もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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六話 :カッコ可愛い王子様

「ふっ……ぐぐ、うう……」

 

 その日、二喜は声にならないような呻き声を出していた。

 

 身体全体が悲鳴をあげており、汗が吹き出す。

 呼吸は荒くなり、吐き気も感じていた。

 

 自分がこんな状態になってしまうなんて、昔は考えもしていなかった。

 

「く、そ……」

 

 もうやめたい。

 そんな思いが込み上げてくるのが悔しかった。

 

「あともう少しですよ、頑張ってください」

 

 この病院の看護師が、そうやって二喜を励ました。

 

(無茶言ってくれる……ッ!)

 

 心の中で文句を言いながら、ぎこちない動きをする足を上げて、前進する。

 

 ここは、この病院のリハビリルームだ。

 

 天恐が重症化してからは寝たきりだったため、二喜の足は完全に(なま)り切っていた。

 ステージ4から目覚めた後もずっと車椅子で移動していたので、それは今でも変わらない。

 

 自分の足じゃないような鈍りようで、立った状態を維持するだけでも困難だった。

 だから、二喜はここで自分の足で歩くための練習をしている。

 

「あと、少しっ」

 

 事前に決めていた距離をどうにか歩ききる。

 以前であればなんでもないような短い距離だったが、今では疲労困憊だ。

 ここまで衰えたのかと、かなり衝撃的だった。

 

「全部歩ききるとは思わなかったよ、頑張ったね橋渡君」

 

 倒れ込むようにマットで寝そべる二喜を労う看護師。

 歩ききるとは思わなかったということは、さっきの応援は無理だと思いながらしていたのか。

 そう突っ込みたくなったが、もはやそんな体力すら残されていなかった。

 

「はあ、はあ、はあ、くそ……情けない……」

 

 千景と話したあの日から数日が経ち、もう十一月も半ばになっていた。

 天恐とちゃんと向き合い、元の生活に戻ろうと決めてから、はじめにやったのがリハビリだ。

 何よりも自分の足で立ってしっかり歩くことが、心身ともに健康になるための一歩だと思ったから。

 

 しかし、想像以上にきつくて、早くもばててしまった。

 

「でも、諦めないぞ」

 

 正直元の体力に戻せるか不安になるほど弱っていたが、続けていればいつかは体力がつくと信じて、諦めなかった。

 こんな程度で心が折れていては勇者たちに顔向けできない。

 

 

 

 とはいえ、無理をして身体を壊してしまっては本末転倒。

 今日のところはここまでとして、少し休憩したあと車椅子に乗って病室に戻った。

 

「あれ、二喜じゃん」

 

「球子?」

 

 病室へ戻る途中、球子から声をかけられた。

 今日は面会の予定は入っていなかったはず、と思ったが、その姿を見て驚いた。

 

「──って、一体どうしたんだ!? それ……」

 

 球子の左腕は、アームホルダーでガッチリ固定されていた。

 一目見て怪我をしているとわかる状態だ。

 

「ん? あーいや、一昨日バーテックスの襲撃があってさ、その時ちょっと……な」

 

「ちょっとって……大丈夫なのか?」

 

 一昨日の襲撃に関しては知っていた。

 勇者の勝利を大社が宣伝のように報道していたからだ。

 

 だが、その報道では怪我人が出たなどとは言っていなかった。今回もまた勇者の快勝だった、と。

 

「それ、骨折してるんじゃ……」

 

「いや、骨折はしてない、脱臼だってさ。すぐ治るって言われたから大丈夫だよ。そもそも、勇者は傷の治りも早いしな」

 

「そ、そうなの? 大丈夫ならいいんだけど」

 

 傷の治りが早いというのは初耳だ。

 神の力は運動能力以外にもそんな部分まで強化されるのか。

 

「強いて嫌な点を挙げるなら、これが窮屈だから取っちゃいたいってことくらいだな」

 

 球子はそう言ってアームホルダーを触る。

 

「いや、取るのはだめだろう、怪我が長引く」

 

「それ、昨日杏にも言われたぞ……」

 

 球子がそう呟いた。

 確かに、不満を漏らす球子を叱る杏の姿がやすやすと思い浮かんだ。

 

「そういえば杏と球子って仲がいいよね、そこまで長い付き合いじゃないって言ってたけど、いつごろからの関係なの?」

 

「勇者になってからだよ、ちょうど7・30天災の日」

 

「天災……」

 

 そのワードが出てきた瞬間、二喜はつい低い声でその言葉を繰り返してしまった。

 

