなかったかもしれない。早まった選択をしてしまった。
「……」
深い溜め息が吐き出される。
不意に、片隅に飾られた集合写真が目に入った。普段この部屋を使っているアヤネの私物だろう。
写真の中には笑顔の自分たちがいる。それを見て、弱音を言ってる場合じゃないと心に灯が点った。取り戻すものがより明白となったのだ。
リョウヤはなんでも出来る人間ではない。
知識に関しては勉強して得ている。教科書や学術書だって何度も繰り返して読んで覚えている。
ハッキング技術は、ここ二年で学んできたものだ。師となった者達とは比べるまでもない実力だと理解している。
それでもやるのだ、と言い聞かせて、両手で頬を叩く。乾いた音を密室内に響かせると、座り心地が良いと評判の椅子に腰を据える。
「――やるか」
手首と指のストレッチをしたリョウヤは、慣れた動きでコンソールを叩き始めた。
対策委員会室に残された者も馬鹿ではない。パソコンを使って、セリカが連れて行かれたカタカタヘルメット団のアジトを割り出す……となると、やることは自ずと絞られるからだ。
ならば、今は信じるのみ。いつでも動けるようにと、装備の調整をして待つことになるのは自然の流れである。
リョウヤが戻って来たのは、ホシノが帰還してからのことだった。
「あ、おつかれー」
ペットボトルに口を付けるホシノは、リョウヤの成功を信じているので普段の緩い調子だ。「おう、おつかれ」と短く返したリョウヤは早々に結論を述べる。
「市街地の端にある、砂漠化も進んでいる方のアジトだった……一応、これ」
リョウヤは自分の携帯端末を取り出すと、数回タップした。すると音声が流れ始める。
誘拐とは関係ないアジトにいるカタカタヘルメット団の雑談だ。
その中には「なんであっちのアジトに集まってるの? 暇なら来いって言われてるけど」「なんかアビドスの奴攫ったらしいよ……あそこ砂漠化してるから行くの面倒なんだよね」等々、赤裸々に残っていた。
カタカタヘルメット団の端末にアクセスし、拾った会話を録音しておいたのだ。セリカが何処にいるのかだけ判明すれば良かったので、ここまで明確な証拠は本来ならば必要ない。言ってしまえば、何処にカタカタヘルメット団が集結しているかが分かるだけでも充分な情報となる。故に成功率は高いと判断したのだ。
「タイミング的にはギリだったけど、知りたいことは知れたって感じだな」
砂漠化している場所まで行くと、携帯端末は完全に電波が使えなくなる。肩こりを解すように右腕を回しながら、リョウヤは一息吐いた。
一同の瞳には、炎が宿っているのが分かる。
場所が分かれば、後は乗り込むだけだ。