もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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五話 :彼岸花の勇者

 勇者たちと友人関係になってから数日が経過し、香川での入院生活もある程度慣れてきた10月の下旬。

 

 二喜の病室には若葉とひなたの二人が来ていた。

 

「へえ、じゃあ二人は幼馴染なんだ」

 

「ええ、なんなら赤ちゃん頃からの付き合いです。ああ、今でも思い出します、初めて若葉ちゃんと出会った日のことを……」

 

「初めて出会った日か……ん? あれ、今赤ん坊の頃からの付き合いって言ってなかった?」

 

「言いましたよ?」

 

 それが何か? とでも言いたげにひなたは聞き返す。

 

「え、覚えてるの? 赤ん坊の頃のこと」

 

「もちろんです、他ならぬ若葉ちゃんとの出会いなんですから、忘れるわけがありませんよ。ねえ若葉ちゃん?」

 

「いや、私は覚えていないが……」

 

「ええ!? ……若葉ちゃんの私への思いはそんなものだったんですね……悲しいです……」

 

「そんなことはない! そんなことはないが、さすがに赤子の頃のことは……」

 

「でも私は覚えていますよ?」

 

「う、すまんひなた……」

 

 ひなたの怒りの視線に耐えきれず、謝る若葉だったが、これはさすがに仕方ない。

 赤ん坊の頃の初対面を覚えているひなたが異常なのだ。

 

 というより、ひなたは別に本気で怒ってなどいない気がする。

 たぶん、若葉をからかっているのだろう。

 

「あ、そういえば……二喜さん、これを見てください、可愛くないですか?」

 

 やはり、怒ったような表情は演技だったのか、ひなたがけろっとしたように話を変える。

 彼女は二喜にスマートフォンの画面を見せてきた。

 

「ああ、確かに可愛いね、でも、少し意外だ。こんな顔もするんだね」

 

「ん? 待てひなた、二喜に何を見せている……まさかっ!」

 

「はい、若葉ちゃんの寝顔です」

 

 そう、ひなたが見せてきたスマートフォンには、膝枕の上で心の底から安心しきったように眠る若葉の寝顔が映っていた。

 

「なぁ!? や、やめろ、人に見せるなそんなもの! いったい、いつの間に撮ったんだ、そんな写真っ」

 

「まあ、そんなものだなんて……いつの間にも何も、この前私の膝の上でウトウトしてた時に撮ったんですよ」

 

「あっ、ここで言うな!」

 

 恥ずかしそうに慌てふためく若葉を見ると、つい微笑んでしまう。

 

 普段の若葉は少し大人びた雰囲気をまとっているが、さっきの寝顔や今の慌てている表情は、年相応に見えた。

 若葉に対しては、規律に厳しく常にピシッとしているような印象を受けていたが、こういう一面があったとは驚きだ。

 

 だがきっと、彼女がこういう顔ができるのは一緒にいるひなたの存在が大きい気がした。

 

「それにしても、この若葉ちゃんの可愛さがわかるとは、二喜さんなかなかやりますね……どうでしょう、いっそのこと、私の秘蔵の若葉ちゃんフォルダをご覧に入れましょうか」

 

「絶対にやめろ!」

 

「はは……せっかくだけど、今日はそろそろ時間になってきちゃったから、それはまたの機会にしようかな」

 

「あら、本当ですね。私も若葉ちゃんも戻ったらやることがありますし、このへんでお開きにしましょうか」

 

 やはり勇者も巫女も多忙なのだろう。

 そんな中で、わざわざ足を運んでくれているのだから、ありがたいやら申し訳ないやら様々な気持ちがわいてくる。

 

「もうそんな時間か、では二喜、またな。次の面会予定は数日後で、球子と杏だったな、そしてその次は友奈と千景か」

 

「確かそうだったよ。そういえば、他のメンバーは最初以降も会ったことあるけど、千景は全員で来てくれた時以来だな……千景ってどんな子なの?」

 

「千景か? 彼女は物静かだが、強い奴だぞ。特に、最近はな」

 

「最近?」

 

「ああ、ちょうど二喜と出会う直前くらいにバーテックスによる二度目の襲撃があったんだが、その日以降は訓練にもより一層励むようになったな」

 

