もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

1 / 46
はじめまして、読んでいただいて幸いです。
CS版ゆゆゆいも無事発売したということで記念に投稿してみました。
ぜひ、お楽しみください。


序章
1話:幸せの日々


 幸せというのは目に見えない。

 だから、なかなかその存在に気付けない。

 無くなったときに初めて、それがとても貴重で、大切であったことを知るのだ。

 

 

 

 楽しかった、本当に楽しい日々だった────。

 

 あれを幸せと呼ぶのだと、俺は失ってから実感した。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

神世紀298年4月

 

「それじゃ、いってきまーす」

 

 そう言って、俺は家を出て学校へと駆けて行く。

 

 今日の天気は快晴。

 海の近いこの場所では、かすかに潮の香りが漂っている。

 

 この香りを嗅ぐと、俺の頭の中には海のさらに先にあるものが思い浮かぶ。

 いや、これは俺に限った話ではなく、この四国に住む多くの人がそうだろう。

 だって、この神世紀においては「海の向こうには壁がある」というのは生まれた時からの常識だから。

 

 2000年以上続いた西暦が終わり、神世紀という新たな暦に変わってから、もうすぐ300年の時が経つ。

 あの壁はその間ずっと、ああやって四国を取り囲むようにそびえ立っている。

 

 西暦の時代、突如として発生した未知のウイルスによって人類はほとんど滅亡した。

 そんな中、土地神の集合体である神樹様がウイルスを防ぐ壁を四国に構築し、どうにか四国にいる人間だけでも守った。

 そして、今なお、壁の外はウイルスが蔓延しており、外に出ることは禁止されている。

 

 しかし、300年間誰も外に出てないんじゃ、本当に外がウイルスだらけかなんてわからないんじゃないだろうか?

 

「ま、どうでもいいことか」

 

 学校への歩みを止めることなく、そう呟いた俺の名前は四舞(しまい)夢継(ゆめつぐ)

 神世紀298年現在、香川県の大橋市の中学に通う二年生だ。

 

 両親は「大赦」という現在四国を統治している組織で働いている。

 両親が多忙なため、家に人がいないことが多い。ゆえに、遊ぶ時間が自然と増え、友人も多い。

 

 中でもとりわけ仲が良いのは──、

 

「あれ、銀、お前何してんの?」

 

「おお、夢継! いいところに、ちょっと手伝ってくれ!」

 

 八百屋の前を通りかかったところで一人の少女と出くわした。

 この小学六年生の少女の名は三ノ輪銀。

 俺の親友だ。

 

 俺の家と三ノ輪家は近所で仲がよく、俺の親が大赦の仕事で帰れない日は、よく三ノ輪家に預けられていた。そんなこともあって、物心ついたときから俺と銀はよく一緒にいた。

 銀に弟ができてからは二人で世話をしたりもした。

 

 年は俺より二つ下だし、性別も違うが、最も親しい人物は誰かと聞かれたら俺は迷うことなく銀の名前を挙げるだろう。

 俺が中学に上がってからはさすがに遊ぶ頻度は減ったが、それでも休日は頻繁に一緒にいる。

 

 そんな俺の大親友が、こんな時間に八百屋の前で、地面に落ちた大量の野菜を拾い集めていた。

 

「夢継も拾ってくれ!」

 

「お前……相変わらずの不幸体質だな……」

 

 俺はつい、ため息をこぼしてしまう。

 

「ごめんねぇ銀ちゃん、手伝ってもらっちゃって……」

 

 そう言って申し訳なさそうにしているのは八百屋のおばちゃんだ。

 どうやら、おばちゃんが品出しをしている際に盛大に野菜を段ボールごと落としてしまう瞬間に出くわしたらしい。

 

 銀はこういう面倒ごとによく巻き込まれる体質なのだ。

 そして、その銀と頻繁に一緒にいる俺もまた、それに巻き込まれるところまでがセットだ。

 俺は少々面倒だなと思いながらも道路に転がっている野菜に手を伸ばした。

 

