The New American Dream   作:古魚

19 / 46
第一九話 闇の中の決着

 22時21分。

 

「何たる様だ!」

 

 キングの怒鳴り声が、無線機越しに響いた。

 

「こちらは《ミシシッピ》《ニューメキシコ》を失い、その上敵を一艦もろくに損傷させられないなど! しかも帰っていく敵艦を見逃しただと!」

「あまりも艦隊の損傷が激しかったため、一度撤退して体制を立て直した方がよい―――」

「黙れ! 帰ったら覚えておけ、お前を敵前逃亡罪で、軍法会議へ突き出してやる!」

 

 その言葉を最後に、《コロラド》につく無線機からは、何も聞こえなくなった。

 それを確認して、マイクを置くと、ウィリスは大きくため息をついた。

 

「私だって、逃げたくて逃げ出したわけじゃない! 仕方なかったんだ!」

 

 それに対して、周りの乗員たちも何も言わない。実際その通りだと思っているからだ。あの状態で撤退したとしても、その場にいる者なら、全員が納得するだろう。

 

「どうしますか、艦長」

 

 補佐官がそうウィリスに尋ねると、歯ぎしりをしながらウィリスは答える。

 

「明日、もう一度決戦を仕掛ける。ニミッツの艦砲射撃部隊の一部をよこしてもらい、戦艦の数を増やす。そして、同時に航空攻撃を行い、敵の隊列を乱すぞ」

 

 ウィリスの目は、まだ死んではいなかった。

 明日もう一度、勝負を仕掛ける。その言葉に、艦橋要員は意気込んだ。何しても、今回の汚名を挽回し、アメリカ海軍の実力を証明してみせると。

 

 しかし、それが叶うことはない。

 

 22時55分、《フレッチャー級》のうちの一隻が、ソナーでとある音を捉えた。

 

「ソナーより連絡、水上航行音多数接近!」

「何!? 《コロラド》に至急伝えろ!」

 

 駆逐艦が捉えた音のことは、すぐさま《コロラド》に伝えられ、ウィリスの元へ届けられた。

 

「日本軍の夜襲か! 総員起こし! 対水上戦闘用意!」

 

 ウィリスも飛び起き、急いで艦橋へと向かう。

 

「日本艦隊は目視できるか?」

「いえ、今宵は新月です、明かりが無い以上、そう簡単には……」

 

 補佐官の言葉をかき消すように、報告が上書きされる。

 

「左舷正面より光源出現、同時に発砲炎確認!」

「もうそんな距離まで!」

 

 ウィリスは衝撃を受けた。この明かりの無い中、一切の明かりをともさずに、こちらを見つけ、探照灯を照射し、撃ってくるとは、恐るべき夜目を持っている。

 日本にはレーダー技術がまだ発展していないはずなのに、夜戦において、敵より早く相手を発見できるのは一重に、訓練された水雷戦隊見張り員のおかげだった。

 

「水上機発艦! 照明弾を落とさせろ! それから《アイダホ》は探照灯照射!」

 

 ウィリスの判断の後、艦上では水上機のエンジン音が響き、《アイダホ》から数本の光の筋が伸びる。

 その光の筋が発砲炎の方向を照らすと、昼間にアメリカ艦隊へと魚雷を流した、小型艦艇たちだった。

 

「昼間の仕返しだ、全艦各個に敵を砲撃、撃滅しろ!」

 

 護衛艦艇や戦艦たちが、各々のタイミングで砲撃を開始し、探照灯に照らされる駆逐艦や軽巡を狙い撃つ。

 対して向こうは、ただ一本のみ探照灯が伸び、《コロラド》ただ一隻を照らしている。

 

「探照灯を照射しているのは《アカツキタイプ》だ、空母護衛から一隻引っ張て来たようだな」

「昼間、《ムツキタイプ》が激しく炎上しているのを確認しています。おそらくそれが沈み、その埋め合わせで援軍に来たのでしょう」

 

 その読みは当たっていた。昼間、直撃弾を数発受けた《如月》は、エンジンこそ辛うじて生きていたが、主砲群はほぼ壊滅した。魚雷発射管もやられており、艦長の咄嗟の判断で魚雷を放棄して居なければ、爆沈していた。

 戦闘能力を失ったため、《如月》は最低限の人員を乗せて本土へ単艦退避、代わりに《暁》がこの艦隊に加わった。

 

 互いに激しく砲火を交える中、段々と米軍艦隊の中に焦りが見え始めた。

 

「まだ止まらないのか!」

「当たってるはずだぞ!」

 

 《コロラド》の副砲を操作する兵たちが、口々にそう叫ぶ。

 

「敵艦隊との距離、3,700マイル(約6,000m)を切るぞ!」

「早く沈めろ! 下手くそ!」

 

 遂には6,000mを割り、段々と近づいて来る敵艦隊に、恐怖を感じるものまで出始めた。

 照明弾が投下され、浮彫になる敵艦隊の様子は、色の効果も相まってか、まるで深海より蘇った亡霊たちのようで有った。それも、恐怖を誘発したのかもしれない。

 

「敵《アカツキタイプ》に命中弾多数!」

 

