眠っている状態から自然に目が覚めるというのは不思議な感覚だ。
起きてすぐは頭もうまく働かなくて、自分がなんで起きたのかもよくわからない。外から何かしらの刺激を受けたのか、それとも夢の中で何かあったのか。そのどちらでもないのなら、いったい何をきっかけにして眠りは覚めるのだろうか。
「──ん、う……」
口から微かに音を漏らし、創一の瞼が開く。少しの間ぼーっとしていたが、しだいに意識を覚醒させた。
「……?」
最初に感じたのは疑問だった。
なぜなら、普段目を覚ましたときとは違い、その瞳に映ったのは自分の部屋の天井ではなく、木材の切れ端だったからだ。
(え……なに……)
いったいここはどこだ?
その疑問を解決するため、自分の周囲を確認しようと体を動かした。その瞬間、
「ッ!? 痛っ」
身体中に激痛が走った。
その尋常でない痛みは、僅かに残った眠気を吹き飛ばし、今の状態になった経緯を思い出させた。
「確か……本宮が崩れてきて──ッ! そ、そうだバーテックス、総攻撃!」
完全に思い出した。
空を埋め尽くすバーテックスの大群、何もできずに
だとするとここは崩れた拝殿の中か。
創一はふと、あることに気づく。
「あれ……生き……てる……?」
そう、今自分がこうしているということは、ここがあの世でもない限り、自分はまだ確かに生きていることになる。
改めて今自分の置かれている状況を確認する。
自分の周囲にある木材の切れ端を見るに、
創一が意識を失った後もバーテックスが執拗に破壊したのだろう。屋根も完全に崩れている。
しかし、創一はそれらに潰されてはいなかった。
運良く瓦礫同士が重なってできた空間の中にいる。
だが、当然無傷ではない。全身が軋むような痛みを伴っていて、特に右足と左手が酷い。
痛みの具合からして、骨が折れてしまっているようだ。ほんの少し動かすだけでも覚悟がいる。
まあバーテックスに吹っ飛ばされ、建物の倒壊に巻き込まれたのだから骨折くらいするだろう。
むしろ死んでいないのが不思議なレベルだ。
もっとも、バーテックスも創一が死んでいると誤認したからこそ、逆に助かったのかもしれないが。
(とにかくここを出よう)
まだバーテックスが外を彷徨っているかもしれないので危険ではあるのだが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
水も食料もないし、この空間も、いつまでもってくれるかわからない。
次、崩れたら今度こそ死んでしまうだろう。
横になったまま創一は首から上だけ動かしてもう一度辺りを見渡す。
すると外へ通じていそうな隙間を見つけた。這っていけば通れるだろう。
少し動くだけで激痛が襲ってくる。それでもなんとか我慢して、這って動いた。
たった数メートルのわずかな移動であったが、相当な時間がかかってしまう。
やっとのことで隙間を抜け出し、外に出ることができた。
そして、なんとか体を仰向けにして、上体を起こして座る。
周囲の様子を確認すると、目に入ってきたのは……、
「ッ! ……ひどい……」
予想していたよりも酷く破壊された上社本宮だった。今まで創一がいた拝殿も含めて、ほとんど原型がない。
ふと自分の身体へ目を向けると、身につけている衣類が血で汚れていた。今はもう血は流れていないが、骨折以外にも体中を怪我していたようだ。
「待てよ、バーテックスがいない……?」
ぱっと見渡しても、あの空飛ぶ化物の姿は見当たらなかった。
空のすべてがバーテックスで塗りつぶされるほどの数がいたのに。
「あれからどれくらい経ったんだ……?」
バーテックスがいないこと、そして自身の血が止まっていることに時間の経過を感じ、ハッと空を見上げる。
意識を失う前は確か昼だった。
現在の空の色はそのときより少し暗い。しかし、それは日が暮れそうだからではない。
「な……朝!?」
太陽は東にあった。
ということは、自分は一晩中意識を失っていたのか。いや、もしかしたら一晩どころではなく数日間眠っていたのかもしれない。
「歌野さんと水都さんは……みんなは……」
──確認せずにはいられなかった。
