ボクにとって響は、仲間だった。変な趣味があって、それを貫き通す仲間。
ボクが「カワイイもの」が好きなのと同じように、響は「ボカロ」が好きだった。初音ミクのストラップをカバンに付けてきて、それをみんなに「変態」だとか「オタク」だとか馬鹿にされても自分を変えずにいた。
それが凄いかっこよくて、ボクは彼に憧れた。
彼と遊ぶ時はボクはありのままの自分でいられた。……まあ、彼は四六時中ありのままだったけど。とにかく、彼はいつだってボクの「変なところ」を受け入れてくれた。
そして、ボクも彼の「変なところ」を受け入れた。今もこうして、ボクはカワイイ服を着て彼とボカロについて話す。
「聴いた?ニーゴの新曲」
「もちろん聴いたよ」
動画が上がるよりも早くね。
「いやぁ、今回も最高だったわ。儚くて優しくて、でも立ち上がる力を貰える、ほんと不思議な曲だった」
「ふふ、やっぱり響もそう思った?Kの作る歌はなんというか、救われる感じがするんだよねぇ……」
「救われるか。確かにしっくりくる表現だね。いやあ、Aメロに使われてる不協和音がいい味出してたよ。存在感を出しつつ独特な味わいと共にリズムが頭に残る。そしてBメロに移るとその不協和音がほんの少し変更されるだけで物凄い調律の取れた音へと変わる。マジでこれ考えた奴天才だよ。僕じゃあ逆立ちしても出てこない」
「あー、なるほどね。うんうん、そうかも」
確かにK、そんなこと言ってた気がする。やっぱり響は鋭いなあ。自分でボカロを作ってるだけあるね。
……そういえば、結局響の作った曲、ボクまだ聴いてないんだよねぇ。恥ずかしいからダメだとか言ってたけど、いつになったら聴かせてくれるのかな。
「毎度の事ながら歌詞もいいね。なんというか、スッキリとしてて綺麗なんだよね。韻を踏んでたり、婉曲な表現があったりするんだけど、それはその方が心に響きやすいからで、その本質はひたすらに真っ直ぐというか。これを書いた人、雪は歌に必要なものを完璧に理解してるんだろうね」
「そうだね〜。ニーゴの曲を聴いて直球に伝えたい想いが伝わるのは雪の歌詞のおかげなのかも」
「絵も良かった。えななんっていう絵師さんが描いてるんだよね。いやあ、ほんといい仕事するよねえななん。イメージが固まると同時に新たに見えるものが追加されるというか、より作品が表す世界が広がる」
「さすが響。いやぁ、わかってるね。うんうん、そうだよね。えななんの絵って上手く曲の世界を解釈して描写しきった上でさらに世界を深めてくれるよね」
「それに、MVも良かったよね!僕がボカロ作る時は一枚絵固定で歌詞を下の方に流すだけなんだけど、やっぱり凝ったMVの方が伝わるものもあるね。いやまあ僕的にはwowakaさんとかの多くを語らない感じのMVも大好きなんだけど、それは引き算の美学を使いこなせてるが故の話で、それだけでは表しきれないものを伝える時とかもっとごちゃごちゃとした世界観を伝えたいときには技術の詰まったMVが必要だよね」
「そ、そうだね……」
うぅ……。毎度の事ながら、響がAmiaについて褒め倒してくるのは慣れない。今すぐに「それボクだよ」と言い出したい気持ちと、そうなったら余計直球で褒め倒してきそうだから言いたくない気持ち、心がふたつある〜。
「いやまあこれは無い物ねだりなのかもしれないけど、やっぱり作詞作曲サムネ絵MVワンオペは限界がある気がしてきたな。だから僕にない技術を持ってるAmiaは特に羨ましいというか。今回の曲だって凄かった。ただ歌詞を表示するだけにしても、曲と歌詞に合わせた演出が付いていたし、何よりAメロ後半の演出。あれは一般的でないし、そもそも他にその演出をしている人は僕は知らない。つまり挑戦的で、一種の発明みたいなものだ。あれを思いついて実行し成功を収めるのは、才能と努力と技術力全てを兼ね備えてると言っていい。それに何より凄いのはその凝り具合だ。芸術は妥協と折り合いが敵だからね。時間と心を込めるには熱意が不可欠だ。いやあ、ほんと毎度愛を感じるね。それにBメロに合わせたあの演出は少女の心を暗示していて……」
響は止まらない。たぶん、こういうのを「オタク特有の早口」というのだろう。キラキラと目を輝かせてひたすらニーゴを、Amiaを褒め倒す。目の前で自分のことが過度に褒められると落ち着かなくてソワソワしてしまう。
「ちょ、ちょちょ。多分Amiaもそこまでは考えてないと思うよ」
流石に恥ずかしくて、響の過大評価を訂正する。そして、訂正してからそれが失敗だったことに気づいた。
