もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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ⅩⅣ:さいごの我儘

「では、種島様が持つ神の力は、やがて消えてしまうのですか……」

 

 がっかりした様子の男性の声が、部屋に響き渡る。

 

「ええ、もって二、三週間といったところでしょうね」

 

 神樹に諏訪の神の力を統合させる儀式を終えて、数時間が経った頃、創一は会議室のような場所で大社の職員たち、および若葉とひなたに対してことの顛末を話していた。

 

 といっても、神樹へ力を届けること自体は上手くいったと、大社には伝えていたので、主に補足的な内容だったが。

 

「神樹様の力の疲弊に関してはどのようになりましたか?」

 

 ひなたが、大社の大人に問う。

 

「順調に回復しています。種島様の行動の効果が出たものと思われます」

 

「それは安心ですね」

 

「ええ、しかし……種島様のお力が消えてしまうとは……四国の危機が迫っているというのに……」

 

 弱気な態度を隠せていない大社の男性。

 それを若葉が注意する。

 

「もうその話はよせ、そうなる可能性があることはわかっていたことだろう」

 

「それは、そうですが……」

 

「それに、もとより創一君を戦わせるのは乗り気ではなかった。四国には我々がいる。あまり弱音を吐くものじゃない」

 

 どうも、大社の人間は創一のことをすでに戦力として数えていたようだ。

 皮算用ではあるものの、気持ちはわからなくもない。

 創一は少し申し訳なく感じた。

 

「なんか、すいませんね、不用意に期待させてしまっていたみたいで」

 

「種島さんが謝ることではありませんよ」

 

「ひなたの言う通りだ。創一君はもう十分頑張った。それに、四国の役にも立ってくれた。あとはこの四国で穏やかに過ごしてくれていい。君の生活は必ず保障させる」

 

「ああ、僕は──」

 

 諏訪に帰るかもしれない。

 そう言いそうになったが、すんでのところで止めた。

 

「なんだ?」

 

「い、いや……しばらくまた、四国のあちこちを見て回ろうかと思ってまして……」

 

「そうか、それもいいだろう。案内は必要か?」

 

「いえ、自分で見て回ってみたいんで、大丈夫です」

 

 これでいい。

 彼女たちに本当のことを知られるわけにはいかない。

 創一が諏訪へ帰ろうと思っていると分かれば、きっと全力で止めに来るだろう。

 

 それに四国のあちこちを見て回りたいというのもあながち嘘ではない。

 自分の考えを改めてまとめるために四国の今を目に焼き付けておきたい。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 若葉たちとの話し合いの後、宣言通り、創一は四国の方々(ほうぼう)を見て回った。

 

 そうしながら、考え抜いた。

 これからの自分がどうすればいいかを。

 

 諏訪へ帰りたいという願いがあるのは事実。

 しかし、本当にそれでいいのか。

 まだ、自分の役目が何か残されているのではないか。

 そうでなくても、せっかく辿り着いたのだから、このまま四国に残るべきなのではないか。

 

 四国の人たちは、この人類滅亡の危機の中……絶望と安堵、どちらに傾いてもおかしくない、不安定なこの場所で、それぞれの事情を抱えながらも必死で生きている。

 

 その姿を目に焼き付け、心に刻みながら、創一は幾度も悩み、迷い、考える。

 

 そして一週間ほど経過した頃、答えを出した。

 

 結論は、はじめと変わらなかった。

 

「帰ろう」

 

 諏訪へ。あの、魂の故郷へ。

 

 

 

 

 

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『先日、勇者様たちが長野県、諏訪地区まで遠征に行ってくださいました。そこで、諏訪の方々からこんなにもたくさんの署名やお手紙が! 諏訪でも、今、大勢の人々が頑張って生きています。だからこそ、我々四国も彼らと同じように、絶望に負けず、頑張って生きていきましょう!』

 

 テレビを見ると、ニュースキャスターが諏訪の住民たちの名前が記された紙を広げながら、四国民に励ましの言葉を投げかけていた。

 

 ニュースキャスター様子には希望がはっきりと感じられ、とても嘘を言っているようには見えない。

 創一が何も知らない四国民だったら、その偽りの希望を心の支えにしていたかもしれない。

 

 実際、ニュースキャスター本人も嘘を言っているつもりはないのだろう。

 

 番組を作っている彼女たちもまた、今喋っている通りのことを大社から伝えられているに違いない。

 

 その番組を見て、改めて創一は思う。

 四国にいても、自分ができることはもうなさそうだ、と。

 

