洞爺丸召喚 〜青函連絡船、新世界に就航する〜   作:ペジテ市民A

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号鐘、銅鑼、汽笛。そして、信頼される乗客

 第11青函丸の甲板では、船員たちが水平線に目を凝らしている。まだ良く見えていないが、特別視力の良い者は、既にマストの先端を目で追っていた。しかし、船員達が甲板上から、船室の船窓から、そちらの方へ目を向けているのは、その目の良い者から話が広まったからなどではない。

 

 先程から聞こえるのだ。水平線の向こうから。

 

 洞爺丸の汽笛の声が!

 

 ボォォォォーーーーーォ、、、、、ボォォォォーーーーーォ、、、、、ボォォォォーーーーーォ、、、、、

 

 長音が5秒程響き、1分余り感覚を空けてそれを繰り返す。敢えて霧中信号を吹鳴して、到着をアピールしたのだった。

 

カーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーン

 

ターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターン

 

 そして、第11青函丸も返答する。

 洞爺丸が霧中信号を挨拶に代用したのに合わせて、前部では号鐘を、後部では銅鑼を、1分弱の間隔で、5秒間鳴らし続けた。

 

 

 

───────────────────────

 

 因みに、昨年昭和28年の夏に制定された海上衝突予防法15条3項には、こうある。

 

3 霧、もや、降雪、暴雨その他これらと同様に視界が制限される状態にある場合の信号については、昼間であると夜間であるとにかかわらず、左の各号による。

 

一 航行中の動力船は、対水速力を有する場合は、二分間をこえない間隔で長音を一回鳴らさなければならない。

(2号、3号は省略)

四 停泊している船舶は、一分間をこえない間隔で約五秒間急速に号鐘を鳴らさなければならず、且つ、長さ百六・七五メートルをこえる船舶にあつては、これを前部において行う外、後部において、この号鐘と混同しない音調を有するどらその他の物を一分間をこえない間隔で約五秒間鳴らさなければならない。また、接近してくる他の船舶に対して、自船の位置及び衝突の可能性を警告する必要がある場合は、前段の信号の外、連続した短音、長音及び短音を鳴らすことができる。

(5号から10号まで省略)

 

 洞爺丸は、水平線までの距離の変化があった事を理由に、視界が制限されている状況と判断した。と、言う形式である。寧ろ、視界は広がっているのだが、この変化によって各種観測装置の信頼性に疑義が生じ、……と建て付けた訳だ。

 

 第11青函丸もそれに続いて、信号を発した。ただし、第11青函丸は錨泊していたので、第4号に定められている様にしたのである。

 

 この海上衝突予防法を含む幾つかの国内法は、国際条約に沿う様になっている。つまり、大体全世界で通じる規則なのだ。

 

 地球においては。

 

 ここ新世界には、戦後地球世界のもの程洗練された、船舶の安全の為のの国際的規制の枠組みなどはない。精々、文明圏内の共通ルールと、文明圏間を渡る場合について列強間の取り決めがある程度である。

 

 この世界における、国際的に共有される規則、つまり国際法の黎明は、まだ少し後の事だ。

 

 

───────────────────────

 

 時は僅かに遡る。

 

 奮い立って発進した洞爺丸だが、その同胞探索は余りにもあっさりと済んでしまった。発進して30分もしないうちに、水平線上にマストが見え始め、そのうち見慣れた煙突が現れた。

 

 その前から推定されていた事だが、マストや煙突を観測する事で、第11青函丸の角度と、洞爺丸からの距離を測ると、この星の半径は地球の2.5倍であろうと分かった。そう、もはやここが地球以外の惑星である事は明らかであった。2.5倍ともなって仕舞えば、自転や月の引力による影響では説明のつけようが無い。

 

 この事は、洞爺丸船長近松の頭を悩ませていた。

 

 近松や、船員達は水平線の曲率から既に察していた事だが、こうなるといよいよ、乗客に説明しなければならない。ここは地球ではなく、よって日本海でも太平洋でも無い事。直ぐには帰れそうに無い事。どうすれば帰れるのかも分からない事。そんな事を乗客に伝えれば、下手したら暴動である。

 

 まずはじめに、既に集まりつつある、近松が、彼らこそ大勢の乗客に「信頼される乗客」だろうと考えた者達に、この厄介事に協力してもらえるか。これの次第では第11青函丸との合流前にこの船は大暴動で破滅する。

 

 とは言え、合流後でも何か良い方に傾くかといえばそうでは無い。前原事務長の手腕で属員達までは統制出来ている今のうちに、乗客にどうにか今後の方針、つまり、他船への呼び掛けを行いつつ、陸地を探す、と言う事に納得して貰わなければならない。

 

「船長! マスト下から合図。件の、手振りの合図です」

「そうか」

 

 三等運転士の報告に、近松はそう答えて操舵室から出た。

 

 そこには、夜空の下に、6人の乗客がいた。そのうち4人が白人で、2人は若く、中年者の1人は黒い眼鏡を掛けていた。残りの2人は中年の、眼鏡を掛けた日本人だった。

 

