冬空の下、雪が降り積もる公園で、兄妹は寄り添う。

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緒山まひろがマーダー・ミステリーを解き明かすようです。

 

 白い雪が街に降り積もる。空には真っ白な雲が幾つかあったが、空は開けて明るかった。陽の光が差し込み、落ちゆく雪と、そして積もる雪とを光らせる。ひんやりと冷たい空気は二月の冬のものだ。今年、緒山まひろの住む街に珍しく雪が降り積もった。

 雪が降って、公園は真っ白になった。数日の降雪で雪が数センチ積もったのだ。それは土や、公園の端の茂みを真っ白にするには十分だった。普段は見慣れない光景を、まひろは感慨深い気持ちで見ていた。

 

 ふぅ、と軽く息を吐いてみる。吐いた息が白く昇った。それが珍しくて、微笑んだ。まひろは公園のベンチに積もった雪を手で払って、そこに座っている。

「お兄ちゃん、どう? 綺麗でしょ」

 少女の声に振り向いた。隣に肩を寄せ合うようにして座っている妹、緒山みはりだった。

 まひろはみはりの顔を見ながら、これ見よがしに息を吐く。再び、息が白く昇る。

 珍しく雪が数日にわたり降った。みはりは掃き出し窓から降り積もる庭を見て、家で寝そべっているまひろを引っ張って外に出た。まひろは出不精な性格だ。雪がなんだ、と悪態をついてソファーの上でふて寝を決め込んだが、みあはりに追い立てられるように着替えさせられたという経緯がある。

(お兄ちゃん、外へ行こ!)

 みはりはまひろの顔を、そういって覗き込んだ。

 まひろは気の抜けた声を出す。

「まあなぁー。──けど、雪が降って積もるなんて、珍しいこともあるもんだ」

 そう言って、みはりを見る。

 ふふん、とみはりは鼻を鳴らして微笑んだ。

「なんでお前が得意げなんだよ」

「だって、私がお兄ちゃんを連れてきたし」

 みはりは言って、えい、と肩を揺らしてまひろにぶつかった。まひろも反発して、軽く肩を揺らしてぶつけ合う。二人は一緒になって、白い景色の中で揺れた。

 

 

 

 まひろが落ちてゆく雪を見つめていると、意識することなく視線が横にずれた。すると公園の端にある植え込みに違和感を覚えた。見るともなく見たそれは、一度見るとくっきりと視界の中に現れた。──雪が赤く染まっているのだ。

 まひろは不審に思ってそれをじっと見る。それは純白の雪の中で、赤く輝いている。中心に何か灰色のものがあって、それは左右に飛び出すようにしていた。──あれは、鳩だ。まひろは思った。

「鳩ね」

 同じころ合いで、みはりが言った。

「なんであんな所に……」

 鳩は鮮血を撒き散らして死んでいる。この公園の風景にそれは不相応だと思う。

「さあ──」

 鳩の体は飛び出した両羽の間がぱっくりと割けて、血肉が切り開かれている。一体何が、この鳩をこのような姿に下のだろう。それは純白の世界の中でよく目立った。つい、目を向けずにはいられないほどに──。