自分が生きているのだから、もしかしたら……そう思ってしまう。
「ぬ、ぐぐ……」
骨折したほうの手足を庇いながら、どうにか立ち上がり歩き出す。
目的地は歌野が戦っていた場所である結界の境界付近。痛みに顔をしかめながらも、ゆっくりと一歩ずつ進んでいく。
しかし、やっとの思いで辿り着いたその場所には、無残に破壊された本宮の御柱があるだけだった。
「──くそっ……」
三年間、諏訪を守り続けた結界の
その一つである上社本宮のそれは、もともとが一本の大きな柱であったことが信じられないくらい、粉々にされてしまっていた。
「……歌野さんたちはここにはいないか……」
あの大群に逃げずに戦っていた歌野も、彼女の行く末を見届けようと目を離さずにいた水都も、見つからなかった。
創一の心にある微かな希望が薄れていく。
「いや、バーテックスを全部倒して、みんなの救助に行っているのかも……」
創一は、起こってしまった事実に気付きかけていたが、それを認めたくなくて、別の可能性にすがった。
壊された御柱の破片から、かろうじて杖の代わりにできるものを手に取り、それを支えとして再び歩き出す。
今度は街のほうへと。
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「────なんだよ、これ……」
街へ着くと、そのあまりの光景に言葉を失った。
今まで自分の過ごしてきた住宅街だった場所。しかし、そこに「建物」と呼べるものは、もうなかった。
見渡す限り瓦礫、瓦礫、瓦礫。瓦礫の山だ。人工物と呼べるものは、どれも本宮と同じくらいに破壊されている。
創一は諏訪に来る前には外の街にいたし、結界の中からも外の街を見る機会はあったが、今まで見てきた建物は、ここまで破壊されてはいなかった。
明らかに、他の町に比べて執拗に蹂躙されている。
まるで、自分たちに抵抗した罰を与えているかのようだ。
そして当然、人の気配など全くない。
(ち、地下なら……もしかしたら──)
地下に避難している人もいたことを思い出し、激痛を感じながらも急いで近くの地下避難所へ向かう。
そこへ向かう途中に通った場所も、散々な荒らされ方だった。
綺麗なかたちで残っている建物は皆無で、地面もところどころ削れている。
「確かあそこに……」
少し歩いて、避難所の一つが遠目に見えてきた。
しかし、近づくにつれて嫌な予感がして、入り口を見たときにその予感はもう、どうすることもできない事実として創一の目に焼き付いた。
「そんな……」
地下と地上とを隔てるその入り口には、蓋をするように扉が設けられていた。
それが、圧倒的な力で破られ、人間よりもはるかに大きなモノがそこを通った跡があった。
恐る恐る中に入る。
その瞬間、悪臭がして顔を背けた。
「うっ!?」
錆びついた鉄のような臭いと、生肉を放置したような
とにかく酷い臭いだった。
しかし、創一はこの臭いを知っている。
三年前、諏訪に来るまでに何度も嗅いだ、バーテックスに食われた人間の死体の臭いだ。
「そんな……」
もともと、隠れても長くはもたないとは思っていた。
しかし、たかだか一日二日であろう期間で、こうもあっさりと地下の避難場所がバレて殺されてしまうだなんていうのは予想していなかった。
そういえば、先ほどここに来るまでに、バーテックスによって地面が削られている場所がちらほら見受けられた。
冷静に考えると、なんでバーテックスはわざわざ地面なんて削っていたのだろうか。
「あれは、バーテックスが地下に隠れている人間がいないか探していたのか……っ」
三年前、創一がショッピングセンターに隠れていたときや、その後諏訪へ身を隠しながら移動していたときは、ここまで執拗に人間を探してはいなかった。
しかし、今回は地面の中の人間を見つけるほどに念入りだ。
それだけ、バーテックスは徹底的に諏訪を滅ぼそうとしていた。
「でも……俺が生きていたんだ、他にもきっと……っ」
創一は、わずかな希望を求めて別の避難所へと足を向ける。
そこに、会いたい人たちがいることを願って。
ぼろぼろの身体を引きずって、創一は時間をかけながら他の避難所へ歩を進める。
