もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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Ⅶ:諏訪最後の日

 ここに来てからの三年間、つらいこと、苦しいことがたくさんあった。けれど、それ以上に大切で、楽しい時間だった。

 

 それだけは、胸を張って断言できる────。

 

 

 

 

 

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 諏訪の人々にとって不安の象徴であるサイレンの音。

 バーテックスの接近を意味するその音が、今日は朝から絶え間なく鳴り響いている。

 

「無理にここに入ろうとしないで! 大丈夫、あっちの地下がまだ空いてる。そう、焦らずに!」

 

 バーテックスから隠れるために、地下室に籠ろうとする人たちへ創一は指示を飛ばす。

 この三年間、住民たちでいざという時に逃げ込める地下室をあちこちに作っていた。

 

 正直に言うと、バーテックス相手にどこまで意味があるのかは疑問だが、関係ない。やれる事は全部やると決めたのだから。

 

 といっても皆が皆、地下に籠ろうとしているわけではなく、自宅や、その他の頑丈そうな建物に隠れる者も多い。

 

 それにしても、無理もないが、やはり焦っている人が多い。

 各地にある地下室はあまり広くはないので、大勢が一気に押し寄せたらケガ人がでる可能性もある。それは避けなくては。

 

「創一さん!」

 

 子どもの声が耳に入る。

 

「陸斗? どうしたんだ」

 

 振り向けば、陸斗が駆け寄ってきていた。

 

「創一さん、かーちゃん見なかった!?」

 

「丸山さん? はぐれたのか」

 

「地下の避難所まで急いでいるうちに……」

  

 どうやら、避難の混乱のせいで離ればなれになってしまったらしい。

 

「かーちゃん、先に避難してたりするかな……」

 

「いや、きっと近くにいるよ」

 

 陸斗の母が、陸斗がいないのに一人で避難しているとは考えにくい。おそらく向こうも今頃息子を探し回っているはず。

 

「呼びかけていたらすぐ見つかるさ、俺も一緒にいてやるから」

 

「ありがとう、創一さん……」

 

 それからしばらく二人で探していると、どこかから陸斗を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「陸斗、どこにいるの!?」

 

「あ、かーちゃん!」

 

 声の主は、陸との母親だった。

 その姿を見つけるや否や、陸斗は走って傍へ寄る。

  

「ここにいたのね!? よかった……」

 

 母親は息を切らしていた。よっぽど必死に探したのだろう。見つかってとてもほっとしているようだ。

 

「かーちゃん、また心配かけてごめんなさい……」

 

 陸斗は母親に抱き着くと、大粒の涙を流す。

 創一といるときはそんなそぶりは見せなかったが、やはりこの状況も相まって不安でいっぱいだったのだろう。

 

「いいのよ、私だってはぐれちゃったんだもの……創一君が見ててくれたの? 本当にありがとう……」

 

「いえ……俺は何も……」

 

 創一は自分は何もしていないと遠慮がちにする。

 しかし、丸山は陸斗の手をとりながら別れ際に言った。

 

「そんなことないわ。今回のことだけじゃない、私も、他の諏訪のみんなも、創一君には何度も助けられてきた……諏訪のヒーローは、歌野ちゃんや水都ちゃんだけじゃなかったのよ」

 

「え……」

 

 一瞬、何を言われたのか分からず、思考に空白が生まれる。

 聞き返そうかとも思ったが、親子はもう一度礼を言って地下へ去ってしまった。

 

 去って行く途中、陸斗が振り返り、父の形見であるぶかぶかの腕時計を手で押さえながら創一に言った。

 

「かーちゃんは俺が守るから、創一さんも頑張って!」

 

 陸斗が創一を見る目は、普段、諏訪のみんなが歌野や水都に向けているものとよく似ていた。

 

 

 

 

 

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 地下への避難も落ち着きを見せてきて、創一は他に問題が起きていないか確認していた。

 すると、畑に農家の人たちが集まっている。

 

「皆さん、どうしたんですか?」

 

 創一はそちらへ走って近づきながら問う。

 

「避難場所なら、あっちがまだ空いて──」

 

「ああいや、別に避難場所からあぶれてここに来たわけじゃないんだ」

 

「え……じゃあどうして……?」

 

 創一が疑問を投げると、農家の人が答える。

 

「私たちは畑を整備しておこうと思ってね」

 

「……は?」

 

 あっけにとられた。こんなときに何を──と。

 

「別に自暴自棄になっているわけじゃないよ。ただ、もし歌野ちゃんが死んでしまったら、正直あとは遅いか早いかの違いだと思ってる」

 