 だったら、自分は諏訪へ帰りたい。

 

 となれば、急がなくては。

 もう、この力を維持できる期間はそう長くない。

 だが今ならば、諏訪へ着くまでは問題なく扱えるはずだ。

 

 諏訪から四国へ来た時と違って、大きな荷物も必要ない。

 道もだいたい覚えたので、これなら一人でも大丈夫だ。

 

「……本当は、このまま四国に残って暮らすっていうのが、普通の、賢い選択なんだろうな」

 

 だって、諏訪へ行くというのは、例え勇者並みの力があったとしてもそれだけで命の危険が伴う。

 加えて、到着しさえすれば安全だった諏訪から四国への道のりと違って、今度は目的地である諏訪がそもそも危険地帯だ。

 

 さらに着いた後、しばらくすれば戦う力がなくなるとくれば、それはもう愚かとしか言いようがないだろう。

 

 そう、愚かな選択なのだ。それはわかっている。

 でも、どうしてもあの場所へ、諏訪へ帰りたい。自分の中からあふれる、願い。

 この命、願いのために使うなら、悔いはない。

 当たり前だ。自分の願いなのだから。

 

「そんじゃ、あとは四国での最後の仕事をするだけだな」

 

 そう言って、創一は小さなリュックに飲み物と食料を詰め込む。

 そして真夜中、香川のとある病院へ駆けて行った。

 

 

 

 

 

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 コンコン、コンコン。

 

 ガラスを軽く叩く音があたりに響く。

 夜は静かなので余計によく響き渡っている気がする。

 

「さすがに爆睡中かなあ、この時間は。ふうむ、いきなり躓いたぞ、どうするかね……」

 

 見通しの甘い自らの計画を嘆いていると、ガラスの向こうから声がした。

 

『何の、音だ……?』

 

「あ、起きました?」

 

『……え!?』

 

 ガラスの奥の声が、驚きに変わり、慌ててそのガラスの窓が開かれた。

 

「そ、創一君!? なんでこんな時間に……っていうか、なんで窓から!? ここ、結構上階だけど……」

 

「はは、壁よじ登って来ました。迷惑は承知の上でお願いしたいんですけど、中、入れてもらっていいですか?」

 

 未だ驚きと疑問が隠せていないその部屋にいた人物、二喜から許可を取り、彼の病室に窓から入る。

 

「いろいろびっくりしたけど、とりあえず、会いにきてくれて嬉しいよ」

 

「また会いましょう、って言ってから一週間経っちゃいましたけどね。その後、体調はどうですか」

 

「僕の方は特に変化はないよ。創一君はいろんなところに行ってたみたいだね。連絡が取れないって彼女たちがぼやいてたよ」

 

 彼女たち、というのは勇者のことだろう。

 

「何かあったんですか?」

 

「今度、丸亀城でお花見をしようっていう話が出てるらしいんだ。勇者や巫女たちを集めてね」

 

「花見、ですか」

 

「うん、ありがたいことに僕も誘われてる。そして、君のことも誘いたいみたいだよ」

 

「それは、連絡方法を用意してなかったのが申し訳ないな……俺も誘ってもらえるだなんて、光栄だ……」

 

 勇者と巫女が集まる花見か。

 それは楽しそうだし、ぜひとも参加してみたい。

 

「でも……残念ですが、俺は参加できそうにありません。せっかくのお誘いなのに面目ないですが」

 

「……それは、今日、君がここに来たことと何か関係あるのかな」

 

 二喜の指摘に、黙って頷く。

 

「説明をお願いできるかな、どうしてわざわざ窓から……こんな時間に?」

 

「窓からなのはこの時間、正面からは入れないから。この時間なのは、急用で、かつ秘密の話がしたいからです」

 

「秘密の話? でも、前も言ったけどこの部屋の会話は録音されてるよ」

 

「そうなんでしょうけど、誰とも会う予定のないこんな深夜に聞き耳を立てているとは思えないし、ばれるとしたら貴方が人を呼んでからでしょ?」

 

「まあ、そうだろうけど……話っていうのは?」

 

 こんな非常識な侵入をしたのに、進んで話を聞いてくれるとは、やはりこの人はいい人だ。

 

 二喜に心の中で感謝しつつ、創一はさっそく本題に入った。

 

「実は俺、諏訪へ帰るんです。今から」

 

「……は?」

 

 ぽかん、音が聞こえてくるかと思うくらい、二喜は唖然としていた。

 

「何を言って……諏訪って、え? だって、諏訪は長野……壁の外で……あ、危ないよ。君は、せっかくそこから四国に辿り着いたんじゃないか」

 