 そういえば、二喜が徳島を出るほんの少し前に、勇者がバーテックスとの二度目の戦いに勝ったという報道がされていた。

 

「前は勇者の役目に乗り気ではない雰囲気だったのだがな、今ではむしろ私たちの中で最も勇者としての自覚が強い気がするぞ、千景は」

 

「へえ、それはすごく頼もしいね」

 

 その話をする若葉はどこか嬉しそうで、それでいて、自分も負けていられないと気を引き締めている感じだ。

 

「若葉ちゃん、それは……いえ、ここで話すようなことじゃありませんね」

 

 しかし、そんな若葉にひなたは何か言いたげだった。

 珍しく若葉を見る表情が曇っているように見えたのは気のせいだろうか。

 

「? どうかしたか、ひなた」

 

「なんでもありません。それより千景さんがどんな人かですが、ゲームが好きな人ですよ」

 

 ひなたは誤魔化すように強引に話を戻した。

 

「ゲームか、そういえばそう言っていたね……じゃあ話題に困ったらその手の話をしてみようかな」

 

「ええ、それがいいと思います。といっても、友奈さんがいるなら会話に困ることはないと思いますが」

 

 

 

 それから、二人は帰っていった。

 途中ひなたが若葉に何を言おうとしたのかは気になったが、本人が隠した以上聞いたところでと答えてくれまい。

 

 それよりも、若葉とひなたの関係はなかなかに興味深かった。

 勇者たちのリーダーで、皆を引っ張っている若葉があそこまでたじたじになるとは。

 彼女たち六人のなかで一番強いのは、ある意味巫女であるはずのひなたかもしれない。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 何日かして、球子と杏との面会の日が来た。

 

「それでさ、杏の部屋は本当に本だらけなんだ。本棚はまだしも、机の上も、ベッドの枕元にまであるんだぞ? さすがにありすぎだよなー」

 

 そう言って二喜に同意を求めてきたのは球子だ。それに対して、杏は反論する。

 

「それを言うならタマっち先輩の部屋のほうがいろいろすごいでしょ、キャンプ用具とかたくさんあるし、なによりロードバイクだっけ? なんか自転車が部屋の中に置いてあるんだから。それに比べたらまだ私のほうが一般的ですよね、二喜さん!」

 

「う、うーん……まあ確かに、本と自転車だったら本のほうが部屋にあるのは自然かな……」

 

「ほら!」

 

「えー!? だって外に置いておくと錆びちゃうんだよ!」

 

 球子と杏は何から何まで正反対だ。

 アウトドア趣味の球子に対して、インドア派で本好きの杏。

 

 性格も、球子は活発でわんぱくな性格をしているが、杏はおとなしく、理知的だ。

 

 しかし、そんな正反対の二人だが、仲が悪いかといえばそうではない。

 むしろその逆。とても仲が良い。

 

 若葉とひなたのように昔から知った仲というわけではないようだが、仲の良さに付き合いの長さは必ずしも関係がないようだ。

 

「まあ、最近はあんまりキャンプ用具使えてないんだけどな、外泊するような長期休暇は大社が許可してくれないんんだ」

 

「そっか、やっぱり勇者ともなればいろいろ制限があるんだね」

 

「そうなんだよ、わかってくれるか、二喜よ」

 

「外で思いっきり羽を伸ばしたいって気持ちはわからなくもないかな」

 

「あ、そうか……お前、外には……すまん二喜」

 

「二喜さん……」

 

「気にしないで、よくなってきているみたいだから、君たちのおかげで」

 

 実際、二喜だって外に出られないことをそこまで気にしていない。

 球子が外での話を頻繁にしても、よくない感情は沸かない。

 

「そういえば、ステージ2まで回復したと聞きました、その、おめでとうございます」

 

「ありがとう。おっと、そろそろ時間かな」

 

 時計を見て気付く。

 勇者と話していると楽しくて時間の進みが早い。

 

「本当だ、次は友奈と千景だったか?」

 

「あれ、二喜さんって千景さんと話したことあります?」

 

「うーん、最初だけかな。若葉に聞いたら、千景は静かだけど強い奴だって言ってたけど、少し緊張するな」

 

 前回、若葉が言っていたことを呟くと、球子が気になる反応をした。

 

「……若葉が、そう言っていたのか?」

 

