洞爺丸召喚 〜青函連絡船、新世界に就航する〜 作:ペジテ市民A
ムー北部の都市ナーカルの資材輸送船エル・カスプ。その船長であるエルターは、青函連絡船洞爺丸の操舵船橋にあって、内心感激していた。
それというのも、先の談合の中で、
「青函連絡船5隻は暫定的にナーカル港を母港とする」
という方針が示されたからである。これはエルターがナーカルの埠頭に相応しい寸法のものがあると証言し、また諸契約についてエルターが協力する事を約束したことが大きかった。彼はナーカル港の新たな主役となるべきこの船の威容に興奮しているのだ。
この5隻が揃って母港とするナーカル! その評判は南部の港湾都市マイカルにも伍するものとなるに違いない。これで北部の誇りを取り戻せる。北部人として、エルターにはここ20年余感じたことの無い期待が溢れるのだった。
ムーの経済を説明するには、南北戦争から説明するのが良い。中央暦1609年現在の経済は、あらゆる分野で膨張を続ける南部の大企業、挑戦者である新興企業、そして守勢の北部企業という構図であるが、これは南北戦争終結以来続く流れである。
それ以前から有数の都市ではあったのだが、27年前に始まった南北戦争がその4年後に終結すると、自由貿易を主張していた南部は政治的勝利を納め、マイカルなどの南部港湾都市は大いに栄えた。国際貿易に関して南部は、海が荒れやすく、大陸間を渡るにはまず沿岸を南下しなければならない北部に対して圧倒的に優位であった。
そうして、元々農業が主だった南部において、まず軽工業が急激に成長したのだ。これは軽工業製品が対魔法文明への輸出に強い為である。最初の5年で南部の軽工業は北部のそれに並んだ。
続いて、大陸南部からの資源輸入が始まり、特に一定の科学技術を習得していたマギカライヒ共同体ではムー南部の資本も入って大々的に資源開発が進められた。資源面での優位性を失った北部は、重工業でも沈み、機械工業など南部企業に席巻されてしまっている。自由貿易の解禁で恩恵を受けそうな造船業ですら、北部造船企業の多くは短い戦後不況を耐えきれず、造船業は南部のリグリエラ・ビサンズ社に支配下に収まってしまった。
エルターなど北部の人間は、
「北部の造船所に、リグリエラ・ビサンズ社の如くライバル企業と合併し、更に鉄道部門を売り払ってまで造船所の拡大を行う事が出来ていれば」
と嘆くが、リグリエラ・ビサンズ社が隆盛を極めたのは、本拠地を置くラロトンガ市政への影響力とそれを元とした地元軽工業への巧みな投資の存在も大きく、軽工業の爆発的発展がなかった北部では再現出来なかっただろう、と言うのがムー財界人の認識である。それを言った後には、
「そう考えると戦後不況が直撃した北部企業の雄ガエタン工業こそ、よくぞ生き残ったものだ」
と返すのが、北部の顔を立てた典型的な会話のパターンであった。
兎に角、その後不況もありながら、この潮流は変わっていない。いわゆる南北問題と言われる程に定着してしまっている。こんな現状をどうにか打破したい、と言うのが北部の人々に広く持たれている思いである。エルターの様な船舶関係者ならば、「それを船で」という願望を持つ。
このような背景があって、エルターは青函連絡船に並々ならぬ期待をかけているのである。そして心底、内航船でよかった、と思う。外洋を征く船ならば、ナーカルに留めておくのは難しかった。
エルターはこの奇跡に感謝して、まず洞爺丸らを港に届ける為に腕を振るって働くのであった。
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洞爺丸船長の近松が深刻そうにエルターを呼んだのは、彼がナーカル港のタイムスケジュールを持てる限り書き出して、5隻の受け入れ交渉について考えていた時だった。
「エルター殿。外を見に来てくれ」
近松の口調は慣れて砕けていたが、声色は言いづらい事を言うようで、嫌な予感がする。
「我輩が思うに、ナーカルが見えるのはまだ先の筈だ」
エルターはそう言いながら窓際へ歩いた。窓の外を睨み、思わず眉間に皺を寄せた。
「黒煙が上がっとる。あれはその、ナーカルの町の方だろうか」
「その筈だ。火事か、多いな」
窓の外、洞爺丸の正面の水平線からは、黒い煙が立ち昇っていた。淡い煙ながら何筋も上がっており、エルターには小火の多発かに思われた。
しかし、近松はそれどころでは無さそうな形相だ。
「何かあるのか。小火は良くある。ナーカルでは煉瓦造りもあるが木造の方が身近だ。木は良い。断熱性が高い。時に燃えるが、霧の街だ。そう広がりはしない。──あれは古風で美しい曲線破風の街並みだ。急勾配の屋根から魔に通ずる鋭角を取り払った伝統の様式。地球時代からの伝統だと耳にした事があるが、そちらでもやるのか」
エルターは町の話をして近松の気を紛らわせようとするが、近松は少しも安堵した素振りを見せず。こう返した。
「俺は函館、──この船の母港のな。函館の大火の後、船の上から未だ燻る焼け野が原を見た事があるが、そっくり似ている。嫌な予感がするのだ。何か、肌で感じるものが無いか」