 しかし、確かに日本艦隊もダメージは受けていた。

 先頭から二番目の位置を航行し、敵艦隊を照射し続ける《暁》には、多量の砲弾が降り注ぎ炎上していた。

 その一つ後ろにいる《浦波》は、過貫通したからよかったものの、戦艦の主砲によって、艦首の左弦側がごっそり削げ落ちていた。

 

「敵艦隊との距離1,800マイル(約3,000m)!」

 

 悲鳴にも近い観測員の声と同時に、これまで探照灯照射を続けていた《暁》が、大きな爆発音を上げて、航行を停止した。

 電源も落ちたのか、探照灯の光も消えていった。

 

「よし! 探照灯が落ちたぞ!」

 

 これでこちらの姿は見えないから、一方的に砲撃できる。この一瞬の隙がチャンスだ、そうウィリスは考えた。

 撃沈による混乱、次の艦が照射するまでの数分、これを利用すれば、この距離で撃ち負けることはない。そう、思っていた。

 

 しかし、日本艦隊は予想に反し、一切の混乱を見せないまま、次の艦が探照灯を照射した。

 

「な! どうして!」

 

 探照灯を灯せば敵に狙われ集中砲火を受ける。それを目の前で見て、その艦の末路を見届けたはずなのに、一切の躊躇もなしに、先頭を走る《川内》は探照灯を照射した。

 そして……。

 

「敵艦隊魚雷投下を確認!」

 

 距離が2,000mを切った瞬間、生き残っていた艦全てが、必殺の距離にて、全ての魚雷を投下した。

 《川内》《浦波》《白雪》《吹雪》《東雲》から放たれた魚雷の総数は40本、この距離で外すことなどありえない。

 

「艦隊、取り舵いっぱい! 最大船速!」

 

 魚雷の被雷面積をできる限り最小に抑えるため、艦前方を魚雷の方へ向け、かつ最大船速の水圧で吹き飛ばすつもりであった。

 

「神様! 合衆国にご加護を!」

 

 ウィリスは必死に祈るが、そんな祈りの声を、神は聞き入れることは無かった。

 

「護衛駆逐艦被雷!」

「《アイダホ》被雷!」

 

 次々に爆発音が聞こえ、金属が擦り切れる音が聞こえてくる。

 そして……。

 

「左舷後方に三本被雷! 速力低下! 各所に浸水発生!」

 

 凄まじい反動で、《コロラド》の艦体が揺さぶられたかと思えば、そのような報告が舞い込んできた。

 

「各所の浸水止まりません! 沈みます!」

 

 半分泣いているかのような悲痛な報告に、ウィリスは膝から崩れ落ちた。

 

「合衆国の誇りが……私の指揮によって、沈みゆくと言うのか……?」

「艦長、こうなった以上、もうどうしようもありません、我々にできることは、この情報を持ち帰り、次の戦いに備えることです」

 

 補佐官の言葉に、震えながらウィリスは頷いた。

 

「総員退艦、艦を捨てて、退避せよ」

「総員退艦! 急げ!」

 

 ウィリスの震える声を聞き届け、補佐官は代わって艦全体に指示を出した。

 

「艦長も、退避急いでください」

「いや、私はここに残る……。この艦を、合衆国の誇りを沈めてしまった私に、国に帰る資格などない……」

 

 相当のショックのせいか、ウィリスの目に光はなく、その場から動こうとしない。

 こうしている間にも、《コロラド》の艦体は左舷に傾斜を初め、沈みかかっている。

 

 しびれを切らした補佐官は、ウィリスの襟元を掴んで怒鳴りつけた。

 

「あんたが死んだら、誰がこの損害の責任を負うんだ! あんたは誇りと一緒に部下まで惨めな気持ちにさせる気か!」

 

 態度の急変に、ウィリスは心底驚き、何も言うことができなかった。

 

「艦の責任を取って死ぬなんて馬鹿な考えをするぐらいなら、部下のために死ね! 部下のために責任を取ってから死ね! そんなことすらできないような心の持ち主だから、《コロラド》を失ったんじゃないのか!?」

 

 その言葉に、ウィリスは涙を流しながら、補佐官の手を払い、艦橋を後にした。

 

「決心、ありがとうございます」

 

 補佐官はそう一言述べて、ウィリスとともに艦を降りた。

 

 

結局、南シナ海大海戦の結果は、アメリカ艦隊の敗北に終わった。

 日本艦隊の主力艦で沈められたのは軽空母《祥鳳》のみに対して、アメリカは戦艦《コロラド》《ニューメキシコ》《ミシシッピ》《アイダホ》を失い、空母《レンジャー》が中破と、散々な物であった。

 

 確かに大統領は、日独を警戒して海軍力を増強したが、その両方の国に、海戦で負けると言う屈辱を味わうことになってしまった。

 結果、制海権を確たるものにすることは出来ず、日本軍のさらなる追撃を許してしまうことになった。

 

 戦艦4隻の艦砲射撃を受けながらも、北部の日本軍は頑強に抵抗し、一向に押し返される気配がない中、遂にはフィリピン南部ミンダナオ港方面にも強襲上陸を仕掛けてきた。

 現地軍が必死に抵抗するも港は陥落、南部からも日本軍はマニラを目指して侵攻を初め、米軍を挟み込むような形をとった。

 

 マッカーサーを初め、誰もが「これまでか」そうあきらめかけた時だった。

 

 

『その時、歴史が動いた』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。