もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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Ⅳ:諏訪の住民たち

 

 灼熱の太陽が殺人的な暑さを送り込んできていた八月が終わり、諏訪に天災以来三度目の九月が来た。

 

 といっても八月と何かが変わったかと問われると、特に変わったことはないと答えるしかない。

 

 相変わらず日差しは強く気温は高いし、天災前なら新学期が始まっている頃だが、あいにく諏訪では天災以降、学校が機能していないので関係ない。

 

 そんなわけで、創一はいつもと同じように諏訪を駆け回りながら自分にできる事をやっていた。

 

「いやー、創一、今日は助かったぜ。義弘(よしひろ)のやつが腕痛めちまって、仕掛けた罠も引き上げらんねえって言うからよ、まったくあいつもまだ若いっていうのに情けねえ」

 

「気にしないでください修二(しゅうじ)さん、今日みたいに漁に出るのも楽しくて好きですから、俺」

 

「お、そうかい、そう言ってくれると助かるぜ」

 

 今、創一がいる場所は諏訪湖の沿岸だ。たった今、修二という男性と共に魚を獲って舟から降りてきたところだ。

 

 今日は普段この修二と組んで漁をしている義弘という青年が怪我をしてしまって、来ることができない。

 

 そこで、創一が代わりに出ることになった。

 創一は、畑仕事程ではないが、魚獲りもたまに手伝っているので勝手を知っている。

 だから自分から代わりを名乗り出た。

 

「それじゃあ、すいませんが、俺はこれで」

 

「おうよ、マジで助かったぜ、あとは任せてくれ」

 

 仕掛けた罠を回収するところだけを手伝ってくれればいいと事前に言われていたので、創一は諏訪湖を後にした。

 

 別に創一としては運搬や片付けまで手伝ってもよかったのだが、そこまでしてもらう必要はないと言うものだから、お言葉に甘えさせてもらうことにした。

 

「さて、どうするかな……あ、そうだ、せっかくだから……」

 

 漁の手伝いも終わり、次の予定も特にないので、時間ができた。

 創一はこれを機に、普段歌野や水都と一緒にいるとできないことをしようと、ある場所へ歩を進める。

 

 しばらく歩いて、着いたその場所はよく行く蕎麦屋だ。

 創一はその蕎麦屋の戸を勢いよく開けた。

 

「おっちゃん、やってるー?」

 

「おお創一、まあぼちぼちやってるよ。この時間じゃ客はいねえがな」

 

 創一の声に返事をしたのはこの店の店主。ちなみに現在は食事時から完全に外れた時間であるため客はいなかった。

 他に客がいれば出直そうかと思っていた創一だったが、店内の様子を見てその必要はなさそうだと判断した。

 

「あれ、創一、お前今日は歌野ちゃんや藤森ちゃんとは一緒じゃねえのか」

 

「ん? ああ今日はちょっと俺が諏訪湖の方に呼ばれててね、今終わったんでこっち来たんだ」

 

 この蕎麦屋の店主は大変器が大きく、また、親しみを込めた付き合いが好きな男性だ。

 はじめのうちは創一も、他の人に対してそうであるように敬語を使って話していたのだが、いつしかタメ口で話すよう言われたので、そうしている。

 

「そうか、それはお疲れだったな。昼飯には早いが食ってくか?」

 

「あー、そうだね、そうさせてもらおうかな。だけど、自分で作っていい?」

 

「ん? ああそうか、お前このあいだ歌野ちゃんの誕生日にも蕎麦作るって言ってたな」

 

「そう、だから今より腕を上げておきたくてさ、見ていて欲しいんだけど……」

 

「そういう事なら遠慮はいらねえよ、創一にはいつも世話になってるからな」

 

「ありがと、おっちゃん」

 

 創一は礼を言うと、手洗いなどの支度を済ませて厨房に入る。

 なんとなく、歌野と水都が見ている場所で特訓するのは嫌だったため、こうして秘密の修行をしているわけだ。

 

「でもよ、歌野ちゃんの誕生日って大晦日だろ? 今から特訓するのか」

 

