もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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2話:喪失の実感

 もうすぐ夏休みが始まる。

 

 俺は今年も銀と遊ぶのだろう。

 

 そして、なんてことのない会話をしながら笑うのだ。

 

 ──そう、思っていた。

 

 とても元気で、見ているこちらも元気になるような、まぶしい笑顔も、

 心を温かくする、よく響くあの声も、

 活発に動き回るあの後ろ姿も、

 

 もう二度と──────。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

神世紀298年7月12日

 

 大赦主導の元、銀の告別式は大掛かりに行われた。

 

 参列者は数える気にもならないほどの大人数だった。

 しかし、それはただ単に銀や三ノ輪家の人望が厚いから、というわけではない。

 

 そもそも、三ノ輪家が立派な家柄といっても、銀の家は分家にあたる。本来ならば、こんな大規模な葬式を行うような家ではない。

 

 にもかかわらず、ここまでの大人数が参列したのは、銀がやっていたというお役目の影響だ。

 

 銀が重要なお役目に就いていたから一応顔を出しておこう、という考えで参列している者も、大人たち、特に大赦関係者の中にはいるだろう。

 なんなら、銀やその家族と面識がない人も少なくなかった。

 

 だからなのか、明らかに、銀の死を悲しんでいない者がちらほら在席していた。

 

「神樹様に任されたお役目に殉じることができたのだから、悲しむよりも尊く思うべき」

 

「おかげで大赦から援助が出るのだから、本人も親孝行ができて誇らしいことだろうよ」

 

 そんな声が、銀のことを大して知りもしない大人たちの口から聞こえてきた。

 あろうことか、銀の家族に向かって「羨ましい」だなんて言いやがったやつもいた。

 

 分家の分際で大切なお役目を任され、自分たちよりも地位が上がり、援助が増えたことに対する嫌味のつもりか。

 あまりにもふざけている。

 

 もちろん、銀の死を心の底から悼んでいる者も決して少なくないはずだ。

 しかし、それによって銀の家族の心が軽くなることはない。悲しみが薄れることも、銀を(うしな)った傷が埋まることも、ない。

 

 そしてそれは俺もだった。もう、あらゆる気力がなくなってしまった。

 銀の家族たちに無神経な言葉をかける者を止めることすらできないほどに。

 

 一昨日、7月10日の夜からの記憶がほとんどない。

 あの日、両親から銀の死を聞かされて……それから俺はどうしただろう。気が付いたら二度夜が明け、今ここに立っているといった感じだ。

 

 もう何もわからない。今日が銀との最後の別れの日だなんて、実感などあるはずもなかった。

 

 

 

 式が始まり、進行役の男が何かを言っている。

 そして献花となり、銀と同じくお役目を担っている須美ちゃんと園子ちゃんが、銀の眠る棺へ花を捧げた。

 そのときだった。

 

「うわぁぁぁぁああっ!」

 

 突然、子どもの泣き叫ぶ大きな声が、静寂に包まれていた会場に響き渡った。

 鉄男だ。

 

「神様なんだったらなんで守ってくれなかったんだよ! ねーちゃんはずっと頑張ってただろ!」

 

 隣では銀の父が必死で鉄男をなだめようとしている。しかし、鉄男は止まらなかった。

 

「それなのに、なんで、ねーちゃんなんだよ! ねーちゃんを連れてかないでくれよ! こんなの神様なんかじゃないだろ!」

 

 それはまるで悲鳴のようだった。

 姉のことが大好きで、生まれた時からいつだってそばにいた鉄男の、心の悲鳴。

 

 しかし、当然このままでは式は続けられない。

 周りの大人たちの数人は慌てて集まってきて鉄男を止めた。

 

 家族の死を悲しむのは当たり前のことで、感情が爆発してしまうのもごく自然なことだ。

 けれども、大赦としては神樹様への文句ともとれる発言を放置するわけにもいかないのか、鉄男を会場の外へ連れて行くように促した。

 

