「よし、こんなもんでいいか」
積み上げられた箱を紐やテープでぐるぐる巻きに束ね、そのうえで背負えるようにしたものを見ながら、創一は一息ついた。
「本当に一人で担いでいく気なのか。小分けにして私たちが運ぶのを手伝ってもいいんだぞ?」
束ねられた箱の大きさを見て、若葉が気遣う。
「いぇ、どうせ同行するなら自分で持っていきますよ」
「そうか、わかった。だがそれを背負いながらでは戦いにくいだろうし、道中バーテックスが出たら我々に任せてくれ」
「はい、頼りにしてます」
長野を出るのは天災以降初めてなので、どの程度のバーテックスが蔓延っているのか創一にはわからない。
なので、お言葉に甘えて頼らせてもらうとしよう。
そのような事を考えていると、ひなたがやってきた。
「支度は終わりましたか、種島さん」
「はい、でも、もう少しだけ待ってもらっていいですか。出発前に、みんなに挨拶しておきたくて……」
四国へ行ったら、いつ戻ってこられるかはわからない。
だから、出発する前にしばしの別れの挨拶をしたかった。
「はい、もちろん構いません」
「なあ、もしよければ、私たちも諏訪の方々の前で手を合わせてもいいだろうか」
「……! ええ、いいですよ。たぶん、喜ぶと思います」
諏訪の住民への挨拶を、ぜひ、自分たちにも、と若葉が言うので、創一は了承した。
四国の勇者たちが来てくれたことを、皆にも知らせてあげたかったので、ちょうどいい。
諏訪の住民それぞれの名前が刻まれた無数の墓石の前で、創一と四国の少女たち、合わせて七人が手を合わせる。
創一の頭に浮かぶのは、歌野や水都はもちろん、農家や漁師たち、蕎麦屋の店主や丸山家の親子など、諏訪で共に過ごしてきた様々な人々の姿だ。
彼ら彼女らの思いを、生きてきた証を届けるため、今日まで創一は孤独を耐え抜き生きてきた。
そして今日、それを背負って、四国へと旅立つ。必ず成し遂げてみせるという決意を諏訪の皆に誓い、創一は顔を上げた。
すると、四国の少女たちはまだ手を合わせていた。
彼女たちが、この墓前で何を思っているのかはわからない。
でも、顔も知らぬ諏訪の住民たちを思って、こうして長い時間祈ってくれているのは嬉しかったし、なんだかありがたかった。
さて、やがて四国の少女たちの祈りも終わり、とうとう出発の時が来た。
創一は皆の思いが詰まった箱を背負う。
「それじゃあ、行くぞ」
四国の勇者たちのリーダー、若葉の号令のもと、この諏訪の地を出発する。
未だ人類が多く生存している四国へと。
====================
「四国へはどれくらいかかりますかね」
「どうだろうな……行きのときと違って探索をしないでまっすぐ帰るから、少なくとも今日中には到着する見込みだが……」
創一の質問に、ひなたをお姫様抱っこした若葉が答える。
ひなたは巫女なので、誰かが運ばなければならないのは道理なのだが、背負うなりなんなりいくらでもやり方はあるだろうに、若葉が当たり前のことのようにこの方法をとったことには最初戸惑った。
他の勇者たちは創一の戸惑った反応に同情するような表情を浮かべていたので、別に創一がおかしいというわけではないようで安心した。
まあ、本人たちがいいというならいいが。
まあその話は置いておいて、四国から諏訪までは二日かけて来たそうだが、それは途中の都市で探索をしたからだ。
ただ移動するだけなら、勇者や創一の力をもってすれば数時間で辿り着くはず。
「あとは、バーテックスがどれだけ出るかによるな」
「バーテックス……」
実際のところ、バーテックスはどのくらいの数が出るのだろうか。
諏訪を出た以上、必ず四国には辿り着きたい。
あまりにもうじゃうじゃいるようだと不安なのだが……。
「つっても、今はバーテックスの数は少ないはずだろ」
創一の不安を察知したのか、勇者の中で最も小柄な球子がそう言う。
「そうなんですか?」
「ついこの間、四国でバーテックスによる総攻撃を殲滅したばかりだし、諏訪に行くときにもそこそこの数のバーテックスを退治したからな」
つまり、倒した分、今は少なくなっているはずだ、ということだろうか。
「しかし、楽観視は危険だぞ、球子」
「わかってるって、タマが言いたいのは、そーいちが心配する必要はないってことだ。仮に大量のバーテックスが出てきてもタマ達に任せタマえってな」
「ありがとうございます。頼もしいです」
どうやら、球子は創一のことを思って安心させようとしてくれていたらしい。
「勇者の皆さんは優しいですね。そういうところは歌野さんに通ずるところがある気がします」