 まひろはみはりの方に頭を靠れる。すると、まひろより背の高いみはりの頭が、まひろの頭に寄せられた。

 ──みはりの匂いがする……。

 うっすらと香る、少女の髪の匂い。目の前の強烈な死と、辺りの静謐な時間と、少女のそれに、まひろはうっとりと目を細める。

 みはりがまひろのジャケットの、開いた襟元を掻き合わせる。そしてまひろの脇から腕を回して、抱え込むようにしてそこのチャックを閉めた。

「お兄ちゃん、寒いでしょ?」

「んー」

 まひろは目を閉じて、気の抜けた声を上げる。

 ひっそりと片目を少し開ける。真っ白な公園が見える。

「綺麗だなー」

 そう言って、みはりに寄りかかる。みはりはそれを受け止めて、まひろの脇から差し込んだ腕をぎゅっと締めつけた。

 なあ、とまひろがみはりを振り仰ぐ。

「なに、お兄ちゃん」

 あれ、とまひろは真っ赤に染まった場所を目で示す。

「なんであんなところで死んでると思う?」

 みはりもその場所を見つめた。

「さあ……、どうしてかしら」

 まひろはもうベンチに座っていなかった。みはりに寄りかかって、とうとうみはりの胸元から頭をずり落として、今はみはりの膝の上に頭を乗せている。ベンチに積もった雪が、まひろの脚で乱雑に蹴落とされた。まひろは冬用のズボンをはいているが、脚下にのこった雪がひんやりとした。みはりはまひえおの胸の上に手を乗せる。

 まひろはあの鳩が死んだ原因を考えている。だが何も思い浮かばなかった。

「けどあの血、明るいね」

 え、とまひろは言って、血に意識を向ける。

「多分最近、死んだと思うよ。血の色が明るいから」

 言われてみると、血は雪に反射する光と相まって、とても明るく見えていた。黒ずんだ感じはしない。確かにみはりが言う通り、最近死んだように思える。

「それに、雪の下に体が隠れてないわ」

 その通りだった。鳩の割れた胴体は羽こそ薄く雪がかかっていたが、割れたところは体内の血で雪が解けたのだろう、元の色合いをはっきりと残していた。

 まひろはもう一度あの鳩の死因を考えてみる。──割かれた体、飛び散った血……。まひろは思いつくものがあった。

 まひろは手袋を外す。みはりがまひろの仕草を目で追った。手が一気に寒気に触れてはじかんだ。まひろの指先の一つが、冬の乾燥した空気でうっすらと一本の線で割れていた。

 まひろは指先の傷を見つめながら言う。

「──こうだ。つまり、冬の寒さがあの鳩を殺した。数日にわたる冷たい風と雪は、鳩の体を直撃する。鳩は身震いするが、逃げようはない。そうしている内に、鳩はあの植え込みの傍に下りる。そこで体は凍傷のようになって、ついにぱっくりと避けたんだ」

 まひろは小さく割れた指先をこすった。

 ふうん、とみはりは喉を鳴らす。みはりは顔を上げた。まひろはみはりが何かを見ていると気が付いて、視線を追う。

 公園の傍にかかった電線に鳩が数匹、止まっている。いつも公園から響いているような、独特の、喉をころころと鳴らしたような声は上げていない。

「まあ──。そんなことはないと思うよ」

 まひろは長く息を吐く。息は白くなった。

「そっかー。そうだよなー」

 鳩は眼下の光景など興味がないのか、高いところを見ながら、首を小刻みに動かしている。

「ま、言ってみただけだ」

 そっか、とみはりは言った。手袋を脱いで、まひろの額に素手を当てて、髪をやさしく解く。解きながら、まひろの額を手で優しく撫でる。まひろがつい気持ちよく声にならない声を上げた。

 みはりは優し気に言う。

「きっと、何かに食べられちゃったのよ」

「それは……、何だと思う?」

 まひろの質問に、みはりは手でまひろの額を撫でつけながら、顔を振り仰ぐ。んー、と唸って、

「野良犬、とか?」

「日本に野良犬なんてそうそういないだろー」

「それもそうだよね」

 そう言って、みはりがまひろを見る。

 

 

 

 

 まひろは椅子に座り直して、みはりと肩を寄せ合った。

 公園は相変わらず静謐に満たされ、他に人はいない。風も吹かない中、はらはらと雪が降っていた。

 子供の高い声が聞こえた。まひろが声のする方へ目を向けると、公園の真ん中にある山滑り台の向こう側、ここからは見えないが、そこにある入口から聞こえるようだった。

 赤いボールが山滑り台の後ろから飛び出してきた。ボールは雪の上に落ちる。続いて子供が三人飛び出してきた。

 静かな公園に明るい声が響いて、まひろは大いに破顔した。あは、と笑って子供たちを指さすと、みはりを見た。みはりもにっこりと笑って同じ方を見る。

 子供がボールを蹴って、もう一人の方に転がる。その子供はボールを持ち上げると、上投げで別の子供に投げつけた。わあ、と投げつけられた子供が叫ぶ。咄嗟に転がったボールを拾うと、今度は大げさに体を回転させて、投げてきた相手に投げ返した。

