「さすがにこれ以上の追撃は無理ではないか……?」
《Uボート》などのこともあり、サマヴィルはそのように呟く。
「指揮官殿、ここで敵艦隊を逃せば、バルト海奥深くに待機され、いつ北海を脅かされるか分かりません。ここは、無理にでも叩いて置かなければならないと思います」
しかし、サマヴィルの弱腰な姿勢を去勢するかのように、参謀たちからは、強く追撃を指示する声が上がる。
実際問題、バルト海に逃げ込まれると厄介なのはもっともであったが、この参謀たちはそれ以上に、ここまで手酷くやられたロイヤルネイビーの威信を取り戻したいと、そう強く思っていたのだ。
「敵戦艦《バーデン》へ命中弾! 我々の砲撃です!」
まるで参謀たちの気合に答える様に、《ネルソン》が放った何発目かも分からない砲弾は、敵戦艦を捉え、爆炎を躍らせた。
「これより一斉射!」
命中弾を出せたことで、一斉射へと切り替えるために《ネルソン》は準備に入った。
そんな矢先のことだった。
少し離れた位置で、轟音が鳴り響いた。
「《テネシー》に命中弾! 後部甲板に火災が起こっています!」
サマヴィルはこの時、何を言われなくても察することができた、それが長年の経験からくる勘なのか、直感的に聞こえた艦の声だったのかは分からない。
だが、サマヴィルには確かに、《テネシー》が「もう疲れた……」と訴えたのを感じ取ったのだった。
「沈むな」
そのぼやきの刹那、再び《テネシー》に砲弾が命中、一際大きな爆発とともに、辺りへ砲塔や対空砲などの部品をばら撒きながら、船体はバラバラに砕け散った。
「《テネシー》……轟沈しました」
しかし、戦場に休む暇はない。
「左舷より雷跡多数接近!」
「面舵一杯! 他の艦にも伝えろ!」
サマヴィルは、冷や汗を流しながらそう伝令を飛ばす。
「《メリーランド》より受信! 『我が艦は《テネシー》の部品にて損害あり、また《アリゾナ》は被弾多数により速力低下、追撃することに難あり。これからは英国艦隊は分離、独自の判断で行動せよ』とのことです!」
「ハルゼー殿……」
サマヴィルは、艦橋にいる参謀たちに向き直る。
参謀たちは、サマヴィルに有無を言わせない表情で見つめていた。
そんな参謀たちの顔を見渡し、頷く。
「君たちがそう言うのなら、私も腹を括ろう」
帽子をかぶり直し、サマヴィルは下令する。
「残存英国艦隊を終結! 海の果てまで、ドイツ主力艦隊を追撃する!」
「「「「了解!」」」」
準備はすぐに実行された。
英国艦隊のみならば、米軍艦隊よりも最大船速の最低値が高いため、気休め程度だがより早く追いかけられる。
数分の後、英国艦隊は最大船速を保ちながら集結、簡単ではあるが、二つの単縦陣を形成した。
《ネルソン》《フッド》《パース級》2隻《F級》10隻で構成される艦隊は、出しえる最大船速23ノットで、ドイツ艦隊を追撃した。
その頃水中では、狼たちが舌なめずりをして耳を立てていた。
「デーニッツ提督、敵艦隊は分離。おそらく英国艦隊のみで追撃を続行するようです」
耳元でそう乗員が囁き、デーニッツはにやりと口元を歪める。
「かかったな」
ドイツ艦隊の狙いはこれであった。
敵水上艦艇と交戦、頃合いを見て離脱、海峡奥深くへと敵艦隊を誘導する。その後一部の潜水艦隊が海峡出入口周辺に展開する。
そして、万一敵艦隊が分離や損害を受けて、少数で孤立した場合……。
「《ビスマルク》へ電報、『敵艦隊分離、迎撃せよ』だ」
「了解、『敵艦隊分離、迎撃せよ』打電します」
