「うわああ! パライソ! こんなところに天国への扉があるなんて――!」
涼香さんの強い要望で僕の部屋のクローゼットを開けた途端、悲鳴が響いた。
「涼香ぁー。あまね君の部屋なんだから近所迷惑しないでよ」
アキラさんが涼香さんの背中をぽんぽん叩きながら言った。
「たしかに壮観だよねー。気持ちは解るかも」
ミヤコさんが苦笑いした。ミヤコさんも前回はかなり大きい声をあげてたもんなー。
「今日ってこの世の最後なんじゃないかと心配になる……。可愛くて格好いい衣装が一日でたくさん見れちゃって、こんなこと生身の人間に許されるのかな。終末のラッパが聞こえてきませんように……」
悲鳴を抑えて、かわりに小声になった涼香さんがぶつぶつと呟いてる。言ってる言葉はちょっと不穏だけど、気持ちはたしかに解る。僕だって今日は、素敵な衣装をたくさん見れて本当に楽しかった。
僕たち〝サポート大人組〟は、新菜君たちの文化祭での役割を無事終えて、約束どおり、僕の部屋で打ち上げをするためにマンションに戻ってきたところだ。
お酒とかおつまみとか買い物をして僕の部屋に着くなり、涼香さんが『衣装見せて! お願い!』と血走った目で訴えきたんだ。そんなにも見たいと言ってくれるんだから、僕も嬉しい。ここにはコスプレ衣装を大切に考えてくれる人たちしか居ない。今日の舞台を見て感動してくれた人たちも、みんなそういう人たちばっかりだって確信できる。
「女装続けてきて、ほんとよかったなあ……」
そんなことを考えてたら、思わず独り言を呟いてた。それを聞いてミヤコさんが感慨深いって感じで言った。
「本当だよね。大勢の高校生たちがあんなにコスを全力で頑張ってるの見てると感動するし、コスをずっと続けてきて良かったって涙出ちゃった」
その言葉に、涼香さんも大きく頷いてる。
「涙が出る、かあ……」
アキラさんは遠くを見つめるようにして呟いた。
「二人の覚悟も、見届けちゃったね」
「――そうだね。二人が約束する声が聞こえてたの、うちらだけだろうしね」
僕はもう一度、今日のステージを思い出す。たぶん涼香さんたちも同じなんだろう、思いを馳せるように目を
特別枠舞台のクライマックスで、新菜君とまりんちゃんは大勢の観客が見守る中、大胆にもキスをした。
カメラは二人の顔をアップで捉えててスクリーンにも大映しになってたから、その瞬間の反応はめちゃくちゃすごいことになった。
体育館は大音響に包まれ、隣のミヤコさんや、その隣の涼香さんが口を大きく開けて悲鳴を上げてるはずなのに声が聞こえないくらいだった。
たぶん学校の外にまで響くような歓声の中、元生徒会長は自分こそがエスコート役と決めていたのか、舞台袖から真っ直ぐ戻って新菜君とまりんちゃんの手をとり、三人でステージ上から深々と礼をした。そして三人は壇上から降りて観客の間の通路をゆっくりと、堂々と歩き始めた。
「あれは……あれは忘れられない体験だった……」
誰が始めたのかは判らない。
気づけば観客がぽつり、ぽつりと立ち上がっていた。
間もなく全員が立ち上がり、割れんばかりの拍手をしていた。涙を拭おうともせずに夢中で手を叩く人もたくさんいた。満場のスタンディングオベーションだったんだ。
続いて他のミスコン出場者もステージ上に再び現れ、手を繋いで観客席に向かって礼をした。
先頭に居た健星君は三人を追いかけるように壇上から降り、後の出場者も彼に続いた。
シオンちゃんそのものの元気いっぱいな笑顔で観客に手を振る健星君の姿に、会場はさらに沸いた。
観客は拍手とともに『全員最高だった!』『みんな素敵だった!』『感動をありがとう!』と称賛の声をかけてくれた。
全ての出場者が拍手喝采の中で晴れがましく手を振っていた。
主催も出場者も最高なら、観客もみんな最高だった。
「あたしたちも……拍手たくさん、もらっちゃったしね」
「そうだね。ドキドキしたなあ」
ウォーキングの間は僕たちが撮影していたメイキング映像も流れた。
涼香さんがなんとなく撮影していた写真やまりんちゃんや僕が撮っていた動画をベースに上手く編集したものだ。
ほとんどが新菜君が衣装を縫うところだったり、銀細工を作るところだったり、ジュジュちゃんとメイクをするシーンで構成されていて、観客はその映像とウォーキングする〝紬様〟に扮する新菜君を交互に見ては惜しみない拍手と賛嘆の声を投げかけていた。
でもそれ以外に、ところどころだけどアキラさんがアクセサリーを焼成するところや、ミヤコさんが男装のレクチャーをするところ、さらには僕がメイクをするところなんかも映っていた。
自分たちが真剣な顔で作業をしてる姿を観客に見られてると思うと最初はちょっと気恥ずかしかった。だけど二年五組のみんなが僕たちに向けて拍手をしてくれて、それを見た他の観客たちへとどんどん拍手の輪が広がっていった。気づいたら僕たちのほうを向いて拍手をしてくれてる観客に後ろを囲まれてる感じになっていて、自然と後ろを向いて立ち上がり、礼をしていたんだ。
