「あの宝具…まさか…」
アーチャーが取り出した“舟"に心当たりは無いが、取り出した空間を見て、セイバーはアーチャーの宝具の真髄に気づく。
アーチャーの持つ無尽蔵の宝具はあくまでも“持っている"だけ。
アーチャーの真の宝具はその宝具達を納める宝物庫なのだと。
それほどの財を手にした英雄をセイバーは聖杯から得た知識とアインツベルンで見た書物で蓄えた知識を総動員させて検索する。
すると、該当する英雄が1人浮かび上がった。
「そういう事ですか…」
漸く合点がいったと、納得した所でセイバーの身体にガタがきて倒れそうになる。
『
それを無理矢理一つの項目に全振りして連続で使用し続けていれば、肉体面での負担は大きい。
全身が肉離れしたような感覚に襲われてセイバーは立つのがやっとの状態だった。
(マズい…まだこの場にはライダーがいる!早急に立て直さなくては…!)
そう思っても身体が言う事を聞かず、危うく倒れそうになるセイバーを倒れないように支えたのはいつの間にか側に近づいていた切嗣だった。
「切嗣ッ⁉︎……どうしたんですか貴方が姿を見せては…!」
「やっぱりアーチャーとの戦闘に夢中で気づいてなかったか。もうライダーとそのマスターも何処かに逃げたよ。追跡しようとしたけど、空中を縦横無尽に動き回るあの戦車じゃ全然追跡出来ず撒かれちゃったよ」
切嗣の言葉にセイバーは呆気に取られ、周囲を確認する。
確かにライダー陣営の姿は見えない。
妥当な判断だ。
無理をしてセイバーとアーチャーの交戦に介入するより、タイミングを見計らって撤退した方が良いに決まってる。
まだ聖杯戦争は始まったばかり、此処で無理をする必要は無い。
だが、それはセイバーの情報が持って帰られたという事。
「すみません…宝具を使ってアーチャーを仕留めきれなかった上に敵に情報を与えてしまった…」
「気にするな。情報なら向こうもこっちも同じような物だ。それに君は第二宝具までは使っていなかった。結果としては上等だよ」
結果として見れば、セイバーはサーヴァント二騎を仕留め破格の英霊であるアーチャーと互角に渡り合い八面六臂の活躍をしていた。
情報を与えてしまったと本人は漏らしているが、結果だけ見てもお釣りがくる。
「そうだッ!アイリスフィール様は?」
「倒れたから舞弥に回収して拠点に戻ってもらってる。英霊の魂を二騎も一気に入ってきたんだ。しばらくは休まないと駄目だ」
アイリスフィールは此度の聖杯戦争の聖杯の器だ。
その器に英霊の魂が集まり、聖杯が本来の機能を取り戻すと同時にアイリスフィールに多大な負荷がかかり最終的には彼女という人格が消滅してしまう運命にある。
切嗣やアイリスフィールもそれを承知の上で聖杯戦争に参加している。セイバーもまたそれを承知している。
故にアイリスフィールは絶対に護らねばならないのだが、アーチャーと交戦している間はアイリスフィールの事はセイバーの頭の中から抜け落ちていた。
これは紛れもないセイバーの失態だ。
聖杯戦争において何よりも重要な存在を放って置いて自分は戦闘に興じるなど有ってはならない事だ。
「本当に…上手くいかない物ですね…」
「当たり前だろ。どんなに優れた人間でも何もかも思い通りに事を運ぶ事なんてできやしない」
そんな会話をしながら、2人は倉庫街の外、切嗣がここまで乗ってきた車まで移動する。
「立てるかい?」
「ええ、まだ本調子じゃありませんがなんとか立てるようにはなりました」
2人は車に寄りかかり、暫しの休息を取る。
この場にサーヴァントの気配は無い。魔術師の使い魔の気配も無いか出来る限り確認した。
休むなら今だ。本来ならすぐにでも拠点に向かいたい所だが、セイバーが本調子でない今は安易な行動は破滅を招きかねない。
故にセイバーの調子が戻るまで休息が必要だ。
休息がてら切嗣は懐から煙草を取り出す。
小箱から一本取り出し口に咥え火を付けようとすると、セイバーが何処からかライターを取り出し切嗣の咥えている煙草に火を付けた。
その所作は正に従者。日本の極道でよく見られる下っ端の組員が上司の煙草に火を付ける所作と似ていた。
「そんな所作を何処で覚えたんだ?日本に来て間もないだろ」
「この国に来る以前から日本について勉強していました。従者としてこれくらいは身につけておかないと」