「俺は、諏訪から安全な四国に移り住みたくてここに来たんじゃないですよ。諏訪の思いを、生きた証を四国へ届けるためにここへ来たんです。そして、それは果たされた」

 

「だからって、諏訪にはバーテックスもいるんだろ!? いくら君に戦える力があるって言っても、一人じゃいつまでも生きてはいられないよ!」

 

「あ、俺の中にあった力は、もうじきなくなります」

 

「え?」

 

 今度こそ、二喜は訳が分からない、という顔をした。

 

「四国の神樹様に力を繋げたんです。まだ力は俺の中にあるけど、あと一、二週間もすれば完全になくなると思います」

 

 困惑に顔を固めたままの二喜に、創一は説明を続ける。

 

「それで、俺が四国の……人類のためにできることは、おおかた終わりました。だから帰るんです」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……戦う力がなくなるって……それじゃあ、なおさら危険じゃないか! 死にに行く気!?」

 

「……別に、あえて死ぬつもりはないですよ。諏訪に着いたら、奴らから隠れて生活するつもりです。まあ、長く続けるのが難しいことはわかっていますが」

 

「だったら!」

 

 引き止める二喜の声が響く。

 創一の身を案じるからこそだ。ありがたい。だけど……、

 

「それでも、俺は帰りたいんです。俺の人生は、あそこで過ごしたいんです。大切な人たちと、思い出が眠っているあの土地で」

 

「……っ」

 

 真剣な顔で話す創一の様子に、二喜は黙り込む。

 しかし、それでもやはり二喜は言い返した。

 

「それなら、せめてもっと後にしないか? 若葉たちがバーテックスを倒して、諏訪が安全になってからでも……」

 

「……それじゃ、時間がかかりすぎますよ。俺が生きているうちに実現する確証はない」

 

「……」

 

 二喜の顔が沈む。悟ったのだろう。創一を止めることはできないと。

 

「……若葉たちには、言ったの?」

 

「いいえ、言ったら全力で止めてくるでしょうし、最悪、付いて来てしまうかもしれない。これは俺のわがままですから、四国の人たちに必要な勇者たちを危険に巻き込むわけにはいきません。四国に危機が迫っているようですし」

 

 だから、と創一は続ける。

 

「今しかないんです。俺にまだ力が残っている今しか。それに、この時間に行けば、勇者たちが気付くころには相当遠くへ行ってる。簡単に連れ戻せる距離でないなら、勇者たちも俺を追って四国の外には出ないでしょう。少なくとも、大社がそれをさせないはずだ」

 

 自分のわがままで四国の、ひいては人類の希望たちを危険にさらすわけにはいかない。

 これは一人でやらなきゃいけないことだ。

 

「なんで」

 

「ん?」

 

「なんで、僕に話してくれるんだ……? 勇者たちにも話さないことを、わざわざ出発前に窓から侵入までして……」

 

「それは……」

 

 実際、早い段階で勇者たちにバレれば止められてしまう以上、本来なら二喜にだって話すべきではない。

 しかし、それでもわざわざ二喜に会いに来たのは、創一が四国でやり残した最後のことをするためだ。

 

「前にも言いましたけど、あなたは……二喜さんは、俺と同じだから」

 

「え?」

 

「だから、俺の思いも、願いも、知って欲しかった」

 

 諏訪の住民たちの思い、そして諏訪の神の思い。それは未来へ引き継いだ。

 しかし、創一自身の思いは、まだ誰にも引き継いでいない。

 

 無力なままでは嫌だと二喜は言った。

 勇者や巫女と共に戦いたいと。

 

 自分の願いのためのわがままの前に、創一と同じ思いを抱えた二喜には、引き継がなければならない。

 己の全てを。

 

「二喜さん、これを」

 

 神樹と力を繋げた日から現れた、例の、樹木の種のようなものを、創一は二喜へ投げ渡す。

 

「これ、は……?」

 

 キャッチしたそれを、二喜が不思議そうに見つめる。

 

「それは、神との繋がりそのものです。それを、俺の思いと一緒にあなたに託す」

 

「創一、くん?」

 

「きっと、それはあなたの願いに役立つはずだ。言ってましたよね、勇者や巫女と共に戦いたいと。あなたは、間に合うかもしれない。俺と違って」

 

「僕の、願い……」

 

 二喜は『種』を持ったまま瞳を揺らしている。

 戸惑っているようだ。

 だが、きっと彼なら、いつかその願いに届くだろう。

 