「あ、ごめん、その日関係の話題は出さないほうがよかったか?」

 

 天災の日が二喜にとってトラウマとなっている日であることを思い出し、球子が謝罪した。

 

「いや、いいよ僕から聞いたことだし。それに、最近は天恐の症状も落ち着いてるしね、みんなのおかげで」

 

 謝罪する球子に、慌ててそんなことしなくていいと告げる。

 最近はフラッシュバックもたまにしか出なくなってきていたので、大丈夫なのは本当だ。

 

「そうか? じゃあ続けるぞ?」

 

 そう言いながら、少し長い話になるからか、球子は壁際にあるベンチに腰掛けた。

 

 それから、球子は杏との出会いの思い出を語りだした。

 

 天災の日、球子は愛媛県の三崎港の近くにある神社にいたという。

 どうしてそんなところにいたのかだが、それは球子自身もよく覚えていないそうだ。

 ただ、何となくその神社にいて、導かれるようにそこに奉納されている円盤状のもの、楯を手にした。

 

 その直後、バーテックスと遭遇し、神社を荒らすその化物と戦闘になった。

 するとぼろぼろだった楯は神聖な力を宿した武器へと変化し、自然と使い方が頭に入って来たらしい。

 

 バーテックスとの戦闘の最中、巫女が球子のもとに現れた。その巫女に案内され、球子はバーテックスから逃げながら、別の神社に向かうこととなる。

 その場所にいたのが、杏だ。

 

 その時の杏は、同じく勇者として覚醒し、武器も持っていたそうだが、恐怖で震えて戦えない状態だったという。

 そんな彼女を球子は「守らなきゃいけない」と、そう思ったそうだ。

 

 それから球子はその巫女や杏と避難所で生活を共にし、どんどん仲良くなっていった、というわけだ。

 

「戦闘でタマが怪我したときに杏が丁寧に手当てをしてくれたりもしたんだ。自分は震えるほど怖い思いしてるのに、そんなの関係ないって感じでさ」

 

「そういう健気っていうか、女の子らしいっていう感じのところが、なんていうかタマにはないところだなって思ってさ……気にかけているうちに今じゃ親友だ」

 

「そっか、そういうことがあって二人は……」

 

「二人っていうか三人だな、一緒にいた巫女も含めて。そいつの名前は、ますずっていうんだ、今度紹介するよ」

 

「そっか、そのときを楽しみにしているよ。ていうか、若葉とひなたもそうだけど、巫女と勇者って同じ場所で覚醒するものなの?」

 

「どうだろ……巫女は結構たくさんいるって聞くからそんなことないんじゃないか? でも、勇者が覚醒したときは、それを見つける巫女が一人はいるらしいぞ。聞いた話じゃ千景や友奈だってそういう巫女がいるそうだし」

 

「へえ……」

 

 勇者の担当の巫女のようなものがいるのだろうか。

 

「……それにしても、球子と杏の話はなんだか物語のお姫様と王子様みたいだな」

 

「ハッハッハ! そうだろう、タマは最高にカッコよくて、あんずは最高に可愛い。よくわかってるじゃないか。タマはどっちかって言うと男子の気持ちのほうがわかるからな、二喜もあんずみたいな可愛い子が好きだろ、ん?」

 

 少しからかうように球子は言う。

 

「そうだね、杏は可愛いと思うよ。まあ、可愛さの話をするなら球子だってそうだけどさ」

 

「へ?」

 

「え? あ……」

 

 しまった、余計な事を言ったかもしれない。

 友人とはいえ、いきなり本人を前にして可愛いと言ってしまったら、妙な下心を疑われてしまうかもしれない。

 

 いや、それ以前に球子自身が、可愛いと言われると嫌がるタイプかもしれない。

 王子様っぽいと言われて喜ぶくらいだから、カッコよく思われていたいのかも。

 

 かといって、訂正するのは失礼すぎやしないだろうか、どうしたものか。

 

「あーもしかして、可愛いって言われるの、嫌か?」

 

「嫌っていうか……むずがゆい。ていうか、タマなんかガサツだし可愛いって言わないだろ、事実、そんなの言われたことなかったぞ……」

 

「タマなんかって言い方は卑下しすぎだと思うけど……ごめん、困惑させるつもりはなかった」

 

「まったく、二喜もタマに妙な事口走るよなー、タマはカッコいいって言われるほうがいいっての……ま、褒めてくれるのはいいけどさ」

 

