いったいどれだけの数のバーテックスが融合したのか、見当もつかない。
それだけ巨大なサイズだった。
「コイツはヤバい……ッ!」
そして、この大きさが決して見てくれだけのものではないこともまた、びしびしと伝わってきた。
創一が今まで見聞きしてきたどのバーテックスよりも、間違いなく強い。
それは同時に、創一では勝てない相手である事を意味していた。
「こんな怪物、いったいどうすれば……!?」
息をひそめながら戦々恐々としていると、超巨大バーテックスが移動を開始した。
「いったい、どこへ……」
といっても、現状、バーテックスが向かう先など、一つしか心当たりがない。
案の定、サソリ型は創一が考えているのと同じ方向へ動き始めた。
たった今、創一が通ってきた道、すなわち……、
「四国……」
人類の生き残りを、抹殺しにいったのだ。
「……どうする」
このまま、奴が去って行くのをここで待つか?
あのサソリ型の超巨大バーテックスは、創一に気付いていない。
このままここに隠れていれば、確実にやり過ごせる。
それとも、奴の存在と、その接近を知らせに四国へ戻るか?
移動スピードを考えるに、今からでも全力で戻れば、あのサソリ型よりもずっと早く四国へ着く。
あのサソリ型は明らかに強敵だ。
例え四国の勇者たちでも、無策で相対するのは危険。
少ない情報であれ、教えてやるべきだ。
しかし──、あれだけ待ち望んだ諏訪まで、もう目と鼻の先まで来ているのだ。
そして、今四国へ戻ったら、おそらくもう自力で諏訪まで戻ってくるチャンスは失われる。
これが、創一自身の望みを叶える最後のチャンスなのだ。
創一は、四国での穏やかな暮らしを捨てて、己の命までをも賭けてここまで来た。
四国へ戻るということは、そこまでして得たチャンスを棒に振ることに他ならない。
しかも、四国には大勢の巫女がいる。
あのサソリ型の存在も、すでに誰かが察知しているかもしれない。
もしそうなら、創一が戻ったところで徒労に終わる可能性まである。
であるなら──、
「……悩むまでもないな」
そう、悩むまでもない。
悩むまでもなく……、
「四国へ戻って、あのサソリ型のことを伝える」
創一は、自分の願いよりも、四国へ戻ることを優先した。
ここまで来て諏訪に辿り着けないのは残念でならない。
しかし、決断に迷いはない。
だって、少なくとも……、
「歌野さんと水都さんなら、こうする」
四国に危機が迫っていて、自分にはできることがある。
それが無駄に終わるかもしれなくても、そんなのは関係ない。
あの二人なら、こんな時、自分の願いを優先して四国を放置するなんてことはしない。
逆に、今創一がそんなことをしてしまったら、あの二人に合わす顔がない。
「ひとまず、身を隠しながらあいつを追い抜くか」
交戦を避けるため、可能な限り見つからないほうがいいだろう。
サソリ型の動向に注意を払いながら、創一も移動を開始した。
──その時、とても大きな嫌な予感が、身体を電撃のように走った。
次の瞬間、創一がいた場所を、とんでもない威力の一撃が襲い、創一が隠れていた場所は粉々になって吹き飛んだ。
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──いったい、何が起こった?