「え、そうだけど……」

 

「うーむ……やっぱり若葉自身が強いからかな……あんまり千景のこと……まあ、タマが気にかけてやるか!」

 

 そういえば、この話を若葉がした直後、ひなたも何か言いたげにしていた。

 何かあるんだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「いや、気にしないでくれ、ただまあ、千景と話すのに緊張はいらないと思うぞ、友奈がいるんだし」

 

「確かに、友奈さんがいる以上、安心していいと思いますよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

 すでに友奈とは何度か話したが、確かに、彼女のコミュ力は群を抜いている。

 逆に千景はコミュニケーションが苦手なようだが、友奈がいれば安心だと、皆が言っている。

 それを信じてみようと思った二喜だった。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

(なんでこうなった……)

 

 そして友奈や千景との面会当日、病室では二喜と千景の二人、そしてお目付け役の大社職員が後ろにいるだけという気まずすぎる空間が出来上がっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 はじまりは、つい先ほど、千景が部屋に来る前に大社職員が言ってきた言葉からだ。

 

『本日、高嶋友奈様には別の用件をご依頼しましたので、郡千景様おひとりで来ていただくことになりました』

 

 そんな大事なことはもっと早く言って欲しかった。

 まあ、どうも急遽決まったことらしいので仕方ないのかもしれないが、それでも、いきなりは困る。

 

 おかげで、挨拶が終わり次第二人とも黙り込んでしまうという地獄の空気が完成した。

 

 何かないかと頭を回転させた結果、千景の趣味について思い出す。

 

「あ、そういえば、千景はゲームが好きなんだっけ……」

 

「そう、だけど……」

 

「そっか、僕、長い時間病院にいるから、何か暇つぶしが欲しくて……でも、三年も外の情報が入ってないから、今どんなゲームがあるか知らないんだ。なにかおすすめがあれば教えてくれる?」

 

「まあ、それくらいなら……」

 

 会話が繋がった。

 

 正直、千景が自己紹介でゲーム好きと言っていたことは忘れていた。

 数日前にひなたが教えてくれていなかったら、今も思い出せなかっただろう。

 心の中でひなたに大感謝した。

 

 それから、二喜は千景にいくつか質問され、それに答えた。

 どうやら、二喜の趣味に合ったゲームをいろいろ思案してくれているらしかった。

 

 二喜としては会話の種にと軽い気持ちで言ったことだったが、ずいぶん丁寧に考えてもらえて、嬉しかった。

 こんなに真剣に考えてくれるのは、大好きなゲームのことだからか、あるいは千景の根が親切だからか。

 

「……それじゃ、いつかそういうゲーム、持ってきてあげるわね」

 

「いいの? ありがとう」

 

「別に」

 

 どうやら二喜の好みのゲームがだいたい分かったらしく、この話は終わってしまった。

 次に何を話すか考えていなかったが、そういえば千景にも感謝すべきことがあったのを思い出す。

 

「そうだ、僕、どうやら少しずつ症状が良くなってきているみたいなんだ。これも、千景たちのおかげだよ、ありがとう」

 

「……そういえば、ステージ2になったらしいわね、よかったじゃない」

 

「うん、でも、ステージ2なのにこうして病院で世話をしてもらっているのは、少し申し訳ないけどね」

 

「……本来なら入院させてもらえない症状だから?」

 

 天恐は患者の数が多すぎて、まともな生活が不可能になるステージ3以降でないと入院が認められないケースが多い。

 千景がそれを知っているとは思わなかったが。

 

「別に、いいんじゃない? あなたは治療法の研究の、いわば被験者なんだから。やらされている、くらいの気持ちでいれば」

 

「そんなことは──」

 

 こんなに厚い待遇を受けているのに、そんな事を思っていてはバチが当たってしまう。

 

「それに、ちゃんと治療法が確立されればこっちも助かるしね、そうすれば、私もいちいち家に顔を見せに帰らずに済むし……」

 

「え?」

 

 なぜ、天恐の治療法と彼女が家に帰ることが関係するんだろうと思った。

 そんな二喜の顔から、千景はその疑問を察したようだ。

 

「……母が、天恐なのよ」

 

「──」

 

 二喜は息を飲んだ。

 

「それは、その、何というか……」

 

