第一幕
懐かしい景色が視界に映ったので、私、豊見コトリは説明を頭の中で並べ始めました。
かつて訪れていた頃、そこはいつも微かな音がポツポツと響く図書館でした。
利用者の方は大抵散らばって本を読んでいるようで、見えない場所からも、身じろぎの音であったり、ペンが走る音であったりと、耳に届くものがありました。
ですがそれは微かですから、少し心持ちが変われば届かなくなリます。
ある日のことです。その時の私はようやく見つけた古書に夢中になって、立ったまま一気に読んでいましたから、その気配には全く気づきませんでした。吐息を一つ吹いて、ふと本から視線を外すと、目の端にこちらを向く顔がありました。
同じような背丈の女の子で、切長の青い瞳がとても深い色合いの女の子です。
私はなんだか気恥ずかしくなってしまって、繋がっていた視線を外しました。すると机の上に珍しいものが留まって、つい、微かに声が漏れました。
その題名は私が探していた古書のひとつで、正直に表すとかなりニッチな分野に属しています。
同じ分野に興味を持つ、同じ年頃に見える女の子が、そこにはいました。
顔を上げると彼女の真っ青な瞳に、私の瞳の赤が薄く映り込んでいたことを、ふと懐かしく思いました。
すると視線が記憶と同じように上がり、そこにはつい思わず笑みが漏れるような、とても綺麗な紫色が同じようにあって、私はこれが夢であると悟りました。
同じ歳で、同じ工学分野に興味を持っていて、そしてとっても博識なあなたに、私は食い気味に話かけています。
そうです。この時、私が古書について話を振ると、少し微笑んで、とても興味深い工学的研究アプローチについて話してくれて、そして私はあなたの巧みな語り方に魅了されたんでした。
筋道の立った、わかりやすく、それでいて聞き取りやすい言葉の連なり。
あなたの説明はとてもわかりやすくて、それでいて面白くて、興味深くて……
羨ましい。
あなたのようになりたい。同じ言葉を並べてみても、私の説明はとても面白そうとはいえなかった。それでも近づきたい……
断続的な記憶が視界の端々に映り込み、ペンが紙を引っ掻く音が聞こえてきます。いくつもの夜がひとときに集まって、私の現在が押し流されてゆくのを感じました。
過去の記憶という泥濘に沈むこむと、不思議と彼女に対して言いたかった、けれど言えなかった言葉が浮かんできました。思い出したくなかった言葉です。
私はあなたになりたかったわけではないんです。
すぐに気づいたんですよ。
「豊見コトリ」は、「立涌ソヨギ」になることはできないんじゃないかって。
そう思っているのに、それでも諦めることができない。だから違うアプローチを試すことにしました。
彼女が狭くわかりやすく説明するなら、私はもっと広く説明してみよう。
あなたになれなくても、私はあなたに……
ふと、手のひらの痛みで目が覚めました。
腕をあげてみると、ひどく手のひらに食い込んだ爪が見えました。
指はこわばっていて、ゆっくりと動かすと関節がきしみます。
そして昨日、彼女を見かけたことを思い出しました。
見知らぬ生徒と楽しげに笑い合っている姿が閉じてもいない瞼に映り込みますから、私は深く息を吐いて、表情をいつも通りのものに変えようとしました。
電源がついていないスマートフォンを持つと、手のひらの傷がジクジクと痛みます。無視して暗い画面の反射をみると、私の顔は全くもって、普段通りの笑みに見えました。
ですが両手はやはり、小さく萎んでしまっていますから、冷たい水でも顔に浴びせて、頭を冷やすことにしました。
目の端に留まった窓のそとは僅かに明るくて、そしてそこには無表情の少女が映り込んでいます。口を閉ざし、歯を噛み締めて、爪を手のひらに食い込ませている女の子です。
私は彼女から目を逸らして歩きました。
そしてしばらくして、いつもような雰囲気を纏えなかったまま、私は部屋に戻りました。