直感のままに、飛ぶようにその場を離れた創一は、自分が今まで隠れていた場所が瓦礫に変わっていく様を視界に捉えながら、必死に頭を回した。
サソリ型に変わった動きはない。
では、この未知の攻撃を繰り出したのは、いったい。
その正体は、簡単にわかった。
「──」
創一が息を飲む。
あり得て欲しくはなかった事態だ。
「もう一体、だと……」
そこにいたのは、もう一体、あのサソリ型と同じく超巨大なバーテックスの姿があった。
しかし、形は違う。
十字型の身体の左右に、両方に大きさの違う分銅のような重りをぶら下げている、まるで天秤のような奇妙な形だ。
それが、隠れた創一の死角から近づいて来ていたのだ。
サソリ型に気を取られ、気が付かないままに接近を許してしまっていた。
「くそ、まずい!」
今の一撃のせいで、サソリ型にも気付かれた。
このまま挟み撃ちで殺される……。
そう思ってサソリ型の方に視線を向けた。
しかし、サソリ型にこちらを気にした様子はなかった。
「まだバレてない……? いや、そんなはずは……」
天秤型の一撃は轟音をもたらした。
当然、サソリ型も創一の存在に気が付いたはず。
「気付いたうえで、俺を無視して四国へ向かっているのか……!」
奴が四国に辿り着くよりも先に創一が四国へ戻らなくては。
しかし、簡単にはそうさせてくれそうにない。
創一を無視するサソリ型とは違い、まるで道を塞ぐように、天秤型が創一の前にたたずんでいる。
「サソリ型を追わせはしないってか」
サソリ型と同じく、この天秤型も規格外の化物だ。
まるで勝てそうな気がしない。
しかし……こうなってしまった以上ほかに方法はない。
「倒すしかない、こいつを……」
創一は、覚悟を決めた。
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天秤型が分銅を振り回し、叩きつけるように創一へ振り下ろす。
それを飛び退いて躱しながら、創一は舌打ちする。
「一発でも貰えば死ぬな……」
敵の攻撃の威力は凄まじく、未だ神の力が宿っている創一の身体でも、簡単につぶされてしまうだろう。
加えて、リーチの差が厄介だ。
「くそ、こっちは素手しか攻撃手段がないっていうのによ」
しかし、敵の攻撃を避け続けるのにも限界がある。
向こうはおそらく体力の消耗なんてしない。
長く続ければそれだけ不利になる。
「そろそろ仕掛けないとな……」
何度か攻撃を避けているうちに気が付いたことがある。
それは、あの分銅を振り下ろす攻撃の直後、一瞬だが隙がある。
創一の拳を届かせるだけの距離に近づくにはその隙を突くしかない。
しかし、奴の攻撃を避けるために後ろに退いたのでは、近づくだけの時間はない。
「ならば、方法は一つ」
天秤型が分銅を創一めがけて振り下ろす。
その瞬間、創一は動く。
後ろへ飛び退くのではなく、前へ。
「こうすれば、お前に近づける!」
後ろに避けるのに比べて、前へ避けるのは遥かにリスクが大きい。
敵に近づくのだから当然だ。
しかし、創一はそれをやってのけた。
「くらえっ!」
創一は普段バーテックスを倒すときのように、拳を固めて振りぬいた。
その拳は天秤型へと届き、激しい衝突音が鳴り響く。
「な……」
しかし、結果はいつもとは異なった。
拳を受けた天秤型は創一が今まで戦ったことのあるバーテックスのように砕け散ることはなかった。
それどころか、傷ひとつすらまったく付いていない。
「……はっ」
動揺した創一の隙を、今度は天秤型が突いてきた。
ぐるんと身体を回転させ、分銅を振り回す。
「くっ」
分銅それ自体は何とか避けた。
しかし、その攻撃はそれで終わりではなかった。
天秤型は、その回転を止めず、そのまま両方の分銅を何度も何度もぐるぐると振り回す。
やがて、竜巻のような強烈な気流が発生し、辺りの瓦礫を巻き込んでいく。
「っ!」
そして、巻き込まれた大量の瓦礫が、創一に襲いかかる。
「ぐ、うううう!」
とっさに身を縮め、腕で身体を守るが、小さな瓦礫の破片が身体にいくつも突き刺さる。
そのまま創一は衝撃波による風圧に流され、吹っ飛ばされて、遠くの瓦礫の山に衝突してしまった。
