大きな扉の前で勇者達は声を掛け合う。
「みんな、ここが魔王軍四天王最後の一人、最強と名高い"紅蓮腕のジデゴロ"の間だ。心してかかるぞ!」
「えぇ、ここまでの道中は不気味なほどに静かだったわ。何が待ち構えているか分からないわね」
「扉の向こうからは強力な気配が一つではありません。いきなりやられないよう気をつけましょう」
勢いよく扉を開け、四天王の間へと飛び込む勇者達。
玉座を模したような大部屋は荒れ果てた調度品や大きな傷や損壊を施された壁床で荒々しく彩られている。
奥には歪で巨大なシルエット。傍らには小柄な女性型が一体。
「グフッ」
最後の四天王、紅蓮腕のジデゴロが声を漏らす。
ウォームアップは既に終わっているとばかりの熱気が勇者達を打つ。
「……ジデ……ゴロ……ジ……ゴロ……」
低く唸るような巨躯の声。
その声を受けて四天王のそばにいた女性、メイド服を着ているのでメイドだろうか。
メイドが勇者達へと声を張る。
「四天王ジデゴロ様はこう仰っています! 『よくぞここまで来たな勇者達! 我は四天王最後の一人、名は紅蓮腕のジデゴロ! 我は他の3人のように楽にはやれぬぞ! 心してかかってくるが良い!』と!」
「そ、そうか。通訳ありがとう」
メイドのよく通る声に押されたのか、勇者が顔を引き攣らせ気味に応じる。
「……ゴロ……ッ」
ジデゴロの唸り声を聞いて小さく頷くメイド。
「更にジデゴロ様の言葉はこうです! 『我の弱点は背中の三番目のトゲの脇にあるロココ調のウロコ! 先の戦いにより左腕を失っているため必殺技である"バーニング灰燼クラッシャー"は既に放てぬ! 絶対防御たる"熱波の鎧"は水も氷も効かぬが煙魔法による空気遮断が有効だぞ! いざ尋常に勝負!』です!」
「うーん、今回は解説つきかぁ」
朗々と告げられた攻略方法に勇者は思わず頬を掻く。
確かによく見ると四天王ジデゴロの左腕は今し方捥がれたかのごとく出血をしており、その身体は体力の喪失からか小刻みに震えていた。
メイドの告げた『勝負!』という言葉にも関わらず、躊躇って動こうとしない両者。
それを見かねたのか、メイドが横にいる四天王に軽く蹴りをいれ、小さく低い声で命令する。
「行け」
「ゴロ……ッ」
四天王ジデゴロが戸惑いながら一歩前に踏み出す。
大体状況の分かった勇者はなんだか彼が可哀想になってきた。
だがその一蹴りで気合が入ったのか、ジデゴロは大きく一歩踏み出すと轟くような叫び声で吠えた。
「ジデっ……ゴロジデグレェェェ!!!」
「操られた悲しきモンスターの叫びですわねこれ」
魔法使いが呆れ10割で呟く。
そこにメイドの緊張感の無い声が追い討ちをかける。
「あ、この程度の四天王ごときに勇者様達が苦戦すらする可能性がありませんでしたので、体力は二割程まで削っておきました。既に変身後の最終形態ですので、存分にトドメを刺されてくださいませ」
「そ、そっかー、助かる、なぁ?」
「いえ、この程度の露は適度に払っておくのがメイドの勤めにございますので」
勇者の戸惑いがちな言葉にもキッチリと指を揃えて頭を下げるメイド。
最後の四天王はその後あっさり倒された。
〜 ◯ 〜
「ということで、追放ですわよ! いえ、出てってもらいますわ今日こそ!」
「そ、そんな強い言葉は可哀想ですよ……」
四天王を倒し、街に戻って宿を取った翌朝。
勇者一行は彼らの部屋で朝食を取っていたのだが、その最中に魔法使いが叫んだのだ。
隣にいた聖女が慌てて宥める。
同時に叩いたテーブルがガシャンと揺れるが、メイドはすかさずその乱れを直した。加えて白い布切れを持つと王女の脇へとそっとまわる。
「失礼します。王女様、ナプキンに汚れがつきましたので代えさせていただきますね」
「ん、ありがとう。じゃなくてね! 出て行って欲しいのは貴女なんだけど、メイドさん!?」
「え、はい。なにか粗相でも致しましたでしょうか」
この国の王女でもあり随一の魔法の使い手でもある彼女が指差したのは、壁際へと控える定位置に戻ったメイドであった。
しかし、メイドはその理由が分からず不思議そうに問い返している。
その様子に勇者は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、君に何か落ち度があるわけじゃないのが、本当に心苦しい話しではあるんだけどね。こればっかりはどうしたもんか……」
「そ、そうですよ! 昨日の四天王戦だってメイド様が事前に露払い? をしてくれていたお陰で日帰りで終われたんじゃないですか! そんな事を言っては可哀想ですよ!」
勇者の言葉を継ぐようにして、女神より加護を与えられし聖女であるところの箱入り聖女がメイドを擁護する。
「ご心配には及びません聖女様。あの程度の敵は皆様なら秒殺でございましたので、私は余計な手間を省いただけに過ぎませんので」
「流石に秒殺は無理かなー」