「二人ともありがとうねぇ」

 

 全ての野菜を拾い終わり、おばちゃんから感謝の言葉を貰うと、俺と銀は二人で走り出した。

 当然学校は異なるが、途中までは一緒の道だ。

 

「ほら、急げ銀、マジで遅刻するぞお前!」

 

「それは夢継もだろ!」

 

「俺の中学は神樹館より始業時間が遅いからまだ平気だ」

 

 銀の通ってる神樹館小学校はかなり格式の高い学校で、遅刻にはうるさい先生も多い。

 俺も一昨年まで通っていたが、何度か怒られたことがある。

 

「それにお前、なんか大切なお役目任されたとかで注目されてんだろ? なのに遅刻の常習犯じゃ格好がつかないだろ」

 

「それは……」

 

 そう、銀は大赦からとても重大で、栄誉ある「お役目」を任された。

 それが決まったのは何年か前のことで、俺まで鼻が高い気分になったのをよく覚えている。

 

 しかし、未だに俺はその「お役目」がどういうものなのか知らなかった。

 神樹様を守るための仕事であることは聞いているが、具体的にどのようなことをしているのかまではさっぱりだ。

 もちろん何度も質問したことはあったが、銀は

 

『えーっと、ごめん、言っちゃいけないって言われてるんだ……』

 

と、困ったような顔をするし、俺の両親を含めた大赦関係者たちに聞いても

 

『私たちもあんまり詳しくないの』

 

だの

 

『お前にはまだ早い』

 

だのと言って誤魔化された。よほど重要な機密事項なのだろう。

 

 俺も誰かを困らせたかったわけではなかった。だから、質問をすることそのものが迷惑なことなのだと理解してからは詳しく聞くのをやめた。

 

「それにクラスメイトに真面目な子がいるんだろ? また怒られるんじゃないのか?」

 

「う、確かに怒られるかも……」

 

 銀は「お役目」の内容は教えてくれなかったが、それ以外のことは普通に俺にも話してくれる。

 例えば、銀と同じく「お役目」を任された子がほかに二人いて、同じクラスであるということ。名前は鷲尾須美と乃木園子ということなどだ。

 ちなみに鷲尾という子がとても真面目で、銀はよく怒られるらしい。

 

「じゃ、俺はこっちの道だから、車に気を付けながら急げよー」

 

「おー、またね、夢継」

 

 手を振りながら俺と銀は別れそれぞれの学校へと急いだ。

 

 これが俺たちの、何も特別じゃない普通の日常だった。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

4月25日

 

 この日は、中学の部活が長引いたせいで太陽が完全に落ちてからの帰宅になった。

 すると、同じく帰宅中と思われる銀とばったり出くわした。

 

「あれ、銀、お前もしかして今帰りか?」

 

「ああ、夢継か。そっちこそずいぶん遅いな」

 

「俺は部活が長引いたんでな、でも小学校はとっくに終わってるだろ」

 

「いやあ、『お役目』がついに始まってさ……今、身体検査が終わって帰ってきたとこ」

 

「ああ、例の『お役目』か……って、身体検査? 大丈夫なのか?」

 

 唐突な単語に俺は驚き、少し心配になった。

 身体検査の実施……つまり、『お役目』によって身体に危険が及ぶ可能性があるのだろうか。

 

「ん? ああ、全然問題ないってさ」

 

「ならいいけど……お役目がどんなものなのか知らないけどさ、無理のないようにな」

 

「ははは、大丈夫だよ、夢継は心配しすぎだ」

 

「誰のせいだ誰の、お前は昔から身体のどこかにキズを作ってばかりだったじゃないか、このわんぱく女め」

 

「えー夢継が心配性なのはアタシのせいじゃないだろ? 鉄男や金太郎に対しても過保護気味だし」

 