水上艦隊が注意を引きつけ、それに随伴する潜水艦隊がそれを包囲殲滅する。
これこそがドイツ側が用意した、迎撃作戦『
「司令、水中より不明な通信を傍受しました」
「なに?」
サマヴィルの元に、不穏な報告が届くのは、ドイツ潜水艦隊が電報を発した数分後のことだった。
「数分前、水中より発信される電波をキャッチし、解読したところ、ドイツ海軍の暗号電文だと判明しました。内容は不明です」
その報告に、サマヴィルの表情からサーっと血の気が引いていった。
「全艦に通達! 全艦一斉回頭、その後対潜陣形を組め! ハルゼー提督にも打電、『この海峡危険なり、即座に撤退せよ』復唱はいい! 急げ!」
「提督! ここまで来てひく―――」
参謀の意義を遮ってサマヴィルは叫ぶ。
「敵の狙いはまさにこの時、艦隊の数が減り、護衛駆逐艦が減少したタイミングだったんだ! これ以上追撃すれば潜水艦の餌食だ!」
そう怒鳴った直後、《ネルソン》は艦首方向をゆっくりと変え始める。
「敵艦隊、こちらに向かってきます!」
「クソ! 足の速い奴らめ!」
ギリギリ双眼鏡で捉えられる程度の距離を保ち続けていた英国艦隊の方へ、ドイツ艦隊は向き直り、反撃の姿勢を示した。
「全艦、砲撃はしなくていい! 駆逐艦は常にソナーから耳を話すな、対潜警戒を厳となせ!」
同日、17時20分。
英国艦隊は傷つきながらもなんとか、スゲカラク海峡の入口へとたどり着いていた。
しかし、駆逐艦は4隻にまで減少し、軽巡《パース級》の二隻は、どちらも姿は見られない。
《ネルソン》の後部甲板にも焦げ跡があり、《フッド》に関しては左舷にやや傾斜し、第四砲塔は形状を留めておらず、三番砲塔の弾薬庫にも注水が施されていた。
「まさに満身創痍とはこのことだな」
サマヴィルは、その場にへたり込むようにしてそう呟きながら、煙草を吹かす。
「ハルゼー提督の米軍艦隊はどうなったのだ? 何か報告はないのか?」
「は、数十分前に無事、と言うことを告げる電報が届きました」
その報に、サマヴィルは大きく息を吐く。
「どうやら米軍は何とかなったみたいだな……」
途中、明らかに米軍の空母と思われる一隻が沈んでいたのを見て、「もしや……」と嫌な想像が頭を過ぎたが、どうやら杞憂で終わったようだ。
「これからどうするかな……」
これにより、ロイヤルネイビーはほぼ戦力を失った。
《ネルソン》は数週間で復帰できるかもしれないが、《フッド》はかなりかかるだろう。そして、《グローリア》を始め多くの艦を失った。
「……フッドが心配だ、隊列を整えよう」
「了解しました。フッドを先頭に、艦隊を整えます」
一番痛手の《フッド》を先頭に移動し、《ネルソン》を殿にする陣形へと変更する。《フッド》の様態を見守るためと、後方からの追撃に備えてだ。
「《フッド》……? 《フッド》に無線、通じません」
「電気系統が死んでるのか? まあいい、探照灯で知らせてやれ」
その後、ゆっくりと艦隊は陣形を整え、北海へと入っていく。
そして、《フッド》が先頭に立ったその時、事件は起こった。
「……ん?」
見張りが、不意に何かを捉えた。
「……ああ! せ、潜望鏡だ!」
その報告は急いで艦橋へと届けられた。
「なに!? 潜望鏡だと!?」
その後すぐ、嫌な報告も入ってきた。
「魚雷航走音確認! 《フッド》に向かっています!」
「すぐに《フッド》に知らせろ! むせ――探照灯だ! 汽笛も鳴らせ! なんとかして《フッド》に伝えろ!」
《ネルソン》は、まるで叫ぶように、鈍い汽笛を響き渡らせる。