手指は緩く伸ばされ、頬も緩んでいます。けれど手のひらにははっきりと爪の跡があったので、それを隠すように、少し包帯を巻くことにしました。
そんな日がありました。しかし時はことごとく、ただ過ぎ去ってゆきます。
気がつくと、私はやはりことごとくを忘れていました。
ある日、私がいつものようにエンジニア部の部室に入ると、聞き覚えのない声色で話しかけられました。
猫塚ヒビキという同級生のここまで真剣な表情を見るのは、初めてのことでした。
私が驚いて「ど、どうかしましたか」と返すと、彼女はこう切り出しました。
「コトリ、ソヨギさんに会ってみない」
予想外の言葉でした。
不自然に硬直した笑顔を動かせないまま、私は口を動かします。
「え、ええと。
それは立涌ソヨギさんのこと、ですよね」
できません、と呟こうとして、けれど食い気味にフブキは続けます。
「彼女の友人から話を聞くことができたんだけど」
「私は」
思わず遮った声がひどく低いので、私は少し驚きました。
私の表情は笑みから全く変わっていなかったはずなのに、おかしいですね。
でも言葉が溢れて、どうも変えられません。
「決して、ソヨギに会いたいわけではありません。むしろ会いたくないんです。
私は彼女に、今の私をみられたくない。
みせられるようなものじゃないし、みせたいものがないんです」
ヒビキが少し押されたようにのけぞって、けれどこちらに、変わらず真剣な表情で語りかけました。
「コトリ、彼女自身が会いたがっているんだよ」
「だから会いたくないんです。絶対に、あの笑みが消えるところだけはみたくないんですよ。
私が、私は彼女に見合うほど上手く喋れないし、だから……ですから」
笑ってくれない。
気がつくと漏れていた声に驚いて、私は自分の口を塞いで、俯きました。
ひどく胸が苦しくて、頭がきんと冷たくなって……
そして扉が開く音がして、そこから静かで、それでいて耳に残る声が響きました。
「それじゃあ初めから笑っていなければいいのかしら」
立涌ソヨギがそこに立っていました。
気がつくと、私は彼女を見ていました。そしてソヨギをまっすぐとみるのは、随分と久しぶりですね、なんてことを思いました。
「私はあなたの説明が上手だろうが下手だろうが、聞いていて笑みを浮かべれるから、あなたと話していたのよ」
ソヨギは鉄でできたような無表情のまま、小さな口を動かしました。
やはり透き通るような声色でした。
「コトリ、ひとまず聴きなさい。はっきり言うけれど、私のことを嫌ったから離れたのだと思っていたし、だから会わなかったわ。ですからあなたが私を嫌っていない以上、私に会わない理由はない。」
そこまで話してから、彼女は強く言い放ちました。
「そしてあなたを思いやる気もなくなった」
「え!?」
思わず口から声が漏れます。ですが「」は全く表情を変えません。
「当然でしょう、あなたはこちらを慮るばかりに余計なことをしでかしたのよ。私が同じ轍をゆく道理はない。これからは勝手にそっちへ行くから」
急展開に混乱に陥った豊見コトリは、しかししばらくの沈黙のあと、はいと答えを返しました。
私はそんな自分を、どこか遠くからみている気がしました。
次の日、私は混乱を引きずったままで、エンジニア部の部室に向かう最中も、我ながらそわそわと、ポケットの中のスマホを触っていました。
指先で弄る画面の奥には、新しく追加された連絡先があります。
昨日の夜からずっとそうでした。送る文言も思いつかず、つい睡眠不足になってしまいましたから、少し頭が重い気がします。
考えのまとまらないままの私は、どんな表情なのか、ちょっと不安でした。なので、なるべく普段通りに振る舞いたい、なんてことも思います。
ですから部室の扉を開いてすぐに挨拶をしようと口を開いて、けれどそこからは、ただ細い息だけが漏れました。
ソヨギが私の机のそば、私がいつも使っている椅子の上で、ヒビキの作業を見ています。
じっと、動かない視線。