「う、あ……」
瓦礫の山から這い出るようにして立ち上がる創一。
その身体はあちこちから血が流れ、ぼろぼろだ。
──この敵は、やはり遥か格上だ。
わずかな攻防だったが、一目見た時の予想が実感に変わるのには十分すぎた。
「く、そ……」
息を切らしながら、どうにか頭だけは回す。
このまま戦ったのでは勝ち目がない。
しかし、この天秤型を放置するわけにはいかない。
こいつも、あのサソリ型と同じく四国へ行くつもりだろう。
こんな化物が二体も襲撃してきたら、今の四国は大打撃だ。
最悪の場合、勇者たちの全滅もあり得る。
というより、そもそも向こうも創一を逃がしてはくれなさそうだ。
「普通の攻撃は、効かなかった……」
あの天秤型は、今までのバーテックスとは違い、殴っても無傷だった。
創一は自分の身に宿した神の力を引き出し、拳や足に込めることでバーテックスを攻撃する。
しかし、普段バーテックスと戦うときに込めている力だけでは、あの超大型のバーテックスたちに有効打を与えることはできないようだ。
「全部を出し切るつもりでやるしかない、か」
あれに攻撃を通すには、もっと強く、大きく、神の力を込めなくてはならない。
しかし、そんなことをして創一の身体が耐えられるかはわからない。
しかも、今の創一はもう、神との繋がりが途切れかけている状態だ。
無理に力を引き出せば、仮に天秤型を倒せたとしても、四国へ戻るまで力がもつかわからない。
それどころか、最悪の場合、天秤型を倒す前に神との繋がりが途切れ、力が底を尽きてしまうかもしれない。
だが、どんなに細い可能性でも、やらなければこのまま死ぬだけだ。
「さあ、やるぞ、もってくれよ、俺の力!」
気合を入れ、未だ竜巻のような回転を続ける天秤型へ、創一は一気に飛び出した。
「竜巻……このままじゃ近づけないな……」
瓦礫は散ったようだが、砂ぼこりと共に風圧は健在。
もともと付いている分銅もあいまって、突っ切って殴るのは不可能だ。
「でも、さっき巻き込まれていた瓦礫の軌道を考えるに……」
言いながら、創一は高く高く跳躍する。
天秤型の全長よりもさらに高く。
そうして上空から見下ろすようにしてみると、気付く。
回転の軸になっている中心部は砂が舞っていない。
「やっぱり、上からなら無防備か!」
奴の真上からなら、風圧による壁もない。
落下と共にぐんぐん近づく天秤型の身体。
攻撃のチャンスは今しかない。
「う、おおおおオオオオオオ!!」
最大まで神の力をみなぎらせた右の拳を、叩きこむ。
ドゴォォン!
今までの拳とは威力が桁違いなのが自分でもわかる。
天秤型の身体にも、亀裂が入り、凹んでいる。
攻撃が、通っている。
「っ! ぐ……」
しかし、ダメージがあるのは敵だけではない。
創一の拳、いや、拳のみならず右腕全体の肌が割け、血が噴き出す。
骨にもヒビが入り、重症だ。
なんなら、攻撃を仕掛けた創一の方がダメージが大きいかもしれない。
しかし、創一は攻撃をやめない。
「まだまだぁ!」
ヒビの入った右手を、それでも固く握りしめ、創一は再び振り下ろす。
負担なんか度外視で、神の力を目いっぱい込めた。
再びの衝撃音。
そして、とうとう創一の右手は使い物にならなくなった。
「だあああぁぁああ!」
ならば、左手を使うまで。
創一は変わらぬ威力の一撃を浴びせ続ける。
やがて、両方の手の骨はバキバキに折れ、血まみれになる。
だからなんだ。
「まだ足があるんだよ!」
手が駄目になったなら、次は足。
どんなに痛くても、やめたくても、創一は攻撃の手を止めることはしなかった。
繰り返し続く創一の猛攻に、さすがの天秤型もただでは済まない。
その巨大な身体に走った亀裂はどんどん広がっていき、やがて全身を覆う。
いつの間にか、回転は止まっていた。
そして、ついには崩れ始める。
「とどめだ! バーテックス!」
創一の放った渾身のかかと落としが最後になった。
天秤のような形をした巨体は、粉々に撒き散るようにして崩れ去っていった。
====================
消滅していく巨大バーテックスを前にして、創一は一人地面にへたり込む。
「ハアッ、ハァッ……クッ、ハ……ッ」