 農家たちの顔が真剣そのものだった。

 そして、創一はその言葉を否定しない。

 

 農家たちの言う通り、勇者である歌野が死んでしまえば、地下に隠れようが隠れまいが、待っているのは死だ。

 せいぜい数日死ぬのが遅くなるだけだろう。

 

「だったら歌野ちゃんが負けたときのことよりも、彼女が奴らに勝って、元気に戻ってきたときのことを考えようと思ったんだ」

 

「それで畑を……」

 

「ああ。彼女が帰ってきたとき、畑が荒れていたら悲しむからね」

 

 そう言う農家たちに、創一はこれ以上何も聞かなかった。

 これも、ひとつの戦いの形であると思ったから。

 

「ああ、それと……創一君、私たちがこうやって再び農業を始められたのはね、君のおかげでもあるんだよ。勇者や巫女だけでなく、私たちと同じ立場の君が立ち上がったからこそ、我々もまた立つことができたんだ」

 

「え……」

 

「諏訪の住民は皆、君を尊敬していたよ。ありがとう」

 

「────」

 

 創一は言葉を失う。

 まさか、そんなふうに思ってくれているとは思わなかった。

 

「……俺の方こそ、貴方たちのことを尊敬していましたよ。皆が飢えずに生きてこれたのは、貴方たちのおかげだ」

 

 絞りだ強ような声で創一はそう言った。

 それを聞いた農家たちはにこやかに笑う。

 

「君にそう言ってもらえて嬉しいよ。ほら、もう行きなさい。まだやらなきゃいけないことがあるのだろう?」

 

「……わかりました、では、畑は頼みます」

 

 歌野が大切にしていた畑も、この人たちになら任せられる。

 

 そうして創一は畑から去っていった。

 おそらく、もう二度と会うことはないであろう農家の人たちに背を向けて。

 

 彼らが言うように、創一にはやることがある。

 避難したいのに避難できないでいる住民がいないか確認して回らなければならない。

 

 そしてそれを終わらせて、あの人たちのもとへ行きたい。

 

 

 

 

 

「おうい、創一!」

 

 畑から離れると、男性の声に呼び止められた。

 

修二(しゅうじ)さんに義弘(よしひろ)さん、それに……おっちゃんまで、何かあったんですか?」

 

 声に振り向くと、そこにいたのは漁師の修二と義弘、そして蕎麦屋の店主だった。

 わざわざ創一を探している様子だったので、創一の手が必要な事態が起こったのか、と問いを投げかけたが、それに対して修二は首を横に振った。

 

「俺たちはお前を手伝いに来たんだ」

 

「俺を?」

 

 疑問を返す創一に、三人は頷いた。

 

「お前にはいつも手伝ってもらってるからな」

 

「この間、俺に代わって漁に出てくれたお礼もしてねえしな!」

 

 修二と義弘が創一を手伝ってくれる理由を話す。

 

 そして、次に蕎麦屋の店主が口を開いた。

 

「お前のことだ、見回りしてるんだろ? それはこっちに任せろ。だからお前は歌野ちゃんと水都ちゃんのところへ行ってこい!」

 

「おっちゃん……」

 

 創一は何も言っていないのに、三人は創一の思いを理解していたらしい。

 歌野や水都とできるだけ長く一緒にいたいという思いを。

 

「──っっ」

 

 目頭が熱くなる。みんな本当は心の中が絶望であふれているはず。

 それでも努めて明るくふるまっているのは創一のためだ。

 足掻きを続ける創一が少しでも楽になるように、少しでも長くあの二人と一緒にいられるように、と。

 

「ありがとう……ございます……」

 

 創一は三人に深く深く頭を下げた。

 そしてそのまま走る。歌野と水都のもとへ。

 三人の気遣いを、無駄にしたくなかった。

 

「創一! お前は勇者や巫女のような、特別な力は持ってなかった! でも、あの二人と同じくらい、この街の連中はお前に感謝し……お前のことを愛していたっ!!」

 

「~~~~ッッ!」

 

 背後から聞こえてくる声に、ついに創一は涙を流す。不安と恐怖からくる涙は見せまいと気を張っていたが、まさかこの状況でこんな風に泣かせられるとは思っていなかった。

 創一は立ち止まり、後ろを振り向いてもう一度無言で深く頭を下げる。

 

 あえて別れの言葉を言わなかった。死ぬとわかっていても諦めないと決めたから。

 そして三人もそれを望んでいると思ったから。

 

 創一は今度こそ駆けていく。今もバーテックスと激闘を繰り広げている二人のもとへ。

 

 

 

 

 

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「水都さん!」

 