 そんな空気で、銀の父親も鉄男を連れて会場を出るしかなかった。

 

「鉄男……」

 

 愛する姉を(うしな)い、心に深い傷を負った鉄男の姿。

 それを見てもなお、俺は彼の傍にいてやることも、抱きしめてやることもできず、ただ鉄男がつまみ出されるように出ていくのを座って見ているだけだった。

 本来、最もこの場に()させてやるべき銀の家族が、事実上追い出されたのに、何もしなかった。

 

 

 

 少しして、会場が落ち着きを取り戻したかに思えた直後、今度は前のほうの席から、ざわめきが広がる。

 

「え……! 急に消え……ど、どこに行った!?」

 

「そんな、さっきまであそこに女の子が二人、いたわよね……?」

 

 騒がしくなる会場。何事かと前を見れば、ついさっきまで壇上で銀に花を捧げていた須美ちゃんと園子ちゃんの姿が完全に、影も形もきれいさっぱり消えていた。

 そして、会場のあちこちにいる仮面を付けた大赦の職員たちが慌ただしく動き始める。

 

(あれが……)

 

 俺は直感的に察した。あれが「お役目」だ。

 銀が死んだ理由。

 まだ11歳の女の子の身体を、死化粧の上からでもわかるほど傷だらけに追いやった原因。

 

 ぽっかりと空いた俺の心に、ずっと前から感じてきた疑問が再び湧き上がった。

 

 ──銀たちの「お役目」とは、いったいなんなのか

 

 

 

 

 

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 葬式が終わり家に着くと、俺はすぐに自分の両親に詰め寄った。

 

「父さん、母さん(はなし)がある」

 

 そう言った俺に対して、二人はやや神妙な顔になった。

 

(はなし)って?」

 

「言ってみろ」

 

 恐る恐る、といったふうに両親は俺の言葉を待った。

 ほんの少しだけ間を置いて、俺は湧きあがる疑問を外に出す。

 

「お役目……銀のやっていた神樹様のお役目について、もっと詳しく教えてくれ、知ってるんだろ本当は」

 

 以前これを聞いたときは誤魔化された。

 しかし、今度はそういうわけにはいかない。大赦で働く両親ならば何かを知っているはずだ。

 

 二人は、この質問が俺の口から出ても意外なことに驚いたりはしなかった。

 二人とも、まっすぐに俺の目を見ている。予想はしていた、という感じだ。

 

「……それが、大赦にとって重大な機密であることを理解したうえで聞いているんだな」

 

「ああ」

 

 当然、本来家族にも絶対に口外してはならないことであろうことは察しがついている。

 今までずっと、誤魔化され続けてきたのだから。

 

「……そうか、わかった、俺たちの知っていることをお前に話そう」

 

 父さんはやがて覚悟を決めた表情をした。

 母さんも続くように口を開いた。

 

「でも、私たちも大赦の中で高位の立場にあるわけではないわ。だから、すべての真実を知っているわけではない。それでもいいわね」

 

 俺は一言、それでいい、と言った。

 それでも、俺よりはずっと事情を知っているだろうから。

 

 それから両親は、俺に二人の持ちうる情報をすべて教えてくれた。

 

 

 

 壁の外、ウイルスにまみれた世界では、バーテックスと呼ばれる巨大な化物が生まれているという事。

 そして、神樹を破壊しようと壁内に侵攻してくるバーテックスを撃退するため、神樹の力を借りて戦う「勇者」の存在。

 勇者になれる者、つまり神樹が力を授けることができるのは、穢れなき無垢なる少女の、中でも特に神樹との親和性の高いごく少数のみであること。

 そして、それが銀たちであったこと。

 戦いは樹海という特殊な結界の中で行われ、その間、勇者とバーテックス以外の時間は止まっているということ。

 よって、人類の運命を賭けたその戦いは、勇者たちに任せるしかないこと。

 そして、銀が死んだのは、バーテックスとの戦闘の結果であるということ。

 

 

 

 だいたい、こんなようなことを聞かされた。

 

