DIOの子供達が回復したのと同時刻。
SPW財団の息がかかったとある地方病院にプッチ神父は静かに一人入院していた。
病室は暗い。
カーテンは閉め切られ、何の音もない個室は静まり返っている。
陽の光がない室内で花瓶にいけられた花は萎れて力をなくしていた。
そこに無機質な白いベッドで胎児のように丸くなる、一人の男の姿がある。
病衣の男はげっそりと隈をそなえ、握りしめられた震える手を掛け布団の中に隠して縮こまっている。
「徐倫、すまない…ドメニコ、ペルラ、私が悪かったんだ、全て…」
単なる独り言だ。しかし本音でもあった。
怪異に取り憑かれたことで、己の辿ったかもしれない道を知ってしまったプッチには、今は全ての物事が厭わしく眩しすぎる。
怨念に取り憑かれたプッチは、怨念の記憶を垣間見ていた。
妹のペルラがプッチ自身の雇った探偵に暴行され死亡したこと。それに心を壊した弟ドメニコの記憶を取り上げたこと。
その果てに、世界全てを破滅させようとしたこと。
プッチ神父は、その全てを見たのだ。
だからこそこうして記憶に苛まれている。
ふと、控えめに鳴り響くノックの音に、プッチは口をつぐんだ。
「………誰だ」
「俺だよ、兄貴。ペルラも後から来るから、少し待っていてくれ」
「ドメニコ」
部屋に入ってきたのは特徴的な毛皮の帽子を被った男だった。
彼の名はドメニコ・プッチ。
別の可能性世界ではウェザー・リポートと呼ばれていた、プッチ神父の実の弟である。
入ってきたドメニコは部屋入り口にあった病室の明かりをパチリとつけた。
遠慮のない蛍光灯の光にプッチは思わず呻いた。
光が目に染みて生理的な涙が出る。
「調子はどうだ。タチの悪い怪異に取り憑かれていたとSPW財団に聞いてから心配していたんだ。兄貴は優しいから、怪異に変に付け入られるんじゃないかって」
「………ドメニコ」
弟の言葉は実に心配そうで、余計にプッチは情けなくなって自分が許せなくなる。
今回の大事件で死者もかなり出た。多くの人に迷惑もかけた。
世界を滅ぼす寸前だったと、プッチ神父は知っている。
ドメニコが萎れかけていた花を新しいものに取り換え、土産の果実を横に置いた。
瑞々しいりんごの赤が真っ白なだけの病室に映える。
「兄貴、家で切ってきた方もあるから食べるか?ペルラがリンゴを剥いてくれたんだ」
「……ありがとう、いただくよ。ドメニコ」
「無理はするなよ。用意はこっちでするから、兄貴はそのまま寝ててくれ」
「……、……すまない」
がさがさとバッグを開ける音、食器を用意する音を聞きながら、プッチ神父は自己嫌悪で死んでしまいそうで、たまらず口を開く。
懺悔室なんてこの病院にはないけれど、今のプッチには最も必要なものだった。
「ん、どうした兄貴?」なんて無垢にこちらを見る弟に、プッチは歯を食いしばって己の罪を自供する。
「………、今回の事件。私はあの怨念に取り憑かれた」
「ああ」
「あれは私だった。あったかもしれない可能性の世界の、私自身だったのだ」
「……?どういうことだ?」
怪訝な顔でドメニコが手を止めた。
皿に乗ったりんごが瑞々しく主張している。
「私がペルラを殺した。私の過失で、結局は私の仕業だった」
「おい、なにを…」
「ドメニコ、お前の記憶を奪って無責任に放り出した挙句殺した。徐倫も殺した。承太郎も、みんな邪魔者は殺した」
「何を言っているんだ、兄貴!?」
「あれは私だった!!あんな卑劣を働いておきながら、なんの感慨すら抱いていない!!悪魔は、私の方だったのだ!!!」
「兄貴!!!」
落ち着け!とベッドに押し戻され、プッチ神父は咳き込んだ。
すぐさま「すまない兄貴、乱暴だった」と謝る弟のなんと善性なことか。
涙が出る。
苦しくて情けなくて見られたくなくて、プッチはベッドに顔を埋めて布団に丸くなった。
「兄貴。事情はわからないが、あの怪異に取り憑かれて何かあったんだろ」
「……」
「俺は生きてる。勿論ペルラも。殺されてなんかいない」
「……それは、承太郎が居たからだ。彼に助けられなければ、私は悪辣な本性を」
違う!とドメニコは叫んだ。
その声に思わず思考に空白ができる。違う?何が違うんだ?
「兄貴は悪辣なんかじゃない」
「お前はあの悪魔の所業を知らないからそう言えるんだ。結局今回命を散らした人々も、私の…」
「違う。兄貴は悪くない」
ドメニコは言葉を切って、プッチ神父をまっすぐに見た。
「だって、兄貴はこんなに優しいじゃないか」
「優しい…?」
「兄貴のスタンドは優秀だ。ホワイトスネイク。悪いことだって、やろうと思えばたくさんできた」
「……」
「それでも兄貴はそれをしなかった。スタンドを制御できなくて苦しむ人を救い、専用のプログラムまで作ってスタンド操作の基礎を教える講習もしてる」
「………それは」
「救われた人もたくさん居たはずだ。俺だって、一時期ウェザー・リポートの操作が上手くいかなくなったとき、兄貴に助けられた」
真っ直ぐに見つめるドメニコの瞳が、プッチ神父の視界に穏やかな夜空のように広がっている。
純粋に己を慕う瞳。心配する瞳。
その真摯な光に、プッチは視界が歪んでいくのを感じる。
ああ、弟に涙なんて見せたくないのに。みっともない。カッコ悪い。
それでも、あの惨劇を、結末を回避した結果がここにあるのだと実感すれば、目を逸らすなんてとんでもないと思う。
今現在がいかに奇跡か、プッチ神父は知っている。
弟と気兼ねない会話をし、妹が庭の花に水をやり、神父として皆を教え、導き、ただただ平和を享受する。
そんな日々がどれほどの奇跡で成し遂げられたものなのか、プッチ神父は知っているのだ。
「兄貴」
「……ドメニコ。ありがとう」
「いいんだ。兄貴は優しすぎていけない。ちょっとぐらい自己中に考えられるようにならなきゃな」
「ははは。お前には助けられてばかりだ。りんご、いただくよ」
「ああ。あ、ペルラから電話だ」
何気ない動作でドメニコが部屋のカーテンを開ける。
柔らかな朝の日差しが病室に差し込み、新しく生けられた花を照らす。
眩しくて少しだけ目が眩んだ。
しかし2度ほど瞬きすればそれも薄れ、外は美しい朝の空が広がっているのが見える。
青いグラデーションがどこまでも広がる空に、穏やかな雲がぽつりぽつりと浮かんで、今日は快晴なのだと教えてくれた。
「ペルラがあと五分ぐらいで病院に着くってさ。俺が受付に迎えにいくから、兄貴は待っててくれ」
「……ああ」
病室から出ていくドメニコの後ろ姿を見て、プッチ神父は息を漏らした。
この後、承太郎に会いに行こう。
謝って感謝を伝えて、それからまた財団員として働こう。
まだ自己嫌悪は消えない。
しかしきっとこの平穏は彼が齎した唯一無二の奇跡だから。
プッチ神父は惨劇の記憶を背負って歩くのだ。
次は恒例のスタクル飲み会ギャグにしたいな