乃木若葉率いる四国の勇者たちは、四国外の情報、そして生存者を求めて遠征を行った。
といっても四国外の隅々まですべてを探索するのは困難なので、最終目標である北海道を目指しつつ、各地の主要な都市を重点的に探索した。
一日目は倉敷と神戸を、二日目は大阪と名古屋、そして諏訪を探索する。
「そろそろ、諏訪に到着する。そこで一晩休むつもりだ。では、また明日の朝に連絡する……以上」
一日三回ある四国との定時連絡を終え、一向はとうとう諏訪へ足を踏み入れる。
ここへ来るまでに見てきたものは、絶望そのものだった。
すべての街はことごとく破壊され、大阪では積み上がった大量の
生存者など影も形もなく、ただただ、バーテックスによってもたらされた破壊と死があるだけだった。
正直、諏訪の現状を見るのが怖くなった。
四国を出発するまでは、通信が途絶しただけで諏訪がまだ滅亡していないという希望が、心のどこかにまだわずかに残っていた。
しかし、いざ四国外を探索してその光景を見たことで、その希望は限りなく低い可能性であったと気付かされてしまった。
しかし、確認しないわけにもいかない。
諏訪の結末を見届けず、目を背け逃げることは、そこで生きてきた諏訪の住民たち、そしてなにより諏訪を守るために戦い続けた白鳥歌野を侮辱することになってしまう。
あの勇者を、まだ顔を見たこともない若葉の親友を侮辱することは、若葉自身が絶対に許せなかった。
そんな思いを抱えながら、四国の勇者たちは、ようやく諏訪へたどり着いた。
「く……っ!」
しかし、その地に足を踏み入れてすぐに、悔しさをにじませる声が我慢しきれずに漏れ出てしまう。
この諏訪も、他の地域と同じく……いや、今まで見てきたどの地域よりも、この諏訪は圧倒的かつ徹底的な破壊が行われていた。
軽く見渡した限り、原形を保っている人工物は皆無だ。
そして、諏訪の結界の中心であったという諏訪大社の四社も、もはや瓦礫の残骸と化していた。
とても、人が生活している痕跡があるようには思えなかった。
「…………」
勇者たちを沈黙が支配する。
無理もない、今回の遠征では皆、散々心を削られる光景を見てきたのに加え、比較的希望のあった諏訪でさえ、このありさまなのだから。
「探そう……生き残りがいないかを」
リーダーである若葉がそう指示を出す。
他の者は素直に従ったが、皆、覇気がない。
(この状況では当然か……他の地域にも生存者がいなかったのに、それらよりも徹底的に街が破壊されていては……)
指示を出した若葉自身も、生存者の存在を信じることは難しいと感じていた。
それだけ、諏訪の壊されようは異常だった。おそらく、バーテックスに対して長きにわたり抵抗したのが理由だろう。
しばらく歩いても滅んだとしか言い表せないような景色が続き、若葉の心に焦りが生まれる。
四国も、自分たちが敗れれば同じようされてしまうのだろうか……などと悲観的な未来が若葉の頭をよぎりそうになったその時、仲間の勇者、伊予島杏が何かを見つけた。
「あれ……これ、なんでしょう……?」
「え……?」
自分たちの目の前に広がる地面を見ながら、怪訝な表情を浮かべる杏。
つられて他の者たちも地面を見た。
「石が、並べられている……?」
手のひらに収まる程度の大きさの石が、等間隔で地面に置かれていた。
足元の地面であることと、石の小ささもあってあまり目立たず、危うく見逃すところだった。
等間隔であることを考えるに、自然にこうなったわけではあるまい、人の手を感じる。
すると、他の勇者たちが石を見て何かに気付いた。
「あれ、この石何か書いてあるよ? 名前、かな? あ、こっちの石にも!」
「こっちの石にも書いてあるわ、高嶋さん」
「もしかして、全部の石に書いてあるのか? うへえ、百は軽く超えてるぞ、タマげたな……」
「人が置いたもので間違いなさそうですね、若葉ちゃん」
「うむ……しかし、何のためにこんなものを……? 何かの目印に使ったのだろうか……」
おそらく諏訪の住民が置いたものであろうが、何の目的で置かれたものなのかわからず、若葉は頭をひねる。
「もしかして……お墓、じゃないでしょうか」
杏の言葉を聞いて、皆が一斉に杏のほうを見る。