「はは……まあ確かに先のことだけど、こういうのって定期的に作らないと腕落ちちゃうじゃんか」

 

「ま、そりゃそうか」

 

 創一が準備を進めている間も、店主は会話の手を休めなかった。

 そう、この店主はお喋りが好きなのだ。

 

「それにしても、お前七月は藤森ちゃんのために蕎麦作って、次は歌野ちゃんにか……創一、お前さてはあの二人のこと好きだな?」

 

「ぶっ、な、何言ってんだよ!」

 

「おっと、その反応図星だな? 二人の女を好きになるたあ、いけない男だぜ」

 

 創一の反応を見て、店主はケラケラと愉快そうに笑う。

 一瞬恥ずかしさから反射的に否定しかけた創一だったが、この手の輩にそれをやるといつまでも突っ込んできそうなのでやめた。

 

「ああそうだよ、俺はあの二人が大好きだよ。おっちゃんは違うっていうのか?」

 

「おっと、こりゃあ一本取られた、そういや俺もあの二人が大好きだったぜ」

 

「そうだろ? それよりほら、今から始めるからちゃんと見ててくれよ」

 

 創一はこの話題を切り上げたい思いもあって、急いで準備を済ませて蕎麦を打ち始めるのだった。

 

 

 

 それから、ところどころ指導を受けながら蕎麦を作っていく創一。

 初めてではないので、かなりスムーズに蕎麦は出来ていき、すんなりと完成した。

 

「なんだ創一、ちゃんとできてるじゃねえか。さては自分でも練習してたな」

 

「ん、まあちょっとね……ただ、自分じゃ腕が鈍っていないか、どうしても心配で」

 

「どれ……」

 

 そう言って店主は創一の作った蕎麦を小皿に少し盛り、つゆは付けずにそのまま食べた。

 

「んー、かなりいいんじゃないか? そりゃ、細かいところを言ったらいくつかあるが、全体的にはよくできてる」

 

「そうかな、少し安心したよ」

 

「ま、これなら充分人に食わせていいレベルだとは思うぜ、なんなら──」

 

 店主が言葉を続けようとしたところで、ガラガラ、と入り口の戸が開いた。

 客が来たのだ。入ってきたのは男性一人。

 

「おーい、店長、やってるか」

 

「おう、いらっしゃい」

 

「あ、義弘さんじゃないですか」

 

「ん? ああ、創一か、今日は俺に代わって諏訪湖に出てくれたんだよな、ありがとよ」

 

「いえいえ、それで腕の調子はどうですか」

 

「ああ、今日一日休めば取り敢えずなんとかなりそうだよ。つっても今はまだ痛くて自分の飯も作れないからここ来たんだけどな」

 

 義弘は痛めた腕を見せながらそう答える。

 

「明日も痛むようなら無理せず言ってくださいね。俺、明日も代わりますから」

 

「ありがとうよ、でも多分大丈夫だ」

 

「おい、義弘、注文はどうする?」

 

「お、そうだそうだ。蕎麦で頼むよ」

 

「わかった、すぐできる。座って待ってろ」

 

「オッケー、店長の蕎麦美味いんだよな〜」

 

 義弘は上機嫌に鼻歌を歌いながらテーブル席に座った。

 店主の作る蕎麦を食べるのを楽しみにしているのが伝わってくる様子だった。

 

「え、おっちゃん、それは……」

 

 一方、厨房では創一が戸惑った声を出していた。

 

「ほら、できたぞ義弘」

 

「え、もうかい!?」

 

 自分が来てからまだ少ししか経っていないのに店主が蕎麦を運んできたことに驚く義弘。

 

「ちょうど茹で終わった頃にお前さんが来たんだよ」

 

「へえ、そりゃ我ながらナイスタイミングだ。遅い朝飯になっちまったから腹減ってたんだ」

 

「ゆっくり食いな」

 

 店主は義弘にそう言うと厨房に戻って行った。

 戻って来た店主に、創一はすかさず声をかける。

 

「おっちゃん、あれ俺が作ったやつじゃないか」

 

「ああそうだ、俺だけの感想じゃなくて他のやつの意見も聞きたいだろ?」

 

