僕はボカロ厨だ。聴くし作るし歌うし食べる。僕の主食はボカロだ。
しかし、僕にボカロPとしての才能はなかった。生まれてからずっとボカロと向き合ってきたけど、上手くいかなかった。中学に上がり動画投稿を始めて、僕の作ったボカロはそこそこ評価され、コメントがつき、僕の自信となり、そこでの経験は僕の血肉となった。
しかし、僕の心を掴んで離さない、あの魂をえぐるような「何か」がどうしても足りなかった。
メルトのような聴くだけで初音ミクにガチ恋しそうになる心の揺さぶり。ワールズエンド・ダンスホールのような一度聴くだけで全身を貫く衝撃。モザイクロールのような身体の臓器がひっくり返りそうになる切なさ。マトリョシカのような引きずり込まれそうになる世界観。ダブルラリアットのような(以下、無限にボカロ曲が続くため省略)
僕の作る曲にはそれが足りなかった。だがしかし、あの日、untitledを再生して僕の「セカイ」に足を踏み入れた時、僕はやっと自分の想いを理解し、紆余曲折を経て満足のいく曲を作れた。
それが、瑞希への想いを歌った例のあの歌なわけだが。
そこである問題が生じた。いやまあ瑞希への愛の歌をネットの海に解き放ってしまったこと自体が問題なんだけれどそれは置いておくとして、問題はこの歌が
この歌は、僕目線で映る瑞希の魅力と叶わない恋とそれを受け入れた上で瑞希を愛する心を歌った歌だ。ただ、より多くの人にこの歌が届くように、男性目線なのか女性目線なのか、はたまた同性愛なのかは敢えてぼかした。一人称は「ぼく」にしたし、想い人の呼称も「君」にした。その他、ぼくや君の性別を確定づけるような表現は一切用いず歌詞を書いた。
その結果、ネット民は余りの歌詞の女々しさに「これは女性目線の歌だ」と認識した。悪かったな女々しい男で!!
他にも、僕のSNSアカウントの呟きがボカロ関連以外だと趣味の料理に関するものばかりだったというのも原因の一つだ。大人ぶってネットでは一人称を「私」にしていたのも一つ。ネット民が勝手に幻想を押し付けてきたのも一つ。
結論を言おう。僕ことエレメノピーはインターネットでは女の子扱いされている。
割かし昔からネットで「エレメノピーは金髪幼女」というネタが流行っていたのだが、それを放置していたら自然と「金髪幼女かは置いておいて、女性であることは間違いないだろう」みたいな流れになってしまったのだ。
その後も訂正しようと思って地声のセルフカバーを出してみても、そもそも地声が高く、ネットいわく「カワイイ」せいで幼女説が復活する始末。気がつけばズルズルと引き返せないところまで来ていた。
いや、訂正しようと思えばいつでも訂正できたのだろう。それをしなかったのは、ネットでの金髪幼女ネタの流行により僕ことエレメノピーの認知度が上がることを狙ってしまったのと、女の子扱いされた方が色々と便利だったからだ。
だって仕方ないじゃん!ネット民に女の子扱いされるの楽しいんだもん!お前ら、女の子ってだけで優しくなるし食いつきもよくなるんだもん!
とはいえだ。別に僕は「私は女の子です」とネットで公言しているわけではない。ただ周りから言われているだけだ。別に罪でもなんでもない。
だから、何かしらのリアルイベントに参加する時に「残念、男でした」とどこぞのさやかちゃんのように正体を明かせばいいと思っていたのだ。
『本日の音入れ、よろしくお願いします』
「……はぁ」
それが、今来てしまうとは……。
僕は『こちらこそよろしくお願いします』と返信しつつため息をついた。
今日僕は、今からニーゴの面々に会う約束がある。
同じ時期に人気になり始めたボカロPどうし、僕とニーゴは結構交流があった。……僕が一方的にニーゴの大ファンで、新曲が出る度に限界オタク化して長文の感想を送り続けていたというのを「交流」といっていいのかは分からないけど。
そんな一方的「交流」を続けていくうちに、ニーゴの方も僕の新曲には反応を返してくれるようになり、世間にもニーゴとエレメノピーの仲は知られるようになった。……まあ主に、エレメノピーがニーゴの強火ファンであるという面白話としてだけど。
そして遂に今回、エレメノピーとニーゴがコラボして曲を出すことになった。
僕の作ったパートと、ニーゴが作ったパート、合作パートから一曲作る感じだ。イメージとしては「デビルじゃないもん」を思い浮かべてくれればいい。
合作作業は慣れないため、なかなかに難航した。……というか、1フレーズ考える度にKとガチ討論していたのが原因なんだけど。
Kが天才すぎて、それに誘発されて僕が案を出して、Kがそこから更に案を出して、僕がそれに対する改良案を出して……なんてやっていたらぜーんぜん作業が進まないのだ。まあ滅茶苦茶楽しかったけど。
そんな事があった上で、割と完成が見えてきた時のことである。
ふとした雑談で、僕が軽くならギターを弾けることや、親が楽器マニアで家に色々楽器があること、親が音楽関係の仕事をしている為家に防音室があり、そこで音入れや声取りをしていることを話した。