「そーくん!? そっちはいいの?」

 

「はい、こっちの状況は?」

 

「今来た大群がもうすぐ終わるとこ……」

 

 水都が指を指すと、そこには数体のバーテックスと対峙している歌野の姿があった。

 今日は朝から複数回にわたってバーテックスが押し寄せている。

 だが、これはいわゆる先遣部隊。水都の神託にあった総攻撃ではない。

 

「──フィニッシュ!」

 

 掛け声とともに、歌野がバーテックスを一気に蹴散らす。

 おぞましい呻き声とともにバーテックスが消滅する。

 

 現在見える範囲のバーテックスをすべて倒した歌野は、結界の中へ帰って来た。

 

「はあ……はあ……さすがにヘヴィーね……」

 

 しかし、戻ってきた歌野はとても疲弊した様子だ。

 無理もない……なにせ彼女は今日、ほとんど休憩する時間もなく朝からずっと戦っていたのだから。

 身体もあちこち傷ついている。

 

「う────」

 

「──ッ! 歌野さん……っ」

 

 急にガクッと崩れて倒れそうになる歌野を、創一と水都は二人で支えた。

 

「うたのん! しっかり!」

 

「う……ありがと……」

 

 心配する声に返事が返ってくる。気を失ったわけではないようだ。

 

「そー(くん)……戻ってきてたのね……みんなの避難は、順調?」

 

「はい、避難させました! みんなが手伝ってくれたんです……!」

 

「そうなの……? よかった……」

 

 少し安心したようで、笑みを浮かべる歌野。だが、彼女の体力は誰がどう見ても、明らかに限界が来ていた。

 

「──うっ」

 

「水都さん?」

 

 今度は水都の口から少し声が漏れたので、創一はそちらを見る。

 すると彼女は頭に手を当てて、少しつらそうな顔をしていた。

 

(──神託か……っ)

 

 ゴクリと唾を飲み、創一は水都の言葉を待つ。しかし、水都が何かを言う前に、創一にはその神託の内容がわかってしまった。

 水都の表情の変化で、だ。

 

 みるみるうちに顔を青くする水都。体も震えだして変な汗も滲んでいる。

 

 ──今までよりも明らかに怯えていた。それが意味するのは……、

 

「次……総攻撃が来る……だけど、こんな数だなんて……っ」

 

 案の定、総攻撃の神託だった。

 今までの比じゃないほどの暴力的な数が襲ってくる。

 水都の反応から見て、先日に来た大規模な襲撃よりも多いのだろう。

 

 諏訪が、終わる。

 

 とうとうやって来たその時に、創一の心に暗いものが陰る。

 しかし、歌野は、

 

「……そろそろ、四国との、通信の時間ね……行かないと……」

 

 そう言った。最後まで、自分の『日常』を守り通すため。

 

 ボロボロの身体で、ふらふらと、おぼつかない足どりで参集殿(さんしゅうでん)へ行こうとする彼女を見て、創一も、絶望している場合ではない、何か力にならねば、と動く。

 

「歌野さん、背中貸します」

 

「え……?」

 

「だから、おんぶしますって言ってるんです」

 

 言いながらしゃがんで準備の体勢に入る。

 

「そんなにふらついているんじゃ、危なっかしくて見てるこっちが気になって仕方がありません……できるだけ体を休めてください」

 

 創一のその言葉に、歌野は驚きと嬉しさの混じったような表情をした後、創一に近寄った。

 

「じゃあ、お願いするわね」

 

 歌野はそう言って、創一の背中にギュッと抱きついた。

 創一は歌野ができるだけ楽になれるように、しっかりと支えて歩き出す。

 

 そんな創一の背中で、歌野は優しく微笑んだ。

 

「そー(くん)、今日はなんだかカッコいいわね」

 

「はは……それじゃあまるで、いつもはカッコ悪いみたいじゃないですか……」

 

「ふふっ……そうね、訂正する。いつもカッコいいわ。 ね、みーちゃん」

 

 話を振られて、水都は震える身体を制して答える。

 

「うん、私もそーくんはいつも頑張ってて、すごいなって思うよ……」

 

「……二人の、諏訪のみんなのおかげです」

 

 つい恥ずかしくなってしまい、創一は顔を赤らめた。

 

 その後も話をしながら歩いた。いつもと同じような、なんでもない話を。いつもの三人で。

 

 

 

 

 

 参集殿に着いたら、すぐに通信の準備に取り掛かった。相変わらずノイズまみれだったが、なんとか繋がった。

 

「いえ、ちょっとしつこいのを退治してやっただけです……」

 