人の名前が書かれた石。言われてみれば確かに、墓を連想する。
「墓、だって……ならば、ここにある石の数は……」
「そのまま、亡くなった人の数、ということに」
「そう、か……やはり諏訪はもう……」
これらの石がすべて墓であるならば、諏訪が受けた人的被害はおびただしいものになる。
しかし、同時に、とあることを示している。
「いや待て、墓があるということは……」
「お墓を作った人がいる、ということにもなります」
「っ!」
重大な発見だった。
少なくとも、これだけの人が亡くなったあとも、生きていた人間がこの諏訪にいる。
この事実を前に、若葉は改めて皆に言った。
「みんな、手分けして探すんだ、人の痕跡を……急ごう!」
その再びの指示にも、勇者たちは従った。今度は全員が希望を胸にして。
それから勇者たちは、人の気配を探して一心不乱に諏訪を駆け巡った。
ある者は瓦礫を動かして潰れた建物の中まで探したりもした。
そして、陽も落ちかけてきた頃、勇者たちはある場所に集まっていた。
「この植物、よく見ると周りの他の植物と種類が違う。たぶん野菜だ」
小柄な勇者、土居球子が、ある植物を指さしてそう指摘した。
若葉たちにはよくわからないが、アウトドアが趣味で野草などにも詳しい球子にはわかるらしい。
「私も、さっきポツンと一つだけ生えてる野菜を見つけました。最初は昔畑で育てていた野菜の種が風に流されて自生した物かと思いましたが……それにしては育ちが良すぎる気がします。少なくとも、最近まで人が手入れをしていたと考えて間違いないと思います」
杏も、人が生活しているらしき痕跡を見つけたようだ。
「なんでそんな回りくどいことを……野菜を育てるなら普通に畑で育てればいいじゃない……」
「それはおそらく、バーテックスに見つかるのを危惧してのことかと思います。この徹底した街の破壊ぶりを見るに、人が生活しているとバレれば執念深く探してくるでしょうし……」
皆でそれぞれ見つけたものの情報を共有していたとき、球子が突然大きな声を上げた。
「おい、みんな! あれ、見ろ!」
球子は、目を見開きながら、近くの高台を指さした。
皆、その指を追うように高台に視線を向ける。
すると――、
「人だ!」
球子が歓喜のあまり声を張り上げる。
彼女の言う通り、その高台には、一人の少年が、驚愕の表情を顔に貼りつかせながら、夕日に照らされて立っていた。
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「本当に、来てくれた……っ!」
六人の少女の姿を見て、創一の心に歓喜の気持ちが湧き上がる。
なにぶん、自分以外の人間を見るのは半年ぶりだ。
「おーい!」
少女たちが、自分のほうに手を振りながら向かってくる。
その言葉に応えるように、創一も高台を駆け降り、少女たちの元へと走る。
しかし、突然、少女の一人が雰囲気を変え、大きな声で叫んだ。
「皆さん! 待ってください!」
叫んだ少女は周囲を探すように見渡すと、創一のほうを、正確にはその上空を指さした。
ぞわ、と創一の背中に嫌な予感が走る。
振り向くと、バーテックスが数体ほど、こちらへ向かってきているのがわかった。
「君! 早くこっちへ!」
誰かが、そんなことを言った。
しかし、創一はその声には従わず、むしろバーテックスのやって来る方へと方向を変えて再び走り始めた。
「な、何をしている……っ駄目だ、そっちは!」
慌てる声が聞こえる、しかし、創一はそれよりもバーテックスへの文句が勝った。
「こんなときに邪魔すんなよ、化け物が!」
半年間、待ち続けた相手とようやく出会えたというのに、それに水を差した無粋な奴らに向かって、創一は全力の拳を叩きつけた。
バシィン! と強烈な音がなり響き、殴り飛ばしたバーテックスと、その後ろにいた二体の合計三体のバーテックスが玉突きのようにぶつかり、同時に崩れ落ちた。
「な……」
背後では、その光景に驚嘆する声が複数聴こえる。
そんな中で、創一は残ったバーテックスたちへと拳を構え直す。
「さあ来い!」
現れたすべてのバーテックスを創一だけで倒してやるつもりでいたが、そうはならなかった。
ザシュッ!