メイドの返しに勇者が困ったように笑う。
そんな三人を見て話しがこんがらがったのに気付いた王女がもう一度机を強く叩いた。
「だ・か・ら!」
「王女様今度はおぐしが」
「ん、ありがとう。じゃなくてね!」
反射でお世話をされたお礼をまた言ってしまったところで我に帰る王女。
「あなっ、……貴女を!」
すぐ隣に来ていたメイドへ首を向けた時には既に壁に戻っていたので、改めて壁へと向き直って王女が叫ぶ。
「ワタクシ達は三人パーティで、貴女を受け入れた覚えはそもそも金輪際無いのよワタクシ達!?」
「うーん、そうなんだよねぇ。いつの間にか当然の顔して着いてきてたけど、僕も参加を許可した覚えは無いんだよなぁ」
「そ、そうですね。女神様の神託でも魔王の討伐は選ばれし三人と言われていましたし、こないだ改めて女神様にお伺いしても『え、誰そいつ、知らん……。こわぁ……』としか返ってきませんでしたし」
「女神様の返し、大分フランクだね」
そう。メイドは別に勇者パーティの一員とかそういうわけでもなんでもなく、いつの間にか着いて来ていたよく知らんその辺の誰かなのであった。
ゆえに今朝も当然のように皆を起こし、服の着替え、歯磨き、朝食の用意、洗濯物の回収、ゴミ捨て、掃除、給仕までを行っていたメイドは明らかにおかしいのであった。
いや、ゴミ捨てと掃除は宿泊まりなので明らかに不要だと思われるが。
ともかくもう随分の間、勇者達はこの自称メイドを名乗る女にまとわりつかれ、お世話されまくっていたのだった。
正直言って普通に怖い。
「いーい!? ワタクシは貴女が実は魔王軍の参謀だったとか、悪い貴族からの刺客だったとか、そういう最悪の可能性だって考えなきゃいけないぐらい貴女の事が分かんなくて怖いんだからね!?」
「え、いえ、違います。私は魔王軍参謀でも刺客でもありません、ただのメイドです。信じてください」
「参謀や刺客は違ったとしても、雇い主がいないからメイドじゃないのも確かなんだよねぇ」
「王女様。メイド様は私達の為に今まで尽くしてきてくれました。そんな方を敵と疑うなんて可哀想です……」
「い、いやワタクシだってメイドが悪だなんて本気で思ってるわけじゃないけど、この子が理解出来ないのは仕方ないと思わないかしら!?」
ちょっと言い過ぎたかなと王女が慌てながら弁明する。
勇者と聖女は思わず頷いてしまった。
「それはまぁ」
「そ、そうですね。否定は、できないです……」
ということで満場一致の決である。
「ほら、分かったでしょ。何度も言って悪いけど今日限りで出てってくれるかしら」
「……仕方ありません。かしこまりました。本日はこれでお暇させていただきます」
「いや、本日『は』じゃなくて、本日『で』お暇してくれるかしら!?」
「問題ございません。次の目的地は魔王軍の侵略が予知された例の港町でよろしいですね」
恭しく頭を下げながらメイドは確認する。
「そうね。って、話した覚えの無い次の行き先もう知ってるし、なんなのかしらこの子は〜!?」
「それでは失礼させていただきます」
「あ、あぁ、なんか次の街にも普通にいそうで怖いけどもう慣れてきたかな」
「勇者様、港町までの新しい地図と野宿セット、食糧は馬車に積んでありますので出発前に馬屋に声をお掛けください」
「ん、うん、ありがとう。おかしいな先日の山越えで馬車は手放したはずなんだけど、……なんでもいいか」
「聖女様、こちらがこの地方で罹患が懸念される風土病と毒類への薬一式と使い方になります」
「わぁ〜、いつもありがとうございますメイド様。毒も病も種類が多いからこれで万全に皆様を癒せます」
「王女様、こちらは二つ隣の街の悪代官の不正の報告書とそれを確認した王宮からの沙汰の結果報告になります」
「すごーい、ワタクシの行脚の裏目的である世直しもバッチリですわ、いつも本当に助かりますわ、ってだからなんで毎度毎度貴女が全部解決してるんですのよーっ!?」
勇者と聖女には流されたが、王女は流石にしっかりとツッコミをいれてくれた。
「ご安心ください。いつも通り筆跡と印は王女様のモノと一致していますので功績は余す所なく王女様のモノでございます」
「筆跡はともかく印が簡単に真似されてるのマジのガチにヤベーんですけども、結果はともかく手段が分からないのでワタクシにはもう手の打ちようがありませんわ……」
がっくりと項垂れる王女の肩や背中を叩いて慰める仲間達。
そんな心温まる勇者パーティの絆を確認したところでメイドは再び深く頭を下げる。
「それではこれで失礼させていただきます。皆様の旅が女神様の慈愛で満たされる事を願っております」
「あ、あぁ、悪いね、それじゃ」
「洗濯物はいつもの網カゴに、夕食は7時頃でご用意しておきます」
「いや全然離れる気ないじゃないですのよ貴女!」
「ご安心ください。姿は見せませんので」
「それはもう何か別の妖怪とかそういう怪異の類いだと思いますわ……」