「う……」

 

「おっと、もう家か、じゃ、弟たちが待ってるからアタシは帰るよ、またね夢継」

 

「お、おう、また明日な」

 

 なんだかまた誤魔化されたような気がする。

 しかし、「お役目」関係のことは詳しく話せないのだから仕方ない。

 そう思うことにして、俺も自分の家に帰った。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

翌日

 

 今日は部活がなく友人と遊びに行こうかと思ったが、家に帰ると銀の二人いる弟のうち、上のほうの弟である鉄男が、暇そうに窓から外を眺めていたのが見えたので、そのまま鉄男と遊ぶことにした。

 

「よう鉄男、銀は帰ってないのか?」

 

「あ、夢継にーちゃん、そうなんだ、ていうか最近ねーちゃん帰り遅くなること多いんだ」

 

「なんだ鉄男、銀がいないと寂しいのか?」

 

「は、はあ!? そんなんじゃねーし!」

 

 少々顔を赤く染めながらでは否定になっていない。これは将来シスコンになるな。

 

「まあ、銀は友達も多いし、帰りが遅くなるなんて昔からそんなに珍しくないだろ、心配すんな」

 

「いや、心配なんて……ていうか、昔帰るのが遅くなってたのはほとんど夢継にーちゃんと遊んでたからだろ」

 

「あれ? そうだったけ? あははは」

 

 鉄男の前だから笑ってみせたが、昨日身体検査の話を聞いたばかりだったので、正直内心では銀が心配だった。

 

 そんな思いを抱えながら鉄男、そしてそのさらに下の弟の金太郎(まだ赤ん坊)としばらく遊んでいると、銀が帰ってきた。

 

「ただいまー、あれ、夢継来てたんだ」

 

「おじゃましてるよ、それより今日も遅かったみたいだけどまた身体検査か?」

 

「いやいや、今日は祝勝会……あーいや、祝賀会? みたいなのしたんだよ、お役目仲間の三人で」

 

「祝賀会? どこで?」

 

「イネスで」

 

「イネスでか」

 

 銀は当然だろ? と言わんばかりに答えた。

 

「いやあ、それでさ、須美と園子とはなんか本当のダチになれそうな気がするんだよ、うん、今日で確信したね!」

 

 つい最近までお役目仲間の他の二人のことは苗字で呼んでいたような気がするが、どうやら距離が縮まったようだ。

 とても嬉しそうに二人の話をする銀を見て、どうやら心配はいらなそうだ、と俺は少しほっとした。

 

「そうか、じゃあその二人は大切にしろよ、友達は宝物だからな」

 

「ああ、もちろん!」

 

 こういうときの返事を迷いなくはっきりと言えるのが銀のいいところだと俺は改めて思った。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

5月のある休日

 

 銀のお役目が始まって数週間が経ったある日、俺は中学の友人の家に遊びに行くために家を出た。

 すると、二人組の小学生(女子)が何やら三ノ輪家の前でこそこそとしているのが目に留まった。

 二人とも生垣(いけがき)の外から中の様子を観察しているようだ。

 しかも、一人は明らかに覗き見をするために用意したと思われる道具まで持参している。……はっきり言って、ものすごく怪しかった。

 

「あのー君たち、いったい何を……」

 

「!?」

 

「あ、こんにちは~」

 

 声をかけてみると、二人はそれぞれ正反対の反応をした。

 一人は「まさか人に見られていたなんてっ!」というような感じで慌てており、もう一人は特に気にする素振りをみせず、のほほんとしている。

 

「あのっ、違うんです! 私たちは決して怪しい者では……」

 

「私たち、ミノさんの友達なんです~、お兄さんは?」

 

 "ミノさん"という聞きなれない単語に、一瞬なんのことかと思ったが、すぐに銀のことか、と思い至る。三ノ輪だからミノさんね……。

 