 かける言葉を迷って、何も言えない。

 

「気にしないで、どうでもいいことだから」

 

「どうでもいいって……心配、でしょ?」

 

 彼女を気遣ってそう言ったが、逆に、千景はキッっと鋭い目つきで二喜を睨んだ。

 

「やめて、そんなんじゃないわ」

 

「え……」

 

「あの人たちのせいで、私があの村でどれだけ……ッ」

 

 何か、嫌なことを思い出したように、千景は表情を曇らせ、拳を固く握りしめる。

 

「千景……?」

 

 何が起こったのか、と二喜が呼び掛けると、はっとしたように千景は顔を上げる。

 

「……ごめんなさい、忘れて頂戴」

 

「でも……」

 

 さすがに、簡単に忘れられるような反応ではない。

 

「……」

 

 しかし、千景の視線が、二喜に有無を言わせなかった。

 

「わ、わかった」

 

 せめて気分を悪くさせたことを謝罪しようと思ったが、それはそれで彼女を怒らせそうな気がしてやめた。

 

「じゃあ、私これで帰るから」

 

「うん気を付けて……」

 

 まだ時間ではなかったが、千景が帰ると言い出した。

 拒否することはできない空気だった。

 

 しかし、このまま行かせたら、もう二度と千景はここへは来てくれないような気がした。

 

「それじゃ」

 

「あっ、待って!」

 

 扉のほうへ歩き始めた千景を、つい、呼び止める。

 

「……何?」

 

 呼び止めた二喜を見る目は、少々イラつきを帯びていた。

 先ほどの件を追及されると思ったのだろう。

 

 二喜は二喜で、呼び止めたはいいものの、何も言葉を考えていなかった。

 それでも、たどたどしい言葉で、何とか絞り出す。

 

「次会うとき、その……ゲーム、楽しみにしてる」

 

 言った後、後悔した。

 

 なんだそれは、図々しすぎるではないか。これでは余計来てくれなくなる。

 

 しかし、千景はその言葉が予想外だったようで、一瞬押し黙った後、仕方なさそうにため息を吐いて言った。

 

「はあ、そんなこと……? まあ、私が言ったことか……ま、わかったわ、次会うときね」

 

 面倒くさそうにしつつも、”次会ったとき”と言ってくれた。

 そのことにほっとして、そのまま千景を見送った。

 

 

 

 

 

 最後の千景の反応から見て、もう来てくれない、という事態はなくなったように思えた。

 

 それにしても、ひやひやした。

 二喜は先ほどの千景との会話を思い出しながら、そう思った。

 

 機嫌を悪くさせてしまったことを反省するが、それ以上に、そのきっかけが気になった。

 

 母親が、天恐。

 千景はそう言っていた。

 正直、かなり驚いた。

 

 だが、千景の機嫌が一気に悪くなったのは、その話の少し後、二喜が千景に”母親が心配だろう”と言った瞬間だ。

 

『あの人たちのせいで、私があの村でどれだけ……ッ』

 

 あの村というのは、千景の故郷のことか?

 あの言葉……もしかすると親、そして故郷に嫌な思い出があるのだろうか。

 

 とにかく、安易に突っ込むべきではない、大きなものを抱えているのは間違いない。

 

「そんな、重いものを抱えているのに……」

 

 千景はきっと、何か、誰にも言えないような過去を抱えている。

 二喜には想像もできないような、なにかだ。

 

 なのに、勇者として、大変な業務をこなしている。

 

「……すごい、な」

 

 それに比べて自分はどうだ、この天恐を治す努力だって、ほとんどしていない。

 

 香川に来て、こうして勇者と会っているのだって、二喜自身が天恐を治したいがために始めたことじゃない。

 勇者と会ってみたかっただけ。それがたまたま治療に役立つかもしれないというだけで、二喜は何の努力もしていない。

 

 空への恐怖とまともに向き合ってすらいないのではないか。

 

「このままじゃ、駄目だ」

 

 自然と、そう思った。

 

 郡千景、彼女と出会い、二喜は初めて自覚的に、恐怖に打ち勝つ意思を、その胸に宿した。

 




読んでいただきありがとうございます!

感想やご評価もお待ちしております。

次回「カッコ可愛い王子様」もお楽しみに!
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