 若干空気が微妙な感じになってしまう予感がしたその時、少し離れたところから声が聞こえた。

 

「あっ、二喜くんここにいた! おーい」

 

「友奈?」

 

「あれ、タマちゃんもいる、あっそうか、腕の診察だね、どうだった?」

 

「安心しタマえ、順調だってさ。数日もすればこの煩わしいアームホルダーともおさらばだって」

 

「それはよかったね!」

 

「それで、友奈はなんでここに? まさか、友奈も怪我を?」

 

 そう聞いてみた二喜だったが、友奈の様子を見る限りそんな感じはしない。

 

「違うよ、二喜くんに会いに来たんだよ、ほら、このあいだは面会行けなくてごめんねって言おうと思って」

 

「ああ、そんなことか、気にしないで。他に何か頼まれたんでしょ?」

 

 そもそも、自分との面会など後回しでいいのだ。

 律儀に謝りに来る友奈は優しい子だ。

 

「そうだね、ちょっと他の病院に行ってたの」

 

「他の病院?」

 

「うん、そこでイベントみたいなのやって、二喜くん以外の天恐患者さんと会ってきたの。まだ症状が軽い人たちとだけど」

 

「え……」

 

 なぜ、そんな依頼を大社が出したのだろう。

 

「なんかね、二喜くんで一定の効果が得られたから、ようやく他の人ならどうなのかを試せるようになったって言ってたよ?」

 

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな、二喜、お前の頑張りが他の人の役に立ってるぞ、すごいじゃん」

 

「そんな、僕は何も……実際に頑張ったのは友奈でしょ」

 

「それでも、二喜くんがわざわざ香川まで来てくれたから試せたことだよ。ううん、もっと言えば、二喜くんがステージ4から目覚めていなかったら、私たちの存在が天恐の症状に効果があるだなんて誰も気付いていなかったんだから、やっぱり二喜くんのおかげだよ」

 

 友奈の言葉が、何か心の奥で響いた気がする。

 そうか、自分でも、何かの役に立てるのか。

 

「そうだよ、だいたいお前今日だって病室にいないでなんかやってたんだろ?」

 

「う、うん、自分の足で歩けるように、リハビリ」

 

「ほらみろ、やっぱりめちゃめちゃ頑張ってるじゃないか、別に大社にやれって言われたわけじゃないんだろ?」

 

「まあ、そうだね、ちょっと心境の変化というか、頑張ろうって思ったっていうか……」

 

「はいはい、質問! 二喜くんがリハビリを始めたきっかけは何ですか?」

 

 友奈がまるでリポーターがマイクを向けるような仕草をしながら質問する。

 

「その、千景がすごく頑張ってるなって思って……力を貰った、のかな」

 

「へえ! ぐんちゃんが!」

 

「ぐ、ぐんちゃん……?」

 

 千景のことだろうか、なぜ”ぐん”?

 “ぐ”も“ん”も名前に入っていないが……。

 

「へえ、千景の奴、一人で大丈夫なのかと思ったけど、全然大丈夫だったんだな」

 

「あっ、そうだ、あの後、千景の様子は変じゃなかった?」

 

「ん? いや、いつも通りだったぞ」

 

「そうだね、あ、でもなんかメモ見ながらゲームを探してたよ?」

 

 どうやら、怒らせてしまったままというわけではないようだ。

 しかも、二喜の好みのゲームを探してくれているようでもあった。

 

「よかった……」

 

 なんだかとてもほっとした。

 あの後、やっぱり自分の言葉が気に障ってもう来ないかもしれないという不安がぶり返したのだ。

 

 千景のことを考えていると、少し気持ちが乱れる気がする。

 

「もっとがんばろ……」

 

「何を?」

 

「ちゃんとこの病気を治そうって、改めて思ったんだ。みんなも頑張っているってわかったしね」

 

「そっか。そういえば、さっきアンちゃんがタマちゃんのこと探してたよ? 本返して欲しいって」

 

「あっ、やべ、カバンにしまったままだった! じゃあな二喜!」

 

「タマちゃーん、走ったら危ないよー! 私も行くー! それじゃ、二喜くん、元気でね」

 

「ああ、じゃあね」

 

 走り去っていく二人の背中を見ながら二喜は車椅子を動かして病室に戻る。

 歩けるようになったら、今度はもっと自分の恐怖に踏み込んでみよう、そう決意して。

 




読んでいただきありがとうございます!

次回「懐かしき陽射し」

お楽しみに!
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