ガゼルによる剣の修行が終わり、会談は終了。
リムル達は係の者の案内で王宮近くの高級ホテルに移動した。
ドワルゴン育ちのカイジン、ガルム、ドルド、ミルドはそれぞれ実家に帰っている。
「お饅頭おいしいね! お兄ちゃん」
「うまい!」
ガゼルからもらったお饅頭をマツリとウタゲが仲良く頬張る。
ウタゲを剣士にした偉大なお饅頭である。
ウタゲの新たな一面。
剣の才能。
リムルの目にもはっきりとわかるほどの異常な成長速度。
訓練場で剣を振る様子を見ているウタゲは動きのイメージが頭の中にあったのかもしれないが、それだけでは到底説明のつかないものだった。
こうなると、リムルとしても真剣*1に検討せざるを得ない。
「なあウタゲ、お前、これからも剣の修行を続けたいか? 帰ったらハクロウに話をしようと思うんだけど」
「やりたい! もっとやる!」
即答だった。
これは意外だ、とリムルは思う。
「やる気十分だな。剣の道の奥深さとやらに気付いたのか?」
「うん、ハクロウはどんなお饅頭をくれるのかなって」
ホテルの一室が笑いに包まれる。
やはり食い意地。
ウタゲにとって剣の修行とはお饅頭召喚の儀式なのである。
リムルは聞き方を変える。
「あー、えっと、お饅頭が無くてもやりたいか?」
「んー……」
ウタゲは考え込んだ。
すぐさま否定しない辺り、意外と食い意地だけではなく剣そのものにも魅力も感じているらしい。
そう言えば、とシオン。
「ウタゲ様はよく訓練場にも顔を見せてくださいますね。私やマツリ様に会いに来ているのだろうと思っていましたが、意外と訓練そのものに興味があったのかもしれません」
「意外とあり得るかもな。剣の振り方や身のこなしだって良く見てるみたいだし」
「ねえパパ」
考え込んでいたウタゲが口を開いた。
「何だウタゲ?」
「お饅頭が無くても、私、剣をやってみたい」
真っすぐリムルを見つめるその瞳に、リムルはシズさんの面影を感じた。
静かで、強い瞳だった。
☆
翌日、武装国家ドワルゴンとジュラ・テンペスト連邦国の友好宣言の式典が行われた。
友好宣言とはつまり、ドワルゴンの国民に対するリムルとガゼルの仲良しアピールである。
式典の主役は、ガゼルとリムル。
会場で最も目立つ壇上に並んで立ち、国民の視線を一身に浴びる。
シオンはリムルの護衛としてすぐ後ろに控え、シュナ、マツリ、ウタゲは会場からリムルの勇士を見守っている。
壇上のリムルとガゼルは小声で内緒話だ。
「緊張しているのかリムルよ。ガチガチではないか」
「うるさい……! こちとらまだ王様なりたてなんだよ……!」
「貴様が緊張するのは構わんが、最後の演説でへまをするなよ? 友好国の王が頼り無くてはこの俺のイメージまで下がるだろう」
「だったらプレッシャー掛けないでよ……」
にやりと笑うガゼル。
わざとやっている。
式典はつつがなく進み、いよいよリムルの演説である。
シオンがスライム形態のリムルを高々と掲げる。
リムルは脳内にカンペを出し、シュナやカイジンと練り上げた台本を一言一句そのまま読み上げた。
──ふう、我ながら完璧だな。
自画自賛である。
リムルの挨拶を最後に式点は終了した。
ガゼルが何か言いたそうな顔でリムルを睨んでいたので、王宮に戻り二人だけで軽く反省会を行う事に。
場を整え、ガゼルとリムルの二人きりになった瞬間、ガゼルが呆れた表情を隠そうともせずにこう切り出した。
「貴様の事だからやらかすかもしれぬとは思っていたが……まさか本当にやるとはな」
「何のこと?」
「素であれか……」
「だから何のことだよ?」
「演説に決まっておろう。何なのだアレは。やけにへりくだり情に訴えるような言葉を並べたかと思えば、半分以上はマツリとウタゲの話ではないか」
リムルの親バカはドワルゴンの式典でも見事に炸裂したのである。