『どうし……ザザ……何か……のか……ザー』

 

 歌野は疲労やダメージを押し隠しながら通信していたが、それでも心配するような声が向こうから届く。

 

 歌野の隠しきれない疲弊が伝わっていたのかもしれないし、いつもに増して酷い通信状態から何かを察したのかもしれない。

 

「バーテックスの襲撃の影響で通信機が壊れてしまったみたいですね……しばらく通信はできなくなりそうです」

 

 通信機が壊れたなんていうのは嘘だ。

 しかし、諏訪は今日終わる。もう連絡は取れない。

 だから、できる限り心配かけまいと歌野は気を遣った。

 

 もっとも、こちらの音声がどの程度届いているのかは疑問だが。

 

 しかし、歌野は構わず話を続ける。

 もう四国との通信は行えない。伝えたいことはたくさんあるのだろう。

 

 それから、しばらく歌野は話していたのだが、向こうから先ほどよりも強い心配の色を含んだ声が響いた。

 

『白鳥さ……ザ、ザザ……えて……るか!? 』

 

 その、雑音だらけの声を聞いて、歌野はとても名残惜しそうな表情になり、何かを考えるように一瞬下を向いた。

 

 きっと、次の言葉で本当に最後になる。

 やがて、歌野は顔を上げ、噛みしめるように言った。

 

「乃木さん、後はよろしくお願いします」

 

 それを言った後、歌野は通信を切った。

 

(結局、蕎麦とうどんの決着、つかなかったな……)

 

 通信の終わりを見届けて、創一はそんなことを思った。

 

 最後の言葉は四国に届いただろうか。

 きっと届いたはずだ。そうあって欲しいと、創一も願う。

 

 水都が歌野のそばに寄り添う。

 その水都の瞳には涙が溢れている。そして、何かを言おうとしているのを感じた。

 

「どうしたんです?」

 

 水都が話し始めやすいように、創一は促した。

 

「今、神託があったの……最後の……」

 

「どんなお告げ?」

 

 今度は歌野が聞く。

 

「よく三年も諏訪を守り続けた。おかげで四国の態勢が整った……って」

 

 それは、土地神が初めて言った労いの言葉であると同時に、残酷な真実を告げる言葉であった。

 

 つまり、最初から諏訪は四国の防衛基盤が整うまでの囮で、殿(しんがり)だったのだ。

 四国と諏訪で協力して土地を奪還していくつもりなど、はじめから神にはなかった。

 

「こんなのって……!」

 

 水都はその理不尽さに嘆くが、創一も歌野も、そして水都だって、うすうす気づいてはいた。

 結界が強いといっても四国が一度も襲撃を受けないのは不自然だし、いつまでたっても挟撃が始まらないから。

 

「よかった、私たちの三年間は無駄じゃなかった……」

 

 嘆く水都とは逆に、歌野は安心したように微笑んでいた。

 

 四国の勇者達はこのことを知っていたのだろうか、いや、おそらく知らないのだろう。

 

 通信でも、それを感じさせるようなことは言っていなかった。

 乃木若葉はその手の隠し事ができる人とは思えない。

 

 そんなことを考えていたとき、背中がザワつくような感じがした。

 

「……どうやら、そろそろ来たようね」

 

「みたいですね……」

 

 特別な力も持たない創一にも、嫌な感じがびしびしと伝わってくる。

 歌野の言う通り、そろそろ総攻撃が始まる────。

 

 

 

 

 

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 三人は上社本宮の境内に立つ。

 結界の周囲には尋常ではない量のバーテックス。もはや空を埋め尽くしている。

 さらに、進化体もかなりの数いる。

 

「あのさ」

 

 水都が話し出す。

 

「うたのんの夢は農業王になることだよね」

 

「うん、私が作った野菜を、たくさんの人に食べてもらう、それが私の夢よ」

 

「私、今まで将来の夢を持ったことがなかったんだけど……でも、最近できたんだ……」

 

「どんな夢なの?」

 

「俺も聞きたいです」

 

「うん……私ね、将来は宅配屋さんになるよ。それでうたのんが育てた野菜を世界中の人に配るの……」

 

「世界? ワールドなの!?」

 

「うん、最初はうまくいかない事ばかりで、言い合いになったりもするんだ。けど、いつか世界中の人にうたのんの野菜を届けて笑顔になってもらう。それが、私の夢」

 

「それはいいですね。とても楽しそうだ……」

 

「そー(くん)は無いの? 夢」

 

「俺ですか……? うーん……」

 