 三人の子供は雪の上で大いに暴れた。やがてボールに興味をなくしたのか、一人がボールを蹴って端へ避けると拾わなくなった。代わりに薄く積もった雪を集めて雪合戦をする。

 えい、と言って三人で適当に投げ合っている。まひろはそんな様子を微笑ましく見ている。

「えい」

 みはりの頬へ、手袋を脱いで人差し指をさす。

 みはりは何も言わず、まひろの体を大きく揺さぶった。まひろが小さく声を上げる。

 子供たちは飽きたのか、ボールを拾うと、また大きな声を上げて何を言っているのかわからない言葉を叫びながら公園を出て言った。

 

 

 

 公園は再び静けさに包まれた。しん、とする空気が漂う。

 まひろはみはりを見るが、みはりは何処かを見ていた。口許はわずかに綻んでいる。まひろは肩に、上着越しにみはりの体を感じた。

 まひろはなんだかとても寂しい感じがした。先ほどがうるさすぎたからだろうか、とても、何か少し足りない感じがする。

 ──やっぱり公園は子供がいる方が似合う。

 うるさそうな子供だったが、と心の内で付け足す。

 まひろは目を細めて、目を横に動かす。視界の端に真っ赤な塊が映った。

 白く輝く世界の中で、それは強烈に輝ている。血はどろりと雪を溶かし、積もった雪のなだらかな稜線を、そこだけ歪に変形させている。赤い谷間は、中心の死骸から広がっている。

 静謐が満ち、止まったような世界の中。こんなにも明るくて白いのに、あそこだけ真っ赤だ……。死が輝いている。

 

 みはりがまひろの頭を、そっと素手で撫でた。髪の間に指を入れ、少し強く撫でる。まひろはされるがままにした。

「いつでも、だれでも死ぬわ」

 そうだ、とまひろは呟く。

「よくあることだ」

 まひろは俯いた。──みはりの気持ちが優しくて、公園はこんなにも綺麗だ。まひろの手に雪が落ちる。指先でつまもうとするとすぐに溶けてなくなってしまった。

 寄せ合う肩は温かい。たまに頬に冷たい空気がそっと当たるが、気にはならない。

 あたりはしんとして、時間が止まったような雰囲気になる。

 ミャア、と高い音がした。まひろはのそっと首を起き上がらせて、辺りを探す。もう一度音がした

 音の先に視線をやると、公園の植え込みの陰から猫が出てきたた。明るい茶の猫だった。それは軽やかに雪の上をステップする。まひろは呆然とその姿を追った。この猫は、まひろとみはりだけしかいない公園の、来訪者だ。

 猫は鳩の死骸の後ろで止まった。そしてまるで歩いている途中のような体勢で止まっている。猫が顔をまひろとみはりに向けた。

 ミャア、と今度は少し長く声を上げる。猫は顔を戻すと、また軽やかな足取りで向こうの茂みの陰に隠れてしまった。

 ──そうか、鳩を殺したのはあの猫か。

 まひろはそう納得した。

 まひろはみはりの手を握る。空を見上げると、淡い青空が明るかった。冬の薄い空気の下では、それが物憂い感じに思える。

 みはりがまひろの手を握り返す。

 うん、とまひろはみはりの手を見る。みはりがまひろの顔を覗いた。

「お兄ちゃん、いこ?」

 そう言って立ち上がる。

「うん」

 まひろが頷くと、みはりはまひろの手を引っ張った。

 まひろは公園を一瞥したが、真っ白で穏やかな光景しかもう見ていない。公園の一角の、赤く染まった場所はもう目に入らなかった。


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