「銀の友達? ああ、そうだったのか……驚かせてごめんね、俺は近所の者だけど、なんかすごい目立ってたからつい」

 

 自分たちが悪目立ちしていたと聞いて、黒髪の子が恥ずかしそうに顔を赤くしてしまった。

 

「それで、銀に用があるなら呼んで来ようか?」

 

「あっいえ、それは……」

 

「今ミノさんを観察してる最中なんです~」

 

「観察?」

 

 探偵ごっこのようなものだろうか。

 

「そっか、じゃあ呼ばないほうがいいか、じゃ、俺はそろそろ行くよ、急に声かけてごめんね」

 

 友人が待っているし、銀の友人たちの邪魔をしても悪いので、さっさとこの場を去ることにした。

 

「い、いえ、こちらこそ人に見られているとも知らずお見苦しいところを……」

 

「ははは、それじゃ、これからも銀のことよろしくね」

 

「は、はい!」

 

「は~い!」

 

 二人の返事を聞いた後、俺はこの場を立ち去った。

 

「さすがに『銀をよろしく』だなんてお節介だったな」

 

 しばらく経ってからそう反省したが、それよりも銀が友達とちゃんと遊べているようで嬉しかった。

 お役目が始まってから自由な時間が減っているようだったので、友人と遊ぶ時間すら無くなってしまっているんじゃないかと少し不安だったから。

 どうやらそれは杞憂のようだ。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

6月

 

 今日は友人たちとイネスに遊びに来ていたのだが、友人のうちの一人が急用で帰らなければならなくなり、結局そのまま解散となってしまった。

 

「はあ、急に暇になっちゃったな……仕方ない、なんか食べて時間潰すか」

 

 そう思いたち、フードコートまで足を進めると、聞き慣れた声から呼び止められる。

 

「あれ、夢継じゃん」

 

 その声がした方に顔を向けると、見覚えのある二人の少女とテーブルについてジェラートを食べている銀がいた。

 

「おお銀、お前もイネスに来てたのか」

 

「夢継こそ、今日は友達と遊んでたんじゃないの?」

 

「途中で解散になった」

 

「へー……あっ、ごめん二人とも、知り合いがいたもんだからつい、コイツは──」

 

 友人たちが若干気まずそうにしているのに気づいた銀が二人に向き直ったとき、そのうちの一人が俺の顔を見て「あっ」と声を出した。

 

「お兄さん、このあいだの~! どこかで見たことあると思ったんよ~」

 

「ああ、銀のご近所さんの……」

 

「ああ、あのときの二人か」

 

「え、何だよお前ら、いつの間に知り合ってたんだ?」

 

 紹介する前から二人が俺のことを知っていたことに困惑する銀。

 

「ミノさん観察をしてたときにね~」

 

「ああ、あの日か……でもその様子じゃ名前は知らないんだな、二人とも。コイツは四舞(しまい)夢継(ゆめつぐ)。知ってたみたいだけどアタシの近所に住んでる……まあ幼馴染だよ、もう中二だけど」

 

「よろしくね二人とも」

 

 銀から紹介してもらい、二人に改めて挨拶をする。

 その後、銀は反対に友人たちを俺に紹介してくれたのだが、そこで俺は意外なことを知らされる。

 

「ええ!? じゃあ、この子たちがお前のお役目仲間の?」

 

「そーゆーこと」

 

「鷲尾須美と申します」

 

「乃木園子です~」

 

 正直なところ全く予想外のことだった。

 銀から二人の話はもう何度も聞いたことがあったが、まさかあのときの二人だったとは。

 しかし、ちょっと考えればその可能性には気づけたのかもしれない。お役目が始まっている時期に遊ぶような友人なのだからその関係者なのだと。

 

 二人が、特に鷲尾須美さんが話に聞いていたイメージと違ったから気づけなかったのかもしれない。

 真面目だ真面目だと言われていた彼女が、まさかあのすごく本格的に覗きをしていた子だったなんて。

 