「ではありがとうございました」
「うん、またお願い致しますメイド様」
「だからまたじゃダメなんですのよ……、ってああもう」
王女が言い切る前にメイドは静かに部屋を離れていた。
ややこしい一人分が減ったお陰で少し静かになった部屋で王女が頭を抱える。
「……はぁー。本当になんなんですのあの方は」
「まあそんなに言わないであげてよ。助けてくれてるんだしさ」
「それは分かってますけども、でもそろそろいい加減に離れてもらいませんと困ってしまいますわ」
「そうですね。……四天王も全部倒しちゃったから魔王も今度こそ本気になると思います。次の戦いは今までの比にならないくらい厳しいと思います」
「そうだな。僕たちも今度こそ命を懸けることになる。だから一般人でしかないあの子をこれ以上付き合わさせるわけにはいかない。そうだろ?」
しんみりとした空気の中で勇者が王女に尋ねる。
王女は、臣民を愛するところの王女は小さく頷く。
「えぇ、次の港町を越えればその先には人類の拠点はありませんわ。今回がダメでも最低でも次回の追放では本当に諦めてもらいませんと、あの子の命に関わりますわ」
「次まだ来るのを確信してるのウケるね」
「茶化さないでくださいまし! あの顔はこの街と次への道中全部で姿も見せずにこちらの世話を焼きながら、港町についたらなんの違和感も無く門の前で頭下げながら待ってるつもりの顔でしたわよ!」
「見てきたような的確な予想です、ね」
「そりゃこの半年で二桁越えでやられたら誰だって分かりますわよ……」
王女が深く深くため息をつく。最近眉間の皺が増えた気がするのだ。思ってたのと違う方向で。
ただ、勇者は優しい声で呟く。
「でもまぁ、他人を心配する余裕ができたのは彼女のお陰じゃないかな」
「そうですね。半年前までは私達連戦につぐ連戦で毎日ボロボロでしたね」
「まぁ、そうですわね。軍は主戦線で大変ですし、こんな過酷な旅についてこれる使用人なんていませんし、最悪寝首かかれる信頼出来ない仲間なんて作れませんし、街ごとにサポートを受けられるとはいえ、基本的には全部自分達でやらなきゃいけませんでしたから。大変でしたわ」
「だからそんな状況を助けてくれた彼女には、ちゃんと生き残って貰わないとね」
「えぇ、勿論ですわ! 嫌われ役は慣れておりますの。ワタクシにお任せあれですわ!」
悪役令嬢さながらのポーズで自信満々に言い張る王女は、むしろ誇らしげであった。
勇者は申し訳なさそうにはにかむが適材適所には違いなかった。
「ごめんねありがとう。じゃあ手早く朝を済ませて、次の街に行く準備をしようか」
「ええ!」
「はい!」
勇者達は力強く頷き合う。メイドの作ってくれた少し冷めた朝食を食べて。
なお、準備は既に完璧に済まされていたため、この日の予定は四天王討伐の正式な報告しかできる事が無く、時間調整の為に申し訳ないと思いつつも街デートを1日楽しませてもらい、翌朝早く港町へと出発したのだった。
数日の旅の後に港町につくと、雇った覚えの無いよく見知ったメイドが当然のように深々と頭を下げて待ち構えていた。
「やっぱりいましたわ、この謎メイド!」
〜 ◯ 〜
「さて、悪い情報ですわ」
「聞きたくないなぁ」
今は予知された港町の侵略に向けた待機中だ。
海を挟んだ魔王前線島から来るであろう、これまでとは一線を画した規模の大船団。
小規模な偵察から続々と軍備が増されていくのが報告されており緊張は否が応にも増している最中である。
激しい海流により攻めるよりも守りを選択された港町は土塁築城陸砲の増築が今も休まず行われていた。
そんな中の凶報である。
「お父様率いる国軍が魔王軍野戦城の占拠に成功しましたわ」
「え、すごいじゃないか? 大戦果、だよね?」
それが凶報になるのだろうか。
だが、続く言葉でそれが肯定されてしまう。
「空城の計をやられましたの」
「そ、それは……っ」
「攻勢の弱くなった魔王軍の隙を突いて瓦解させ、押し込むように野戦城を抑えたと思ったところで城から火が出て国軍は被害を被ったそうです」
「魔王軍にそこまでの知略があったとは」
王女の言葉に勇者も聖女も絶句する。
「幸いお父様は後方にいたので大事はありません。城に入っていた兵の数も全体から比べればそれほどではなかったのですが、混乱に乗じて魔王軍が再度攻勢を掛けてきて前線は大混乱だそうです。幸い魔王軍主力が抜けている為、瓦解とまではいかず踏みとどまってはいるらしいのですが」
「そうか、総崩れになってないだけまだ運が良かったの、かな」
「そうですね。敵の主力がいないのは助かりましたね」
ホッと息をつく勇者と安心した顔の聖女だったが、それに追い討ちをかけるのが凶報の本命だ。
「最悪はここからですわ。抜けた主力、どこに向かったと思いますの?」
「っ!? ま、まさか!」