 世界がこうなる前は、学校の授業で考えたりもした気がする。

 しかし、あのとき自分が何になりたいと思ったのか、全く思い出せない。

 たった数年前のことなのに、ずいぶん遠い日のように感じてしまう。

 

(将来の夢、か)

 

 自分が将来何をしたいかなんて、諏訪に来てからは考えたこともなかった。

 

「歌野さんと一緒に野菜を作る……とか? いや、でも水都さんと一緒に配達するのも面白そうだな……あ、蕎麦屋とかもいいかも……」

 

 考えてみると色々出てくる。けれど、創一にとっては別になんでもよかった。

 

「まだ何がしたいかは決められないけど……俺は二人と一緒にいたいです。二人と一緒ならどんなことでも、きっと楽しいから……」

 

 別に同じことをしていなくてもいい。ただ諏訪での日々のように、共にいられれば、それ以上は求めない。

 

「その通りね……だったら、私たち三人の夢のためにも、世界を終わらせるわけにはいかないわね!!」

 

 歌野が武器の鞭を構えて結界の外へと跳躍していく。

 バーテックスたちがとうとう動き始めた。

 諏訪の終わりが、今、始まった。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

  

 太陽の光を隠してしまうほどの大量のバーテックス。上位の力を持つ進化体も混じっている。

 そして、それらと最後の力を振り絞って戦う歌野。

 

 倒しても倒しても、バーテックスの数はいっこうに減らず、むしろ増えていく。

 次第に歌野でも捌ききれなくなった。

 

 バーテックスの大群が歌野を取り囲み、創一たちからは歌野の姿が見えなくなる。

 

 あの軍勢の中心で、歌野はまだ戦っているのか、それとも、もうやられてしまったのか、それすらも確認できない。

 

 そして、ついにバーテックスが結界を破ってその内部へと侵入する。

 

 創一は水都の方を見た。

 水都は涙をぼろぼろと流して、身体も恐怖でこれ以上にないほど震えている。

 

 しかし、目を逸らすことだけはしなかった。

 歌野がいるであろう場所をじっと見つめている。

 彼女がまだ戦っていると確信し、その生き(ざま)から目を離すまいとしている。

 

 

 数体のバーテックスが街の方へ向かう。そして一体、創一と水都に気付く。

 猛スピードで突進してくるバーテックス。

 

 歌野を見届けようとしている水都の、邪魔だけはさせてなるものか。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 創一は叫びながら農具を手に取り、バーテックスへ向かって行く。

 

 脳裏によぎるのは諏訪での三年間。

 

 ──初めて鍬を握ったとき、予想してたより重くてビックリした。思うように振れなくて、歌野にいちから教えてもらって……次の日は筋肉痛で動けなかった。

 

 ──二人について行って、結界の外の人を助けたこともあった。自分でも誰かを助けることができるんだ……と、すごい嬉しかったのを覚えてる。

 

 ──漁師の人たちと諏訪湖の(ぬし)を獲ったことがあった。熱い男たちの情熱の輪に混ざることができて、とても興奮した。

 

 ──陸斗をはじめとした子どもたちと遊びまわったことがあった。元気に駆ける子らを見て、こちらも生きる活力を分けてもらった。

 

 ──歌野が本宮の神楽殿で勇者服を脱いでるとき、間違えてそこに入ってしまったこともあった。直後、珍しく悲鳴を上げた歌野に割と思いっきりぶん殴られた。死ぬかと思った。でも、顔を赤くして恥ずかしがる歌野は新鮮で、可愛かった。その後、歌野よりも水都が怒って、しばらく口をきいてくれなくなった。大変だった。

 

 

 

 諏訪でのことは、なんだって思い出せそうな気がする。それほどまでに、ここでの思い出は大切だった。

 

「はああああああああああ!!」

 

 その三年間のすべてを込めて、創一は構えた農具を振り下ろす。

 

 ガッキィィン!!

 

 激しい音と共に、創一の渾身の一撃がバーテックスに叩きつけられた。

 

 しかし、バーテックスには傷一つ付かない。創一の思いを嘲笑うかのように。

 突進の勢いも止まることはなく、創一はそのままバーテックスに吹っ飛ばされた。

 

「うぐぅぁああ!?」

 

 凄まじい勢いで、そのまま本宮の拝殿(はいでん)に激突する。

 

(ち、く……しょう……っ)

 

 痛みで朦朧とする意識の中、拝殿の柱が崩れて倒れてくるのが見える。

 

(結局、俺は、何も……)

 

 創一の思考は、凄まじい崩落音に消される。

 そして、拝殿が完全に崩れるのとともに、創一はその意識を手放した。




読んでいただきありがとうございました。

次回:「思いを守る力」

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