気がつくとウタハ先輩が側にいて、小さな声でささやきました。
「君の作業を見たいんだって」
私はびっくりしてしまって、返事をしないまま勢いよく先輩の顔を見ました。
ウタハ先輩は微笑んで、指をさします。
促されるままにソヨギの方をみると、彼女はやはり、私の椅子に座ったまま、こちらを見ていました。
ぎくしゃくと近寄って、先日までやっていた作業を始めます。
口を開いたり閉じたりするのがやめられないのに、言葉は「ああ」とか「ええと」のようなものしか出てこなくて、そして視線もふらふらと彷徨います。
ふいにソヨギの顔をみると、私の赤い瞳が彼女の青い瞳に映り込んでいて、慌てて焦点をずらしました。気恥ずかしさから顔が熱くなってきます。
ソヨギは気にした素振りも見せないまま黙っていますから、再び私はチラリと視線を向けました。やはり、こちらをじっと見ています……
「あ、あのですね!」
私はつい口を開いてしまいました……
そこからどう喋ったのかは、自分でもさっぱりわかりません。
ただ、ソヨギの微笑みと、あの青く澄んだ視線だけが記憶に残っています。
気がつくと作業は終わっていました。
手元から視線を外すと、彼女は笑みを深めて、ちょうどいいし、お昼にしようか、と言いました。
びっくりしてしまって、私はつい視線をあたりに彷徨わせました。
確かに時計はちょうどいい時刻です。そしてエンジニア部の皆は笑顔で黙っています。
ギクシャクと頷く私の手は、柔いのに確かな力で引き上げられました。
私はもう、ついていくほかのことを考えつきませんでした。
布団に包まり目を閉じていることに、ふと気がつきました。
瞬く間に時が過ぎてゆくという言葉は、比喩ではなく全くもって正しい表現です。
微睡はまだ遠く、すぐそばに記憶が寄り添っていますから、私は瞼の裏、あるいは頭の奥深くで、今日を振り返りました。
鮮やかに浮かび上がってくるその景色、音、そして言葉に、私の感覚はだんだんと鋭敏になっていきます。
そしてついに、目が冴えてしまいました。
私はばっと跳ね起きて、机に向かいました。
取り出したノートに、ペンが走り出しました。
まるで遠くから覗き込むような気持ちで、私は豊見コトリが書いている言葉を口の中でなぞります。
腕の動き、みじろぎ、髪を弄る指先、足を伸ばした時の微かな音。ソヨギの声、眼差し。
そして豊見コトリの放った言葉が目に入り、ぴたりと、動けなくなりました。
その文字から滲み出す記憶に、どこかが奇妙な痛みを訴えます。
口の中がいやに甘くなって、ふと、それが血だと気がつきました。
歯が舌の端をかすりながら、強く噛み締めあっていますから、私は口を開きました。
すると大きな吐息が漏れました。
息をすることを忘れていた体が苦しみを訴えましたから、しばらく荒い呼吸を続けると、その音がやけに耳に残って、私はなんだかいやになったのですが、これまたどうしてか動けず、随分と長い間、その場に立ちすくんでいたのでした。
実のところ「豊見コトリ」が「立涌ソヨギ」と話している声を、私、つまり豊見コトリが聞いていると、どうしてもその私という存在が、あまりにも不安で不完全なものに感じて、いっそのこと崩してしまいたいと思い、あるいは置き換えてしまいたいと思い、はたまたどこか別のところへとやってしまいたいと思います。
感覚的で非論理的な感情だと、私はそれを定義します。
指先、ペン先、インクの染みるノートの紙の表面を通して、聞き覚えのない声色で語りかける聞き覚えのある声を聞きました。
豊見コトリはこのように語りました。
「あなたが思っているほど立涌ソヨギは完璧ではないし、豊見コトリは不完全でもありませんよ」
私は口元を抑えようとして、けれどペン先は走りますから、ノートが動かないように強く、強く抑える腕を目の端に捉える他になすことがありませんでした。