その間も、いろいろな場所を通ったが、人の気配を感じることはできなかった。
「う……ここも、だめなのか……」
たどり着いた次の避難所の扉も、激しく壊されていて、同じように異臭が漂っていた。
「誰か……いますか……?」
念のため中に入って声をかけ、確認するも、返事が返ってくることはない。
「いないか……ん?」
カチャ……と小さな音が足元でした。何かがつま先に当たったようだ。
創一は下を向くが、暗くてよく見えず、身を屈んだ。
「ひ……っ、人の、腕……っ!」
そこには、人間の腕だけがあった。
腕だけということは、これが繋がっていったはずの身体は、バーテックスに無残にも食われてしまったということだ。
取り乱す創一だったが、ある違和感に気付く。
「で、でも……さっきの音は、腕に当たったにしては……」
先ほどのカチャ、という音は人間の腕がつま先にあたって鳴るような音ではない。
何か金属のようなものが当たった音だ。
創一はもう一度、地面に落ちている腕に目を凝らす。
「──ッ!!」
よく見ると、その腕には腕時計が付いていた、音はこれが当たった音だった。
「ま、まさか……」
よく見ると、その腕は小さく、腕時計のサイズに合っていない。子どもの腕だった。
「り……陸、斗……?」
思い浮かぶのは、一人の男の子の顔だ。
『これは、とーちゃんの時計だよ』
「う、あ」
『化け物たちをやっつけられるようになって、とーちゃんに会いに行くんだ』
「ああ、あああ……っ!」
『かーちゃんは俺が守るから、創一さんも頑張って!』
「うわあああああああああああああああああっっ!!」
創一は弾かれるようにその避難所から出て行った。
そして他の場所へと移動する。その避難所から、現実から逃げるように。
だが、現実は決して創一を逃がしてくれない。
畑へ行った。
丹精込めて育てた野菜はなぎ倒されており、土はところどころ赤黒く染まっていた。
諏訪湖へ行った。
船も釣り場も、滅茶苦茶に壊されていた。
蕎麦屋へ行った。
客席も厨房も粉々だった。
自分が住んでいた家へ行った。
何も残っていなかった。
それからも、創一は街中を歩き回った。
御柱だった木片を杖にして、骨折した手足を庇いながら、とぼとぼ力なく。
そのとき、倒れている人を見つけた。
「あ……だ、大丈夫ですか!」
慌てて近寄ると、頭を怪我しているようで、血が広がっていた。
急いで手当てしなければと思い、抱き起した。
すると、そこらじゅうに散らばっている瓦礫と同じくらいの冷たさが、創一の手に広がった。
「……っ」
確認したが、呼吸も鼓動もなかった。
「まさか、俺だけ、なのか……?」
いつの間にか太陽も低くなってきて、少し涼しくなってきた。
それと共に創一の心も孤独感と不安でいっぱいになる。
「だ、誰かっ! 誰かいないかっっ!! 俺だ……種島創一だ! 今はバーテックスはいない……だから出てきてくれ……返事をしてくれっ!」
たまらず創一は大きな声で呼びかける。
しかし、それに応えるのはせいぜい風の音くらいで、残酷なまでの静けさが創一の心を締め付ける。
「歌野さん! 水都さん! いないのか!? おっちゃん! 誰か……っ誰でもいい!」
ついには涙が流れる。
「頼むから、俺を独りにしないでくれ……」
風が涙に濡れた頬を冷やす。
そして創一は、今度こそはっきりと理解した。
あの優しかった人たちはもういない。残されたのは自分だけ。
諏訪は、滅んだのだ──と。
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創一は畑へ戻って来ていた。
空を見上げると、もうほんのり
結局、生きている人間には会えなかった。遺体もあまりなかったが。
遺体がないということは、つまりバーッテックスに────ということだろう。
何故
ただ失意のままに歩いていたら、いつの間にかここへ来ていた。
無意識に、よく来ていた安心できる場所に来てしまったのだろうか。
改めて畑を見渡してみたが、本当に酷い荒らされようだ。
ここに限らず、諏訪に対するバーテックスの荒らしようは激しすぎる。