「なんだよ……それ、意味わかんねぇよ!」

 

 正直、ファンタジー映画の設定を聞いているような、とても簡単には信じられない話だ。

 しかし、自分の親が、こんな状況で出鱈目なことを言う人たちではないことは知っている。

 この話が冗談でないとわかったからこそ、俺に怒りが込み上げる。

 

「なんでっ……そんな大事なことを隠すんだ! 俺は何度も聞いた、なのに!」

 

 両親は、黙って俺の怒りを受け止める。

 

「せめて、お役目が危険なことであることくらい教えてくれればよかったじゃないか! 命を落とすかもしれないお役目だと知っていれば、何かできたかもしれない! 力になってやれたかもしれない! もし知っていれば……」

 

 銀が死んでから、今まで流れなかった涙が、今頃になってこみ上げる。

 

「知っていれば……っ、銀との時間を、もっと……大切に……っ」

 

 それ以上は何も言えなかった。

 嗚咽と慟哭で言葉が出なかったから。

 

 そんな俺の姿を見て、両親も泣いていた。

 そして何度も謝った。

 何度も、何度も、謝り続けていた。

 

 

 

 

 

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 その日の夜、俺は自分の部屋で一人荒れていた。

 

「うわあああああああああ!」

 

 椅子をなぎ倒し、枕を壁に叩きつけ、叫ぶ。

 そうせずにはいられなかった。

 

 あの後も、両親は俺に謝罪し続けた。

 

『本当にすまない夢継……俺たちもどこか楽観的に見ていた……心のどこかで、勇者たちは無事にお役目を終えるだろう、と』

 

『今伝えるくらいなら、初めから全てを言っておくべきだった……ごめんなさい……っ』

 

 親たちはそう謝っていたが、虚しいだけだ。

 感情に任せて責め立ててしまったものの、本当は両親に責任などないことくらいわかっていた。

 

 俺はこれでも大赦職員の息子だ。

 大赦が真実を隠す理由と、その正しさが理解できてしまう。

 

 壁の外に化物がいて、人類を滅亡させようと攻め込んでくる。

 そんなことを知れば一般市民は大混乱だ。

 

 混乱は不安を生み、不安は不和を生む。

 間違いなく、四国の治安は悪化するだろう。

 しかも、真実を知ったところで、一般人には何もできることはない。

 

 デメリットばかりが大きく、メリットと呼べるものがほとんどないのならば、一般に真実を公表するべきではない。

 

 大赦職員が自分の子供に教えた結果、そこから他の人物に漏洩した、なんてことは万に一つもあってはならない。

 両親が今まで俺に秘密にしていたのは当然のことで、仕方のないことだ。

 むしろ、バレれば終わりのリスクを背負ってまで真実を教えてくれた両親に、感謝すべきなのだろう。

 

「……くそっ、くそぉ!」

 

 では、銀の死も「仕方のないこと」なのか?

 そんな言葉で納得しなくてはならないものなのか?

 

「くそぉおおおおおおおお!」

 

 納得など、できるはずもなかった。

 

 人生のほとんどを共に過ごした親友なのだ。

 赤ん坊のころから、数えきれないほど遊んだ。

 喧嘩だって何度もした。

 そのたびに仲直りして絆を強めてきた。

 なのに──────。

 

「銀……っ」

 

 あの朝、銀と交わした会話が脳裏をよぎる。

 

『いってらっしゃい』

 

『いってきます!』

 

 あれが、二人の最後の会話になってしまった。

 

「俺は……っまだ、……っうう……おかえりを言えてないじゃないか……っ」

 

 声がかすれる。嗚咽が漏れる。

 

「頼む銀……聞かせてくれ……ただいまと、聞かせてくれよ……」

 

 どんなに祈っても、当然返事は返ってこない。

 代わりに聞こえてくる夏の虫の鳴き声で、俺は、銀の死を実感した。

 




読んでいただきありがとうございました。

次回:序章3話「抜け殻男の夏休み」

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