豊見コトリの静かだった昨日のこと   作:ふぁっしょん

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2516字


主観視点の初回添削版

 懐かしい景色でした。

 いつも微かな音がポツポツと響く、あの図書館。

 利用者の方は大抵散らばって本を読んでいるようで、見えない場所からも、身じろぎの音であったり、ペンが走る音であったりと、耳に届くものがありました。

 けれどそれは微かですから、少し心持ちが変われば届かなくなリます。私はようやく見つけた古書に夢中になって、立ったまま一気に読んでいましたから、その気配には全く気づきませんでした。

 吐息を一つ吹いて、ふと本から視線を外すと、目の端にこちらを向く顔がありました。同じような背丈の女の子で、切長の青い瞳がとても深い色合いの女の子。

 私はなんだか恥ずかしくなってしまって、繋がっていた視線を外しました。すると机の上に珍しいものが留まって、つい、微かに声が漏れました。

 その題名は私が探していた古書のひとつで、正直に表すとかなりニッチな分野に属しています。

 同じ分野に興味を持つ、同じ年頃に見える女の子。

 顔を上げると、彼女の真っ青な瞳に、私の瞳の赤が薄く映り込んでいたことを、はっきりと覚えています。

 思い返すと今でも思わず笑みが漏れるような、とても綺麗な紫色があって、私はこれが夢であると悟りました。

 

 同じ歳で、同じ工学分野に興味を持っていて、そしてとっても博識なあなたに、私は食い気味に話かけています。

 そうです。この時、私が古書について話を振ると、少し微笑んで、とても興味深い工学的研究アプローチについて話してくれて。

 そしてあなたの巧みな語り方に魅了されたんでした。

 筋道の立った、わかりやすく、それでいて聞き取りやすい言葉の連なり。

 

 あなたの説明はとてもわかりやすくて、それでいて面白くて、興味深くて……

 羨ましい。

 彼女のようになりたい。同じ言葉を並べてみても、私の説明はとても面白そうとはいえなかった。それでもなりたい……

 何度も練習しました。

 それに、とっても勉強しました。

 私はあなたになりたかった。

 あなたに……

 

 気づいたんです。

 豊見コトリは「」になることはできないんじゃないかって。

 そう思って、けれど諦めることはできなくて……

 違うアプローチを試すことにしました。

 彼女が狭くわかりやすく説明するなら、私はもっと広く説明してみよう。

 あなたになれなくても、私はあなたに……

 

 

 ふと、手のひらの痛みで目が覚めました。

 腕をあげてみると、ひどく食い込んだ爪がそこにありました。

 指はこわばっていて、ゆっくりと動かすと関節がきしみます。

 

 そして昨日、彼女を見かけたことを思い出しました。

 見知らぬ生徒と楽しげに笑い合っていました。

 

 

 私は深く息を吐いて、表情をいつも通りのものに変えました。

 鏡でみると、全くもって、普段通りの笑みに見えました。

 けれど気がつくと、手が小さく萎んでしまっていて。

 私は冷たい水を顔に浴びせて、頭を冷やすことにしました。

 

 廊下に出て、窓をみました。

 無表情の少女が映り込んでいます。口を閉ざし、歯を噛み締めて、爪を手のひらに食い込ませている女の子です。

 なんだか見覚えがないような気がしました。

 

 しばらくして、いつもような雰囲気を纏えなかったまま、私は部屋に戻りました。

 手指は緩く伸ばされ、頬も緩んでいます。

 けれど手のひらにははっきりと爪の跡があったので、それを隠すように、少し包帯を巻くことにしました。

 

 

 その日も、豊見コトリはいつものように振る舞い、いつものように笑えたはずでした。

 全くもって、皆が知ったままの豊見コトリだったはずでした。

 

 

 ある日、私がいつものようにエンジニア部の部室に入ると、聞き覚えのない声色で話しかけられました。

 猫塚ヒビキのここまで真剣な表情を、私は初めてみました。

 

 私が驚いて「ど、どうかしましたか」と返すと、彼女はこう切り出しました。

「コトリ、「」さんに会ってみない」

 

 予想外の言葉でした。

 不自然に硬直した笑顔を動かせないまま、私は口を動かします。

 

「え、ええと。

 それは「」さんのこと、ですよね」

 

 できません、と呟こうとして、けれど食い気味にフブキは続けます。

 

「彼女の友人から話を聞くことができたんだけど……」

「私は」

 

 思わず遮った声は、ひどく低くて。

 私の表情は笑みから全く変わっていなかったはずなのに、おかしいですね。

 でも言葉が溢れて、どうも変えられません。

 

「決して、彼女に会いたいわけではありません。むしろ会いたくないんです。

 私は彼女に、今の私をみられたくない。

 みせられるようなものじゃないし、みせたいものがないんです」

 

 フブキが少し押されたようにのけぞって、けれどこちらに、変わらず真剣な表情で語りかけました。

「コトリ、彼女自身が会いたがっているんだよ」

 

「だから会いたくないんです! 絶対に、笑顔が消えるところだけはみたくない! 

 私が、私は「」に見合うほど上手く喋れないし、だから……だから」

 

 笑ってくれない。

 気がつくと漏れていた声に驚いて、私は自分の口を塞いで、俯きました。

 ひどく胸が苦しい。

 頭がきんと冷たくなって……

 

 そして扉が開く音がして、そこから静かで、しかし耳に残る声が響きました。

 

「それじゃあ初めから笑っていなければいいのかしら」

 

 「」がそこに立っていました。

 気がつくと見ていました。

 「」をまっすぐとみるのは、随分と久しぶりだな、なんてことを思いました。

 

「私はあなたの説明が上手だろうが下手だろうが、聞いていて笑みを浮かべれるから、あなたと話していたのよ」

 

「」は鉄でできたような無表情のまま、小さな口を動かしました。

 やはり透き通るような声色でした。

 

「コトリ、ひとまず聴きなさい。

 はっきり言うけれど、私のことを嫌ったから離れたのだと思っていたし、だから会わなかったわ。それで色々気に病みました。ですからあなたが私を嫌っていない以上、私に会わない理由はない。

 そしてあなたを思いやる気もなくなった」

「え!?」

 

 思わず口から声が漏れました。

 ですが「」は全く表情を変えません。

 

「当然でしょう、あなたはこちらを慮るばかりに余計なことをしでかしたのよ。私が同じ轍をゆく道理はないわ。

 これからは勝手にそっちへ行くから」

 

 急展開に混乱に陥った豊見コトリは、しかししばらくの沈黙のあと、はいと答えを返しました。

 私はそんな自分を、どこか遠くからみている気がしました。

 

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