ドワルゴンの国民の頭にはもはや魔国とドワルゴンの友好ではなく『なんか凄い親バカのスライムが来た』という印象しか残らないのだった。
「完璧な演説だっただろ? マツリとウタゲの素晴らしさを上手く伝えられたと思う。うん、今思い返しても最高の演説だったな」
「はっきり言おう。零点以下だ」
「なんでだよ!?」
「親バカうんぬんを抜きにしても零点、そして親バカでさらに減点だな。ゼロどころかマイナスと言っていい。やらない方がマシなレベルの演説だったのだぞ?」
「マジか……。いや、ガゼルが言うならそうなんだろうな。気を付けるよ」
繰り返すが演説の内容はシュナやカイジンらと共に内容を精査したものである。
それでも誰も違和感を覚えないのだから魔国の民がいかにマツリとウタゲに心を奪われているかが分かるというものだった。
「まあ、魔国がどのような国かはこれ以上ないくらい我がドワルゴンの国民に伝わっただろうよ。そこだけは間違いない」
「アハハ……」
やらかしたのだという自覚が遅れて芽生えたリムルは、恥ずかしそうに相槌を打つしか出来なかった。
☆
心を削る式典という大イベントが終わり、リムル達はホテルに戻る。
今日はもう国主としての仕事はない。
しかしリムル個人にとっては極めて重要なイベントが残っていた。
夜の蝶。
リムルが初めてドワルゴンを訪れた際にカイジンに連れてこられた、夜のお店。
綺麗なエルフのおねーちゃん達が待つこの世の楽園。
ゴブタと一緒に行く約束をしていたので、リムルはシュナとシオンの目を掻い潜ってホテルを抜け出し、お店に向かう必要があるのだ。
夜、リムルの部屋ではマツリとウタゲが寝る準備をしていた。
「パパ、もう寝る時間だよ?」
「おふとんフカフカだよ?」
ベッドの上でマツリとウタゲがリムルを待つ。
なんと愛らしい姿だろうかと心の中で悶絶しつつ、しかし今日に限っては同じ布団にもぐり込みたくなる気持ちをぐっと抑えてその部屋を後にしなければならないのだ。
全てはあの楽園の為。
「悪い、先に寝ててくれ。パパはちょっとやることがあるから出かけてくる」
「夜の蝶?」
「そうそう夜の蝶……え?」
「えるふのお店!」
マツリの口から『夜の蝶』という単語が出てきて焦るリムル。
「な、なんでお前達がそのお店を知っているのかな?」
「さっきゴブゾウがどこかに出かけていって、どこに行くか聞いたら教えてくれたよ?」
「あのバカ!」
リムルの秘密の外出は早くもバレていたのだった。
しかしこのくらいで諦められる程、リムルの欲望は軽くない。
というより、エルフのお姉ちゃんを目前にして正常な判断力が失われていたのかもしれない。
「ええいしかたがない! お前らも来い!」
「「はーい!」」
マツリとウタゲの参戦が決定である。
教育に悪いかもと一瞬考えたリムルだが、性欲の無いスライムにとっては夜の蝶もただの飲食店でしかないので問題ないと思いなおした。
リムルとしてもそこまで羽目を外すつもりもないので、子供二人が居ても楽しく遊べるだろう。
なお、リムルはゴブゾウがマツリ以外に秘密を漏らしている可能性は全く考慮していないのだった。*2
「よし、じゃあ今からこっそりホテルを出るぞ。シュナに見つからないようにな」
「うん」
「おんみつだ」
「おんみつ!」
スライム形態のマツリとウタゲの額*3に、にょきっと一本の角が生える。
魔国の隠密と言えばソウエイなので、その真似である。
3匹のスライムはぽよんぽよんと音もなく廊下を進み、ホテルを脱出したのだった。
そしてやってきました夜の蝶。
「いらっしゃいスライムさん。あら、お子さんも連れて来たの?」
「ホテルに置いていくのも悪いと思ったからね。遊んであげてよ」
「こんばんはー」
「宴だー!」
店の扉をくぐると、お店のママが出迎えた。
スライムの登場に店内が沸く。
