もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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八話 :勇者の悩み

「本日は勇者様との面会の予定が入っていますが、調子は大丈夫ですか? 病室を変えた影響で身体か心に負荷があるようでしたら予定の変更は可能ですが」

 

 二喜が窓のある普通の病室に移動してから少しした頃。

 大社職員が予定の確認に来た。

 

「いや、変更の必要はありませんよ。心も体も問題なしです」

 

 実際には少しだけカーテンの向こうの窓が気になる感覚があったが、大きな負担ではないので勇者と会うのを優先した。

 

 多少頻度が減ったとはいえ、まだまだ大社が組んだ勇者との交流予定はある。

 勇者たちの方も忙しい中予定を合わせてくれているのだからできるだけ会いたかった。

 

「わかりました、では昼過ぎにお連れします」

 

「今日は杏でしたっけ」

 

「ええ、伊予島杏様お一人の予定です」

 

 伊予島杏、勇者の中で最も学年が低い勇者だ。

 

 そういえば彼女と一対一で話す機会はこれが初めてかもしれない。

 とはいえ、千景の時のように特に会話に困るということはなさそうだ。

 

 

 

 

 

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 そして昼すぎ、いつものように扉をノックする音が聞こえた。

 

「入っていいですよ」

 

「失礼します……」

 

 入ってきたのは当然杏だ。

 杏は少し病室内をきょろきょろと見渡した後、二喜の傍まで歩み寄った。

 

「来てくれてありがとうね、杏」

 

「いえ、それより病室変えたって本当だったんですね。窓もありますけど、大丈夫なんですか?」

 

「うん、やっぱり少しは外が怖いけどね。普段はカーテン閉めてるから、少し気になる程度だよ」

 

「……すごいですね、天恐の人は可能な限り窓から離れようとするのが普通だと聞きました。それなのに自分から……二喜さんは勇気のある人なんですね」

 

「あはは……ありがとう。でもね杏、それは君たちのおかげでもあるんだよ」

 

「それは……でも、私は何もしてません」

 

 杏はそう言った。

 

「……?」

 

 その自身のなさそうな声色が少しだけ気になった。

 思えば、今日は病室に入ったときから元気が少しないように感じる。

 

「もしかして杏、今何か悩んでる?」

 

「えっ、どうして……」

 

 図星だったのか、少し驚き目を開く杏。

 

「いや、何かそんな気がして……僕でよければ話を聞くよ?」

 

「でも、悪いですよ……二喜さんに迷惑をかけるわけには」

 

「気にしなくていい。さっきも言ったけど、僕は君たちにはいつも助けられているからね。君が何と言おうと、僕がそう感じている。だから、僕に迷惑をかけるだなんて、気にする必要はないんだ」

 

「二喜さん……」

 

「もちろん、無理にとは言わないよ。僕じゃなくて球子とか、勇者の仲間たちに相談するのもいい」

 

「いえ、ちょっと皆さんには言いづらい内容でして……その、じゃあ聞いてもらっていいですか?」

 

「うん、もちろん」

 

 頼ってもらえた。そんな気がして、二喜は少し嬉しくなった。

 

「勇者としての役目の話なんですけど……」

 

 勇者としての役目、つまりバーテックスとの戦いのことか。

 

「私、あまりお役に立てていないというか、みんなの足を引っ張ってしまっているんじゃないかと少し不安で……バーテックスを倒した数も他の勇者たちより少ないですし」

 

「ふむふむ……」

 

「たぶん、まだきっと怖いんです、バーテックスと戦うのが。でも、このままじゃいけない気がして……どうすれば勇気を持てるのかなって」

 

 なるほど、それで先ほど二喜が病室を移したことをすごいと表現していたのか。

 正直、バーテックスとの戦い方についてのアドバイスを求められたらどうしようと思ったが、そういうことなら二喜にも言えることはある。

 

「僕から見ると、杏はもう十分に勇気を持っていると思うよ?」

 

「え……?」

 

「だって、君はバーテックスに立ち向かっているじゃないか」

 

「でも……さっきも言った通り、一番役に立てていません……三年前、初めてバーテックスが襲ってきた日だって、私は何もできずに……」

 

「ああ、球子と、巫女の人が助けに来てくれたんだっけ」

 

「えっ、なんでそのこと知ってるんですか?」

 

 球子との出会いの話など二喜に話したことないのに、と杏は驚いた。

 

「いや、前に球子から聞いた。杏みたいに可愛い子はタマが守ってやらないとって」

 

