もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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Ⅻ:自分の役目

「まずは、皆様が無事にお戻りになってよかった。そして、決して少なくない危険の中、四国外探索を実行してくださったこと、大社一同より改めて感謝申し上げます」

 

 神社の神主のような服、あるいはピシッとしたスーツを着た大勢の大人たちが一斉に頭を下げる。

 壁の中へ入ってから少しして、この大人たちがぞろぞろとやって来たときも驚いたが、この光景にも度肝を抜かれた。

 

「そんなに(かしこ)まらなくていい。顔を上げてくれ」

 

「はっ、乃木若葉様がそうおっしゃるのでしたら」

 

 若葉の言葉で大人たちがこれまた一斉に下げた頭を上げる。

 

 創一からすればだいぶ奇妙な光景だが、若葉をはじめとして四国の勇者、巫女たちは少し困り顔をしているものの、驚いているという感じはない。

 

 つまり、動作の端々で勇者に礼儀を払う大人たちのこの態度は、今日だけのものではなく、四国ではいつものことなのだ。

 

 これが、四国の、正確には四国を束ねる大社の、勇者に対する接し方か。

 諏訪とは全く異なるな、と創一は感じた。

 

 諏訪の住民たちも歌野や水都のことをもちろん尊敬していたが、皆、彼女たちのことを様付けで呼んだりはしていなかった。

 多くの人が親しみを込めてちゃん付けで呼んでいたと思う。

 

 そういう点で、諏訪と四国では勇者という存在の扱いが根本的に違うように感じた。

 

「それで、そちらの少年が連絡で言っていた……?」

 

「ああ、そうだ」

 

 勇者への周りの接し方の違いについてあれこれ考えていたら、どうやら話題が自分のことへ切り替わっていたようだ。

 

「諏訪から来ました、種島創一です」

 

「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました。あなたが生存していたことは、我々四国も大変喜ばしく思います」

 

「どうも。ところで、自分はこのあとどうすれば?」

 

「今日のところはもう日も暮れていますし、長旅もあってお疲れでしょうから、我々が用意した部屋でゆっくりお過ごしください。明日からお話をお聞かせいただくことになるかと思います」

 

「そうですか、わかりました」

 

「それから、勇者様たちは長時間にわたる変身をしたことと、バーテックスとの戦闘もあったと聞いていますので、一度病院で検査を受けてください。そして上里ひなた様は、お疲れのところ申し訳ありませんが、遠征中に下った神託についてお聞かせ願いますか」

 

「わかりました」

 

「病院か……ふむ、ついでに二喜のところに顔を見せに行くか」

 

 そんな話の流れで、創一は少女たちと一度別れた。

 

 

 

 

 

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 その日の夜は、実のところあまり眠れなかった。

 

 ホテル風の部屋(大社の施設らしい)に案内され、ゆっくりしていいとは言われたものの、今までの暮らしとの変化の多さに困惑もしたし、考えることもたくさんあって、頭の中ではいろいろな思考が渦を巻いていた。

 

 だから、寝たのは結局、せいぜい三時間かそこらだろう。

 

 そして朝になって、眠気覚ましに飲み物でも飲もうと、冷蔵庫の中に用意されてあったジュースを飲んだ。

 三年以上ぶりに飲む既製品のペットボトル飲料の味に感動を覚えていたところで、大社のお偉いさんと思しき人が来た。

 

「おはようございます、朝から申し訳ありませんが、今後の話をさせていただけないでしょうか」

 

「……構いませんよ、場所はここですか」

 

「いえ、別室を用意してあります。ついてきてください」

 

 今後の話……ようは創一がこれから四国とどう付き合っていくかの話だろう。

 正直、それはまだ決めかねているが、とにかく、持ってきた諏訪の住民の思いはしっかりと引き渡そう。

 

 大社の大人について行き、ある部屋に入る。

 そしたら、若葉とひなたが座っていた。

 

「こちらのお二人にも、それぞれ勇者と巫女の代表として同席していただきます、よろしいですか」

 

「ええ、もちろん」

 

 創一と若葉、ひなたは会釈し合う。

 四国にとっても大事な話、勇者や巫女が同席するのは当然と言える。

 

 ともあれ、話し合いは始まった。

 

「では、はじめに俺からいいですか」

 

「はい、なんでしょう」

 

「俺が諏訪から持ってきた箱の束、あの中身は諏訪の住民の名簿や手紙です。保管して、四国の人たちに伝えてください。あれは、諏訪のみんなの生きていた証だ。どうか、未来へ残していただきたい……!」