声というものは音の連なりであり、そこから意味や意図を類推するのは、聞き手の行う理解や解釈という行為に基づく試みによるものでしかありません。
しかしその明るく朗らかで聞き覚えのある声は、しかし冷たいメスを頭蓋の内に差し込むようにして、するするとその言葉を理解させてゆきます。
冷たい温度が脳漿に染み渡り拡散してゆくのを感じて、私はむしろ熱いものが皮膚のうちを迸っていることを理解しました。
汗でしょうか?いいえ、私は全くもって汗をかいていません。
それは血管を押し流すようにして押し出されている血そのものでした。
脈動が一見不規則なリズムと規則的な周期をもってその音を響かせていました。
「これは知覚過敏ですね、自律神経失調症が近いようです」
やはり明るく朗らかに喉が囀ります。
ですが、ふと気がつきました。
私はただそのことを、穏やかに受け入れているようでした。
それを入れ子のように豊見コトリが知っていることを私は知りました。
ソヨギと話していると、なんだか穏やかな気持ちになって、それでいて楽しくて、胸の内からぽかぽかと熱が染み渡るような気がします。
そんな言葉を脳裏に浮かべると、しかしそこから類推される言葉が、私の表情を困ったように歪ませるのを感じました。
暖かいという感覚は寒暖差や温度差によって発生するので、もとよりある程度温度が低くなければ、伝播することもないでしょう。
彼女の言葉で暖まるということは、私の身体が冷えているのでしょうか。
いいえ、暖かい、熱いという感覚は比較ではありません。
ただの知覚情報であり、神経の刺激にすぎませんから、たとえば非常に冷たいものに触れた時など、冷たいものを逆に熱く感じたりする場合があります。
私はそこまで言葉を並べて、では、などと続けようとして、けれど先ほどあげた表現が逆説的な論法を否定していることを思い返し、安心したのでした。
どのようなことか説明を並べてみましょう。
私は、もしかすると、ここまで感じたことは全て夢なのではないかと思ったのです。
ずっと夢を見ているのではないでしょうか。
論理性や連続性を失った現在が絶え間なく続いて、そして今日が終わったのを感じて、私は自らを心配に思います。
ですが私は、それとは別のことが最も不安でした。
もし、これが一種の狂気や精神疾患だとするならば、「豊見コトリ」が「立涌ソヨギ」に抱いていたこれまでは、同様なのでしょうか。
そのことを否定したいあまり、歯が噛み合った末擦れて、嫌な音をたてました。
私は瞼を閉じています。電気を消した部屋は暗いようで、瞼の裏もまた黒く、見えるのは私の妄想であったり想起などといった幻覚的なものでしかありません。
音もまたそうです。過敏になった知覚から、錯覚を起こしているのです。
「……コトリ?」
「え?」
そう口から音が漏れるのを聞いて、ハッと我に返りました。
気がつくと隣にソヨギがいて、私は慌ててそちらを向きました。
彼女は怪訝そうな表情でこちらを見ています。私はえへへと笑って誤魔化して、なんの話をしていたか頭の中で反芻します。
そう、確か……
なんの話をしていたんでしたっけ。
私はえへへと笑って誤魔化しました。
ソヨギはやはり不思議そうに、こちらを見ています。
話題を切り替えようと、笑いながら考えました。
困ったことに何も思いつきません。何も……
私は本当に、笑いながら誤魔化すほか、なすすべがありませんでした。ですから言葉を吐き出すことができなくて、けれどそのおかげで自分の変化を知ることができました。
私は随分と、彼女に似た格好をしています。
豊見コトリとはこのような服装だったでしょうか……そう思い返して、きっとそうだと思いました。
やがて夕焼けが視界を赤焼けた橙に染め始めて、「」の頬が美しい陰影を生み出すのが見えました。街並みもまた色合いを変えてゆきます。
他愛もない話をしながら、道を歩きました。車の通らない、人通りの少ない道です。ですから空気は静かで、私たちの言葉ばかりが耳に残りました。