とても、誇らしい気持ちだった。
「健星君も優勝できて良かったですよね」
「総合優勝も新菜君たちのクラスだったんでしょ。すごいよね」
その後は閉会式が行われ、ミスコンの一位は見事、健星君が勝ち取ったらしい。
閉会式は全校生徒だけで行われたため、僕たちは直接見れなかったけど、その時も大歓声だったことを健星君たちが後で教えてくれた。
初日の売上も二年五組がトップだったので、新菜君たちのクラスは今年も総合優勝に輝いたんだそうだ。
僕たちサポート組はその間に手早く片付けを終えて、閉会式を終えた後の校長室や職員室、生徒会室に挨拶に伺った。
楽しいイベントに参加させてもらったお礼を伝えようとしたんだけど、逆にものすごく感謝された。
「新菜君たちの担任の先生も、いい先生だったね」
「
優しい雰囲気の女性の先生が、僕たちひとりひとりの手をとって感謝を伝えてくれた。
五組の子たちがみんないい子なのは、こんな先生に見守ってもらえてるからなんだな、と自然に思えるような包容力のある素敵な人だった。
生徒会室では、元会長さんと、現在の生徒会メンバーみんなから最上級の謝辞を頂いた。
――皆様にはご協力頂き、生徒会一同、心から感謝申し上げます。
――麗様と紬様のお衣装、それに、お化粧。本当に素敵でした。
――さすがは五条君や喜多川さんと活動をされてる方々。ほんとうに素晴らしい技術を拝見できて楽しかったです。
公立なので金品の謝礼はできませんけど、と苦笑いしながら、〝プリンセスリリィ〟のステージと〝オープニングセレモニー・アフター〟を撮影した動画データをくれた。個人情報に配慮し、他の学生が映っているところをトリミングしたものだ。
――
――実は私、〝ジュジュ〟のファンなんです。夢みたいです。本当にありがとうございました。
お礼を言われたジュジュちゃんは元会長さんから握手を求められて、顔を赤くしながら応えた。
それから元会長さんは僕たち全員に向かって深々と頭を下げてくれた。
――想像していたよりも何倍も感動的なステージになりました。
――皆さんのお力添えがなければ絶対にできなかったことです。
――私のワガママを実現してくださって。本当にありがとうございました。
僕たちはそれに対して、同じくらい深々と礼を返した。
僕たちだって負けないくらい、感謝してるんだから。
そして最後に二年五組のみんなのところへ行った。
僕たちは、あれだけ情熱的なキスを観客の前で交わしあった二人は、今頃ベッタベタに密着してるんじゃないかとか、新菜君が真っ赤になっているかもしれない、などと冗談混じりの予想を語りながら教室を訪ねた。
教室に入ると、クラスのみんなは全員集まっていた。
衣装も脱いでメイクも落とした健星君。
もちろんまりんちゃんと新菜君もいた。
教室は健星君を中心にして、みんなでお互いの健闘を称え合ったり、先生からの差し入れらしいジュースで乾杯したり、写真を撮ったりして大盛りあがりだった。
新菜君とまりんちゃんは、予想に反してというか、二人でいつも通り一緒に立って笑ってた。全く平常通りに見えた。
でもよく見ると、二人の手がしっかり握られてる。
みんなの前で手を繋いだままなんて、これまでだったら新菜君が絶対に恥ずかしがってたはず。なのに今、彼には全然そんな様子がなかった。
あまりにも自然すぎたから最初は気づかなかったんだ。
クラスメイトもそんな二人を
二人は何度かお互いを見つめ合った。
指を絡めあうわけでもなく、抱き寄せるわけでもない。
目を優しく細め、口角をちょっと上げるだけの微かな笑み。それだけで二人は満たされてるようだった。
全部、解り合えてるらしかった。
アキラさんは二人のそんな姿を見て、教室から飛び出して行った。たぶんこんなところで大泣きしちゃわないようにかな。
あと、なぜか四季君がそれを追いかけて行ったけど理由は判らない。
クラスの中では村上君一人だけが、あれこそ
涼香さんも口を両手で押さえ震えてた。
そんな中で僕はミヤコさんと目が合った。
彼女の口元にじんわりと暖かい笑みが浮かぶ。
言葉には出さなかったけど、みんな思いは一緒だと感じた。
今この教室の中では、新菜君とまりんちゃんは主役として目立ってはなかった。だけど、すでに誰よりも祝福されていたんだ。
ジュジュちゃんはそんな新菜君とまりんちゃんの姿に頬を染め、次いで健星君の方を見て優しい顔をした。
やがて口元に笑みを浮かべたまま、仕方ないわね、と言うようにため息をついた。そして健星君のほうに歩いて行ったと思うと、その手を握りしめ、彼女なりの精一杯の賛辞を彼に伝えた。
健星君は真っ赤になりながら、満面の笑みでその手を握り返した。
教室は大歓声に包まれ、健星君もこれ以上ないほどの祝福を浴びた。
