もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

19 / 46
ⅩⅢ:交差する物語【1】

 創一は、若葉たちに連れられて病院に来ていた。

 ここに件の人物がいるらしい。

 

「天空恐怖症候群、ですか」

 

 途中、若葉からその人物がかかっているという精神的な病について聞かされた。

 

「ああ、バーテックスに対する恐怖が起因するとされる病気だ。空を怖がる症状があることからそう呼ばれている。諏訪でもあっただろう?」

 

「そういえば、最初の方は空が怖いって言っている人多かったですね。俺が諏訪に来る前にもそういう人はたくさんいた気がします」

 

「最初の方……そういえば白鳥さんもそのような事を言っていたな。途中から空を怖がる者はいなくなったのか」

 

「ええ、歌野さんが励まし続けて、諏訪のみんなが前を向き始めたくらいのときには、もうそういう話は聞きませんでしたね」

 

「そうか……ともかく、二喜はその天空恐怖症候群の最も重い症状から立ち直り、治療法の確立に協力してくれている人物だ」

 

「そりゃ立派な人ですね、なんか緊張してきたな……」

 

「なに、そう固くなることはない。昨日、君の話をしたら二喜の方もぜひ会いたいと言っていた」

 

 それは光栄だな、などと思っていると、どうやらその男の病室に着いたようだ。

 

 コンコン、とひなたが扉をノックする。

 

「二喜さん、入ってもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

 ひなたが扉を開け、若葉が入ると、創一も入るように促した。

 

「失礼します、種島創一です」

 

 創一が病室に入ると、ベッドに座る少年が会釈した。

 

「こんばんは、橋渡二喜です」

 

 とても、優しそうな少年だった。

 

 橋渡二喜、年齢は聞いた話では十五歳らしい。

 しかし、あまり年上という感じがしないのは、彼から感じる親しみやすそうな雰囲気によるものか。

 

「会えてうれしいです、種島さん」

 

「いや、それは自分もです。正直興味がありましたから、一般人でありながら、勇者たちにああも信頼を寄せられているあなたに」

 

「信頼……確か、僕のことを説明してくれたのは若葉だったよね、嬉しいな、若葉はそう思ってくれていたのか」

 

「う、うむ、まあその通りなのだが……当人の前で話されると、なんだかこう……少々恥ずかしいな」

 

「きゃ、恥ずかしがり若葉ちゃんです! これはいい一枚が撮れました」

 

「おい、ひなた、こんな時に……」

 

「はは、変わらないねえ、ひなたは」

 

 自らの二喜への信頼を本人に知られた若葉は、恥ずかしそうに頭をかいた。

 その顔をひなたが写真に収める。

 そして、そんな二人を二喜が微笑ましく見ている。

 

 正直、いきなり何が始まったのかと面食らった。

 しかし、おかげで気付いたことがある。

 彼と若葉たちの間には、四国に来てからずっと感じていた、勇者や巫女とその他の者たちとの間にある隔たりのようなものがないのだ。

 

 彼と勇者たちとの関係は、少しだけ、諏訪での、歌野や水都と創一の関係に似ているように思えた。

 

「あの、すいません」

 

「あ、ごめんなさい、せっかく来てくれたのに、こっちで勝手にはしゃいじゃって……」

 

「いえ、それはいいんですが……俺と橋渡さんの、二人っきりで話すことって可能ですか? 直接お会いしたことで、なんだか二人だけでいろいろお話したくなりまして」

 

「二人きり……僕はいいけど……」

 

 二喜がちらりと若葉、そしてひなたを見る。

 

「私たちは構わんぞ」

 

「ええ、二喜さんがいいと言うのでしたら」

 

「ありがとうございます、案内してもらったのに勝手を言ってすいません」

 

「いや、二喜を紹介したいと言ったのはこちらだ。二人が仲を深めてくれると、こちらも嬉しい」

 

「では、私たちは席を外しますね」

 

 そう言って、二人は病室を出た。 

 

「申し訳ない、初対面の人間といきなり二人きりにしてしまって」

 

「それは別にいいんだけど……わざわざ二人きりにするのは、何か他の人に聞かれたくない秘密の話があるから? だったら、それは無理なんだ、ごめん」

 

「おや、それはどうして」

 