だんだんと影が地面を伸びてゆきます。空を見上げれば、地平線の方が白んでいて、どこか奇妙に思いました。
この現象は、一体なんだったでしょうか。
ソヨギに聞くと、困ったように笑いましたから、私は彼女も知らないのだと思います。
私たちが帰路を歩み終える頃には、もう日が沈んで、空が青紫に染まっていました。夜に飲み込まれかけの雲が暗い色合いで浮かんでいます。
その端に月がありました。大きな月で、少しだけ欠けているようで、やや歪んだ楕円でした。それでも美しいことは間違いありません。
私は彼女が、月よりもずっと綺麗な笑顔で別れを告げるのを見送りました。
ノートにペンが走ります。染み出したインクが黒く太い筆跡となって刻まれるのを目で追っていると、その内容も自然と入ってきます、
今日のことが書いてあるようでした。自らの筆致でしたが、私はまるで他人の作業をいているように思います。
ふと、ノートが随分と増えたことに気づきました。作業机の上に乱雑に散らばったままのノートがいくつもありましたから、片付けようと手に取って、そして何の気なしにパラパラとめくりました。
エンジニア部の皆の写真が挟まれています。私は気崩した制服で笑っていて、なんだか気分が悪くなりました。それが随分と奇妙に感じて、私は自らの服を改めて見ました。
見慣れた服です。私はソヨギがこの服を着ている姿を想像しました。同じ服装の立涌ソヨギ、しかし豊見コトリよりもずっと魅力的に思えます。
私はなんだか頬が熱くなって、再び作業机に向き合いました。
ノートにしみがついています。
私は鳴り響く着信音を無視していることに気がつきました。
慌てて端末を開くと、見覚えのある名前が写り込んでいましたから、私は電源を落として、ふと自分の行動が奇妙であることに気がつきました。
ノートを開くと、しみがついています。
インクが滲んでいるのでしょう、筆跡が濃く、太く刻まれたその表面は少し汚れてくすんでいます。
うまく読めない私を傍に置いたまま、豊見コトリはその文字を読み上げました。
「豊見コトリの状態はかなり病的に変化しています。日々の過ごし方を変えるうちに、どうやら自他の境界線が曖昧になってきているようで、記憶が支離滅裂な部分がいくつも見受けられます。
しかしそれよりも問題なのは、私がそれでも彼女の模倣、つまり立涌ソヨギに近づこうとすることを、全くもって微塵もやめたくないと思っていることです。より言うならば、私はもっと彼女に近づきたいのです。
このことを否定する理論、理屈、言い回しは、ノートに山のように積み上がっていました。もちろん私自らの筆跡でです。
最近の出来事を確認できる範囲で把握したところ、私はエンジニア部の皆に随分と心配されているようです。まだどれほど危険な状況かはっきりとは伝わっていないようですが、さまざまな点から異常であることが伝わっているはずです。
それでも私は豊見コトリという存在が足りていないと感じています。
やや狂気めいてきた自らの思考に戦慄しながら、私の腕はペンを握り、私のノートは新しいものに変わり、そしてインクがページに染み込んでいきます。
ちなみに今書いている内容ですが、読めません。文章を理解することができないのです。これは非常に危険な状態だと私は考えています。」
思わず笑みが漏れました。理由のわからない笑みでした。もしかすると文章の内容を想起した豊見コトリが笑ったのかもしれませんが、私にはさっぱり理解できない笑みでした。
ノートを書き終えた私は病院に連絡しました。
誰にも知られないように、ひっそりと。
ふと気がつくと、私の机に空になった薬の包装が残っています。
私は気がついたことに気がついたので、穏やかな気持ちで薬と水を飲み込みました。
けれどそのせいでソヨギが遠ざかったように思って、寂しくて、涙がこぼれます。
そんなはずもないんですけれどね、豊見コトリにはもちろんわかっていることでした。