「皆さん、呼び出して申し訳ない。私が洞爺丸船長の近松一平であります。右舷側から、Mr.メイスン、Mr.クーパー、Mr.オステン、また、Mr.ハウ、そして、吉留殿、太刀川殿。これで、間違いありませんか」

 

 6人は皆問題なしとした。

 白人は、黒眼鏡がメイスンで、中年の厳しい表情をした白人の男が、ハウであった。そして、最も若い、赤毛の男がオステンで、少壮の、黒い巻き毛の男がクーパーだ。メイスン、クーパー、オステンは宣教師で、ハウは米軍人である。

 

 また、日本人は、強気そうな小男が吉留で、痩身の方が太刀川。両氏共に社会党右派の代議士であった。

 

 近松は続けた。

 

「この度は、皆さんに、どうにか協力していただきたい事があって、こう集まって貰いました」

 

 吉留がそれを聞きながら、他の5人を見渡し、そして溌剌とした鹿児島訛りで言った。

 

「船長殿、こん船内で私共が役立つ事とは何ですか。どうにもどう言う集まりか分からん顔ぶれだ。まるでどっかの会館で、今から講談など始められそうだ」

 

 吉留の冗談に、太刀川とメイスンが微笑んだ。ハウやクーパー、オステンは、メイスンの方を見て、どこか納得した風であった。

 

「いえ、それはまた後に。今、私がお願いするのは、本船のこれからの方針について説明に協力していただく事です。その為にまず、現状をはっきりと説明申し上げましょう」

 

 それに、6人は真剣は面持ちで近松を注視する。ハウは、メイスンに耳打ちし、メイスンは頷く。そして、流暢は日本語で言った。

 

「この状況は、我々には異常である事しか分かりません。我々も今まで乗り合わせた皆さんを落ち着かせようと苦労しておりました。特に、このハウ少佐は、異変にいち早く気づいた米軍人達を抑える事に指導力のあらん限りを尽くしておられた。これ以上彼らを抑えるには、納得できる詳細な情報が必要だそうです」

「それは、本当に苦労を掛けました。有り難く思っとります。その事を見込んで、お願いをする次第であります。もちろん、全てお話します。宜しいですかな」

 

 近松はそう答えると、今の時点で分かっている事実を語った。6人は険しい表情で、時折眉間に皺を寄せ、或いは明るい夜空を見上げながら聞いていた。一通り説明が終わると、次々に質問が投げかけられて、質疑応答のようになった。それが終わると、近松はこう問い返した。

 

「この件、どう説明するのが吉と思われるか」

 

 まず、ハウが答えた。と言っても、メイスンを通じてだったが。

 

「ハウ少佐は、公務中でない者も含め、米軍人全員をこの事態が解決するまで指揮下に入れ、その上で、全て説明するそうです。また、事態が長期化した場合、食料の調達などに協力する代わりに、優先的な物資の配給を求めると」

「分かりました。第11青函丸と合流した後に、船倉から釣具を持って来させましょう。そして、今後食料については、可能な限り制限され、場合によっては乗客から供出してもらう事になる。最大限捻出しても、絶対量は少なくなってしまうが……」

 

 近松の返答に、メイスンを介してハウが了承した。

 

「飢える順番が、この船の船員の一つ前であれば良いとの事ですよ」

 

 次に、太刀川が答えた。

 

「乗客にも、全て話してしまった方が、禍根を残しません。長期戦になりそうでありますから。そこで、私ら代議士2人と皆さん宣教師3人に分かれて、船室を回っていく形でどうですか。船長殿には、放送で説明をしてもらう。ボーイには下手な事は言わせず、『詳しい説明を受けた者が来るから、その者に聞いて欲しい』と、この様に言っておかせて、我々が『なんでも聞いてくれたまえ、私の知っている以上の事は、船長も知らない』と、この様に言う。代議士が問い詰めたのだと言えば、誰も納得するでしょう」

 

 これには、宣教師達も賛同し、その様にする運びとなった。ハウは、早速米軍関係者の集まる船室へと向かい、残りの者は、船長と共に放送の時間などを打ち合わせた。

 

 そして、いよいよ第11青函丸が近づき、後30分と言う所になって、船内に近松船長の声が響き渡る。

 

『私は、本船洞爺丸船長の、近松一平である。今から、この洞爺丸が置かれた、普通ならざる状況について、説明する』

『──乗客と船員の諸君に置かれては、どうか我々が無事に帰着するまで、協力して貰いたい。以上』

 

 その後、代議士、宣教師に加え、船長と運転士1名が船中を回り、大変な騒ぎの後に、演説、質問、答弁、説教の経験が功を奏してか、乗客一同、一旦納得して、協力すると言う風になった。

 

 その頃には、洞爺丸の汽笛、そして第11青函丸の号鐘と銅鑼の音が船内でも聞こえていた。乗客への説明において、これが助けた所も大きかったと、太刀川は後に回想している。

 

 

 




2/7 吉留の描写を変更。発言を方言混じりっぽく。雰囲気だけですが。
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