「あの時のスライムさん! お久しぶり!」
「3匹に増えてる?」
「私この子貰っちゃおー」
「じゃあ私はこっち!」
「まって私も抱っこしたいー」
ぷにぷにのスライムは相変わらず大人気である。
マツリとウタゲは早くもエルのお姉ちゃん達の抱き枕にされている。
「旦那ぁ、こっちは先におっぱじめてるぜ」
「こっちだこっち!」
店の奥ではカイジンにカイドウ、そしてゴブタ達が綺麗なエルフに囲まれて夢のひと時を楽しんでいた。
男なら誰もが一度は夢に見る楽園。
エルフのお店。
「おう! 待たせたな! 今行く!」
リムルはぽよんと跳ね、ひときわ大きなたわわの谷間へとダイブしていった。
☆
夢はいつか醒めるものである。
やがて予約の時間も終わり、一同後ろ髪をひかれつつ店を出た。
「ういーっ、おめぇよっぱらいしゅぎだろぉー」
「おまえこしょー」
千鳥足で繁華街を歩くカイジンとカイドウ。
「う゛ー……歩けないっす……」
鼻血の出し過ぎで貧血なゴブタ。
ゴブタを介抱する取り巻きのゴブリンたち。
「楽しかったね」
「お酒はいつものやつの方が美味しいけどね」
マツリとウタゲはしっかり楽しめた様子。
「お酒ってのは誰と飲むかも大事なんだよ」
リムルもほくほく顔である。
飢えた男たちの心を潤す安らかなひと時であったことは間違いない。
シュナとシオンの目を盗んで男たちで夜遊び。
この後訪れる悲劇さえなければ、綺麗な思い出で終わっていたのだろう。
道すがら、リムルが貧血のゴブタを介抱ししながら歩いていると背後から女性の声。
「手伝いましょうか?」
リムルは振り向きざまに答える。
「ああ、すいませ──」
そこに居たのはシュナ。
とても綺麗な、しかし張り付けたような笑顔を浮かべてそこに立っていた。
──ヒュッ
呼吸など不要なはずのリムルが、緊張で息を吸い込むような錯覚を覚える。
もはや言い訳は不可能。
哀れな男たちはシュナと、シュナに同行していたシオンのお説教を喰らう羽目になったのだ。
「怒ってなどいません。ただほんのちょっとだけ、寂しかったのです」
「……」
一同、誰に言われるまでもなくその場で正座である。
冷や汗を流し表情を引き締めるカイジンとカイドウ。
恐怖でガチガチと歯を慣らすゴブタ。
平静を保ちつつ必死で頭を回すリムル。
シュナとシオンの説教は表面的には温和なものだったが、その心の奥底に秘められた怒りの強さがにじみ出ている。
リムルは誠心誠意謝った。
本来なら魔物達の主たるリムルは何をしても配下から咎められる立場ではないのだが、それはそれ、これはこれである。
シュナが怒っているのなら謝る以外の選択肢はありえないのだ。
やがてシュナの怒りも少しは収まったらしく、お説教は終わりのムードが漂ってきた。
ここを切り抜ければホテルに帰れる……とリムルは安堵したが、シュナは甘くない。
「まあ反省しているようですし一週間、シオンの料理の刑で許して差し上げます」
「なっ!? それはあんまりじゃ」
「……リムル様?」
にっこりとシュナが笑う。
──ヒュッ
スライムボディがピクリと跳ねた。
「3日になりませんか」
「1週間です」
「はい……」
こうしてリムルはシュナとシオンに内緒で夜遊びをした罰として、一週間もの間シオンの料理を食べなければならないという命令を出されてしまうのだった*4。
☆
「パパ大丈夫?」
「シオンの料理って気絶するほど美味しいのかな」
「……」
ある朝。
リムルの庵ではスライム親子で仲良く朝食の時間。
シオンの作った料理……と呼んでよいのか良く分からない物体を口に含み、リムルが倒れた。
「パパ泣いてる」
「美味しすぎて感動してるんだ」
リムルは涙を流していた。
気を失ったまま。
この小説もなんやかんやでもう30話。延べ21万字も書きました。
自分を褒めてあげよう。わはは。