「でも、いいのかよ」

 

「気にすんなよ、どうせ金も取らねえんだ」

 

 諏訪では金銭のやり取りはほとんど行われていない。

 バーテックスの出現で避難して来た人々は当然お金など持っていなかったからだ。

 

 だからこそ、今の諏訪は住民が皆、自分にできることをやり、協力し合うことで生活している。

 

「それに、人様に出してもいい出来の蕎麦だったのは確かだ。義弘も美味そうに食ってるじゃねえか」

 

「そうだといいんだけど」

 

 心配になる創一をよそに、義弘はずずずっと蕎麦を食べ進めている。

 しかし、あるとき急にピタッと箸が止まった。

 

 何か問題があったのか、と創一は気が気でなかったが、義弘は笑みをこぼしながらこう言った。

 

「ああ、うめえ! やっぱり店長の蕎麦は何度食っても変わらぬ美味さだな!」

 

 大きく、厨房まで響いて来たその声に店主と創一は視線を合わせながら、ため息をついた。

 

「……いや、俺の作った蕎麦とは、流石にだいぶ違う味だぞ……舌馬鹿だったか、義弘」

 

「義弘さん……嬉しいけど舌馬鹿じゃ参考にならねえっす……」

 

「なんか知らんけど馬鹿にされてる気がすんなあ俺!?」

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

「ふう、いやーマジでうまかったー」

 

「ありがとうございます」

 

「ん、なんで創一がお礼言ってんだ? ていうかどうしても蕎麦屋にいるんだお前」

 

「まあ、それはいいじゃないですか義弘さん」

 

「そうだぞ義弘、それで創一、この後どうする」

 

 一人困惑顔の義弘は置いておいて、店主は創一にまだ蕎麦打ちの訓練をするのか聞いた。

 

「いや、今日はこれで終わりにするよ。見てくれてありがとう、お礼になんか手伝っていくよ、食器でも洗おうか?」

 

「そうか? ああでも、食器はいい。そうだな……店の前の掃除でも頼めるか」

 

「りょーかい」

 

 創一は入り口の戸を開け、外へ出て裏に回って箒を持って来た。

 この店にも何度か手伝いに来ているので、こういう物の場所も知っていた。

 

 

 

 創一が入り口近くに戻り箒で軽く掃除をしていると、ちょうど前の道を、一人の女性が何か落ち着きのない様子で辺りを見回しながら歩いていた。

 

「あれ、丸山さんどうかしたんですか?」

 

「そ、創一君……! り、陸斗(りくと)が! 大変なの、朝から、陸斗が……ッ!」

 

「ちょ、丸山さん、落ち着いて……っ」

 

「おい創一、一体どうした」

 

 丸山さんの声が店の前まで聞こえたようで、気になった店主と義弘が出て来た。

 

「あ、おっちゃん、それが……」

 

「あ、あの! うちの陸斗見ませんでしたか!? 朝からいなくてっ!」

 

 丸山さんが先ほどから名前を出している「陸斗(りくと)」とは、丸山さんの息子のことだ。

 まだ幼く、今年で九歳だったはず。

 

「陸斗……? いや見てませんな……創一、義弘、お前らは?」

 

「いや、見てないよ」

 

「俺も見てねえな」

 

「そんな……どうしよう……もしかして結界の外に……」

 

「「「け、結界の外!?」」」

 

 丸山さんの口から、決して無視するわけにはいかない言葉が放たれ、三人は騒然とする。

 

 結界の外といったらバーテックスにいつ襲われてもおかしくない場所だ。

 そして当然、バーテックスと遭遇したが最後、殺されてしまう。

 

「どうしよう、どうしよう……っ」

 

 不安のあまりパニックになりかけている丸山さんを見て、このままではいけないと思った創一は、蕎麦屋の店内を手で示してこう言った。

 

「丸山さん、一旦店の中入って座ろう。落ち着いて、最初から説明してください」

 

「でも、そんな事をしている間に陸斗が……」

 

「ですから、みんなで陸斗を探すの手伝いますから、そのために何があったのかを教えてください。急いで捜しに行きたいのはわかります。でも、状況が何もわからないんじゃ捜そうにも捜せないんです」