「そのまさかですわ。陸側から、この街に、向かって来ますわ。到着は海側からの侵略が想定それるのとほぼ同時期になるそうです」
「そん、な……!」
海と陸の2正面作戦。
海からの攻勢だけでも勇者達を含めてさえも五分五分かどうかと見込んでいたところに、国軍とさえ対等に渡り合っていた魔王主力軍の陸からの進軍。
絶対絶命とはこの事ではなかろうか。
「はっ! 街の避難は!?」
「元より粗方は済ませておりますけど、これ以上は海にも陸にも逃げ場が無いので無理ですわ。逃げたところで捕まって殺されるのがオチですわね」
「それじゃあ皆んなここで生きるか、死ぬかしかないん、ですね」
「そうですわね」
悪い情報は共有された。
ここからは対処の相談だ。
「と、いうことよ。ワタクシが何を言いたいかはもう分かってますわね?」
王女は勇者でも聖女でもない相手に話しかける。
応えは壁際から返ってくる。
「勿論です王女様。魔王軍がごとき相手の露払い、このメイドに委細お任せください」
「はぁ〜〜〜〜〜。女神様からのご指名も無い自称メイドの正体不明な一般人を当てにしなければいけないなんて、本当の本当に王族の矜持としても業腹ものですけども、背に腹は変えられませんわ」
バシバシバシと両の手首だけで品無く王女様が机を叩く。
心底ご不満らしい。
だがその案には勇者も賛同するしかない。
「とはいえ、贅沢を言っていられる状況じゃあない。メイドさんの魔王軍四天王を一人であそこまで追い詰めた実力は本物だ」
「いえ、私など皆様と比べれば塵芥ですので」
「まぜっ返しはおやめなさい」
「はは。これは僕たちの命だけじゃない港町の人達全員の命がかかってるんだ、街を支える為に戦えない人もまだ多くいる。手の平を返すような言動で僕としても申し訳なさしかないが、頼まれてくれるかい?」
「当然でございます。王女様、勇者様からのご指示、このメイドが従わないはずございません」
「わ、私からもお願い、します!」
「はい。もちろん聖女様からのご指示にも同じように」
女神の使命を果たす為に命を懸ける事を三人は既に心に決めている。だからそんな彼らの為に一般人でしかないものの命までかけさせる訳にはいかない。
しかしそこに大勢の無辜の民の命までもが目の前にかかるというのであれば、使えるものを使わない選択肢は無かった。
「早速ですけど振り分けの話しに入らさせてもらいますわ。ワタクシとメイドが海、勇者様と聖女様が陸。魔王海軍をワタクシと沿岸警備隊の儀式魔法でできるだけ早く叩きますわ。メイドはワタクシの護衛です」
「僕たちは王女が戻ってくるまでの間の時間稼ぎと敵減らしってところか」
「大役ですね。が、頑張ります」
勇者達がそれぞれの取るべき役割を確かめ合う。
何百という兵がこの港町にもいるはずだが、それらを1人で凌駕するのが一騎当千たる勇者達である。
ゆえに彼らの果たすべき使命は他の誰よりも高いところにあるのだ。
そんな確かめ合う中にメイドが一石を投じる。
「一つ、よろしいでしょうか」
「なにかしら? 役不足なんて言わないでよね。信頼できる護衛なんて簡単に集められるものじゃないんだから」
「いえ、護衛の大役、大変にありがたい事ですが、重大な懸念事項がまだあるかと思われます」
「? 他に抜けがあったかしら?」
王女のその反応はメイドが懸念する最大の問題にまだ彼らが気付いていない事を示していた。
勇者達をあらゆる面から十全にサポートするのがメイドの仕事だ。情報も、憂いも。
「はい。魔王軍主力を率いていた魔王軍参謀。彼の姿が主戦場で確認されておりません」
「!!」
「!?」
「!!!」
勇者達が驚きで目を剥く。
「まさか! 来るの? やつが!?」
「はい。魔王軍主力の港町への転進情報は、間にある連絡拠点からの報告途絶から判断されていると思います。そこに具体的な目撃情報はありません」
「しまったわ。あいつが主戦線から動くはずがないと思い込んでいたわ。お父様に連絡は!?」
「既に王女様名義で軍部に伝えてはおりますが、皆様半信半疑のご様子です」
「当然の反応ですわね……」
既に勝手に名前を使われることは諦めでスルーしつつ、王女は状況の更なるまずさを理解する。
この10年間一度も主戦線から動くことの無かった魔王軍参謀が動く、その意味。
魔王軍の確実に港町を押さえようという決意の固さが窺い知れる情報だった。
「相当にヤバイわね。いくらなんでも勇者様と聖女様だけで、魔王主力軍と参謀を抑え込むなんて無茶が過ぎるというものだわ」
「いえ、やります……。私が女神様から頂いた秘技を使えば、或いは……!」
「おバカ! それは対魔王用の決戦聖術でしょう! こんな所で使って魔王軍に情報が漏れたりしたら」
「そうだよ。それに代償だって大き過ぎる。この先、君を欠いての冒険なんて無理だ」
「でもそもそも生き残れなければ、何にもならないじゃないですか!」
もだもだと揉め始める勇者達。
パン!