「もう、タマっち先輩ったら、そんな恥ずかしいことを二喜さんに……」

 

「あはは……まあ、きっかけは僕が聞いたからだし、許してやってくれ」

 

「まあそれはいいですけど……でも、そうなんですよ、私、その頃から守ってもらってばかりで……この間のタマっち先輩の怪我も私を庇ったせいで……」

 

 あの球子の脱臼はそう言うことだったのか。

 だが、あの後も球子と話す機会があったが、そのときはこんなことを言っていた気がする。

 

「でも、そのときのバーテックスを倒せたのは、杏の機転のおかげだって球子言ってたよ」

 

「え?」

 

「だから、役に立てていないなんて、そんなことはきっとないよ」

 

「それはたまたまです……普段のバーテックスを倒している数はやっぱり少ないですから。それに、戦闘訓練の結果もいつも一番下だし……」

 

「うーん……」

 

 どうやらまだ杏は納得できていないようだ。

 思ったよりも悩みの根が深いらしい。

 

「でもさ、杏は一番年下なんだから、ある程度の差が出るのは仕方がないんじゃない?」

 

 実際、たかが一年二年の差とはいえ、成長期の一年というのは結構大きい。

 そこで差が出てしまうのはある意味当然に思えた。

 しかし──、

 

「……年下じゃ、ないんです」

 

「え?」

 

「私、確かにまだ中一で、他の皆さんよりも学年は下ですけど、年齢はタマっち先輩たちと同じなんです」

 

「それは、どういう……」

 

 誕生日的に一年は離れていないという意味だろうか。

 よくわからず問い返す。

 

「私、世界がこうなっちゃう前、勇者になる前はずっと病弱で、入院を繰り返していたんです。それで、特にひどかった年は学校にほとんど行けなくて……次の年にもう一度同じ学年をやり直したことがあって……」

 

「そんなことが……」

 

「だから、年齢は理由には……」

 

 杏にそんな過去があるとは知らなかった。

 少々無神経なことを言ってしまったことは反省しなければ。しかし、それでも二喜の考えは変わらない。

 

「まあだとしても、杏が勇気ある人だっていう意見は変わらないかな」

 

「どうして、そう思うんですか?」

 

「だって、杏は実際にもう何度もバーテックスと戦っているわけだろう? バーテックスが怖いと思っているのに、決して逃げずにさ。それが勇気でないとしたら逆になんなのさ」

 

「あ……」

 

「杏はさっき、僕のことをすごいって言ってくれたよね、だったら、杏はもっとすごいんだ。それを忘れないでほしいな」

 

「私が、すごい……?」

 

「少なくとも、ようやく窓が付いている部屋で過ごせるようになった程度の僕と比べたら、そりゃもう何倍もすごいよ」

 

「それは、でも……」

 

 杏はなおも自信を持てないでいるようだ。

 

「戦闘訓練やバーテックスを倒した数の話?」

 

「……はい」

 

「それについては仕方ないでしょ、複数人いる以上、誰かが必ず一番下になるわけだから」

 

 順位をつけ始めると、必ずそういうことになる。

 

「それとも、もし仮に君が他の人よりもバーテックスを倒せるようになったとして、その時、杏はバーテックスを倒した数が一番少ない仲間に対して、役立たずって思うのかい?」

 

「そんな! そんなことは少しも思いません!」

 

「でしょ?」

 

「え? あ……」

 

 客観的な立場になれば、別に役立たずなんて言われるようなことじゃない。

 それが杏にも伝わっただろうか。

 

「そもそも、直接的な戦闘で他の人に劣っているのなら、他で役割を持てばいいんだよ。得手不得手は誰にでもあるんだから」

 

「でも、私たちは勇者だし……」

 

「でも、それ以前に人間だろう? ……いや、これに関しては僕たち一般人側に責任があるな。僕も君たちと会う前は、どんな超人なのかと思ってた」

 

 あのバーテックスと戦う存在、というイメージが先行しすぎていたのだ。

 全員が悩みなんてない、戦闘特化の戦士だという印象が確かにあったのを覚えている。

 

「でも、そうじゃないだろう、話してみて思ったよ。君たちはすごい、けど、それでもやっぱり普通の人間なんだ。周りがどれだけ期待しようとも、それが事実だ。だから、できないことなんてあって当然。他の何かをその分すればいい」

 

「他の、何か」

 

「例えば、杏は本を読むのが好きって言っていたよね。どんな本を読むの?」

 