「白鳥さんか……そう言われると嬉しいな。私にとって、彼女は大切な友であるのと同時に、勇者としての心構えなどを教えてくれるよき先達だった」
四国の勇者にそこまで思われているという事実は、彼女を愛する創一にとっても誇らしかった。
きっと、ここに本人がいれば、胸を張って誇らしげにしていたことだろう。
「諏訪の勇者ってどんな人だったんだ? 通信していたのは若葉だけだったから、タマたちはよく知らないんだ」
「私も長く通信でやり取りはしていたが、彼女のことを何でもわかるとは思っていない。とても丁寧な喋り方をする人だったので、几帳面な人なのかなと思っていたが」
「はは、いやー、乃木さんの聞いてた歌野さんの喋り方はだいぶ作ってるものでしたよ。公の立場として話すと真面目な話し方になる人だったんです」
「そうだったのか……意外だ」
「通話だけだと普段のことまではわかりませんからね……若葉ちゃんも、通信中は普段より硬くなっていましたよ。種島さんも、若葉ちゃんの姿を見た時は意外に感じたのでは?」
「ええ、そうですね。もっと武士みたいな人だと思っていました」
歌野も確かそんな想像をしていたな、と懐かしい思い出が頭をよぎる。
「そ、そうか……? ん、ということは、君は通信のときに傍で聞いていたりしたのか?」
「いつもではないですけどね。巫女の水都さんと一緒に、通信している歌野さんと同じ部屋にいたりはしました。聞いてましたよ、蕎麦うどん論争とかね」
「う、聞かれていたのか……」
「蕎麦うどん論争? なんだそれ」
「蕎麦とうどん、どちらが優れた食べ物であるかを討論してたんですよ、通信のたびに毎回ね」
「若葉、お前、そんなことやってたのか……」
「毎回とは私も知りませんでした……てっきり、私が見に行ったときだけたまたまやっていたものかと……」
「うわぁ! もういいだろう、その話はっ! 白鳥さんがどういう人だったかの話だったはずだ!」
他人に知られたとなると少し恥ずかしく感じるのか、若葉は赤面しながら話を終わらせた。
「まあ、話し方が少し変だったり、農業や蕎麦へのこだわりが強いところはあったけれど、優しくて、カッコよくて、とにかくすごい人でしたよ」
歌野のことはいくらでも思い出せる。
「まだ小学生だった頃から、絶望するみんなに声をかけて、元気づけさせて……そしたらいつの間にか、みんな顔を上げて前を向いていた。彼女は、勇者とか関係なく、諏訪という地方のリーダーだった」
今でも思い出す。彼女の満面の笑みを。
見ているだけで元気をもらえるそれに、何度助けられたことか。
歌野は、希望の光そのものだった。
「そして、そんな歌野さんを支えていたのが巫女の水都さんだった」
思い出すのは歌野だけではない。
歌野を語るなら、水都もセットだ。
「水都さんは、内向的で、自信がない人だったけれど、いざというときは誰よりも勇気を出す人だった。諏訪の結界に辿り着く前にバーテックスに襲われていた俺を、戦う力がないのに助けに来てくれた。あの人がいなかったら、きっと歌野さんもあんなには頑張れなかった」
水都の困った顔、たまに怒る顔。そして、派手ではないけれど、とびっきりの優しさが詰まっている笑顔。
目を瞑れば、瞼の裏に写るそれらは、まるで昨日のことのようだ。
「二人とも、大好きだった。二人にこそ、生き残って四国へ行って欲しかった……」
「創一君……」
しんみりした空気を感じて、創一は反省する。
ああ、やってしまった。つい、彼女たちを失った悲しみが出て来てしまった。
どうしようかと、そう思っているときだった。
「歓談中悪いけれど、どうやら敵が来たようよ」
「!」
赤黒い装束を纏った大鎌の勇者、千景の警告に、緊張が走る。
「どこだ?」
「ほら、あそこ!」
武器が手甲で、創一と同じく格闘がメインの勇者、友奈が指さした方角を見ると、バーテックスの群れが迫っているのが見えた。
「おいおい、多いな! どうなってるんだ!?」
その数の多さに、先ほどやや楽観的な予想をたてていた球子が驚く。
確かに多い。少なくとも、創一だけであったら対処は無理なレベルだ。あの歌野であっても、無傷ではいかないはずだ。
「こちらへ向かってきている以上倒すしかあるまい、杏、指揮は任せる」
「はい! 皆さんは半円状に広がって対処をお願いします! 討ちもらしがあれば私が倒します。ひなたさんと創一さんは私の後ろに」
杏というクロスボウを持った勇者の指揮に従い、勇者たちが配置に着く。
どうやら、戦闘時の司令塔は若葉ではなく、杏のようだ。
「はあ!」
若葉が、刀でバーテックスを切り捨てた。
ついに、勇者たちがバーテックスとぶつかったのだ。
