洞爺丸召喚 〜青函連絡船、新世界に就航する〜 作:ペジテ市民A
「賑やかになったものだ。海峡でもお目にかかれないぞ」
洞爺丸船長の近松は、操舵室から船尾の方を眺めて言った。2列の太い煙突の間から覗く後方には、洞爺丸の航跡が、白く残っている。そして、その上を、3隻の船がなぞる様に追随している。その列の最後の船、つまり日高丸の右舷側の30度程後方に、列に加わろうと面舵に取っている船があった。これが十勝丸である。
東の空から光線が伸び、日が昇り始めた頃、洞爺丸は無線が通じた4隻の僚船との合流を完了したのであった。洞爺丸が先頭となって、第11青函丸、北見丸、日高丸、十勝丸の順で1列に続いていた。それはさながら海軍艦艇の単縦陣の様である。船員の中には、戦時中の護送船団の陣容を思い出す者もいたが、それとはやはり趣きが異なっていた。
国鉄の列車と連動して働く青函連絡船は忙しい。こうして晴れた空の下を、5隻もの船が船隊を組む光景そのものが、よく知る者には摩訶不思議に思えた。
近松はその光景を目に焼き付けようと、じっくり眺める。私物のドイツ製レンジファインダーカメラで撮影してもいたが、現像出来るかは分からない。もし無事に陸を見つけたら、或いは、函館でも青森でも、日本に帰る事が出来たら、今の光景を絵に描かせよう。そうしたらあの寒い待合所にでも飾られるんじゃないか。
自分を鼓舞する様に、近松はそんなことを考えていた。
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日がすっかり昇った時、船長会議の決定を待って、洞爺丸等は流されないために低速で航行していた。各船の通信状況が回復した事で、船長会議は各船の無線室で行われていた。
会議が終わり、近松が操舵室に戻って来て、指示を出す。
「これより、陸地を目指す。針路を西南西240度に! これは各船の航海士の判断を元に、船団の司令となった私、近松一平が決定したものである」
取り舵一杯、操舵手が指定された方位に針路を合わせる。舵を中立にして、船首が針路に向くと、洞爺丸は巡航速度まで加速した。他の4隻もそれに続く。艦隊運動の様なものは商船乗りには慣れぬ事だから、曲がる時だけは航跡はバラバラになったが、その後はぴったり重なる様に1列で、西南西へとあるべき陸地を目指して向かうのであった。
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「レーダーに感あり。正面、西南西243度。距離13.5マイル」
西南西に針路を合わせて3時間余り。ようやくレーダーがなにかを探知した。しばらくすると、羅針船橋から、あれは船舶のようだとの報告があった。
それから、肉眼でその船が見える様になるまでの間、船橋の船員たちは、その船に乗っているのがどんな者なのか小声で論争していた。ここが地球ではない惑星だと信じきれない者達は、日本人かロシア人、或いはアメリカ人だろうと言い、日本人やアメリカ人なら話が早いが、ロシア人だと面倒だと心配した。ここが木星であると主張する者は、土星人の船だと言った者を「お前さんには輪っかが見えるのかい」と笑った。中には、この海は死んだ船乗りの行く霊界だと主張する者もいて、彼は、あれこそ鬼神の船だと言った。
そのうちに、船橋の屋上で見張りをしていた船員が、問題の船を肉眼で捉えた。そしてその特徴が操舵室にも伝わる。
「機帆船!」
近松は見張りの船員が写生したその船の姿を見て、声を上げて言った。
「この船型、おそらく沿岸海運用の機帆船だ」
近松はそう判断し、この海域が間違いなく沿岸であると喜んだ。それに対し、近くにいた1等航海士は、近松の判断に疑問を呈す。
「これが機帆船ですか。やー、機帆船には違わんのです。しかし、あんまり見る形じゃあない。これでは沿岸用とは限らぬように思われませんか。機帆船と言うだけでは、この特殊事情下決め切れませんぞ」
「確かに、早計だったか。しかし、これはアメリカ西海岸の沿岸で使われとる蒸気スクーナーに近い」
「アメリカの。なるほどそれは見慣れんわけです。期待は持てますけね」
「ある、程度はな。もしかすれば、山海経にでも伝わる異形の船乗りかも分からぬわけだが」
そんなやり取りを経て、機帆船と洞爺丸船団はさらに接近した。船橋からも目視出来るようになったその船には、ちゃんと人が乗っていた。どうやら帆走中の様で、前後2本のマストには白い帆を張っている。煙突から煙は出ていなかった。
しかし、問題は直ぐに浮上した。汽笛、銅鑼、信号旗、光など、あるだけの手段で通信しようとしても、返信されないのである。無線は一番最初に試して、駄目であった。
いや、返信されないとは語弊があるだろうか。機帆船は確かに模様の描かれた旗を次々に揚げて、なんらかの合図を出して来た。それは、洞爺丸の発信に対する返信の様に見える。しかし、肝心の旗は見知らぬもので、少なくとも地球で国際的に通用されていたものではなかった。
「これまでの方法で伝わらないとなると、やはり文明を共有しない相手という事か」
近松は航海士にそう言って、カッターを下ろし直接対面する準備をさせた。また、メイスン宣教師やハウ少佐にも言って、宣教師や軍隊が用いる、異邦人とのコミュニケーション手法を参考する為に意見を求めようともしていた。
そして、いよいよ洞爺丸船団と機帆船は、互いに甲板にいる者の顔が分かる所まで接近した。機帆船は風雨に耐えてぼろぼろといった風体である。この航海のうちに嵐にでも遭遇したかの様だ。
また、よく見える様になった機帆船の船乗りは、金髪の白人で、その髪型は、青函連絡船の船員に言わせれば「おかっぱ」であった。服装はピッタリとしたセーターに、下はジーンズだ。それを見て、ある船員が叫んだ。
「アイツらはアメリカ人か?」
その時、見張りをしていた船員が慌てて操舵室に駆け込んで来た。船員の報告は信じ難いものだったが、彼が視覚聴覚の鋭さでは並ぶ者の無い男で、洞爺丸にレーダーが取り付けられるまで、電波探知機と言ったら彼と他数名を指す単語であった程だ。
だからこそ、操舵室は彼の報告を信じそれに応じた対策を実行する。たとえそれが、
「やつら日本語を喋っている! 口元からは判断できないが、確かにあの船の方から日本語が聞こえて来た!」
という荒唐無稽とも思えるものであっても。
そうして、洞爺丸の船橋に取り付けられた拡声器から、日本語で呼び掛けが行われた。
『えー、本船前方の機帆船。こちら洞爺丸。聞こえますか。聞こえたならば、何か旗を3往復振っていただきたい。旗を3往復振っていただきたい』
機帆船に十分接近した洞爺丸船団はもう停止していたが、機帆船は帆に風を受けて、若干の速度で近づきつつあった。
その機帆船の甲板に立った船乗りが、先程の意匠付きの旗を掲げている。そして、それを大きく振った。一度、二度、三度! 日本語が通じたのだ! そして、洞爺丸の呼び掛けに応じる様に、いや、まさに応答である、船橋でも聞こえる程の大声が返ってきた。傷だらけの露天船橋で、1人の男が叫んでいる。
「洞爺丸へ! エル・カスプより! 本船は! ナーカル蒸気船会社所属! エル・カスプ! 貴船に本船の曳航は可能か!」
レーダーについて修正