創一が何をするまでもなく、残りのバーテックスは刀と大鎌、回転する円盤に切断される。あるいは手甲で殴られるか、矢に撃ち抜かれた。
いずれにしても、それこそ一瞬にして、現れたバーテックスの一群は消滅した。
(やっぱり、この人たちは……)
その光景を見て、創一は来訪者たちの正体について確信する。
勇者だ、間違いない。
「君は、いったい何者なんだ……?」
バーテックスが全て消滅した事を確認すると、少女の一人がそう尋ねてきた。
他の者たちも創一の周りに集まって来る。
「それに答える前に、こちらからひとつ聞きたい……この中に、乃木若葉って人はいますか?」
「「!」」
創一の質問に、全員が反応した。なぜその名前を、と。
「乃木若葉は私だ」
疑問の尽きない顔をしながら、帯刀した少女がそう答える。
「あなたが? そうか、少し意外だな……もっと武士っぽい人かと思ってた」
しかし、乃木若葉がいるということはやはり、彼女たちが四国の勇者ということ。
全員で六人、しや、一人は恰好からして巫女のようだから勇者は五人か。
「意外? いや、それよりこちらは答えたぞ、今度はそちらの番だ」
「そうですね、俺は種島創一。諏訪の生き残りです」
「そうか、生き残りがいたのか、それはよかった、本当に……他の生き残りは今どこに?」
「……」
創一は何も答えなかった。しかし、それだけで十分に意味は伝わる。
「まさか、そんな……し、白鳥さんは……?」
続く質問にも、やはり創一は何も言わなかった。ただ、黙って首を横に振った。
「……っ」
若葉は息を詰まらせる。
予想はしていたこととはいえ、事実を突きつけられればやはり衝撃は大きい。
「なにが、あったんですか?」
巫女服を着た少女がおそるおそる聞いてきた。
「それを含めて、全部伝えます。でも、その前に一度場所を変えましょう。暗くなってきたし、ここだとまたバーテックスに見つかってしまう」
創一の提案に、四国の勇者たちは頷いた。
そこで、創一は自分の拠点へと彼女たちを案内した。
「とりあえず、ここに入ってください。全員が入れる程度の広さはあります」
地下への階段をカモフラージュするように蓋をした扉をずらしながら、創一は勇者たちを拠点の地下室へ降ろす。
「思ったよりも広いな……」
「もとは住民たちで協力して作った避難用の地下室ですから。……まあ、実際にはバーテックス相手には役に立ちませんでしたが」
「それは……いや、教えてくれ、何があったのかを」
「そうですね、じゃあ、お互いに情報交換と行きましょうか」
それから、お互いに改めて自己紹介をした後、創一は今日までに諏訪で起こったことを話した。
諏訪の滅び、そこから創一が一人だけ生き残ったこと、創一の力のこと、そして、一人で生きてきた半年のこと、全部話した。
ただ、諏訪がもともと四国の囮だったことなどはあえて話さなかった。
余計な罪悪感を抱えさせることになるから。
「そうか……じゃあ、君は神の力を借りているというより、神そのものを取り込んで力を得たんだな」
「はい、たぶん土地神様も悔しかったんだと思います。だから、最後の最後で、このまま消えるくらいなら、と自身の存在を僕に預けてくれたんじゃないかと」
「……来るのが遅くなってしまって本当に申し訳ない。辛かっただろう、たった一人で」
「いえ、四国の方もキツイ戦いが続いていたでしょうから。それに、来てくれただけでもありがたい。これで諏訪の思いを伝えることができる」
そのために、創一は半年もの間、一人で生きてきたのだ。
彼女らが来てくれただけで、それは報われた。
「そうだ、渡したいものがあるんだった」
そう言って、創一は箱がたくさん積まれた場所へ足を運ぶ。
「そのたくさんの箱は……?」
「諏訪のみんなが自分で書いた、名前と手紙です。俺たちが三年間、確かに生きていたという証。そしてこれが――歌野さんの遺した思いです」
創一は、たくさんある箱の中で、大きな木箱を一つ取り出して、勇者たちの前に置いた。
若葉の視線が開けてもいいかと聞いていたので、頷いた。
「これは……鍬? そして、手紙、か」
鍬と一緒に入った歌野の手紙を、若葉は黙って読んだ。
他の勇者たちも、後ろから覗き込むようにして一緒に読んでいる。
「……っ」
読みながら、若葉は瞳から涙をこぼす。
手紙を掴む手に力が入っているのがわかる。
創一は手紙の内容を知らない。