呼吸は荒く、途絶え途絶えだ。
体力が限界であることは容易に想像できる。
「あと……は、四国、に……」
天秤型は倒せた。
次はサソリ型よりも早く四国へ行って、脅威を伝えなくては。
戦いのどさくさで、岐阜と長野の県境付近まで来ていた。
急がなくては、サソリ型に追いつくことすらできない。
しかし、創一の身体は、立ち上がってくれない。
それは、体力が尽きたから、というだけではない。
「ハァッ……グッ……」
両腕両足、共に肌は割け、骨は折れている。
出血も酷く、創一の周りには血だまりができかけている。
そして、次の瞬間、
「っ────!」
創一の中から、急速に何かが失われていくのがわかった。
残っていた神の力が、尽きたのだ。
これでもう、四国へ戻ることは不可能になった。
「……ああ、俺は、中途半端、だな」
超大型のバーテックス二体による四国襲撃は防ぐことができた。
しかし、一体は行かせてしまって、さらにその脅威を伝えることもできなかった。
「ごめんなさい……四国、の勇者のみんな……」
もはや、武運を祈るしかない。
「…………」
思考がかすむ。出血の影響か。
神の力を失ったことにより傷の治りも普通になった。
もう、血を流す傷が塞がることもない。
脳にも血が足りなくなり、考える力もなくなってくる。
バーテックスのことも、四国のことも、もう、何もわからない。
閉じかけた意識の中で、最後に残るように浮かび上がったのは、やはり、自分の願いだった。
「諏……訪へ……」
朦朧とした意識のまま、ずるずると、ぼろぼろの身体で這い動く。諏訪の方向へ。
体中から流れる血がまるで
でも、もはや痛みすら感じない。
「歌野さ……水都、さん」
最愛の二人の名が、自然と口から漏れる。
『そー
『そーくん』
同時に、二人の顔や姿、声までもが、霞がかった思考の中でも、ハッキリと思い浮かんだ。
いや、二人だけではない。
『創一!』
『創一くん』
『創一さん!』
諏訪の住民たちの姿が、声が、次々と思い浮かぶ。
血が足りず、まともな意識を保つことすらできない頭でも、彼女らとの思い出は、まだ薄れずに残っている。
「……ああ」
諦めない。最期まで。
せめて、この願いだけは。
「あの……場所、へ……」
視界は失せ、すでにその瞳に光は映っていない。
「俺、は……」
それでも、諦められなかった。
彼女たちとの思い出が残る、あの場所へ──、
「帰るんだ……諏訪へ……」
====================
創一は、その後、すでに死んだと言っても過言ではないような肉体で、しばらく這ってみせた。
しかし、現実は非常だ。
たったの数メートル、進むことができただけだった。
諏訪まで、あともう少しのところだった。
そこで、種島創一という一人の少年の命は尽きた。
四国での暮らしを捨ててまで叶えようとした願いは届かず、彼は、諏訪へ帰ることが、できなかった。
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岐阜県と長野県との県境。
そこに、一人の少年の「死体」があった。
ポゥッ……
その死体が仄かな光を発し、次の瞬間、跡形もなく消え去った。
種島創一は、死んだ。
四国に脅威となる巨大バーテックスの接近を伝えることもできず、己の最後の願いを叶えることもできずに、死んだ。
では、彼の人生は無意味だったのか?
己の無力を嘆き、それでも諦めなかった彼の奮闘は、何の意味もなさない無駄な行動にすぎなかったのか?
──断じて、否だ。
彼の行動は悪足掻きに近かったのかもしれない。
だが、決して、それは無意味でも無価値でもない。
彼の思いを受け継ぐものがいる限り、彼の命が尽きたとしても、彼の願いは、まだ、終わりじゃない。
彼らの悪足掻きはまだ続く。
そして、戦いの舞台は、再び四国へと戻る。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
種島創一の章はこれで完結となります。
創一の戦いはこのような形で終わりとなりましたが、それでもこの物語は続いていきます。
彼らの奮闘を、これからも見守ってください。