 

「生きた証……なるほど、わかりました。大社で大切に預からせていただきます。……しかし、手紙の内容をすべて公開することは少なくともすぐにはできません」

 

「なぜです?」

 

 手紙を四国の人々に読んでもらえば、諏訪の人々の思いを、確実に伝えることができるのだが……。

 

 よく見れば、若葉とひなたもどこか苦悩しているような表情だ。

 

「現在、四国では諏訪はまだ滅んでなどおらず、健在であることになっているんです。それどころか、諏訪がバーテックスの総攻撃を受けた事実すら、四国の民には知らせていません」

 

「……え」

 

 創一の思考が一瞬フリーズした。

 

「知らせてないって、なんで……」

 

「四国民たちが、生きる希望を持てるようにするためです。正直、今の四国はかなり危ういバランスの上で生活を維持しています。諏訪の滅びという情報は、そのバランスを悪い方向へ崩しかねない。よって市民には伝えられないのです」

 

「……」

 

 街並みが天災前と変わらないことが目立って気が付かなかったが、どうやら、四国の情勢は思っていたより良くないようだ。

 まあ、わからなくもない。

 諏訪が安定していたのは歌野のカリスマによるところが大きかったが、四国にも人類は生きている、頑張っているのは自分たちだけではない、という心の支えも確かにあった。

 

「大社としては、勇者様の四国外遠征で諏訪へ行った際、そこで元気に過ごしていた諏訪の住民たちに手紙を書いてもらった、というていで発表したい」

 

 大社の大人のその提案に真っ先に反応したのは、創一ではなく若葉だった。

 

「それは、いくらなんでも横暴だろう! 四国の安定のためとはいえ、諏訪の住民が遺した思いを都合のいいように利用するなど……ッ!」

 

 バン、と机をたたき、立ち上がる若葉。

 ひなたも、大社の大人を睨みつけている。

 

 まっすぐに、諏訪のことを思って怒ってくれる若葉に感謝しながら、しかし創一はきっぱりと言った。

 

「いや、それでいいです」

 

「な……っ」

 

「そういう事情があるのなら、一般の人たちにはそのように伝えてもらって結構です。けれど、大社内では真実をちゃんと未来へ伝えてください。決して歪ませることなく」

 

「しかし……っ」

 

「若葉さん、諏訪のことを思ってくれていること、本当に感謝します。しかし、手紙の内容で四国の安定が乱れるようなことは、俺も諏訪のみんなも……歌野さんや水都さんだって望んじゃいない。重要なのは”誰か”に真実が伝わること。今の、そして未来の”誰か”に」

 

「そうか、わかった……君がそう言うのなら、この件に関して口は出すまい」

 

 若葉は静かに席に座り直した。

 

「では、箱の中身についてはそのような形で。次に、種島さんご自身の今後なのですが……」

 

 話は変わって今度は創一自身の身の振り方だ。

 

「聞くところによると、どうやら種島さんは勇者様と同じく、バーテックスと戦う力があるご様子。そのお力を我々四国に貸していただけないでしょうか」

 

 目の前の、おそらく相当に権力を持ったお偉いさんであろう大人が、創一に深々と頭を下げた。

 

「待て、四国には我々がいる。孤独に戦い続け、ようやくここに辿り着いた彼に再び戦ってもらうのは酷というものだろう」

 

「しかし、バーテックスとの戦いがいつまで続くかわからない以上、味方は多いに越したことはありません」

 

 またも大社と若葉の意見が対立する。

 

「心配しなくても、何らかの形で俺の力は貸しますよ。そのつもりでなきゃ、わざわざ四国まで来ません」

 

 実際、荷物だけ預けて自分は諏訪に残るという選択肢もあった。

 そうしなかったのは、創一自身が、何らかの形で四国の力になるため。

 

「ただ、具体的にどのような形で協力するかは、少し考えさせてくれませんか」

 

「と、いいますと……」

 

「さきほど、四国は不安定だと言っていましたね。ちょっと、自分の目でいろいろ確かめたいことがあります。そのうえで、この力をどのように使うのが四国のためになるのか判断します」

 

「……わかりました。どのような形であれ、協力いただけるのでしたら助かります」

 

「じゃあ、話の続きはまた明日でいいですか。今日一日、この四国を見ていたい」

 

「承知いたしました」

 

 ひとまず話は保留になったので、創一は部屋から出た。

 

 

 

「すまない、こんなことになってしまって」

 