歌野が誰に宛てて書いたどんな手紙かは、読まずともわかりきっていたから。
あの手紙はきっと、乃木若葉に、そして四国の勇者たちに繋ぐための――、
「これは、白鳥さんからのバトンだね、きっと」
勇者たちが手紙を読み終わると、一緒に入っていた鍬を手にしながら、高嶋友奈がそう言った。
「だから、私たちは引き継いでいかないと」
友奈はその鍬を、まだ涙を流しながら嗚咽している若葉に差し出す。
それを、両手でしっかりと受け取って、抱きしめながら、若葉は強い意志を込めた声で言った。
「やっと……会えたな、白鳥さん。お前の意志、確かに引き継いだ」
こうして、異なる場所で戦ってきた勇者たちは、繋がった。
歌野が遺した勇気は、小さくともきっと四国の希望の欠片となるだろう。
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「それで、あんた達はこの後どうするんです?」
「ひとまず、北海道まで行くつもりだ。人類生存の可能性があるらしいのでな。だが、君という生存者が見つかった以上、予定を変えて四国へ戻ることもできるが……」
「いや、とりあえず予定は変更しなくていいですよ、僕も、生活はそこそこ安定していますし、バーテックスにも対処はできますから」
「そうか……では、四国へ帰るときにまたここに寄るとするよ」
「ええ、助かります。ところで、今日は諏訪で休まれますか?」
「ああ、そのつもりだ、構わないだろうか」
「もちろん」
その夜、創一は拠点で休みながら今後のことを考えていた。
勇者たちは明日、ここを出る。最終目標は北海道らしい。
それには付いて行かないつもりだが、そのあとは?
帰りにまたここへ寄ってくれると言っていたが、そのとき、創一はどうする。
勇者たちと四国へ同行するのか、あるいは諏訪住民が生きてきた証を彼女らに託して自分はここに残るのか。
正直、できることならここに、諏訪に残りたい。
皆の墓を放置していくのは嫌だし、創一自身、魂の故郷はここだと思っているから。
だが、本当にそれでいいのだろうか?
悩んだがなかなか決められず、ひとまず、勇者たちが北海道から戻ってくるまでに考えておこうと、先延ばしにした。
しかし、わかっていたことだが、人生は思い通りにはいかないらしい。
朝になって、創一は目を覚ました。
別の場所で休んでいた四国の勇者の様子を見に行こうと外に出る。
「ああ、皆さん、外に出ていたんですね。集まって、もう出発ですか?」
四国の少女たちが集合していたので声をかけた。
すると、若葉が首を振って答えた。
「いや、それが……どうも予定が変更になりそうなんだ」
「どうしたんです?」
「それは、私が説明します」
そう言ったのは、巫女の上里ひなただった。
「つい先ほど、神託がありました」
「神託……」
神託のことは創一もよく知っている。水都が何度も授かっているのを見てきたから。
「神託によると、四国に再び危機が迫っているとのこと。具体的にいつその危機が来るかはわかりませんでしたが、念のため、遠征はここで切り上げて、四国へ戻ることにしました」
「そう、ですか……それは確かに、戻らないとですね」
「種島さんは、どうしますか?」
「俺は……」
思いがけず、決断を急がねばならなくなった。
諏訪を離れるのは嫌だ。
できることなら、創一は皆の眠るこの地で終わりたい。
しかし、それでいいのか?
だって、創一はバーテックスと戦う力を持っているのだ。
それを、残った人類のために役立てなくていいのか。
歌野は、かつてこの諏訪を守る力を持つ唯一の存在だった白鳥歌野は、最期まで誰かのために戦い続けた。
そして、ここにいる四国の勇者たちに希望を託した。
未来へ、勇気という名のバトンを繋いでみせたのだ。
なら、創一は?
創一も、残された人類のために何かをするべきではないのか。
あるいは、諏訪のみんなの三年を伝えるだけでなく、創一自身の何かを、今を懸命に生きている誰かに託していかなければいけないのではないのか。
だったら――、
「俺は……いや、俺も、行きます。四国へ!」
バトンを繋ごう。そのバトンを、さらに次へと繋いでくれるであろう誰かに。
創一自身の願いを叶えるのは、その後でいい。
創一は、未来へと希望を託す道を選んだ。
読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。