“相変わらず変な所にこだわるな…"と心中でそんな事を思いながら切嗣は煙草の味わいと紫煙を愉しむ。
かつては王だったというのに従者として振る舞うなど、かつての彼の臣下が見たら卒倒物だろう。
「ほら、君も吸いなよ」
「おや、良いのですか?」
何を思ったのか切嗣は煙草を箱から一本だけ取り出しセイバーに差し出す。
「主人として従者を労らないとな。これくらいはさせろ」
「では、有り難く頂きます」
煙草を一本を受け取り、咥えると切嗣がライターを差し出し火を付けてくれた。
マスターの厚意に甘えて、セイバーは煙草の味わいを愉しむ。
「煙草は初めて吸いましたが…これ良いですね。以前から吸っておられたのですか?」
「ああ…でもイリヤが生まれてからはずっと吸ってなかった。コレも以前吸ってた銘柄のヤツじゃなくて日本に来てそこら辺の自販機で買ったやつだ。思ったより口に合ったんで吸ってるだけだよ」
そうですか…と相槌を打ち、少しだけ思考を巡らせすぐに煙草を吸わなかった理由を察する。
イリヤが生まれてから吸っていないというのは彼なりに妻と子を気遣っての事だろう。
聖杯からの知識によれば煙草は健康に悪い物だ。そんな物を子と妻の為に父親が煙草をやめるのは現代ではよくある事らしい。
“彼女達の前では本当にただの普通の父親ですね…"と、そこまで思って
思い直す。
違う。切嗣は生来の普通の男性だったのだろう。
それが少し大きな理想と殺し屋としての才能があっただけ。
そして些細なキッカケで、多くの人を手にかけて更に多くを救う機械に成り果てただけ。
(本当に、世界というのは残酷だ…)
切嗣は以前の“魔術師殺し"になんとか立ち戻っている。それは彼自身に相当な精神的負荷をかけている筈だ。
セイバーはそんな彼に少しでも報いなければならない。
だが、セイバーの本心では人類の平和を成し遂げたいのも事実だ。
その為には、切嗣に昔に立ち戻ってもらい続ける必要がある。
セイバーとしては切嗣とその家族の幸福は願っている。
だが、他ならぬセイバーの理想そのものがそれを邪魔している。
セイバーも切嗣の幸福は願ってる。だがそれと同じくらいに世界の平和も願っているのだ。
(もし切嗣が理想も何もかも捨てて家族と普通の暮らしをしたいと言い出したら、私はどうするだろう…?)
“有り得ない"と思いつつも、そうなる可能性が十分有り得る。
何故なら彼はアイリスフィールとイリヤスフィールという家族を得たから。
家族というのは心地の良い重荷だ。
その家族を使い潰すなど、普通の精神では到底耐えられない。
家族という物に向き合う度に心が何度も悲鳴を上げ、それでも、それでもと、平和な世界を築けるならと邁進し、その果てに理想に潰され、心が完全に折れた切嗣を見た時、自分はどう思うのか?
(…馬鹿らしい。しかし煙草というのは存外に良い物だ…現代でも多くの人が愛用してるのも頷ける)
そう思考を打ち切り煙草の深い味わいに逃げてしまった。
「知ってるかセイバー?仕事を終わらせた後の一服は格別に美味いんだぞ」
「ほう、それは興味深い。ですが、それを味わえるのはこの聖杯戦争が終わった後ですね。しばらくは休憩中の一服しか味わえそうにない」
「終わった後の楽しみとして取って置け。その方がやる気が出るってもんだろ」
「一本の煙草の為に世界平和を達成しろと?無茶を言う主人だ」
「お、従者の分際で主人の目の前で文句を垂れるとはいい度胸だ。主人としての命令だ、罰としてその煙草一本の為にこの戦争を戦い抜け」
「そんなのアリですか切嗣…」
煙草を吸いながらそんな他愛もない話をしている内に次第に2人の間に笑みが溢れはじめる。
彼といると心が躍る自分がいる。本来の自分を曝け出してしまう。確かな友情を感じてしまう。
(まったく…相性が良すぎるというのも考え物だ)
まだ聖杯戦争は始まったばかり、ここからが本番だというのに彼等は笑っていた。
全てが終わった後に、また煙草を吸いたい物だ。出来る事なら隣にいる主人と共に。
きっと、その味は格別だろうから
(その為に戦うのも悪くないですね)
元より己の願いから始めた聖杯戦争。
主人の言うように全てが終わった後の楽しみくらい一つは有ってもいいだろう。
主従はひとしきり笑い合い、車に乗ってその場を後にする。
セイバーの中で、致命的な問題を後回しにしたまま聖杯戦争は続いていく