「やあ!」
「うおりゃあ!」
「くらいなさい!」
他の勇者たちも、それぞれ自分の武器を使って流れるように敵を倒していく。
「強い……」
さすがは勇者。歌野と比較しても、動きや迫力に遜色はない。
そしてやはり、五人いるというのが大きい。それぞれが連携することで、単純な数よりも効率的に敵と戦えている。
歌野一人しかいなかった諏訪ではできなかったことだ。
「皆さん! 他にもいます、気を付けて!」
突然、近くにいたひなたがそう叫んだ。
神託だ。
「他にもって、どこだ……?」
創一と杏、そしてひなたは目を凝らして探す。
他の勇者たちも、自分たちの目の前のバーテックスと戦いながら、周囲にも警戒する。
若葉たちの方にはいなさそうだ。
となると──
「後ろ!」
杏の声に後ろを振り返ると、創一たちの背後の空高くから、猛スピードで落下してくるバーテックスが数体。
まるで隕石のようだ。
いち早く気付いた杏が矢を連発し、その猛攻を迎え撃つ。
何体ものバーテックスが撃ち抜かれる。
しかし、一体、その矢を避けた敵がいた。
「進化体!?」
その一体は、他のバーテックスよりも動きが速く、身体も硬いようだった。
矢を避けてくる上に、当たったとしても、一撃で倒せるとは思えない。
「くっ!」
普段ならとりあえず距離をとって、手数を増やしたり他の勇者と合流する時間を稼ぐが、今はそれをやるとひなたが守れない。
杏は作戦を考える、しかし、その前に飛び出す影がひとつ。
「俺がやります!」
「創一さん?」
背負った箱を一旦置いて飛び出した創一は、ぐんぐん敵との距離を詰め、固く握りしめた右の拳を鋭く振りぬいた。
ダンッ! と大きな音が響くが、バーテックスは動きを止めただけでまだ健在だ。
逆に、創一の拳はじんじんと痛みを発する。
「おお、硬い硬い、でもなあ、一撃でやれないことは知ってんだよ!」
その一撃で止まることなく、創一の攻撃は続く。
この半年で進化体とも何度か出くわした。
他のバーテックスよりはるかに強いことは知っている。
でも、今の創一の力は、十分進化体にも通用した。
殴り、蹴る。その繰り返しで、最初はびくともしていないように見えたバーテックスの体表に亀裂が走る。
そして、やがて内部から光を発して爆発四散した。
「助かりました、創一さん」
ひなたを守りながら、杏がそう言う。
創一は二人のいるところへ戻って、周りの状況がまた変わっていることに気付いた。
「ちょっと良くない状況ですね」
「はい、どうやら敵の増援は他にもいたみたいです」
今、杏と創一が倒したものだけでなく、若葉たちの方の敵も数を増やしているようだ。
「くそ、どうなっている……」
「バーテックスは減ったって思ってたけど、違ったのかな……っ」
「わからないけど、上里さんの神託にあった四国の危機と関係しているのかも……」
「ええーい! 面倒くさい、切り札使うぞ!」
そう叫んだ球子の身体に、何かエネルギーが集まっていくような感じがする。
「切り札……?」
創一には何かわからないが、すごいパワーを感じる。
「ちょっと、タマっち先輩……!」
「待て、球子は行きでも使っただろう……!」
「もう十分体力は戻った! それに、そーいちに任せろって言ったからな、言葉の責任くらいタマにとらせろ──来い、輪入道!」
集まっていたパワーが解き放たれ、球子の装束と、武器が変化する。
円盤は炎を纏い、何倍も大きくなった。
「いっけえええい!」
ぶん投げられたその大きな円盤は、自由自在に宙を舞い、触れたバーテックスを燃やしていく。
瞬く間にすべてのバーテックスを燃やしきり、増援も含めてバーテックスは全滅した。
「す、すげえ……」
歌野にはなかった能力だ。
四国の勇者にはこんな力が備わっているのか……。
「はあ、はあ、よし、やったぞ……! はあ……」
しかし、それをやった球子の消耗は見るからに激しかった。
使ったが最後、長時間の戦闘はできなくなるようだ。
「もう、タマっち先輩ったら、切り札はどんな反動が来るかまだよくわかってないんだから、無理しないで!」
「いいだろ、もう帰るんだから……はあ……」
「球子、まだ動けるか」
「おう、別に……移動くらいなら余裕だ、余裕」
とても余裕そうには見えないが、球子は息を整えると、サムズアップして問題なしアピールをしてみせた。
「このままここにいるのは危険だ、移動する。キツそうなら誰かにおぶってもらえ」
「タマちゃん大丈夫? 私が抱っこしてあげよっか?」
「一人で走れるわ! 心配すんなって、友奈!」
球子の体力は心配だったが、派手に戦闘した以上、他のバーテックスが寄ってくるかもしれない。