 

 創一だって陸斗とはよく知った仲だ。何度か一緒に遊んだり、世話したこたがある。大切に思う気持ちは大きい。

 

「そ、そうね、わかったわ」

 

 創一たちは丸山さんを蕎麦屋の中に入れると、席に座ってもらい、一呼吸置かせた。

 落ち着いたところで、創一は丸山さんに聞く。

 

「それで、いったい何があったんです」

 

「朝七時くらいに起きて、いつも通り朝食の準備をしていた時、陸斗の水筒が無いことに気づいたの……そして、いつも陸斗が起きる時間になっても起きてこないから、陸斗の部屋へ観に行ったらいなくって……玄関も確認したら靴もなかった……」

 

「家にはいなかったと。いったい、いつから……」

 

「五時ごろ一回起きた時はまだ水筒はあったと思う……」

 

 つまり、陸斗が家を出たのは少なくとも五時以降ということになる。

 

「最初は友達と秘密の約束でもあるのかと思った。でも陸斗がよく遊ぶ子達に聞いて回っても知らないって……そのあと思いつく限りの場所を捜してみたんだけど、見つからない……っ」

 

 丸山さんは悲痛な叫びをあげた。

 しかし、彼女の説明にはまだ足りない部分がある。

 

「丸山さん、さっき言ってた結界の外というのはどういうことですか、何故その可能性があると?」

 

「陸斗は……父親が、つまり私の夫がまだ生きてると信じていて……」

 

 丸山さんの旦那さんは天災当時仕事に出ていて、それ以来連絡がつかないのだという。

 そして、結界の外は一般人が三年も生きていられる場所じゃないことは、外から来た創一が一番よく知っている。

 はっきり言って、生存は絶望的だ。

 

「それで一週間前、陸斗が、父ちゃんはいつ帰って来るのって、帰って来ないなら自分が迎えに行くって言い出して……」

 

「それで……丸山さんはなんて答えたんですか」

 

「お父さんは怪物と戦ってて忙しいから、邪魔になるから行っちゃダメだよ、いつか帰って来るのを信じて待とうって言ったわ……それで陸斗も納得してくれた、してくれたと思った。でも、きっと納得してなかったんだわ、どうすれば……!」

 

 これで丸山さんを責めるのは酷というものだろう。

 父の生存を信じる子供に向かって「お父さんはもう死んでいるから迎えに行くのは諦めて」なんて言えるはずがない。

 

 まして、実際に死を確認したわけでもないのだ。丸山さん自身も旦那さんが帰ってくるのを信じたいはず。

 むしろ、息子を結界の外に行かせないための言い訳をうまく考えたとすらいえる。

 

「落ち着いて、丸山さん。確実に結界の外に出た、というわけではないのでしょう? みんなで捜せばきっと見つかります……おっちゃん、義弘さん!」

 

「皆に協力を呼びかけるんだろ? わかってる」

 

「任せろ!」

 

「ええ、俺は歌野さんに伝えて来ます」

 

 結界の外に出た可能性がある以上、歌野に知らせなければならない。

 結界の外を捜索できるのは歌野しかいないのだから。

 

「皆さん、本当にごめんなさい……」

 

「丸山さん、謝る必要なんてない」

 

「そうだぜ、諏訪の絆、見せてやろうじゃねえか!」

 

 調子のいい義弘の決めゼリフを合図に、創一たちは動き出した。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

「歌野さん!」

 

「そー(くん)? どうしたの、何かハプニング?」

 

 歌野はいつも通り畑仕事をしていた。

 水都もそばにいる。

 二人とも創一の様子を見て、すぐに何かあったのだと気付いたようだ。

 

「それが、丸山さんのところの陸斗の姿が見当たらないらしくて……それで、結界の外に出た可能性も考えられるそうなんです」

 

「なんですって!?」

 

「今、みんなで捜しています。歌野さん、結界の外、お願いできますか」

 

「もちろん、任せて!」

 

「じゃあ、一時間捜しても見つからなかったら戻ってきてください。その間に中で見つかってるかもしれませんから」

 