と手を打つ音が鳴った。
「はい。ということで大変僭越ながら私より提案があります」
「解決策があるというの?」
「もちろんでございます。雑事を廃して皆様に心置きなく任務を遂行していただく。雑魚の露払いは万事このメイドにお任せください」
力強い眼光が勇者達を射抜く。
彼らはお互いを見合った後、覚悟を決め、メイドの案に乗るのだった。
〜 ◯ 〜
「とーは、言ったものですけどもねぇ」
王女がボヤく。
勇者と王女と聖女の三人は陸側に作った簡易防壁の上から魔王主力軍と参謀の襲来を待ち構えていた。
メイドの作戦は至ってシンプルだ。
魔王海軍に強大な将たる者はいない。
数で押してくるだけならば、メイドと沿岸警備隊で時間稼ぎぐらいはできる。
その間に主力軍をかわして参謀を倒してしまえば、頭を失った魔王軍など例え主力の名を冠していようと勇者達なら何ということもない、という脳筋作戦だった。
本当に大丈夫なんだろうか。
「なーんか粗しか見えない割には自信満々なのが、裏がありそうで気になるんですのよねぇ」
「それでもこの作戦でかかる僕たちの責任と負担は一番大きい。彼女だって何も自分で全部やろうというわけじゃ無い、大事なところは任せてくれてるんだから、適材適所といこうじゃないか」
「はい。主力軍を突破しての参謀の攻略。死力を尽くす覚悟が必要ですよね!」
「まぁ、ね。まずは自分達のやれることをやって、それからちゃんとあの子に聞いてみようかしらね」
ボヤキながらも王女はそうやって自分を納得させる。出来る準備はもう全部終えたのだ、あとはやり切るしかない。
そうやって決意を新たにする。
だが。
それから数時間後。
王女はキチンとメイドの真意を問いただしておくべきだったと後悔することになるのだった。
「…………来ないわね」
「来ないねぇ」
「来ませんね」
配置についてからそれなりに時間が経ち、情報通りならもう魔王主力軍は見えてなければおかしいはずであった。
だが現れない。
魔王海軍も一向に姿を見せる様子が無いという。
半端な偵察で兵士を無駄にするわけにもいかず、勇者達は一向に現れない魔王軍に焦れていた。
「魔王軍参謀にまた計られたかしら」
「かもしれないねぇ」
「そうなったら私達ではどうしようもないですね」
「仕方無いけどそこまで来たらもうお父様の領分だわ。向こうに頑張って頂くしかないわね」
そうしてうだうだとしていると、ズン……と低い地響きが聞こえてくる。
三人が急いで立ち上がり目を凝らすと、視線の奥の方で木々が薙ぎ倒されるのが見えた。
「来ましたわ!!」
「アレか!」
「行きましょう!」
防壁から勢いよく飛び出していく勇者達。
陸の壁はあくまで最終防衛ラインとしての目印、籠ったところで勝ち目はないので、三人は駆けていくのだった。
少しすれば木々の合間から異様が見え始める。
「あれが魔王軍参謀"巨山のバラナギェ"!」
「聞いてた通りデカいな!」
「身体が大っきくて頭も大きいからすごく賢いって!」
縦に首の長い四つ足の陸竜を思わせる図体は近付くほどにその巨大さを見せつけてくる。
三人はこれほどの強敵との激戦を想像し、顔が固くなる。
だがもっと大きな問題に気付く。
「主力軍がいませんわ!?」
「まさか参謀自体も囮だと!?」
「ここ以外に本命がまだあるんですか!?」
困惑する勇者達だったが、魔王軍参謀の全容が把握できる充分な距離まで近付いたところで知る。
地面の赤い染みと無数の肉片、漂う血臭。
そして、参謀の頭に生えた角に座るメイド服を見た。
「アナタ……。それは一体、どういうおつもりですのっ!?」
「どう、と言われましても、いつも通りでございます。海の露払いと陸の露払い。どちらも完了しておりますので、あとは存分にお力を発揮されて魔王軍参謀との戦いに挑んで頂ける事を願うばかりです」
吠えるように叫んだ王女の言葉にも構わず、しれっとした顔と言葉で返すメイド。
そこに魔王軍参謀の頭に平然と座っていられる説明は無かった。
心配した聖女が声をかける。
「メイド様! そこは敵の頭のすぐ近く! 危ないですからすぐにこちらに!」
「まぁ、私如きをご心配いただけるのですね。流石は聖女様です。ですが、私のような路傍の石などに気を取られず、この参謀との死闘をお願い致します。この方は大変に強大ですので、油断は禁物にございますよ」
聖女の言葉に静かに返すもそれを聞いて勇者は黙っていられなかった。
なお知略家であるはずの巨山の参謀バラナギェは空気を読んでずっと待ってくれている。
「それが分かっているなら早く来るんだ! そいつを港町まで通せば君のしてくれた露払いの苦労も全て無駄になる!」
「そうです。この方との戦い以外はこの攻防戦においては無価値。ですから」
「そこまで分かっているならすべき事は分かるだろう! 街を守るんだ! こちらに来て、一緒にそいつを倒そう!」
「……一緒に?」
勇者の言葉にメイドがピクリと反応する。
その様子を見て勇者が言葉を繋ぐ。
「そうだ! 一緒に! 僕たちは、仲間だろう!」
「まぁついこないだ追い出したばかりですけどもね」
「王女様、しーっ、しーっ」
だが勇者の本音はこちらだろう。
立場があり、使命がある。
それでも半年以上もの間、無理矢理ついてきていた形とはいえ、過酷な彼らの旅を支えてきてくれたのはメイドなのだ。