「そうだったんだ、えっとその、お二人さん……」

 

「あ、園子でいいですよ~」

 

「私もお好きなように呼んでいただいて大丈夫ですよ」

 

 銀のお役目仲間の二人であったこともあって、なんて呼べばいいか迷っていると、二人はそれに気づいてフォローしてくれた。

 

「えっと……じゃあ須美ちゃんに園子ちゃん、二人は銀と一緒にお役目頑張ってるんだよね」

 

「はい、あっでもその話は……」

 

「わかってるよ、詳しくは言えないんだよね、そうじゃなくて、銀は二人に迷惑とかかけてないかい? 俺はそれがずっと心配だったんだ」

 

「おいコラ夢継」

 

 ぎろっ、と音が聞こえるんじゃないかというくらい銀が強く睨んできた。

 まぁ、実際にはそんな心配は微塵もしてない。迷惑をかけるような奴じゃないことくらい分かってる。

 ちょっとからかってみただけ。

 

「ふふっ、そういう心配なら大丈夫ですよ」

 

「うんうん! むしろ私たちがミノさんに助けられてるくらいだよ~」

 

「へー、すげーじゃん銀~」

 

「……うっせ」

 

 顔を赤らめて恥ずかしがる銀。やはりからかいがいがある。

 

「ミノさんは可愛いな~」

 

「同感だわ」

 

「なんだよお前たちまで!」

 

 どうやらこの二人とは気が合いそうだ、と俺は声には出さずにそう思った。

 

「あっそうだ! え~っと」

 

 唐突に園子ちゃんが何かを俺に聞こうとしたが、何やら言い(よど)んでいる。

 先ほどの俺と同じ感じだったので、呼び方を迷っているのだとすぐにピンときた。

 

「俺も好きなように呼んでもらって大丈夫だよ」

 

「ほんと~? うーん、『ゆめつぐ』さんだから~」

 

 腕を組んでじっくりと考えこんでしまった。下の名前で呼んでいい、という意味だったのだが……あだ名でも考えているのだろうか。

 そういえば昔からあまりニックネームでは呼ばれてこなかったな、「ゆめ君」とかだろうか。

 

「じゃあ、メグさんで!」

 

「メ、メグさん???」

 

 全く予想外なものが出てきた。まさか文字を飛ばしてくるとは。

 そういえばこの子は銀にミノさんと名付ける子だった。

 

「アハハ! いいじゃないかメグさん、アハハハハ!」

 

 銀が盛大に笑い出した。

 

「なんか女子っぽくないか、メグって……」

 

「え~ご不満でした~?」

 

 うっ、園子ちゃんがとても悲しそうな目でこちらを見つめてくる。

 そんな目で見られたら嫌だなんてとても言えるはずもなかった。

 

「いやいやいや、そんなことないよっ! とても素敵だよ、わざわざつけてくれてありがとう」

 

「そう~? えへへ」

 

 さっきの悲しそうな目はどこへ行ったのか、満面の笑みの園子ちゃんなのだった。

 

「いやーホントいい名前じゃんメグさん?」

 

「銀はやめろ」

 

「なんか言ったかー、メグさん」

 

「ぐっ……」

 

 銀はこれ見よがしに俺をからかい始める。さっきのお返しのつもりか。

 

「わ、私は夢継さんとお呼びしますね」

 

 どうやら須美ちゃんは気を遣ってくれたようだ。

 

「それで、園子ちゃんは何か言おうとしてなかった?」

 

 俺はやや強引に逃げるように話を戻した。

 

「そうでした~、メグさんに聞きたいことがあるんです」

 

「俺に? 何かな」

 

「メグさんはミノさんの幼馴染なんですよね~、だったら昔のミノさんのこともよく知ってるのかな~って」

 

「なっ」

 

 園子ちゃんの言葉に銀は驚きを見せる。まさか、からかいの矛先がまた自分に向かってくるとは思わなかったのだろう。

 