「ワンアワーね、わかったわ!」

 

 そう言って、駆け出そうとした歌野に、待ったをかける声がひとつ。

 

「待ってうたのん!」

 

「ワッツ!? どうしたのみーちゃん、急がないと……」

 

「せめて鞭だけでも持っていって! 手ぶらじゃ、もしもバーテックスが来たら助けるものも助けられなくなっちゃう!」

 

「おっと……そうだったわ、サンクスみーちゃん!」

 

 水都の指摘によって、鞭の置いてある場所へ急ぐ歌野。

 歌野の足なら大して時間もかからない。すぐに結界の外へと向かうだろう。

 

「そーくん、こっちは私が捜しておくね」

 

「助かります、水都さん」

 

 畑周辺は水都が捜してくれるそうなので、創一は他にまだ捜していない場所はないか走り出した。

 

 創一が走って捜している間、そこらじゅうから陸斗の名を呼ぶ声がする。

 事情を聞いた人たちが、みんなで陸斗を捜してくれているのだ。

 

「はは、すげえや……」

 

 諏訪の、皆で力を合わせて危機を乗り越えようという一体感がよくわかる光景だった。

 

「あっちは、まだ誰も捜していなさそうだな……」

 

 しばらく走った先に、森が見える。

 普段人が近づかない場所なので、おそらくまだ捜されていない。

 創一は念の為その森を見ておくことにした。

 

「どこにいるにせよ、早く見つかってくれるといいんだが……」

 

 大きい水筒を持っていっているとはいえ、まだまだ暑い。結界の外へ出ていなかったとしても熱中症の危険はある。

 

「ん……? なんだこの音」

 

 どこからか、カン、カン……と金属音がする。

 

「こっちか?」

 

 その音のする方向へ進んでいると、音は近づいていき、やがて人の気配もしてきた。

 

「陸斗、いるのか……?」

 

 創一は恐る恐る呼びかけながら、音のする方向へ接近していった。

 すると──、

 

「やああああ! たあっ!」

 

 いた。陸斗だ。

 

 陸斗は1メートル程ある、長く、しっかりとした木の棒を振り回している。

 周りの木の枝には、穴を開けて紐を通した空き缶が複数ぶら下がっており、それらを木の棒で叩いているようで、空き缶はどれもベコベコだった。

 

 遊んでいるようにも思えるが、陸斗の様子は真剣そのものに見えた。

 

「陸斗、こんなところで何をしてる?」

 

「ッ!! そ、そーいち、さん……っ! ハア、ハア……」

 

 創一の声に、驚いて振り返る陸斗。

 汗びっしょりで、息切れも相当激しい。

 かなり長い間運動していたのが見てとれた。

 

 だから、創一はその様子を見て、そのまま思ったことを口にした。

 

「秘密の特訓ってとこか」

 

「──っ」

 

 陸斗が一瞬息を詰まらせ、創一から目を逸らす。

 どうやら図星のようだ。

 

「なんで、こんなことをしているんだ? みんな心配してるぞ」

 

「とーちゃんに、近づくため……」

 

「え……?」

 

 思わぬ答えが返ってきて、創一は面食らった。

 

「俺、弱いから、何もできないから、今のままじゃとーちゃんの邪魔になっちゃう」

 

 陸斗は左腕につけた腕時計を触りながらそう言った。

 

「……その時計は?」

 

 その腕時計は陸斗の物にしてはずいぶん大きい。

 子供の小さく細い腕にはぶかぶかで、今にもずり落ちそうだ。

 

「これは、とーちゃんの時計だよ」

 

 もう三年も会っていない父を少しでも感じられる物。

 父との繋がりを感じていたいのだろう。

 

「とにかく、俺は強くなりたい。うたのねーちゃんくらい強くなって、化け物たちをやっつけられるようになって、とーちゃんに会いに行くんだ」

 

 実に子供の考えそうなことだ。実際には歌野の、というより勇者の強さは修行を積んでどうこうできるものではない。

 しかし、この幼き子供の目標が、創一の心には深く突き刺さる。

 