それを思えば今の不可解な行動とて気にするものでは無い。
それよりも、今、これから、仲間として変わらずいてくれるか。何よりも大切な事はそれだった。
「さぁ! 四人で、そいつを倒すんだ!」
「良く、分かりました」
勇者の言葉を受けてメイドが立ち上がる。
勇者の顔が明るくなる。
しかしメイドが返したのは拒絶の言葉だった。
「私は、皆様の仲間などではありません。ただ私の目的に従っただけ。皆様が私などの事を仲間などと勘違いしてしまうなどとんでもない誤算でありました。謝罪致します」
「なにを、言って……」
「そしてこの魔王軍参謀"巨山のバラナギェ"との戦いに私が協力することも出来ません。例え、皆様が全滅し、港町が灰塵に帰そうとも、その結果を粛々と受け止めるまでです」
淡々と告げられるメイドの言葉。
そこに割り込むように王女の声が響く。
「つまり、つまりつまりつまり、これまでのワタクシ達とアナタとの間でのやり取りは、全てアナタの目的の為だけに行われていて、そこにアナタの気持ちも感情も何も含まれてなどいなかったと、そう仰るわけですわね!!」
「王女様、私は」
「うるさいですわ! 言い訳など聞きたくもありません! この腐れ参謀をぶっ倒したその後は、アナタの番ですわクソメイド! 何もかもを吐かせてやるから覚悟なさい!!」
「あ、あの、王女様、お言葉、お言葉がっ」
啖呵をきる王女の言動に聖女が慌てるが、火のついた王女に静止の声は届かない。
「勇者様!」
「あぁ!」
「聖女様!」
「は、はいっ!」
「やりますわよ!!」
「おうっ!」「はい!」
ちょっと誰がリーダーなのか分からなくなる感じだったが、勇者達は気合いのみなぎった顔でバラナギェへと向かう。
それを見てメイドは不満など何も無いかのように頷く。
「分かりました。それではこの魔王軍参謀"巨山のバラナギェ"様を倒すことができましたら、皆様に私の目的をお話しさせていただきます」
「のーぞむところですわー! かかってらっしゃいなー!」
「王女様っ、テンション! テンション!」
ふわりと参謀の頭から浮かび上がり、そのまま空気に溶け込むように消えていくメイド。
最後に小さく言葉を残して。
「死闘を、演じてくださいませ。勇者様方……」
ふっ、と彼女が消えたところで、バラナギェが吠える。
「ナギバラェェェェェェ──ー!!!」
「行くぞ!」「よくってよ!」「いきます!」
魔王軍参謀との決戦が始まった。
〜 ◯ 〜
激戦の末。
「か、か、か、勝ちましたわぁ〜〜〜〜〜!!!!」
ボロボロの激闘を制したのは勇者達。
幾度もの命の危機をかすり抜け、最後には覚醒した聖女の秘技によって勇者がトドメを刺し、この戦いに終止符を打ったのだった。
「巨山のバラナギェ、恐ろしい相手だった」
「すみません。私が、もっと早く、覚醒できて、いれば……っ」
「大丈夫ですわ! 勝ちは勝ちですもの! それにこの勝利は聖女様の覚醒あってこそ! 存分に誇ってくださいまし!」
疲れ果てた三人は支え合うように身を寄せ合う。
もうまともに立っているのも辛すぎて無理だった。
だがまだ倒れ込むわけにはいかない。
もう一人戦わねばならぬ相手がいるのだから。
その想いは吠えた王女だけでは無く、勇者も、聖女も、同じ気持ちであった。
三人ともがぼろっぼろの様子のままお互いを確かめ合い、頷く。
「さぁ!! 腐れ参謀はぶっ倒しましたわよ! 出てきなさいクソメイド! どうせ見ていらっしゃるんでしょう!」
「ご要望の内容の前に一つ提案があります」
「!?」
何事も無かったかのように突如としてメイドは三人の前に現れる。
そこにいたのが当たり前のように。
今にも消えてしまいそうな事も当たり前のように。手を固く握り締めて。
「皆様は満身創痍のご様子。大役を成されたのですから、本日ぐらいはゆっくりと身を休め、私程度の事など後日になさってはいかがでしょうか」
「嫌よ!」
「ダメだねぇ」
「ヤです!」
異口同音に拒絶を示す勇者達。
その顔に敵意は無い。
三人が生きるか死ぬかの死闘を演じている間、高みの見物を決めていたであろうメイドに対しての嫌悪感も、無い。
「先に言っておきますが、この戦いはワタクシ達の使命。アナタの有無で意志が揺れ動くような、そんな柔な覚悟では臨んでおりませんわ」
「そうだ。僕は一緒に戦おうと言ったが、どのような理由でそれを拒んだとしても、君に対する態度を変える理由にはならない」
「はい。私達の選択。メイド様の選択。いずれもが真摯な願いによるものです。何者にも否定はさせません」
三者三様の言葉。
そこにはただ仲間を案じる純粋な三対の瞳があるだけだった。
「話して、くださいますわよね?」
王女の言葉に押され、負けを認めたメイドは仕方無く首を縦に振った。
「かしこ、まりました。お話しさせていただきます」
メイドがギュッと握った手を更に握り込むように力を込め、覚悟を決める。
「私が、私の、目的は……」
ぶるぶるとその手が震える。
怯え、緊張しているのだ。
この素晴らしい勇者達に自分の浅ましい願いを聞かせた時、彼らを失望させてしまうであろう、自分の醜さを。
震えて俯くメイドの手に聖女がそっと触れた。
「治癒をかけても、いいですか?」