「小さい頃の銀……それは私も興味があるわ」

 

「ちょっと須美までっ」

 

 銀にとっては災難なことに、須美ちゃんまでその話題に食いついた。

 完全に流れが変わったのを感じ俺はにやりと笑った。

 

「そうだねー、素敵なあだ名をつけてもらったお礼に、銀の昔のエピソードでも話そうかなー!」

 

「いえーい!」

 

「や、やめろおおお!」

 

 この後、俺たちは色々な話をした。銀の昔話、俺の話、須美ちゃんや園子ちゃんの子どもの時の話も聞かせてもらった。

 まともに話したのは今日が初めてだけれど、俺自身も須美ちゃんや園子ちゃんと少しだけ打ち解けられた気がする。

 

 そして何より俺が思ったのは、この三人が本当に仲がいいのだということ。

 まだ友達になってから日が浅いだろうに、まるで心から繋がっている大親友のようだ。というより、実際にそうなのだろう。

 

 お役目は正直よくわからないし、心配なことも多いけれど、この子たちと一緒なら安心だ。

 俺は銀にそんな友人ができたことを本当に嬉しく思った。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

7月のはじめ

 

 

 俺が須美ちゃんと園子ちゃんらと知り合ってからしばらくの時が経った。

 あれから俺も何度か交流させてもらったが、あの三人はもうずっと一緒にいるようだ。

 家でも銀は須美ちゃんと園子ちゃんの話ばかりするようで、ねーちゃんが遊んでくれない、と鉄男がぶーたれていた。

 

 中学は期末テストの準備期間に入り、放課後の部活が無くなったため、俺は授業が終わった後すぐに帰路についた。

 友人たちと遊びに行こうかとも思ったのだが、神樹館の卒業生としての癖なのか、テスト期間に友達を遊びには誘えなかった。

 我ながらちょっと真面目過ぎる。

 

 そして、たまたま同じく下校中の銀とばったり出くわした。

 

「おや、銀じゃないか」

 

「おー夢継も今帰り?」

 

「まあな……って、お前、なんだその分厚い本は!?」

 

 銀がカバンの中に入れている冊子が目に留まり驚愕した。

 

 カバンの中に入っているのになぜ見えたかって?

 それはその冊子があまりに分厚すぎて銀のカバンが閉じきれなくなっていたからだ。

 

「いやあ……コレ、遠足のしおり……」

 

「はあ!? それが……っ!?」

 

 最近の小学校では、たかが遠足のために辞書と見紛うほどのしおりを配布するのだろうか。

 

「須美が作ったんだけど……ずいぶん張り切っちゃったみたいで」

 

「張り切ったらそんなものまで作り出すのか……」

 

 何度か交流していくうちに俺の中で須美ちゃんのイメージが最初とだいぶ変わっていった。

 真面目な女子というイメージから、今ではいろいろとぶっ飛んだ子という認識になっている。

 まあ初対面のときからその片鱗はあったが……。

 

「あっそうだ、遠足行ったらさ、お土産買ってきてやるよ」

 

「お土産? そんなに気を遣ってくれなくてもいいんだぞ?」

 

「いいからいいから、どうせそのうち鉄男がねだってきて買うことになるんだからついでだよ」

 

「まあそれは確かに、鉄男はお土産ねだってくるだろうな」

 

「……最近、鉄男にも金太郎にも前ほどかまってやれてないからなー」

 

 少しだけ銀は寂しそうな顔をしていた。

 家族思いの銀には弟たちの思いくらいわかるのだろう。

 

「まあ今はお役目で忙しいんだろ? 仕方ないさ」

 

「そうだな……お役目が終わったら、いっぱい遊んでやろっと!」

 

「それでいいさ」

 

「よし、じゃあ遠足の準備しないとだからさっさと家戻るわ! じゃあな夢継!」

 