「本、ですか……?」

 

 急に話が変わったと感じたのか、杏はやや困惑しながらも答えた。

 

「えっと、恋愛小説を読むことが多いですけど……基本的に、本ならなんでも好きですよ。知らない知識を得られるのも本の楽しみの一つですし……」

 

「そっか、じゃあ……何か戦いに関する本を読んでみるのはどうかな」

 

「戦いの本、ですか。それは、どうして……」

 

「さっき話しただろう? 杏の機転でバーテックスを倒した話を球子がしてたって。直接的な戦闘でみんなに(おく)れを取っているって思うのなら、他でみんなを引っ張ればいい」

 

 杏は真剣に話を聞いている。

 いっそメモでも取りそうな姿勢だ。

 

「人間との戦いに関する知識がバーテックスとの戦いにどの程度役立つかはわかんないけど……もしかしたら、その知識でみんなの窮地を救えるかもしれない。それこそ、この間杏が活躍したっていうときみたいにね」

 

「そっか……本の知識を頭に入れることなら、私にも……二喜さん!」

 

「ん?」

 

「ありがとうございます! 心につっかえていた悩みが取れた気がします!」

 

「それはよかった、僕でも役に立てたのかな」

 

「はい! 本当にありがとうございます!」

 

「それで、今日はどうする? すぐに帰って本を探したいっていうなら、時間前だけど大社職員さんに説明して早めてもらうよ?」

 

「あ、いえ……! せっかくですから、時間までは二喜さんとお話します」

 

 早く本を読みたそうにうずうずしているように見えたが、どうやら余計なお世話だったようだ。

 

「そっか、じゃあ……あ、そういえばさっき、杏が入院のせいで同じ学年やり直したって言ってたよね」

 

「? ええ、そう言いました」

 

「じゃあ、もしかして僕、天恐が完治して学校へ行き始めたら、小6からやり直すってこと? それはやだなあ……」

 

「あ、そういえば……ふふっ、その時が来たら、私がいろいろ相談に乗ってあげますね」

 

「あっ、酷い、笑ったな! もう……ところで、病院ってさー……」

 

 それから、二人は入院生活あるあるなどの話をして盛り上がった。

 悩みの晴れた杏は、笑顔で話すので、二喜も楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

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「あ、そろそろ時間ですね」

 

「ん? もうか……いや、杏と話すの楽しくてすぐだったよ」

 

「もう、二喜さんったらそんなこと言って……じゃあ、私はもう帰りますね? 今日は何か逆にこっちの悩みを聞いてもらったりしてもらって、ありがとうございました」

 

「ああ、役に立てたのなら光栄だよ」

 

 普段、勇者には助けられてばかりだ。

 どんな形であれ、恩返しがしたかったのでちょうどよかった。

 

「ところで、あの紙袋はなんですか? 入って来た時から少し気になってて……」

 

「これ? ゲームだよ、千景が持ってきてくれたんだ」

 

「へえ、千景さんが。そういえば私も借りたことあります。千景さんって結構優しいですよね」

 

「うん、次千景が来るまでに進めておかないとな……感想教えてって言ってたし……」

 

「千景さんが、そんなことを言っていたんですか? 珍しい」

 

 少し、杏がきょとんとした顔をする。

 

「え? うん……次はいつ会えるんだったか……少し楽しみだな」

 

「! ほうほう……」

 

「ん? どうしたの杏」

 

「千景さんと会うの、待ち遠しいですか?」

 

「待ち遠しいってほどじゃ……でも、うん、会いたいかな。せっかく向こうから次の話題ふってくれたんだし」

 

「へえ~、二喜さんって、もしかして……」

 

「え、何、そんなにニヤニヤして……」

 

「いえ、何も? ……ふふっ」

 

「なんだよ、気になるじゃないか」

 

「私これから早速、兵法の本とか探さなきゃですから、これで。今日は本当にありがとうございました~」

 

 少しニヤついた顔のまま、杏は病室を出て行った。

 

「なんだよ……ま、いいか」

 

 とにかく、今日は勇者の役に立てたことが嬉しかった。

 

 それにしても、バーテックスへの恐怖や自分の無力で悩んでいたり、病院での生活に慣れていたり、なんだか杏と自分は共通点が多いなと思った。

 

 そんな人の助けになれたのだ。

 今日はいい気分で寝れそうだと思う二喜なのであった。

 




読んでいただきありがとうございます!

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次回「勇者たちの演舞」もお楽しみに!
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