「聖女様? 私はどこも怪我など、それよりまずは皆様方をこそ治療なさるべきでは」
「いいえ、メイド様の怪我はこの手の平の中に、あります」
よろけた聖女がメイドに支えられて力無く立ち、それでも残された少ない力でメイドの握り込んだ手を広げる。
「っ」
「ほら、ずっと握りしめていた爪が食い込んで、血が出ています」
「これは、その、いえっ」
「メイド様も戦っていたのが伝わってきます。耐えていたのですね、飛び出したい程の激情を抑え込みながら。ご自分が助力になると分かっていながら、何もしてはならぬと押さえ込んだ震えるような感情で」
狼狽えるメイドの顔を見て、聖女は彼女の口にも手を当てる。
「唇も噛んだのですね。こんなに血が」
「治癒は、こんなものを治癒するのだけは、おやめ下さい……」
絞り出したメイドの声に普段の強さは無い。
だが聖女はそれを切って捨てた。
「いやです♪」
「なっ、なぜっ」
「だって、メイド様はご自分で言いましたね。貴女は私達の仲間では無いと。ではそれならメイド様は一般人です。私達が使命との戦いの中で守るべき無辜の民です」
「そんっ」
「この戦いで怪我をした民は誰ですか? 港町に怪我人はいません。メイド様が海の敵も陸の敵も倒してくれたからです。この場には怪我をした民が一人だけいます。魔王参謀と戦う私達を見て、心を痛め自らを傷つけてしまった優しい人が一人」
「わた、私より皆様をっ」
「いいえ、私達の怪我は命に関わらない。明日だってこの後だってまだ戦えます。それなら優先すべき者がある。そのくらいの勘定は私にだってできます」
聖女は優しく微笑む。笑顔という凶器をメイドに押しつけながら。
「さぁ、私は治癒してしまいますよぉ? だってメイド様は私達の仲間では無いと、そんな事を言ってしまうような方なんですからねぇ?」
「あれ、相当怒ってらっしゃいますわね」
「だなぁ。聖女はメイドに一番懐いていたから、拒絶が相当ショックだったんだろうな」
「戦闘前に口数が少なかったのは、まさしく言葉も無いってわけでしたのね」
「ホッとして証拠を見つけてタガが緩んだかぁ。怖いなぁ」
グイグイとメイドに迫る今にも倒れそうな聖女の様子は実際ちょっと狂気的でさえあった。
勇者と王女が引き気味に支え合っていると、メイドが降参した。
「は、話します話します話しますっ! 私が皆様に取った行動の数々、それは」
「それは?」
「それは、私が皆様の有り様の全てを『推して』いるからです!!!」
「ん?」
「ほう」
「推し?」
勇者だけは合点がいったようだ。王女と聖女にはいまいち伝わっていない。
「一年前に皆様に命を助けられた時に私の魂に強烈に刻まれました。その生き様、姿勢、考え方、行動、お言葉、成長、絆、愛情、全てがかけがえのない尊いものなのだと。ちょっと生活が皆様揃ってズボラなことさえ尊さなのだと!」
「ちょっとコラ、誰がズボラ女ですって?」
「抑えて王女。事実だから」
「パンツ洗うのって、面倒ですよね」
「聖女ちゃん、君も抑えて」
言い切るメイドの目に迷いは無い。心から尊いものだと信じ込んでいる。
後ろでは王女が腕まくりしたところで、勇者から羽交い締めにされている。
「参謀との戦いになんの支援も出来なかった事は心から申し訳なく思います。ですが、勇者様達は使命を果たすために強くならなければなりません」
「まぁ、そういうものらしいですわね」
「この1年間助けられたその日から、皆様だけを見てきました。そして強敵との戦いを乗り切るごとに強くなられていくのを見てきました」
「1年前から。そんなに私達のことを……」
「ん? メイドが現れたのは半年前ですわよね、その前にそんな方見受けましたかしら」
「王女、それ以上はいけない」
訥々と語るメイドの背後で、王女と勇者の微妙な掛け合いが続く。
どうやら気づかぬ内にストーカーは撲滅されていたらしい。メイドに名を変えて。
「苦戦はギリギリであるほど、死闘であるほど勇者様達を強くしました。ですから私は決めました。私が勇者様達の戦いに入ってはいけないのだと、私の存在は勇者様達のお邪魔になってしまうのだと理解したのです」
「ほぅほぅ」
「ちょっと長くなりそうだし座りながら聞こうか、疲れて来たし」
「あ、失礼いたしました。すぐに座れるものを」
シュババっとメイドの像が一瞬ぶれると、キングサイズのベッドがいつの間にか置かれていた。
「こちらをどうぞ、なんでしたら皆様このまま寝てしまわれても構いませんので」
「ここで椅子じゃなくてベッド持ってくるところが変わってるよね」
「なんならワタクシ達がそのまま致してしまってもいいぐらい考えてそうで怖いですわね」
「ブフーッ!?」
「わっ、勇者様どうされました汚いですよ?」
勇者と王女と聖女が3人並んでベッドに座る。なお勇者が真ん中である。
王女の軽口に勇者が噴き出す。聖女は会話の意味をよく分かっていないようだ。
メイドは3人のやり取りに構わず話しを続ける。
「民が犠牲になった時もありました、裏切られた時もありました」
「あったわ、ねぇ……」
「仲間にと入ってくださった方の挫折もありました」
「やーもう、少し懐かしい領域だ」
「敗北し、守れなかった戦いもありました」
「悲しい、悔しい、情けない、ことです」
「その全てを見ておりました」