球子の言葉を信じ、一行は四国への道を急いだ。
====================
それからは、再びバーテックスの襲撃にあうといったことはなかった。
途中、やはり疲れた球子を杏がおんぶするといった些事はあったものの、順調に四国へと進んでいった。
「そういえば、思い出したよ」
「何をですか?」
若葉が唐突なことを言いだしたので、創一は聞いた。
「種島創一、君のことを白鳥さんが通信で話していたことがあったんだ」
「え……」
知らなかった。
「歌野さんが、俺のことを……?」
「ああ、諏訪一番の頑張り屋で、いつだって自分たちを支えてくれる、そんな子だと言っていた。自慢の友人だと」
「──ッ」
歌野が、自分のことをそんな風に思ってくれていたのか。
嬉しい。そして誇らしい。
「君はもしかしたら、自分は助けられてばかりだ、と感じていたのかもしれないが、それはきっと違う。白鳥さんも藤森さんも、きっと君の存在に幾度も助けられてきたはずだ」
「それは……どうして、そう思うんですか? 俺は、今でこそ力があるけど、当時は何の力もない子どもでしかなった」
「勇者でも巫女でもない。そんな人間の頑張りが、時として支えになることがあるってことを、私は知っているからだ」
「え……?」
「君を見ていると、私たち六人の、共通の友人が重なって見えることがある」
「彼のことですね、私も、若葉ちゃんと同じようなことを思いました」
若葉に運ばれていたため、話を聞いていたひなたがうんうんと頷いている。
「あの男は、勇者でも巫女でもない。それどころか、むしろバーテックスのせいで心を患ってしまっていた」
その人物を語る若葉と聞いているひなたの表情は、どこか穏やかで、その存在に安らぎを感じているのが伝わった。
「でも、すごく頑張る奴でな。私たちを支えられる存在になる、と言ってくれた……君も、白鳥さんや藤森さんにそう思っていたんじゃないか?」
確かに、創一は歌野を、水都を支えたかった。
そのためなら、何だって頑張れた。
「だったら、私たちがあいつに感じているのと似たような気持ちを、二人も感じていたはずだ」
若葉の言葉には、説得力があった。
それだけ、若葉自身に、その人物から救われているという実感がるのだろう。
「なんていう人なんですか?」
「橋渡二喜という。四国に着いて落ち着いたら、紹介するさ」
「へえ、どんな人なんだろう、楽しみだな」
話し方からして、きっと若葉だけではなく、四国の勇者全員の支えになっている人なのだろう。
興味がわいた。会ってみたい。
「あら、話していたら、どうやらもうすぐのようですよ。ほら、見えてきました」
若葉の腕に抱かれながら、ひなたが指をさす。
その指の先を追うと、創一にも見えてきた。
「あれが……四国」
視界に入ったのは、大きな壁に囲まれた広大な土地だ。
その壁は、かつて諏訪を囲んでいた柱の連なりとはだいぶ種類が違う。
なにか、植物状の組織に見えた。
そしてその規模は、諏訪の御柱結界とは比較にもならないほどの大規模だ。
一行はその壁の土地へとみるみるうちに距離を詰めていき、やがてこれまた大きな橋に着く。
その長い長い橋を渡り切り、ついに、その壁の中への出入り口を抜ける。
「ふぅー、着いた着いた、一番乗りだ!」
「もう、タマっち先輩ったら、ちょっと前まで私におんぶされてたのに……」
「たったの三日間だったけどなんだか懐かしいねー!」
「急に帰ることになっちゃったけど、あの人、変に心配してないかしら……」
「若葉ちゃん、降ろしてくれて大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「足元に気を付けろよ、ひなた……よし、とにかく全員無事に帰ってこれたな」
四国の少女たちは、自分たちのホームへ帰ってこれて、ほっと一息ついているようだ。
しかし、創一は目の前に写る景色が新鮮で仕方がない。
もう日は暮れかけて空も暗いのに、街には電気が付いてそこまで暗くはなかった。
諏訪では必要最低限の電気しか使えなかったので、街灯が点いている、なんてことはなかった。
でも、この街は明るい。
こんな景色は、それこそ天災ぶりに見る。
「おっと、言わなければならないことがあったな」
戸惑っている創一に、若葉と、そのほかの少女たちが振り返る。
「種島創一君、長い間、本当によく頑張った。そしてようこそ、ここが私たちの守る土地にして人類の砦、四国だ」
読んでいただきありがとうございます!
もう少し種島創一の章の更新が続きます。
それでは次回もお楽しみに。