まるで、人間がここにいたという痕跡すらをも否定しているようだ
畑の土を一部赤黒く染めているのは、農家たちの血か。
きっと、彼らは最期まで畑を守ろうとしたのだろう。
「なんで俺だけ、生き残っちまったのかな……」
総攻撃の当日、自分は死ぬだろうと思っていたが、別に死にたいと思っていたわけではない。
だが、生き残ってしまったせいで終わってしまった諏訪を見る羽目になった。
最悪の延長時間だ。こんなものは見たくなかった。
「一人で生きていても────あっ!?」
創一の暗い考えはいったん止まった。
何故なら、遠くの空に、数体のバーテックスがいるのが見えたからだ。
「し、しまった──!」
今の創一の身体はぼろぼろだ。
大怪我をしているうえに、それを無視して歩き回ったせいで体力も尽きている。
もうほとんど動けない。
そんな風に慌てているうちに、バーテックスがこちらに気づいてしまった。迫ってくる姿が見える。
「────もう、いいか……」
バーッテックスの数は四体。それが近づいてくるのを見て、創一の心に諦めが顔を見せる。
まだ距離は相当あるが、気づかれてしまっては隠れてもほぼ意味がない。
それ以前に隠れるだけの体力がない。
ちょうど今考えていたところだ。一人で生きていても意味がない……と。
「まあ、俺なりに精一杯生きただろ」
そう、もうできるだけのことはした。
そして最期をこの場所で終えることができるのだ。悔いなんて……、
「ないわけ……っないだろ……!」
創一は
そう、悔くやしくないわけがない。
「ふざけるな! ここで終わり……? そんなの悔しくないわけがない!」
自分が杖代わりに握っている木片に目を向ける。これはもともと御柱。土地神の力が宿っていたものだ。
創一は、その木片に向かって、叫ぶ。
「土地神様も、悔しくないのかよ!? あんたの守るべきこの諏訪の人はもういない。みんな奴らに殺された! ……それとも囮としての役目は果たせたから満足なのか!?」
こんなちっぽけな切れ端に何を叫んだところで意味がないことなど百も承知だ。
神に生死の概念があるのかは知らないが、もしあったとしたら結界を破られた時点で死んだのかもしれない。
それでも、叫ばずにはいられなかったのだ。ただただ、悔しくて。
「ちくしょう……ちくしょおおおおお!」
もうバーテックスはすぐそこだ。あと数秒もすれば自分は死ぬ。
せっかく生き残ったのに、やったことは、大切な人たちが、場所が、壊されたのをただ確認しただけ。
結局自分は、何もできず、生き残ったことに意味をもてないまま死ぬのか。
それだけは、絶対に嫌だ。
その時だった。
「なんだ!?」
突然、握っていた御柱の木片が、光りだした。
そしてその光は、たちまち創一を包み込んだ。
「うわっ!?」
膨大な「何か」が創一に流れ込んでくる。
「これは……まさか……」
そう、これは土地神の、守るべき土地を蹂躙され、あとは何もしなくてもいずれ死んでしまうほどに弱り切った、この諏訪の土地神の、すべてを振り絞った最後の力。
本来、神が力を与えるのは無垢なる少女のみ。
それ以外の存在と繋がってしまうと、神自身が穢れてしまう恐れがあるからだ。
神にとって、穢れとは存在の消滅以上に避けなくてはならないことだ。
しかし、にもかかわらず、この土地神は創一に力を与えようとしている。
己の無力を嘆きながらも、いつだってこの諏訪を愛し、守るために全力だった少年に。
この少年にならば、自身の存在すらも預けられると信じて。
「ふっ……」
創一は、力と一緒に流れてくる、ある感情に思わず笑みがこぼれる。
「なんだ……やっぱり悔しかったのか。土地神様も」
その感情は、己の無力を悔いる気持ちだ。
創一がずっと持ち続けていた感情を、今、土地神から感じる。
人類全体のためとはいえ、庇護すべき自らの土地とその人々を囮として使い潰すという決断は、避けたかったはず。
そうすることしかできなかった、住民に犠牲を強いる道しか与えてやれなかった無力な自分が、諏訪の土地神は許せなかった。
「ぐ……っ」
本来力を渡せる相手ではないからか、かなりの負荷を感じる。しかし、創一にはそんなことどうでもよかった。
