パーティーも終わり、喧騒の過ぎた後、
冷めやらぬ余韻を曳いて、みな思い思いに帰路に就く中、
私は先生を誘い、夜の散歩に出掛けていた。
パーティー会場から少し離れると、途端に辺りは静けさに包まれた。
一歩踏み出す度に、石畳の上でハイヒールが鳴り響く。
“ヒナ、そのドレス、背中がざっくり開いてるけど、寒くない?”
上着に手をかけながら、覗き込むように先生が話しかける。
「大丈夫。心配してくれてありがとう、先生。」
真冬の夜気はそれなり応えるが、
上着を借りて先生が寒い思いをするのは余計に困る。
それに、万魔殿のタヌキのせいで例年の3倍の量に底上げされた耐寒訓練のおかげか、
寒さにはすっかり慣れてしまっていた。
「先生、改めて、私の演奏、先生の期待に添えたかしら。」
“もちろん、ヒナの演奏すっごく素敵だったよ!”
そう言いながら、先生は優しく微笑みかける。
先生はいつも、どこか期待していた言葉を添えて、
こうやって私に明け透けな笑顔を見せてくれる。
これだから、先生のために頑張る甲斐があるというものだ。
“ピアノが弾けないところからここまで。それも数日で。”
“本当に、よく頑張ったね。”
先生の手のひらが頭に伸びる。
そして、愛しそうに目を細めながら、髪を梳くように優しく頭を撫でた。
“でもやっぱり、無理はしないでね。心配だから。”
大人と子供。一方向の立場。
先生といると、私はいつの間にかその片方に立っている。
先生の前では、私は一人の生徒で、子供でしかないと実感する。
なんだかそれが、安心するようで、でもどこか申し訳なくて。
「…先生、ちょっと来て欲しい場所があるのだけど、いい?」
もちろん、と頷く先生の手を引き、廃校舎へと向かう。
廃校舎の廊下は、割れた窓から差し込む月の光に青白く照らされている。
月光に照らし出された廃墟の静けさは、外とはまた違って見えた。
月明かりの下を通り過ぎて、廃校舎の奥の角部屋に着く。
“これは…ピアノだね。もしかしてヒナ、ここで練習してたの?”
小さく首を縦にふり、ピアノの席に腰を下ろす。
「先生、その、先生にもう一度私の演奏を聴いて欲しくて…いい?」
窓から覗く夜空には、煌々と光を放つ満月が浮かんでいる。
こんなに月が綺麗な夜は。
我儘なのは分かっているが、あなたと二人きりで、あなただけにこの曲を贈りたい。
先生は、先生らしく、むしろ喜んでと微笑み、
近くにあった椅子をピアノへ向き直して席についた。
鍵盤に手をかけ、大きく深呼吸をする。
心を決めて、旋律がゆっくりと流れ始める。
あなたの優しさに応えるように、穏やかに、たおやかに指を運ぶ。
あなたと私。私の為の、二人きりの空間で、あなたの為の旋律が流れる。
月明かりは、二人のための時間を夢のように照らしていた。