「いやあ、僕はちょっと立場が特殊でね、いろいろと監視されてて……この病室の会話も録音されてるんだ」

 

「それは、大変ですね」

 

 一般人でありながら大社内部の情報をいろいろ持っていることが警戒されているんだろうか。

 

「でも、別に秘密の話というわけではないので大丈夫ですよ。彼女たちに出て行ってもらったのは、単に本人がいる場だとあなたが話しにくいと思っただけです。俺は、あなたから見た勇者や巫女の話が聞きたかったんです」

 

「僕から見た彼女たち?」

 

「ええ、どうもこの四国は勇者や巫女のことを過剰に特別視しているように感じるんですが、二喜さんのしている特別視は、他の四国の人たちとは違うように思えて……なんていうか、俺が歌野さんや水都さんに思っていたことと似ている気がしたんです」

 

「なるほど、それで僕に話を?」

 

「そうです、それに、彼女たちからはあなたに対する強い信頼を感じました。二喜さん、あなたにとって彼女たちは、どういう存在ですか?」

 

 二喜は、少しだけ考えるような動作をした後、胸を張って言った。

 

「とても、大事な友達」

 

 その答えに、創一は自然と笑みがこぼれた。

 ああ、よかった、四国にもこういう人はちゃんといるんだ。

 

「あいつらには恩もある。とても大きな恩だ。だから、彼女たちは恩人といっても間違いではない。でも、どちらか一つを選べと言われたら、やっぱり友達かな」

 

「それはどうして?」

 

「恩を貰ってばかりのままでいたくないからだよ。僕は、彼女たちを助けられるような人間になりたいんだ」

 

 その言葉は、なんだか創一の心を強く震わせた。

 

「……でも、もしかしたらもう、二喜さんは彼女たちを助けているかもしれませんよ。若葉さんたちがあなたの話をしているとき、あなたの存在に助けられているんだな、という感じが伝わってきましたから」

 

「そう、なの? それは……すごく嬉しいな。でも、まだまだ足りないよ。だって、僕はまだ、彼女たちと一緒に戦えるようにはなれていない。僕は、無力なんだ」

 

「無力……」

 

「うん、僕はね、正直言うと、彼女たちだけに戦わせるのが嫌なんだ。僕も一緒に戦いたい。どんな形であってもね。だから、それができるようになるまでは、少なくとも満足はできないかな」

 

 二喜は自分の手のひらを見つめる。

 

「いつか必ず、勇者や巫女たちと共に戦える存在になってみせる。無力なままじゃ、いたくないんだ」

 

「あ……」

 

 そうか、何故、二喜の言葉が響くのか分かった。

 同じなのだ。自分と。

 

 己の無力が嫌で、勇者や巫女と一緒に自分も戦いたいと願う。

 これは、かつての創一と全く同じだ。

 

「あなたと俺は、同じなんですね」

 

「え?」

 

「俺も、ずっと自分の無力さが嫌だった。あの二人と、一緒の場所にいたかった」

 

 今度は、創一が自らの手のひらをじっと見つめる。

 

「運命は理不尽だ。二人と、もう会えなくなったあとで、こんな力をくれるんだから」

 

「創一君……」

 

「それでも、力を受け取った以上はできる限りのことをしたい。この力を、無駄にしないのが俺の役目なんだ」

 

 諏訪の思いは届けた。

 神々同士の力のやり取りも、明日行う。

 そして、その結果次第で創一自身が今後どうすべきかも見えてくるだろう。

 

「と、すいませんね、こっちから一方的にいろいろ尋ねたり、一人で喋ったり、二喜さんも俺に何か聞きたいことがあれば、遠慮なく」

 

「そ、そうかい? じゃあ、僕の方も君に、諏訪の勇者や巫女の話を聞きたいな……あっ、辛かったら答えなくていいから……」

 

 知りたいことを真剣に聞いてくるが、最後の最後で創一の心を思いやって、勢いが尻すぼみしてしまう。

 何というか、橋渡二喜という人間のあり方が少しわかってきたかもしれない。

 

「いいですよ、彼女たちの話なら、俺はいくらだって語れますから。まず、勇者の歌野さんですが――」

 

 それからしばらく、創一はとても大切に思っていた二人の話をした。

 二喜が四国の勇者たちを思うように、いや、それ以上に大切に思っている二人の話を。

 