 創一の後を追いかけるように部屋から出てきた若葉が、謝罪した。

 

「謝る必要はありませんよ、さっきも言った通り、もともと四国に協力するつもりでいましたから」

 

「それでも、私は白鳥さんから後は頼むと任されたのにかかわらず、君の手を借りなければならない状況にしてしまっている。私の力不足だ」

 

 後を頼む、そういえば、歌野は四国との通信の最後、そんなことを言っていた。

 

『乃木さん、後はよろしくお願いします』

 

 あの言葉は、通信が不調でちゃんと届いているかわからないでいた。

 

「よかった、ちゃんと届いていたんですね、歌野さんの言葉は」

 

 ぼそり、と小さな声で、創一は呟いた。

 

「何か言ったか?」

 

「いえ、何も。それから、重ねて言いますが、気にする必要はないですよ。若葉さんたちは、充分に頑張ってくれています。歌野さんだって、託した甲斐があったと感じるはずです。それでは、俺はさっそく外をぶらついてきます。まあ、夜には戻りますので、大社の人にはそう伝えてください」

 

「わかった、伝えておこう」

 

 

 

 

 

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 宣言通り、外に出た創一は街を歩いて観察していた。

 いろんな場所を、それこそ一日中歩いた。

 

「ほんと、物資は諏訪とは比べ物にならないな」

 

 どの店にもちゃんと商品が並んでいる。

 他の人が会計しているところを見たが、お金も天災前と変わらず流通しているようだ。

 

「テレビまで放送しているのか……」

 

 電気屋を見ていたときに、テレビ売り場のテレビが様々なチャンネルを映していたことにも驚いた。

 テレビ放送など、この目にするのはいつぶりだろうか。

 生活レベルは、諏訪よりも明らかに高かった。

 

 生活レベルもそうだが、人の数も諏訪とは比べ物にならない。

 商店街やちょっと大きめのショッピングセンターに行くと、うじゃうじゃ人がいる。

 今日一日歩いただけで、諏訪の住民の数を軽く超える人数とすれ違った。

 

 しかし、気になることもあった。

 どうも、空気の暗い人の割合が、諏訪に比べて多いように感じる。

 人数ではなく割合が、だ。

 

 また、勇者に対する感覚も、諏訪とは大きく違っていた。

 

 諏訪では、歌野や水都は中心人物ではあったものの、諏訪という共同体の輪の中にいた。

 しかし、四国では、勇者は完全に自分たちとは別格で、特別な存在である、というのが強調されているような空気があった。

 

 そして、その特別扱いによって、勇者に対して不満を感じている者も、少なからずいるようだ。

 学生のたまり場のような場所で、勇者への陰口のようなものが耳に入って来た。

 

 人数が多いことで、統率する困難さも増しているということだろう。

 歌野のように、住民一人一人に寄り添い、その心の支えになるということができないのだ。

 

 危ういバランス、というのはこういうことか。

 

 まあ、それを差し引いても、四国の豊かさには驚かされるが。

 

「それにしても、神樹の加護っていうのは。ここまで人々の生活レベルを維持できているのか……」

 

 これほどの数の人間の生活を賄うとなれば、神樹も相当なエネルギーを消費しているはずだが、大丈夫なのだろうか。

 

「……次は、壁を調べてみるか」

 

 

 

 

 

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 創一は壁の上に来ていた。

 こんな場所、一般人が昇ろうとしたら途方もない時間がかかっただろうが、あいにく創一なら簡単に駆けあがれる。

 

「やっぱり見渡しがいいな。内も外もよく見える」

 

 壁に立つと、当然壁内と壁外がどちらも見えるわけだが、本当に、景色が全然違う。

 

 両方とも海を挟んだところに町があるわけだが、内は健在、外は崩壊だ。

 

「本当にこの壁、というより結界は強力なんだな……」

 

 諏訪の結界もバーテックスは通さなかったが、結界の維持に御柱が必要という明確な弱点があった。

 実際、バーテックスはしきりに御柱を破壊しようと攻めて来ていた。

 

 四国の結界は、物理的にもとても分厚く、バーテックスといえどそうそう破壊できる気がしない。

 加えて、わざと侵入しやすそうな場所を用意することで人類側からバーテックスの攻めてくる位置がわかるという工夫も凝らされていた。

 

 創一は、何となく、自らが立っている壁に手のひらをそっと置いた。

 

「ん、なんだこれ……」

 

 ふと、頭に妙な情報が流れてきた。

 