「5! 4! 3! 2! 1! 当たります!」
伝声管を通して、見張りからの報告が艦橋へと伝えられる。
「《フッド》!」
ネルソンに乗る全乗員が見つめる中、《フッド》の左舷に、2本の水柱が大きく立ち上った。
傷ついた《フッド》を吹き飛ばすには、十分すぎる威力だった。
二度大きな爆音を響かせたのち、艦体を三つに切断され、まるで悲鳴のような金属が擦り切れる音を響かせながら、海中へと没していった。
戦列交代した直後の撃沈、これではまるで――。
「《フッド》は、《ネルソン》を庇ったのか……?」
サマヴィルは艦橋に立ち尽くし、呆然と艦が沈む様子を見つめていた。
一人の参謀が、ハッと我に返ったように叫ぶ。
「敵潜水艦はどうした! 必ず仕留めろ!」
「救助活動もだ! 一人でも多くの《フッド》乗員を救い出せ!」
その後、乗員の救助と並行して潜水艦を追撃したが、結局発見できず、救助の終了と共に、艦隊は母港へと帰投していった。
結局、この海戦で米艦隊は戦艦《ペンシルベニア》《テネシー》、空母《サラトガ》、重巡2隻、軽巡1隻、駆逐5隻、潜水艦21隻を、英艦隊は戦艦《フッド》、空母《グローリアス》、軽巡2隻、駆逐艦6隻を失った。
対して、敵に与えた損害は、戦艦《バーデン》大破、戦艦《ビスマルク》中破、重巡《ブリュッヒャー》撃沈、《アドミラル・グラーフ・シュペー》中破、他小型艦艇数隻撃沈と、満足と言える結果ではない。
結果として、スゲカラク海峡海戦は連合側の、大敗北として終わることとなった。
11月22日、18時30分。
「大西洋艦隊は半壊、ノルウェーは占領され、ロイヤルネイビーも壊滅……クソ!」
珍しくブランドは、声を荒げて報告書を机に叩きつけた。
「やられましたな……」
他大臣も、顔を伏せている。
「スワソン、大西洋艦隊の再建は可能か?」
「無理ではありませんが、スワン計画でできた空母たちを護衛する足の速い戦艦の建造が遅れています。重巡だけでよければ、そうしますが……」
ブランドはため息をつく。
「護衛戦艦が居なければ、現在の北海やイギリス海峡をうろつくには危険すぎる」
潜水艦の脅威は戦艦では防ぐことができないが、防空や水上艦艇は別だ。それに、大きな艦なら、多少空母から視線を逸らすこともできるとして、機動部隊護衛用の高速戦艦《仮称1942年型戦艦A》《仮称1942年型戦艦B》を建造している。
《戦艦A》は抜きんでた特徴はなく、現在アメリカ海軍最高峰の巨砲である16インチ砲を三基九門を装備した、よく言えばすべてが高水準でまとまった艦である。
《戦艦B》は《A》と違い、別名《盾戦艦》とも言われるほどに防御に力を入れた艦となっている。主砲は《A》と変わらずだが、各所の防御兵装が増加し、装甲も増している、ただその一方で速力がやや劣り、凌波性に難がある、やや扱いずらい戦艦となった。
「《A》《B》両艦建造は進んでいますが、早くとも進水は42年の1月、就役するのは2月になるでしょう」
「航空機も、補充分は輸送船で向かわせましたが、戦闘機については改良の余地ありです」
空軍参謀のケニーがそう言う。
「けして悪い機体ではないですが、敵の《Me-109》が予想以上に強力です。それに新型機の報告もあります、後継を急がせるとともに、繋ぎとなる《F4F》の強化も行って行かないと……」
強い雨が降る中でのこの会議は、終始暗い雰囲気の状況下で行われた。ドイツの勢いに気圧されているのは、だれが見ても、明らかであった……。