「――と、もうこんな時間か。明日は大社本部に行く用事もあるし、すいませんがこの辺で」

 

「うん……あー」

 

 望みのままに歌野と水都の話を聞かせたところ、二喜が何か気になっている様子だった。

 

「えっと、何か……?」

 

「いや、なんというか、創一君は、本当に二人を大切に思っていたんだなっていうのが伝わって……その、好き、だったの?」

 

「好き……それは、男女の、的な意味で……?」

 

「ああいや、ごめん、変なことを聞いたよね、忘れてくれ、ほんと、失礼しました」

 

「好きでしたよ、二人とも」

 

「え」

 

「俺は彼女たちのことを大切な友人とも思っていたけど、それと同じくらい、女の人としても好きでしたよ。まあ、当時はあんまり意識はしてませんでしたけど……後から、ああ、好きだったんだなって思いました」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「二喜さんにはいるんですか、そういう人、勇者の方々とか」

 

「え、僕……? いや、僕は……はは、どうだろう? みんな魅力的だけど……」

 

 ああ、これはいるな、とわかりやすい反応を見てそう思った。

 何かあたふたしてきたので、さすがに可哀想になりこれ以上追及するのはやめておこう、と創一は切り上げる。

 

「まあ、それはいいや、それじゃ、また」

 

「え、うん、じゃあね」

 

 創一は部屋を出ると、少し離れたところの廊下の長椅子に座っていたひなたと若葉に一声かけて、元居た部屋に戻った。

 

 そして眠りにつく。

 明日はついに神樹とご対面だ。

 自分と、その力がどうなるのか、答えは見つかるだろうか。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 朝の支度をしていると、大社の大人たちがぞろぞろと現れた。

 

「準備が整いましたら、お声かけ下さい。それと、こちらに着替えていただきたい」

 

 そう言って創一に渡されたのは、何やら格式ばった神社の神官の服だ。

 大社の正装か何かだろうか。

 まあ、普通に考えてこれから神に会いに行くというのにラフな服でいて許されるはずもないので、着替えを求められるのは想定していた。

 ただ、渡された服の着方がよくわからなかったので結局大社の人たちに手伝ってもらった。

 

「準備、終わりました」

 

「では、参りましょう」

 

 大人に囲まれながら、案内されるままにいくつか停めてある車の一つに乗る。

 さすがに全員同じ車に乗るわけではないようで、何人かのグループに分けて車は出発していった。

 

 しばらく車に揺られていると、やがて大社本部へと到着した。

 

「どうぞ、降りてください。到着です」

 

「はい」

 

「これから神樹様のもとへ参るわけですが、くれぐれも、失礼のないようにお願いいたします。我々の後ろを付いて、同じようにしていただければ結構ですので」

 

「わかりました」

 

 当然、創一は作法の知識などない。

 大社側も、それは承知しているが、付け焼き刃の知識を教えてたところでしょうがないので、自分たちの真似をするよう創一に求めた。

 

 歩みを進めると、やがて、平坦な歌のような声がそこらじゅうから聞こえ始めた。

 

 それとなく周囲を観察してみれば、白い装束を纏った人たちが何かを唱え続けている。祝詞というやつだろうか。

 

 その光景は見慣れない創一からすれば奇怪なもので、ここが現実世界ではないどこかの異界であるかのような錯覚を感じさせた。

 

 いや、あるいは錯覚ではないのかもしれない。

 ここは土地神の集合体である神樹が存在している場。そう考えると、異界と言ってしまって差し支えないようにも思える。

 

「あれが……」

 

 見えてきた、神樹だ。

 四国の中心に根差した超が付くほど大きな樹木。

 

 その神樹の両脇から、創一たちの歩く道を空けるように、何十人もの大人たちが列をなし、両手両ひざをつきながら頭を下げている。

 その異様な光景から作り出された道を、創一たちは歩く。

 しかし、神樹の少し手前まで来たところで、創一の前を歩いていた神官たちがそろって、周りの大人たちと同じように地に手をついて礼をした。

 

 神官たちの表情はこわばっている。

 よく見ると、周りの大人たちも、非常に緊張した様子で頭を下げていた。

 それもそのはず。今まさに、ここは神の御前なのだから。

 

 創一自身も、自分の身体が緊張で強張るのを感じていた。

 

 すっ、と創一の前にいた神官たちが横に移動する。

 創一が前へと進めるようにしたのだ。

 

 その意志をくみ取った創一は、さらに、神樹の近くへと歩いて行った。

 一歩一歩、緊張しながらも、それでいて堂々と。

 

 その姿を周囲の大人たちは見張るように見つめる。

 

 諏訪の神の力を持っているとはいえ、神樹様に選ばれたわけでもない少年を、本当に近づけて大丈夫なのか?