「おう! ちゃんと準備しろよー」

 

 遠足へのわくわく感を、躍動する身体で表現しながら走る銀を、沈みかかった夕日が真っ赤に照らしていた。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

7月10日

 

 この日は銀が遠足に行く日だ。

 俺は今日、なんとなく銀を見送りたくなった。

 

 理由はわからない。わからないが、ただ、見送りをしなければ、という思いが心の内から湧きあがってきて、自分でも少し変だなと思いつつ、いつもの登校時間より早く家を出て銀が来るのを待っていた。

 

「あれ、なんだ夢継、わざわざアタシの見送りか?」

 

「おはよう銀、まあそんなところだ」

 

 まさか俺がいるとは思わなかったのだろう、銀は少し驚いたような顔をしていた。

 

「忘れ物してないか? 弁当とか」

 

「それ、ついさっき家の中で母ちゃんにも同じこと言われたよ、持ったっつーの」

 

「そうか、ていうか、そのしおり持っていくんだな」

 

 主張の激しい分厚い冊子を指さす。

 

「まあね、せっかく作ったのに、って須美のやつ拗ねそうだし」

 

 確かに。

 

「アタシもう行くぞ? またいつもみたいにトラブルに巻き込まれて遅刻なんてことになったら嫌だし」

 

 そう言って銀は歩き出した。

 

「……っ、銀!」

 

 何故か銀を呼び止めてしまった。

 

「……? どうした、夢継」

 

 突然大きな声で呼び止めてきた俺に対して、銀は不思議そうに首をかしげた。

 しかし、俺自身も、何故、今呼び止めたのかわからない。

 

 今日の俺は朝起きた時からなにかおかしい。少し大きな声が出てしまったので、銀も若干怪訝な顔をしている。

 俺は誤魔化すようにこう言った。

 

「その、いってらっしゃい」

 

「なんだそういうことか、いってきます!」

 

 銀は満面の笑みで返してくれた。

 返事を終えると、銀は俺に背を向け通学路を歩き出す。

 俺は、その背中が見えなくなるまで見送った。

 

 太陽が輝き照らす、遠足日和の朝だった──。

 

 

 

 

 その後、俺は学校へ行き、期末テストを受け、もう目の前まで迫る夏休みのことで友人たちとわいわいと楽しく話した。

 海に行くか、山に登るか、一日中ゲームをするか、夏休みの宿題はいったいどれだけ出るのだろうか……話題は尽きるはずもなかった。

 テスト当日特有の早帰りだったのだが、この日に限ってはもっと学校で友人たちと話していたいと思ったほどだ。

 

 帰宅した後も、期末テストが終わったこともあって気が抜けていた。

 

「今頃、銀は遠足を楽しんでんのかなぁ」

 

 銀たちの帰りは夕方を過ぎるだろうか。

 

「それにしても、夏休みかぁ」

 

 俺は中学の友人たちとの夏休みだけでなく、銀たちと過ごす夏休みも楽しみだった。

 

 三ノ輪三姉弟と、どこかに遊びに行くのもいいかもしれない。

 今年も銀と夏祭りで盛大にはしゃぐのもいいだろう。

 ああ、でも銀は今年の祭りは須美ちゃんや園子ちゃんと一緒に回るのだろうか。

 

 あれこれ考えてもきりがない。ただ、楽しい夏休みになるだろうな、とは思った。

 

 

 

 

 

 しかし、結局俺の頭に浮かんだ素敵な夏休みは、どれも実現することはなかった。

 

 海も、山も、キャンプもプールも遊園地も、何もかも。

 

 絶望というのは、あまりにも唐突にやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀298年7月10日、夜。

 

 俺は──────────銀の死を、知らされた。

 

 




読んでいただきありがとうございました。

次回、番外「占いと誕生日」
いきなり番外の回想編ですが、お楽しみに。

感想、ご評価等お待ちしております。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。