「これは……神樹の力の大きさ、か?」

 

 創一は諏訪の土地神の一部をその身に取り込んだ。

 よって、体の一部が神であるともいえる。

 

 だからこそ、他の神の力の大きさを感じ取ることができるようになっていた。

 

「へえ、こんなことができるようになっていたのか。それにしても、さすがは土地神の集合体。その力も膨大ってわけか……あれ、でもこれ……」

 

 よくよく調べてみると、神樹も相当力を酷使しており、疲弊しているのが伝わってきた。

 度重なる襲撃、そして大規模な結界の維持と資源生成が原因だろう。

 

「これ、結構ヤバいんじゃ……」

 

 ひなたの言う四国の危機の規模によっては、結界の崩壊もあり得る。

 そうなれば勇者がどれだけ戦おうと、四国民への被害は途方もないものになる。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていると、自分の中の力、諏訪の土地神が何かを訴えているような感覚がした。

 

「なんだこれ、こんなの初めてだ……えーっと」

 

 集中して、自分の内に心を研ぎ澄ます。

 

『自分の力を、神樹に……』

 

 かろうじて、その言葉だけが認識できた。

 

「ああ、そうか……土地神様は見つけたんだな。バトンを繋ぐ相手が」

 

 どうやら、創一に存在を託し、共に生き残った土地神は、何か、新たな役目を見つけたようだ。

 とはいえ最終的な決定権は創一にある。存在を託した以上、創一がこの力をどう使おうが文句を言う気はないだろう。

 

「でも、いいよ、付き合うさ。土地神には恩もあるし。それに、俺自身も、何か自分の役目を見つけられるかもしれない」

 

 考えがまとまった創一は、朝に出てきた大社の建物へと戻った。

 

 

 

 

 

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「と、いうわけで、ひとまず神樹に諏訪の土地神の力を統合させたいのですが」

 

「なるほど……」

 

 再び集まった面々に、創一は今日一日で至った結論を話した。

 

「神樹様の力が疲弊しているというのは確かなのか?」

 

 若葉が大社の大人のほうを見ながら言う。

 

「実は……大社の方でも皆様が遠征に行っている間に神樹様のお力の調査をしていたのですが……その結果報告書が今日出まして……確かに、種島さんのおっしゃっていることに合致するデータがありますね……」

 

 大社が行っていたらしい調査が、創一の言っていることが正しいと後押しする。

 

「ですが、もしその、力の統合というのを行ったとして、解決することなのですか?」

 

 ひなたが、創一に極めて冷静にそう聞いてきた。

 

「諏訪の土地神は、少なくとも単独で三年間、バーテックスの襲撃を耐え続けるほどの力を持っていました。疲弊を回復させる程度の力は十分残っているはずです」

 

 ひなたは納得したようで、頷いた。

 

「しかし、これをやると、俺に力が残るかどうかわかりません。もしなくなったら、バーテックスとの戦いは手伝えなくなりますが……」

 

「それは構わない、もとより、力が残っていたところで平穏な暮らしをしてもらっても文句など言わないし、言わせないさ」

 

 若葉は一貫して、創一がこれ以上無理に戦う必要はない、というスタンスのようだ。

 

「種島さん、力の統合というのは、どのように行うのですか?」

 

「具体的なことは俺にも……ただ、神樹の本体に触れれば行えると思います」

 

「そうですか……わかりました。明日、種島さんには大社本部へご案内いたします。今日のところは休んで、準備していてください。私どもも、これからこの話を持って大社本部で準備に入ります。それでは、これで」

 

 大社の大人が何人か連れ立って部屋を出て行った。

 すると、残された創一に若葉が話しかけた。

 

「創一君、この後、少しいいだろうか」

 

「まあ、寝るには早い時間ですからね、いいですよ、なんですか」

 

「四国へ来る途中、紹介したい者がいると言ったことを覚えているかな」

 

「ああ、あなた達の共通の友人、でしたっけ」

 

「そうだ、こんな時間になんだが、今から会いに来てくれないだろうか」

 

 思いがけない提案だった。

 しかし、こちらもその人物にぜひ聞きたいことがある。

 

「いいですよ、確か、名前は……」

 

「橋渡二喜だ。では、さっそく行こうか」

 

 若葉とひなたが立ち上がる。創一も、それに続いた。

 橋渡二喜、いったいどんな人物なのか。

 

 何か、とても大きな出会いになる予感が、創一の胸の中に広がっていた。




読んでいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに!

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