そしたら、どうせだから色々な音を使いたいし、新しいことに挑戦したいので、その色々な楽器を見せてもらいたい。欲を言えば音入れがしたいとKが言い出した。僕はそれを考え無しに許諾し、その数時間後に後悔した。「それって会わないとできないじゃん」と。
ぶっちゃけ、1ファンとしてはネカマがバレることなどどうでも良くて、それよりもあのニーゴの面々に直接会えることが嬉しかった。
ただ、問題は性差にある。どうやら、ニーゴメンバーは全員女性らしいのだ。これだと僕はまるで、「同性だと油断させて無理やり会おうとするネカマ」ではないか。……というか実際その通りだから困る。
「はぁ……どうしよう」
「どうしたの、ため息なんてついて」
意図せず騙すような形になってしまったニーゴのことを思い僕が不義理を嘆いていると、我らがカワイイ瑞希が話しかけてきた。どうやら今日は学校に来ているらしい。
……まあ、瑞希になら話してもいいか。
「ネッ友とね、会う約束があるんだけど」
「うん」
「……僕、ネカマやってるから気まずいんだよね」
「えっ」
「あー、いや。そんなつもりじゃなかったんだけど、なんか普通に通話してたら勝手に僕が女の子扱いされてて」
「……あー、確かに響の声、カワイイもんね」
こちらに哀れみの目を向ける瑞希もまたカワイイなとぼんやりと考えていると、ふとあることを思いついて声が出た。
「……そうだっ!」
「お、なになに、なんか作戦でも思いついた?」
思いついた案を口に出すか躊躇い、整理し、その上で名案だと判断した僕は言った。
「……瑞希、僕に女装を教えてくれないか」
「響、なかなかイバラの道を進むねぇ……」
簡単な話だった。いつだって嘘つきの取りうる選択はふたつしかない。真実を伝えて謝るか、嘘を突き通すかだ。
僕は後者を選ぶことにした。
「はい、これであとはカツラを被れば……完成〜!」
「うわぁ……すごい、いやこれマジですごいよ瑞希」
あの後。瑞希の家に行き、瑞希の部屋にお邪魔するというそれだけでもう楽しい体験を経て、僕はメイクアップされドレスアップされフォルムチェンジを果たした。
鏡に映るのは、白くきめ細かい肌、血行の良い頬、赤い唇、パッチリとした瞳、揃ったパッツン前髪にポニーテールの美少女がいた。
「うんうん、前から素材がいいと思ってたんだよね〜。やっぱり似合うよ響」
「ありがとう、これでなんとかなりそう。ほんと恩に着るわ!」
「どういたしまして〜。なにせ得意分野だからね」
その後、約束の時間まで瑞希と遊んだり勉強したりして時間を潰した。どうやら僕のニーゴとの約束と同じぐらいの時間に瑞希は瑞希で予定があるらしく、2人同時に家を出ることになった。
「いやー、にしてもよく似合ってるね響」
「瑞希の技術の凄さを感じるよ。こうして自分がやってみると瑞希の可愛さにも有難みが増すね」
「何それ〜」
2人で雑談しながら歩く。どうやら瑞希も駅付近のファミレスで友達と会う約束があるらしい。
……にしても、結構目的地に近づいてきたけど全然離れる気配がないな。
「そういえば瑞希の待ち合わせのファミレスって何なの?」
「バーミリヤだよ」
「へ、へえ……」
瑞希が口に出した店名は僕の行き先と同じだった。
「……随分と偶然があるんだな」
「そうだね」
たらり。冷や汗が流れる。
いや、なんてことはないさ。たまたま、おなじ日同じ時間同じ場所だっただけだ。そこまで変なことはないさ。
……脳裏に、ニーゴメンバーの言葉が思い浮かぶ。待ち合わせの時、見てわかるように今日着てくる服装の特徴を事前に伝えておくという話。Amiaの服装は、黒いリボン付きの、白と青が使われたフリルのついたワンピースとのことだ。
なぜか、たまたま、僕の横を歩く瑞希の服装と一致している。
「とうちゃーく」
「……着いたね」
僕は意を決してファミレスの扉を開けた。
Kは青のジャージ、えななんはピンクの上と黒のスカート、雪はセーラー服を着ているとのことだ。……いた。
時刻は日が沈んで少し経ったといった頃合。ファミレスを訪れる人達は家族層が中心で、若い女子3人組は探してから見つけるまであまり時間はかからなかった。
僕が談笑する彼女ら3人に向かい歩いていくと、その横を瑞希が駆け足で抜けていった。
……まずい。本能的にそれを悟ったが、時すでに遅し。僕はもうとっくに、後悔しても遅い段階にいた。
瑞希が口を開く。
「おまたせ〜、K、雪、えななん!」
あっあっあっ……。
僕の頭の中で炉心融解が流れ出す。
全てがそう嘘なら 本当に よかったのにね──
ちなみに、主人公は高スペックデスクトップPCと低スペックノートPCの二刀流であり、作曲作業はデスクトップPC、その他ナイトコードでの通話などは低スペックノートPCで行っていたため、通話における声質はあまり良くなく、それが幸いして(災いして)Amiaは主人公がエレメノピーであることに気づきませんでした。その逆もまた然り。
逆に言えば主人公は瑞希のことが大好きなので正常な環境であれば声だけで気づきます。