ああ。脚がスースーする。スカートってよく考えたらパンツまで外気と触れてるんだもんなぁ。随分と防御力が低い装備だ。なんだか慣れない。というか、よく考えたら僕が今着てる服って、瑞希から借りてるんだよね。つまり実質彼シャツでは?いや、逆彼シャツ?意識しだすとなんだか自分から瑞希の匂いがするな。なんか興奮してきた。僕今、身体全身瑞希に包まれてる。もしかして僕は瑞希だったのでは……?
「どうしたの、響?」
はっ……。余りの衝撃で現実逃避していた。
瑞希が僕の顔を心配そうに見ている。カワイイ。
しかし現実は残酷だ。
Amia。ニーゴの動画担当。非常に凝ったMVを作る。僕ことエレメノピーはニーゴとのコラボ楽曲の制作に携わっている最中だが、この人との会話はメールでのやり取りが中心だった。数回のみニーゴ全体との進捗報告で通話したことがあるが、礼儀正しい印象を受けた。
暁山瑞希。非常にカワイイことで有名。僕の幼なじみで、カワイイ服が好き。あとカワイイ。
まさかこの2人が同一人物だったとはこのリハクの目をもってしても読めなかった。
ニーゴに僕がエレメノピーであることを明かせば、ニーゴに属する瑞希にも当然僕がエレメノピーであることが伝わってしまう。そうなれば、僕のあの曲が誰に向けて作られたものなのかを瑞希は理解してしまうだろう。そう、あの曲を……。
『君の髪のピンクが目に焼き付いて離れない』
「ふんがぁぁっ!」
「えっ!?ちょちょちょ、なになにどうしたの響、本当に大丈夫?」
まずいまずい本当にまずい。ええと、どうしよう。
①僕がエレメノピーであることを明かす
瑞希が例の曲の意味を知ってしまう。友情崩壊。死。
②僕がエレメノピーであることを明かさない
ニーゴメンバーとの約束をドタキャンしたことになる。信頼崩壊。死
だめだ詰んでるどうしようもない。破滅の未来しか目えない。
「え、ええと、Amia?その人はどちら様……というか、大丈夫なの?」
どうしようも無い現状に心とそれに伴い身体まで壊れかけている僕を心配し、推定えななんであろう人がAmiaに、瑞希に質問する。
「え、ええと、この人はたまたま目的地が同じだったから、ここまで一緒に来たボクの友達なんだけど……なんだかここに来た途端、こうなっちゃって……。大丈夫、響?どうしちゃったの?」
瑞希があのニーゴの構成メンバーであった衝撃、瑞希との関係に罅が入る可能性、エレメノピーとしての矜持、異常なまでの瑞希の可愛さ。
処理すべき情報と対応すべき事柄が余りに多すぎた結果、僕の脳はショートし心は錯乱し身体はバグり、結果僕は次の言葉を紡いだ。
「I am LMNOP」
場が凍りついた。
「え、えええええ!!それじゃあほんとに響がエレメノピーだったの!?」
「ハイソウデス」
「ええ……。いやでも、そういえば響重度のボカロ厨なのにエレメノピーについて全然触れないし、話振っても露骨に流してたもんね……。今考えてるとエレメノピーがニーゴに送ってきてた長文感想も響が口頭で言ってた感想と結構な部分が一致してるし……」
あれから。
仕方なく腹を括った僕は、自分自身がエレメノピーであることを懇切丁寧に説明した。
「じゃあ、なんで今まで言ってくれなかったの?」
「イヤッそれはまあその……というか、瑞希だってAmiaであること黙ってたじゃん!」
「うっ……だって響、Amiaのことめちゃくちゃ褒めてくるし、なんだか言い出す機会を見失っちゃって……」
「……ま、まあ、僕もそんな感じかな」
エレメノピーの正体を知った瑞希だが、いきなり「例のあの曲」にまでは頭が回らなかったらしい。僕がエレメノピーであったことへの衝撃は受けていても、それ以上の困惑は見受けられない。
……これなら、今日くらいはなんとか乗り切れそうだ。いずれ気づかれる日が来るかもしれないけれど、そうなったらその時考えればいいや。あーあーもう知らない。未来のことは未来の僕に任せよう。
「え、ええと、Amia、エレメノピー、話し合いは終わったかな?」
Kの声かけによって僕と瑞希のネット/リアル騒動はひとまずの終わりを迎えた。……ちなみに、この騒動は後に規模をデカくして再発するのだが、予測可能回避不可である。
「えー、じゃあ改めまして。リアルでは初めまして、エレメノピーです」
「Kです」
「えななんです、よろしくお願いします」
「雪です。お会いできて嬉しいです」
「あはは、なんか改まって言うのも変だけど、Amiaでーす……。あと、雪。響は、エレメノピーは私の友達だし、いつも通りで大丈夫だよ」
「……そう」
僕の女装やらAmia=瑞希問題やらあったが、案外この会合は上手くいった。
ファミレスで
「そういえばえななん、エレメノピーのファンなんだよねー?」
「ちょ、ちょっとAmia!?いやあの、ファンというか、その……」
「僕もえななんのファンです(譲れない意思)」
「え、ええっ?そんな、ありがとうございます……」
えななんと僕が相互ファン(?)だと発覚したり。
「えっ……。雪さん、普通に学生なんですか?」
「うん」
「えーと、瑞希みたいに普段から学校サボりがちだったり……」
「あー、ないね。雪はこれでも、普段は優等生で通ってるからねー」
「いつ寝てるんですかそれ」
(25時から活動して、翌日8時から学校って無理があるのでは……?)