学校を終えて、高校生たちは近くのカラオケ店に打ち上げに行った。たぶんジュジュちゃんの妹の心寿ちゃんも合流するはずだ。
彼女は今日のエピソードを全部聞いたら消化しきれるのかな、と僕はちょっとおかしな心配をした。
たぶん胸いっぱいで今夜は眠れなくなっちゃうんじゃないか、と。
そして僕たち大人組は、こうしてウチのテーブルを囲んでいる。
「じゃあそろそろ、こちらも始めようか」
ミヤコさんがそう言って、買ってきたおつまみを取り出した。
僕は冷蔵庫からカッチャトーラやチキンのレモンマリネを出してテーブルに並べる。
「あまね君、お料理作っておいてくれたの?」
「はい、ひょっとしたら打ち上げがウチになるかもって思って、何品か作っておきました。なんとなくイタリアンかなーって思って」
「ほんとうにすごい気が利くよね……」
「ワイン買ってきたしね!」
「お嫁に欲しい……」
僕はキッチンでカクテルシェイカーを取り出す。これはバイト先のバーで使ってるのと同じやつを買っておいた。
グラスとマドラーも人数分用意。ライムのスライス、岩塩のミルも出す。
炭酸水メーカーもサブテーブルの上に置いておく。
「明日も休みなんで、遠慮なくどうぞ」
「三連休で良かったよねー!」
「あたしはスクリュードライバーで」
「いきなり⁉」
「……旭、マジで帰らないつもり?」
お姉さんたちのオーダーを受けて、カクテルを作っていく。
テーブルを囲んで、グラスを持つ。
「じゃあ、あまね君、音頭とってくれないかな!」
「一番年下ですけど、いいんですか?」
「いいんだよ。今回のサプライズ、あまね君がいなかったらできなかったし!」
「あのサプライズで、感動が三倍に膨れ上がったもんね」
「ほんとそれ!」
みんなはそう言ってくれるけど、感動させてもらったのは、僕のほうだと思う。
新菜君のクラスメイトたちも、ジュジュちゃんも、生徒会の人たちも、本当に素晴らしいパフォーマンスで心が暖かくなった。
いろいろな人に助けてもらったし、たくさんの経験をさせてもらった。
誰より涼香さん、ミヤコさん、アキラさん。
僕はいい人たちと巡り会えた。
この先、彼女たちがやりたいことは、できる限りのことをして助けてあげたい。
もちろん、あの二人にも。
恩返しするつもりだったんだけどなあ。また一つ、勇気をもらっちゃったよ。
でも僕は願う。
僕はいつまでだって、二人を応援するよ。
「それでは、グラスを持ってくださーい!」
「はーい!」
「今日の成功を祝って!」
「成功を祝って‼」
「それに――今日の主役たちへ祝福を」
「祝福を‼」
「恋する着せ替え人形たちに――」
「――乾杯‼」
〈了〉
あとがき:
外堀本編を執筆していた最中から、チャンスあれば描いてみたいと思っていた『新菜の女装』をメインテーマに選びました。
そして新菜が女装するなら絶対に『生ホスの紬様』だとも思っていましたから、プロット自体はあっというまに組み上がりました。
私はあまね君のキャラが好きです。とくに6巻に収録されているコスイベで新菜があまね君に向かって『言いません!』と叫ぶコマを読むと毎回涙が出てしまいます。
私はあの話を『海夢と新菜の高潔な心に触れて、あまねの臆病になっていた気持ちが救われるシーン』として捉えていて、いつかあまねが二人に恩を返したいと想っていると考えていました。
この作品を書いたのは2023年の春ですが、2025年8月の今、アニメ2期を見て、執筆時の熱が蘇ってきています。
あまね君が新菜の「言いません!」という強い叫びに声をふるわせて「そうだよね」と返すシーン。
文化祭で新菜が「俺が絶対に、俺の手で」と決意するシーン。化粧をみんなが見守るシーン。ステージで全員が声をあわせるシーン。なにより、新菜がステージの海夢を「手の届かないところへ行ってしまった」と、憧れ・諦め・嫉妬の混じった目で見つめ、直後に海夢の「ごじょー君の衣装とメイクです!」という言葉に全て報われて目頭を熱くするシーン。
すべて最高の映像と音響でした。嬉しくて嬉しくて、3年待った甲斐があったと思っています。
この作品も、すべては(当時まだいつ放映になるかわからなかった)アニメ2期に馳せていた思いから書かれたものです。
今は、報われた思いでいっぱいです。
たぶん、新規でお読みくださった読者の方々にも、アニメの余韻からここにいらっしゃった方も大勢いると思います。
願わくば、着せ恋原作と、着せ恋アニメのすばらしさを共有できれば嬉しいです。
外堀物語はこれで一応、完結ですが、このあと、思いつくままにエピソードを追加するかもしれません。
pixivがメインではありますが、ハーメルンしか掲載しない作品も書いてますので(拙作:病めるときも)、お付き合いいただければ嬉しいです。
お読みくださり、本当にありがとうございました。