ボクがこうやって訂正だったり、Amiaの評価を下げるようなことを言うと、決まって響は対抗してくるのだ。
「いやあ、僕はそう思わないね。いや、仮にそうだったとしても無意識のうちに聴き手に考察の余地を与え議論を深めさせるというのは得がたい才能だよ。……いや、そうか。ここの歌詞、普通に考えるなら少女が解放を願うという意味として取れるけれど、このMVの演出、そしてイラストを加味して考えると解放を願っているのはアナタということになるのか。やはり複数の解釈が生まれる。いやあ素晴らしい。流石Amia」
「……っいや、あーうん。そ、そうだねスゴイネ」
顔から火が出そう。なんでボクはこんな羞恥プレイを受けているんだろうか。
なんだかボクだけこんな目に遭うのは理不尽な気がしたので、ちょっと反撃してみることにした。ペラペラと変わらず喋る響のニーゴ賞賛を遮るようにボクは言った。
「そういえば響、作曲の方はどうなったの。ボク、まだ聴かせてもらってないんだけど」
「っえ、あー、うん。ごめんまた今度で」
ほら、やっぱり。ほんと響はボカロのことになると頑固だ。……にしても、あんなに頑なに拒むなんて、何か隠してるのかな。
side響
芸術家は己の人生を作品に込めるものだ。絵描きが己が感じた絶望や希望を絵に込めるように、小説家が己の体験を小説に落とし込むように、詩を書く者が何気ない日常を詩にするように。
あらゆる創作物にはその作者の人生が詰まっている。そして、それに詰まった人生の濃度が濃いほど、作品は深みを増す。
だから、僕が作ったボカロ曲にも当然僕の人生が詰まっているわけだ。そのうちの1つ、とんでもなく濃い僕の人生の1部が詰まったものが、インターネットの海で高い評価を得た。得てしまった。それが、僕が作ったボカロ曲を瑞希に聴かせるのを頑なに拒む理由にして、全ての原因。
要するに。僕の瑞希への気持ちを歌にしたら滅茶苦茶バズって1000万再生突破しちゃった。
「……いや、ダメだろ……。よりにもよってアレが代表作になるのは……」
思わずため息がこぼれる。
『ねえ、いい加減響が作った曲聴かせてくれても良くない?』
『いや、待って。僕が満足できる曲ができたら聴かせるから』
『ええー。そうやって逃げるつもりでしょ』
『そんなことしないよ。そうだな、うん、10万回再生くらい行くのができたら見せるよ』
『ほんとー?約束だよ』
『うん、約束』
昔、そんな約束をしたのを覚えている。今では10万どころじゃなくてその100倍になってしまった。
だからといって……。
「いや聴かせられるか!」
''どうせダメと諦めつつ希望を捨てきれない僕はきっとどうしようもなく君のことが好きなんだ''
''勉強会、君に見惚れてしまって筆が進まない''
''伝えられない想いでもいい。僕は君といるだけで幸せだ''
以上、件の曲から抜粋した歌詞である。
「うおおおおおおお絶対に瑞希に聴かせられねえどんな羞恥プレイだよというか普通にドン引きされるのがオチだろやめてくれえええ!」
元々、この曲が異常にバズってしまっただけで他の曲もそこそこの人気があった。中学生になってから始めた、「エレメネピー」としてボカロ曲を投稿している僕のようつべアカウントは、今では登録者30万人を突破している。
順調だ。順調故にダメだ。仮に僕がこのアカウントを瑞希に教えれば、真っ先に目に入るのは飛び抜けて再生数の多い例の動画であり、それを聞かれたら僕たちの関係にヒビが入って修復不可能になる。
「……まあ、曲が評価されることに関しては素直にうれしいんだけどね」
具体的にはカワイイと褒め倒されて赤面してる瑞希を眺める時くらい嬉しい。
サブカル好き両親は僕にボカロ英才教育を受けさせた。生まれる前から胎教として初音ミクの歌声を聴き、幼稚園からは己の意志でボカロにのめり込んで行った。小学校からボカロ、というか音楽そのものに関して学び始め、苦節9年。コード進行やら音楽理論やら調教やらが分からなかった時から6年、動画投稿を始めて3年だ。
僕はついに自分の納得のいく曲を作り、それが評価されるに至った。まあ当然嬉しくないはずがない。
「ほんと、僕がうっかり
''君の髪のピンクが目に焼き付いて離れない''
あの曲の冒頭である。
「……はぁ。こんなの聴かれたら確定でバレるじゃん。僕の知り合いでピンク髪とか暁山家しかいないもん」
どうやら、僕の失言癖はボカロの歌詞にすら影響を与えてしまうらしい。
すみませんあらすじに追いつきませんでした。次回追いつきます。