雪の生活で身体が持つのか心配になったり。
「いやー、まあ、それで言うならKの方がヤバいからねぇ」
「そうなんですか?」
「うっ……」
「K、最後に寝たのいつ?」
「お、一昨日には寝たよ」
「毎日寝なさいよ」
「毎日寝てください」
「毎日寝ようね」
「……これに関しては、私もそう思う……」
Kの生活が更に心配になったりした。
まあ、そんなこんなで
幸いなのは、両親とも海外公演の為に家を留守にしていたことだろう。友達の少ない一人息子が久しぶりに瑞希以外の友達を連れてきたと思ったら、女性4人に加え息子まで娘になっていた、なんてことになれば卒倒ものだ。
僕の家についてからはKのターンだった。目をキラキラ輝かせて、あれこれ色んな楽器を手に取り使いこなし、「この音はあそこに使える」だとか「こういうかなで方ならここのメロディに合う」だとか言って次々に音を録っていった。
ある程度の楽器知識のある僕でも何が何だか理解できなかったが、録音した音を聴いて、それを実際に曲に組み込んでみると見事に調和が取れているのだから驚きだ。まさに天才と言う他ない。さすがK。
その後、時刻が10時を回った頃に解散ということになった。元々今日は顔合わせの意味合いが強かったので、余り長時間作業することは想定していなかった。また後日、今度は休日でも使って作業をしようということになった。
なお、その時に「夜は危険だから送っていく」と言ったら、えななんから「エレメノピーも女の子なのに何言ってるの」と返され、割とガチで落ち込んだのは内緒だ。こう、いくら自分から女装しているとはいえ、正面から当たり前に女性扱いされると堪えるものがある。
結局、夜の10時はいつも雪が塾を出る時間と同じくらいの時間らしく、いつもひとりで帰っているから問題ないと言われてしまい、それに便乗してKとえななんにも付き添いは断られた。
「それじゃあ、また今度」
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ニーゴの面々に会えて感無量です」
手を振って駅へ歩いていく3人を見送る。
残ったのはここが家である僕と、向かいに家がある瑞希の2人だ。
「……ふぅ。なんとかバレずに終わったね、響」
「……そうだね、いやあ、ほんとによかった。本当に……」
今日一日を、ニーゴの面々と過ごした時間を振り返る。ファミレスでの雑談。僕の家での楽器の活用方の探求。
その全てで、瑞希は笑っていた。
ああ、どうやらやっと、瑞希にも仲間ができたみたいだ。本当に、よかった。
「……本当に、ほ゛ん゛と゛に゛よ゛か゛っ゛た゛よ゛お゛お゛お゛……!」
気がつけば、僕は涙が止まらなくなっていた。
「ちょ、ちょちょ、響!?」
「瑞希はめちゃくちゃカワイイし、性格も良いし、勉強も運動も要領よくできるすごい人なんだよ……」
「へっ!?な、なにいきなり!?」
「なのに、皆それを理解しないで上っ面の事実だけで瑞希を拒絶して、差別して」
「……っ」
「だから、今日ニーゴの皆に会って、皆瑞希のことが大好きだって分かって、本当に仲間ができたんだなって……思ったら、なんか、感無量で……」
「響……」
涙を出してしまうと、心まで緩んでしまい、僕は余計なお世話と分かりつつも、瑞希の心配をしていたことをつらつらと語ってしまった。
はあ、また失言だ。我ながらちょっとうざいな、これ。
なんとか涙を止めるため手で目をこすっていると、ふわりといい香りが体を包んだ。
「本当……馬鹿だなぁ、響は」
目を開けて、状況を理解するのに数秒用して、瑞希が僕のことを抱きしめているのだと気づいた。