それを聞いたエルターは、思い当たるところがあるのか、しばらく黙って立っていたが、突然ズカズカと船橋の端へ歩いて行き、側面の窓から身を出した。黙りこくり、目を細めて風を受ける。そして、ゆっくり追ってきた近松にこう言った。
「いや、肌ではない。臭いだ。風が煤臭い」
それはちょうど、夕凪が終わった頃のことだった。
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水平線から立ち昇る黒煙と近づくにつれて強まる風に乗った焦げ臭さから、誰もが惨状を予想していたが、水平線に現れたナーカルの町はそれを超えた悲惨なる状況であった。
ナーカルの町があったらしいそこには、焼け野原が広がっていた。
東京の者ならば、大空襲か大震災の後に残った焼け野原を思い浮かべただろう。北海道の者ならば、昭和9年の函館大火か、戦争末期、米海軍の戦艦であるアイオワ、ミズーリ、ウィスコンシンの16インチ砲計27門から放たれた860発もの砲弾に晒された室蘭、米海軍空母機動部隊に空襲された釧路、根室の惨状を思い浮かべるに違いなかった。
ナーカルの街並みはまるで焼けてしまっている。港の付近には屋根が焼け落ちた煉瓦造りの倉庫が並び、狭く帯状の平地の様子はそれに隠れて見えないが、山を駆け登る様に迫り上がった奥の街は黒焦げで、欧州唐檜の森の様にすら見え、所々から細く煙を立ち昇らせていた。これが煙の正体らしい。
その様子を船橋から茫然と眺めていたエル・カスプ幹部の1人は、
「旧市街が……」
とぽつり呟く。
それでも、町は死んでいないようだ。洞爺丸船団が近づくと埠頭では両手を振る者が何人も現れ、焼け残った支柱に旗を揚げて合図を送って来た。対する洞爺丸はエル・カスプから運び込んだ旗で、「避難のための入港」「曳航中」「水先案内人を求める」を合図した。
まもなく、幌から突き出た煙突が特徴的なボートがやって来て、水先案内人が移乗した。
船橋に登って来た水先案内人は近松に、
「こんな大きな船は初めてだが、上手く入れて見せよう。と言ってもコスタン岸壁がガラ空きだから心配ご無用だ。艫付けで間違いないかね」
と言い楽しげである。
「船長、あなたの船はムー、いやこの世界では相当巨大な部類だ。災いの後に現れればまるで神話の英雄の様に見える。これから会う者達は皆素直に喜んでいるものだと思うのが良い。大きな船にはしゃいでしまうのは、そう……、分かるな」
エルターがこう言うと、町が焼け野原であるのにいい笑顔をする水先案内人に眉を顰めていた近松も、「ああ、なるほど」と合点し、水先案内人に対して自慢するかのように、洞爺丸から第11青函丸、北見丸、日高丸、十勝丸まで、一隻一隻の諸元を説明していった。そうする事で水先案内人が元気付き、ひいては仕事の精度が上がると考えたのだ。近松も、偉大な数字に喜ぶ男の稚気はよくよく理解していた。
そうして、各船に水先案内人が乗り込み、またエル・カスプは曳航索を外して別の曳舟に移され、順を追ってそれぞれ岸壁へ移動を始めた。結局、日が沈む前に青函連絡船5隻とエル・カスプを岸壁に係留する事が出来た。
外がこれでは乗客は降ろせなかったが、乗客たちもあの台風な只中から来たのだから岸壁に着いた事で大いに安堵していた。
そして、吉留、近松、太刀川の3人が、エルターと共にまず上陸し、諸々の接触と、何より食糧の融通を求める事になった。食糧絡みの響く言葉は農民運動出身の吉留の方が持っていようという事で、千人以上の分の食糧を被災地から融通してもらうという難事業は彼に任せられている。近松、太刀川はそれぞれその交渉の為の材料を持っており、また代表団にちょうどいいという事で同行する事となったのだ。
この世界の大地(と言ってもムー大陸で元々は地球由来)に最初の一歩を踏み出した日本人は吉留で、近松、太刀川と続いた。また、最初のアメリカ人は護衛としてハウ少佐に随行を命じられたクック大尉だった。彼はこの任務に就くにあたり中尉から野戦任官で昇進している。この時点でハウは米軍人は交渉を代表団に任せると決定しており、彼が随行したのはアメリカ人の名誉とファミリーネームの面白みの為だった。つまり、
「『
『
というわけだ。
そうして、彼らからなる代表団は、焼け残った河辺の倉庫に置かれた、ナーカル市臨時役場へ向かうのであった。
独自設定が一気に増えて来たのでタグに付けます。
多分作中で説明しないのでここでやっちゃいますと、
エル・カスプを襲った低気圧が異常な偏東風に乗って東に逸れ、ムー大陸に上陸。そしてムー北部の半島の付け根にあるナーカルという町にフェーン現象による強風が低気圧の移動に連れて様々な方向から吹きつけ、出火延焼。10日前のエル・カスプ出港以来異常な乾燥が続いていたナーカルは大炎上した、というわけです。モデルはシカゴ大火、函館大火、岩内大火あたり。
近代欧米風の都市を焼くのは大変。