「いいさ、好きにしな……俺のすべてをくれてやる!」
光が
光が消え、創一の姿がハッキリと見えるようになる。その外見に、変化らしい変化は見受けられなかった。
そんな創一に向かって、バーッテックスがその大きな口のような器官を開いて、今まさに襲おうとしている。
しかし、創一が目を向けたのはバーテックスではなく、畑の脇の地面から突き出た木箱だった。
歌野と水都と、三人で埋めた木箱。他の住民のものと一緒に未来へ託した、自分たちがここにいた証。
総攻撃で地面が削れて出てきたのだろう。
創一は
生き残った創一は、伝えなければならない。諏訪の、みんなの想いを。
そのためにも──、
「今ここでっ! 死ぬわけにはいかないんだあああぁぁああああ!!」
突進してくるバーテックスに、真正面からその拳を叩きつける。総攻撃の日は逆に創一のほうがふっ飛ばされた。
しかし、今回はそうはならなかった。
バシイィ! という派手な音が空に散る。
殴られたバーテックスは後方に飛ばされ、おぞましい呻き声をあげながら、しだいに殴られた個所から砕けて消滅した。
創一は残った三体に向かって叫ぶ。
「かかって来いよ化け物ども! 見せてやる……この俺の、種島創一の悪足掻きを!」
====================
残りのバーテックスは三方向から一斉に襲いかかってきた。
創一は距離をとるのではなく、逆にそのうちの一体と素早く距離を詰める。あれだけ痛かった手足の骨折は、力を受け取った時にすっかり治っていた。
そのまま、近づいたバーテックスを殴り飛ばす。先ほどの個体と同じように消滅していった。
しかし、体勢を立て直す前に、残る二体のうちの一体による攻撃が迫ってきてきた。
「くっ」
噛みつかれるのは防いだが、避けきれず、その巨体に当たって倒れてしまう。そこをもう一体に攻められるが、なんとか立ち上がり距離をとった。
「!?」
再びすごい速さで突進してくるバーテックス。
今度は避けられそうにない。
創一は覚悟を決め、バーテックスの突進を正面から受け止めた。
「ぐ……ぬぬぅううおりゃあああ!」
それを受け止め、投げ飛ばした。投げられた敵は、もう一体のバーテックスに激突する。
「うぉおおおおらぁあああっ!」
重なった二体に対してとどめの一撃を与える。最後の二体も、奇妙な鳴き声と共に消え去った。
「はあ……はあ……」
敵の数はたった四体だったが、歌野が持っていたような武器もなく、何より初めてバーテックスと戦う創一にとっては楽ではない戦いだった。
念のため辺りを見渡して、もう他にバーテックスがいないことを確認すると、創一は地面から出ている木箱へ向かって歩く。
「これじゃあバーテックスに見つかっちゃうな……」
もし見つかってしまったら、バーテックスに壊されてしまうだろう。
別の場所に隠そうと思い、木箱を拾い上げる。
この木箱と、まだたくさん埋まっている、諏訪の住民の生きていた証を思い、創一は決意する。
「俺が、伝えてみせる。諏訪の思いは、四国の人へ、絶対に」
しかし、戦う力を手に入れたといっても、創一はまだその力の扱いに慣れていない。
たった四体のバーテックスに苦戦しているようでは、とても四国には辿り着けない。
ならばどうするか。
「……四国の勇者たちは、絶対に来る……か」
この箱埋めたとき、歌野が言っていたことを思い出す。
「俺も信じるからな、四国の勇者たち」
未だ顔すら見たことのない遠い地の人へ、望みを託す。
歌野が信じた未来を、創一が信じなくてどうする。
「この諏訪の思いを引き継いでくれる人たちが訪れるまで、何か月だろうが何年だろうが、ここで生きて、待ち続けてみせる!」
白鳥歌野と藤森水都、いや、それだけではない。ここ、諏訪の土地で精一杯生きてきた全ての人たちの思いを無駄にしないため、創一はたったひとりで足掻き続ける。
いつになるかわからない、でもいつか必ず来る、その日まで。
読んでいただきありがとうございました。
種島創一の章はまだ終わりませんが、一度新章を挟みます。
感想やご評価など、お待ちしております。