「み、瑞希……?」
「僕には、響がいたから。だから、学校の皆に拒絶されても、何にも痛くなかったよ」
それに仲間なら、お姉ちゃんもいたしねっ。
瑞希はそんなことを言った。
……余計、涙が止まらなくなるじゃないか。これでは折角瑞希がしてくれたメイクが崩れてしまう。
暫く2人で抱き合って、やっと僕が泣き止んだ頃。僕たちはやっと手をお互いから離した。
垂れた鼻水をティッシュで拭きながら、瑞希の顔を見る。
「……なんだ、瑞希も泣いてるじゃんか」
綺麗なメイクが崩れているのは僕だけじゃなかった。
「響があんなに泣くんだもん。釣られても仕方ないでしょー」
「……ふふっ」
「あははっ」
街灯の人工の光だけが照らす夜に、僕たちの笑い声が溶けていく。
案外、未来は明るそうだった。
◆おまけ えななんの気づき
「今日は楽しかったなぁ……」
深夜24時。今日のニーゴの活動時間の少し前、私、東雲絵名は自室で一人呟いた。
エレメノピー。なんだか、この人の曲を聴くと不思議と元気が湧いてくる、そんな人。
「……たぶん、私と同じだからなんだろうな」
エレメノピーのアカウントがアップした動画一覧を眺めながら呟く。
ここ最近、彼女が高校生に上がった頃から急に動画が伸び始めているけれど、それ以前の3年間は、月に1、2回というハイペースで曲を投稿しているにも関わらず、最近の曲に比べると全然伸びていない。
でも、3年間の曲だって悪い曲ではないのだ。なんというか、私にはK程の音楽知識もセンスもないから言い表しきれないけれど、曲に使われている音はどれも整っていて、ちゃんとした理論の上で作られているように思えるし、どの曲も凡曲で切り捨てられないような工夫があって、常に挑戦し努力している跡がある。そしてその上で、きちんと曲としてまとまっている。……ただ、それでも
私にはその
「天才と、凡人の差……」
時間をかけて、努力して、それでも届かない才の差。彼女はきっと3年間、いやそれよりもずっと前からそれと戦ってきたのだ。
そして、つい最近その努力が認められてきている。
最近の彼女が出す曲は、なんというか今までの曲とは何かが違って見えて、心にスっと入ってきて離さないのだ。
「……私も……」
私も、努力を続けよう。彼女の曲を聴くと、不思議とそう思えてくるのだ。
「……まあ、こんなのただの私の想いの押し付けかもしれないけど」
自嘲気味にそう言って、ふとある動画が目に止まった。
それは、エレメノピーの曲がヒットし始めたきっかけとなった曲。エレメノピーの曲の中で一番の再生回数を誇る、彼女の代表曲。
私は何となく再生ボタンを押した。
聞き慣れた歌詞が入ってくる。
『君の髪のピンクが目に焼き付いて離れない』
「ぶふぅっ!?」
思わず飲んでいた水を吹き出した。
『どうせダメと諦めつつ希望を捨てきれない僕はきっとどうしようもなく君のことが好きなんだ』
『勉強会、君に見惚れてしまって筆が進まない』
『伝えられない想いでもいい。僕は君といるだけで幸せだ』
次々に流れ込んでくる、恋の歌。
伝えられない想いという歌詞。そして、ピンク色の髪。どうせダメと諦めつつ希望を捨てきれない僕はきっとどうしようもなく君のことが好きなんだ……。
瞬間脳裏に浮かぶのは、ピンクのサイドテールの、エレメノピーの幼なじみというあの子。
「あ、あわわ……。そういえば、エレメノピーさん、Amiaが瑞希だって知った時ものすごく動揺してたけど……」
次々と出てくる状況証拠から私は気がついてしまった。
これって……女性同士の恋の歌なんだ。
作者はえななんが大好きです。