 そんな心配が伝わってくる視線だった。

 

 そんな視線を向けられながら、創一は神樹の前まで歩み寄り、そっとその幹に手のひらを触れた。

 

「――っ」

 

 触れた瞬間、感じた。諏訪の土地神と、神樹が、繋がったのだと。

 

 そして、感謝の気持ちのようなものが、創一の頭の中に伝わって来た。

 朽ち果てるしかなかった己を、ここまで連れてきてくれたことに対する、神からの絶大な感謝の念だ。

 

 そして、同時に伝わってきたのは、労いの念。

 もう、創一は十分すぎるほどに役目を全うした。だから、あとは己のために動いていい。

 そう、言ってくれたような気がした。

 

「……」

 

 しばらく、創一は呆然としていた。

 しかし、我に返ると、来た道を引き返して、大社の神官たちに言った。

 

「終わりました」

 

 具体的に、どんなことをして何が起こったのか、大社の大人たちはそれを聞こうとしたが、神の御前で会話を始めるわけにもいかない。

 ひとまず、戻ることになった。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 大社に自分の中の諏訪の土地神の力は無事に神樹へ届けることができたことを説明したのち、創一はもと居た部屋へと戻って来た。

 

「どうするかね……」

 

 自分の中の存在に集中する。

 どうやら、まだしばらく創一の中に神の力は宿っているようだ。

 

 神樹と繋がりを得ても、すぐに諏訪の土地神が神樹と一体になるというわけではないらしい。

 

 しかし、感覚でわかる。

 この力を創一が使えるのは、諏訪の土地神が神樹と完全に一体になるまでの間だけだ。

 数週間後には、自分の中からなくなっているというのがなぜだか確信できた。

 

「そうなったら、バーテックスと戦うのはもう無理だな」

 

 四国の勇者たちには申し訳ないが、それは自分たちで頑張ってもらうほかない。

 

「もう、やらなきゃいけないことは……」

 

 諏訪の住民たちの生きた証は、すべて、四国へ届けた。

 歌野や水都たちの思いも、若葉たちがちゃんと引き継いでくれるだろう。

 諏訪の土地神を手にした者の役割も、神樹へと力を統合するという形で達成できた。

 

 創一が人類のためにするべきことは、もう十分に果たされたのだ。

 神様も、そう言ってくれた。

 

「なら、もういいのか」

 

 神様はこうも言ってくれた。あとは創一自身のために動いていいと。

 

「俺自身の、願いのために……」

 

 創一自身の願い、それは、この四国で安らかで平穏な暮らしをすること……ではない。

 

「諏訪に、みんなの眠るあの諏訪の土地に帰るために……」

 

 人生を終えるなら、あの場所がいい。

 たとえ、結果として短い人生になろうとも。

 

 そうだ、帰ろう、諏訪に。あの魂の故郷に。

 

「ん?」

 

 己の願いを確かめるように、自分の胸に手を当てていたら、その、手を当てていた部分が、暖かい光を帯び始めた。

 

「なんだ……?」

 

 そっと、手を胸から離すと、その手の中には、手のひらサイズの、樹木の種のようなものがあった。

 

 仄かに光るそれは、創一も見たことがなかった。

 おそらく神樹と諏訪の土地神が繋がったことによる副産物か何かだろうか。

 

「自由に、出し入れできる……」

 

 手のひらに乗せたその種は、再び創一の身体の中に溶け込むように入れることができた。

 

 創一は、直感で理解した。

 

 これは神との繋がりという概念そのものだということ、そして、このまま創一がこれを身に着けていたら、創一から神の力が失われるのと同時に消失してしまうだろうということを。

 

「……やり残したこと、もう一つあったな」

 

 その種を再び固く握りしめ、創一は昨日会ったある人物の顔を思い浮かべるのだった。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

次回は橋渡二喜の章を更新予定です。お楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。