 それはきっと、創一自身も、似たような願いを心に抱えているからだ。

 今の自分の無力を嘆き、それを変えるための力を求めている。

 陸斗は創一と同じだ。だから、できることなら陸斗の望みを応援してやりたい。

 

 だが、どれだけ同情し、共感していようと、言わなければいけないこともある。

 

「お前、なんで自分の母ちゃんに何も言わなかった」

 

「え? だって、秘密の特訓だし」

 

 つまり、特別な理由があるわけではないということだろう。

 

 丸山さんにすべて言っていたら、止められていたかもしれないし、そうでなくても、強くなるために修業するなんてことを言うのは恥ずかしいかもしれない。

 創一だって、蕎麦作りの特訓は歌野や水都に内緒でやっている。

 

 でも、自分のやったことで起きた結果は、知っておかなければ。

 

「なあ、陸斗、お前自分の母ちゃんの気持ち考えなかったのか? 朝起きたら家族がいなくなってて、どこにもいない。もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない。それがどれだけ不安だったか、わからないか」

 

「え……」

 

「お前の母ちゃんは、今でもお前を捜してる。泣いてたぞ、あの人。お前さ、母親を心配にさせて泣かせて、そんなことして、父ちゃんに胸張って会いに行けるのか!?」

 

「あ……」

 

 創一の言葉に、陸斗はハッとした。

 今、初めて、自分が母親にかけてしまった心配を理解したのだろう。

 

「父ちゃんがいないからって……いや、お前の父ちゃんが忙しくて戻ってこれないからこそ、お前が母ちゃんを守ってやらないといけないんじゃないのか!」

 

「う、ううう……」

 

 陸斗は目から涙を流しながら嗚咽する。

 

「正直、お前の気持ちはわかるよ、本当に、よくわかる。俺も自分の無力をいつだって嘆いてる。強くなりたいよ。だけど、母ちゃんを心配させないでやってくれ」

 

「うう、ひっく……ごめんなさい……」

 

「俺に謝る必要はないよ、だけど、母ちゃんと、一緒にお前を捜してくれた人たちには謝るんだ、そして、もう二度と何も告げずに長く家を出るな」

 

「うん、わかった……ぐすっ……」

 

 涙をぬぐい、陸斗は頷く。もう大丈夫そうだ。

 

「今日はもう特訓は終わりにしろ。帰ってみんなに謝りに行くぞ」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 それから、創一は陸斗を連れて皆のもとに戻った。

 

 丸山さんは、陸斗を見るとすぐに駆け寄って、よかった、よかった、といって抱きしめた。

 そんな母親に、陸斗はぬぐった涙をまた流して謝った。

 

 あとは親子の問題だ。

 

 二人を見届けた創一は、ここを去った。

 そして、まだ陸斗を捜している人たちに見つかったことを伝えて回った。

 

「ヘイ! そーくーん!」

 

「歌野さん!」

 

「外にはいなかったわ、こっちは?」

 

「見つかりました、危険な場所を捜してくれて、ありがとうございました」

 

 いつの間にか帰ってきていた歌野にも事情を説明する。

 

「そう、見つかってよかったわ。それと、ちょっと外を見に行くくらい、私ならノープロブレムよ」

 

「こらこら、油断は禁物ですよ」

 

「そー(くん)もみーちゃんも厳しいわねえ……ま、何にせよ、そー(くん)もお疲れ様。今日は諏訪の絆を感じる日だったわね」

 

「ええ、まったくです」

 

「それじゃあ、私畑仕事に戻るわね」

 

「まだやるんですか……」

 

「もちろん! そー(くん)も来る?」

 

 ぽん、と胸を叩きながらそう言う歌野に、創一は呆れながらも笑顔で返事した。

 

「ええ、いきましょうとも!」

 

 この諏訪では、ひとりひとり心に何かを抱えながらも、自分にできることをやり、協力し、支え合うことで生活している。

 

 いつだって、どんなときも、そうやって乗り越えている。

 

 それこそが、諏訪の住民なのだった。




読んでいただきありがとうございました。

次回、「水都に降りる影」

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