「それじゃあ、俺はもう行きます」

 

「っ!? 待って!」

 

 再び窓を開け、外に出ようとする創一に、二喜が手を伸ばす。

 そんな二喜を、創一は一度だけ振り返り、言った。

 

「皆さんには、申し訳ありませんでしたと伝えてください。良くしてくれたのに、勝手に諏訪に帰ったことも、せっかく誘ってくださったのに、お花見に行けなかったことも」

 

「創一く……」

 

「二喜さんも、いろいろ、背負わせてしまってすみません。せめて、あなたの願いが実現することを、祈っています」

 

「……っ」

 

「さよなら」

 

 やり残したことも、終えた。やりきった。

 だから、創一は、外へと飛び出した。

 

「創一君ッッ!」

 

 自分の名を叫ぶ二喜の声が夜空に消える。

 創一は、もう振り返らなかった。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 創一が四国を飛び出してから、丸一日が経った。

 

 バーテックスの脅威がある以上、急ぐことも大事だがそれ以上に目立たないように行動することも大事だ。

 特に、自分は今一人なのだから、戦闘は避けるべき。

 

 だから創一は、四国へ来たときは半日ほどで通って来た道を、ゆっくり慎重に進んでいた。

 

「四国を出た時も夜だったから、まだ一日か。それにしては結構進めたな……」

 

 折れた標識を見るに、今いる場所は京都だろう。

 

「でも、さすがに疲れた、これ以上の行動は危険だな……寝るか」

 

 創一は身を隠せそうな場所を見つけると、そこに入って寝転がった。

 

「このままいけば、明日には諏訪に着くな」

 

 バーテックスに存在を気付かれないように神経を研ぎ澄ませていたので決して楽な道のりではないが、一応順調だ。

 四国から持ってきた水と食料的にも翌日に諏訪に着くのがベスト。

 

「……今頃、どうしてるかな、四国の人たちは」

 

 二喜が事情を説明してくれたのだろうか、彼一人にあらゆるものを背負わせてしまった。面目ない。

 

 若葉たちは、黙っていなくなった創一のことをどう思っているだろう。

 やはり、怒っているだろうか。あるいは悲しんでいるだろうか。

 いずれにせよ、心配をかけてしまっていることには間違いない。

 

 だが、どうかわかって欲しい。

 創一にとって、諏訪というのはそれだけ帰りたい場所なのだ。

 

「……今は、余計な事を考えている場合じゃないな。早く寝て、明日に備えよう」

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 次の日、朝日と共に目を覚ました創一は、さっそく行動を再開した。

 

 昨日と変わらず、慎重に、できる限りバーテックスに発見されることの無いように、進む道を選びつつ。

 それでも確実に進んでいき、午前中には岐阜県までたどり着いていた。

 

「岐阜を越えれば、もう長野……」

 

 人生の終わりをそこで迎えたいとすら思っている魂の故郷、諏訪までもうあと少しのところまで来ていた。

 

「それにしても、バーテックスが少ないな。今日に至っては一匹も現れちゃいないし……」

 

 気を引き締めるために周囲を見渡すが、やはりバーテックスは見当たらない。

 

「四国の勇者たちの往復の際にたくさん倒したからか……?」

 

 まあ、倒せばそれだけ数が減るのが道理だ。

 それならそれでいい。

 

 だが、バーテックスが全く現れないという、ありがたいグッドニュースを前にして、しかし、創一の心の中にあるのは喜びではなく、大きな違和感と、言いようのない不安だった。

 

「すべて倒しきったとは考えられない……なら、いったいどこへ行ったんだ?」

 

 創一のその疑問の答えは、間もなくして現れた。

 

 創一に、そして人類にとって最悪な形となって。

 

 

 

 

 

「こんな、ことが……」

 

 あれから少しして、岐阜県の中心を越えたかという頃、見てはならないものを創一は発見した。

 

 ()()は、本日は初となる、バーテックスの姿だった。

 しかし、()()は不気味な白い身体で空を泳ぐ通常のバーテックスとはまるで形が異なっていた。

 

「進化体、なのか……?」

 

 バーテックスは、複数体が集合合体することで全く異なる形へと進化し、大きさも大きくなる。

 

「だとしても、こんなのありかよ……っざけんな!」

 

 しかし、創一が発見してしまった()()は、創一の記憶にある進化体とも、全く比較にならないほどの大きさだった。

 

 尻尾を持ち、その先端に針と思われる器官がある。

 

 サソリを彷彿とさせる形の、超巨大バーテックスが、そこにいた。

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