「見てましたのね」「見ちゃったかー」「お恥ずかしい限りです」
堂々たる傍観ストーカー宣言だが、3人にメイドを咎める様子はない。
全ては彼らの責のことだ。
「乗り越えるたびに成長する皆様を見て、私は命だけはお救いすると決めました。生きてさえいれば次があると、ですがそれ以外の全ての苦難は勇者様達に必要なものだと自分に言い聞かせました」
「なんかまるでワタクシ達がドマゾの生き急ぐ変態みたいですわね」
「王女さ、どこでそんな汚い言葉覚えてくるの?」「その辺からかしら?」「そっかー」
「というか、何度か全滅しても生きてたのってメイド様のおかげだったんですね」
「え、あれそういうことか」
「女神様のなんか加護的なものだと思ってましたわ」
「皆様が倒れた時、なんか全然そんな風じゃなかったので、あ、これ普通にそのまま死んじゃいそうだなって思って慌てて助けてしまったのが、何回かあります」
「それはありがとう。ほんと助かった」「いえいえ」
知られざる全滅時救済システムの真実であった。
厄介メイドのパワープレイとは想像の範囲外である。
「正直に申し上げますと、もし魔王軍参謀に皆様が敗北するようなことがあれば、港町は見捨てるつもりでおりました」
「……そう、ですのね」
「もちろん勇者様、王女様、聖女様のお命だけはお救いしましたが。それでもそこまでしかするつもりはありませんでした」
「僕たちに自分たちの実力不足が作り出した地獄までも見させよう、というのだね」
「はい。これまで通りに、です。申し訳ありません」
申し訳なさそうに、でも絶対の決意をもってメイドは言い切る。
「お伝えしたい要点は今の通りです。ですので、私は勇者様達とは違うのです」
「そう、ね」
「個人的で邪まな憧れを元にした歪んだ想いの塊に過ぎません」
「そんなそこまでご自分の事を言わなくてもっ」
「いいえ、事実です。ですので、皆様が仲間だと言ってくださったのはとても嬉しいことでしたが、私自身は皆様の仲間にしていただきたいなどとはこれっぽっちも思わないのです。いえ、もっとはっきり言うのならば、仲間に加えて欲しくなど無いのです」
「(しょんぼり)」
「あーあ、聖女ちゃん泣いちゃった」
「この世にたった一人の聖女様を泣かせるなんてとんだ罰当たりメイドですわ」
「う、すみませんすみません。ですが、ついては行かせて欲しいのです。皆様を支えることは私の生き甲斐でありますので」
純粋な使命で無私に動く勇者達とは対極にある、利己的な幸福を求める感情論。
勇者達を大切に思うが、彼らの願いには応えない。
自分勝手で矛盾した我欲。
謝りながらそれでも変えられない自分を吐露するメイドに勇者達は顔を見合わせる。
それがメイドの本当の心であるならば、咎める事などもう何も無い。
「ま、仕方ないですわね」
「来てくれるのは正直日々の助けになるしね」
「メイド様の動きは全然想定できませんからいつも困りますけれども」
「一般人をこの旅に連れ歩くなど、本来考えられないことですのよ」
「でも、付いてくるなら、近くにいるなら、それを自己責任だと突き放すことも僕たちには出来ないよ」
「魔王のいるところまで来ちゃうのかな」
「叶うならば最後までお供させていただきたいです」
「あら、では刺し違えてでも魔王を倒すなどとはもう言えなくなりますわね」
「そうだね。仲間でもない一般人が一緒じゃぁ国まで連れ帰るまでを冒険にしないと。途中では終われないね」
「死ねない理由がより強い力になる事もあります! 覚悟が道を切り開くんです!」
「だから、一緒に行こう」
勇者がメイドに手を差し伸べる。
「勝手にでも無理矢理でも仲間で無くてもいい、それでも、だからこそ。これからもよろしく頼むよ」
そう勇者は言った。
メイドはぽろぽろと泣きながら、小さな声で「よろしくお願いします……」と言って、その手を取った。
ちなみに。
丸く話が収まった港町への帰り道の道中。
王女はこっそりとメイドに耳打ちした。
「い、いいい、一応、聞いておくんだけど、貴女はワタクシ達の事を『推し』てると言ったわよね?」
「はい。その通りです」
「そ、それってつまり、好きってことでいいわけかしら?」
「はい。まったくその通りです」
ごくり、と王女が唾をのむ。顔を赤らめて。
「ワタクシ達の中で一番好きなのは、誰に、なるの、かしら……?」
当然だが王女の真意は本命へのライバル増を懸念してのものだ。
聖女とは既に淑女協定を結んでいるが、あんまりぽこぽこハーレム要員が増えてもらっても困る。
このメイドであるならば、仕方はないかと思いながらも王女は確かめずにはいられなかった。
そんな王女の心の機微は知らず、メイドはすっぱりと答える。
「そうですね。私は箱推しですので、三人で揃ってらっしゃる勇者様達を見るのが大好きです」
「箱……?」
「はい。つまり、王女様から勇者様への愛も、聖女様から勇者様への愛も、王女様と聖女様の相手を思い合い譲り合う確かな友情も」
「ゔっ」
「その全てを愛しております」
王女の繊細なハートはもうダメだ。
「ですので、皆様を半端に煩わさせるような些事の片づけは、その一切をこのメイドにお任せください」
力強くメイドが言い切る。
「余計な露払いは全て私が済ませておきますので」
(おしまい)
おつきあいありがとうございました。