元旦に勇者たちの演武を見てから三日後。
この日は友奈と千景の二人が二喜の病室に来ていた。
「やあ二人とも、今回は二人そろって来たんだね」
「ああそっか、この前は私が他の用事で来られなくてぐんちゃん一人で二喜くんのところに来たんだっけ」
「そういえば、そんなこともあったわね……」
そう、前回は友奈が他の天恐患者と会いに別の病院へ行っていたため、まともに話すのは初めてな千景といきなり二人きりでの面会という、なかなかハードルの高い面会になってしまったのを覚えている。
ゲームという話題を広げられていなかったら、たぶん千景と話す機会はその先なかっただろう。
「改めて、あのときはごめんね二喜くん。ぐんちゃんも」
「この前も言ったけど、気にする必要はないよ」
「そうよ高嶋さん。高嶋さんが謝ることなんて一つもないわ」
「そうそう、おかげで千景とも仲良くなれたしね」
「え?」
二喜の言葉に疑問の声で返したのは友奈ではなく、千景本人だ。
「え」
やばい、もしかして調子に乗ったかもしれない、と二喜の心は焦る。
仲良くなれたと思っているのは二喜の方だけだったのか……?
「ぐんちゃんと二喜くんは仲良くなっていると思うよ? 違うの?」
微妙な空気が流れ始める前に、友奈がすかさずそう言った。
少なくとも、周囲の目から見れば、そう見えるらしいので、二喜が一人で勘違いしているわけではないようだ。
「そう、なのかしら……確かに、少しだけ話しやすくはなったかもしれないけど……ごめんなさい、私、仲がいいっていうのがどういうのか、いまいちわからなくて……」
「えー? 私はぐんちゃんと仲良しのつもりだよ? ぐんちゃんは違った?」
友奈はほんの少しだけ寂しそうな顔をしながら、千景の顔を覗き込むようにそう言った。
「そ、そんなことないわ! 私も、高嶋さんがそう思ってくれると嬉しいなって、そう思ってたわ。私が悪いの、昔から友達とか、いたことなくて……そういうのよくわからないの」
「ぐんちゃん……」
「千景……」
千景の過去。
詳しいことは全くわからないが、以前も故郷や両親の話になると、急に態度を変えたことがあった。
加えて、友達がいなかったときた。
いったい、彼女の過去に何があったのだろうか。
二喜は事情を聞きたくなったが、その欲は抑えた。
少なくとも嫌なことなのは間違いなさそうだ。
まして、友奈がいるこの場で聞くわけにはいかない。
「でも、ぐんちゃんって二喜くんにゲーム貸してあげたりしたんでしょ?」
「そうだけど……なんで高嶋さんがそのことを……?」
「アンちゃんがそう言ってたんだ」
「伊予島さんが……?」
「あー、すまん、杏には僕が言ったんだ。この前杏が来た時に、そのゲームどうしたんですかって言われたから」
そういえば、あのとき杏はやたらとニヤついていたが、あれはなんだったのだろうか。
未だにわからない。
「ああ、そういう事……」
とにかく、二喜の説明で千景は納得したようで、そう呟いた。
「そういえば、なんかメモ見ながらゲーム選んでいたもんね、ぐんちゃん。あれは二喜に渡すゲームだったんだ」
「ええ、そうよ。どうせ貸すなら、本人の好みのものがいいって思って……」
「そこまでしてあげられる関係なら、充分、仲がいいって言っていいと思うよ」
「高嶋さんがそう言うなら……まあ、認めてあげなくもないわ」
千景が二喜との仲の良さを認めてくれた。
若干消極的で、言わされてる感はあったものの、それでも二喜にとっては嬉しいことだった。
「そう? じゃあ、僕らはこれで“仲のいい友達”だね」
「あー、ずるい二喜くん! 私もぐんちゃんとそうなりたーい!」
「わ、私は、高嶋さんが良ければ、そういう感じで……」
「本当? わーい! ぐんちゃん、これからもよろしくね」
「な、抱きついて……っ! 近っ、嬉しいけど……!」
友奈が千景に抱き着き、千景の頬が赤く染まる。
まったく、人の病室で何をやっているのだか。
それにしても、「高嶋さんがそう言うなら」とは……今、二喜の目の前で起こっていることもそうだが、千景はずいぶん友奈を信頼しているらしい。
他の勇者たちから、千景と友奈は仲がいいと聞かされてはいたが、実際に二人がそろって一緒にいるのを見るのは初めてだったので、ここまでとは知らなかった。
普段寡黙な雰囲気のある千景の、新たな一面を見た気がする。
「そういえば、そのゲーム、どこまでやったの……?」
友奈に抱き着かれたことにしばらく興奮しているようだった千景だが、ふと、そんなことを聞いてきた。
そういえば、千景がこのゲームを貸してくれた日の帰りに、感想を聞くと言っていたのを思い出した。
「今は三つ目のボスを攻略したくらいかな。暇があるときにやっているくらいだから……」
「やっぱり普通、それくらいよね」
「どういうこと?」
「以前、伊予島さんにゲームを貸した時は、週末の連休だけで全部クリアしていたから……」
「週末だけで全部、そりゃすごいな……」
確かに杏も、以前千景からゲームを借りたことがあると言っていたが、杏もかなりのゲーマーだったりするのだろうか。
「いったい、なんのゲームを貸したの?」
「恋愛シミュレーションゲーム」
「ああ、それなら納得」
その手のゲームは、基本的に文章を読むだけのゲームだったはず。
杏が活字中毒であることは本人や球子がさんざん言っていたし、それなら短い休日だけで終わらせたのも理解できる。
「それで二喜くん、ぐんちゃんから借りたゲームはどうだったの?」
「もちろん、すごく楽しいよ。ありがとね、千景」
「だって! よかったね、ぐんちゃん」
「まあ、選んだ甲斐があったわ……」
それから、三人の会話はしばらく続いて行くのだった。
ゲームの話も終わり、二人が帰る時間になったころ、唐突に友奈がこんなことを言いだした。
「そういえば、二喜くんってお土産とかだと食べ物とそれ以外だったらどっちがいいとかある?」
「お土産? いや、貰ったらどっちも嬉しいけど……」
「そっか、じゃあみんなにもそう言っておくね!」
「え、何の話!?」
あまりにも唐突だったため、話に付いて行けず驚く二喜。
「高嶋さん、まだ橋渡君には何も言っていないわ」
「あ、そうだった! ごめーん二喜くん! 混乱させちゃった」
「いや、いいけど……結局何の話?」
「実はね、今度勇者のみんなとヒナちゃんとで、高松の温泉旅館にお泊りすることになったの」
「へえ、温泉、それはいいね」
高松といったら香川一の都会であるのと同時に、四国有数の温泉地でもある。
「うん、なんかね、巫女さんたちの神託でしばらくバーテックスの襲撃はないからって、大社が手配してくれたんだ」
「巫女の神託か……そういうのもわかるんだね」
巫女……勇者とは違い、戦う力ではなく、神の声を聞く力に目覚めた少女たち。
声を聞くといっても、必ずしも、実際に音声として認識できるわけではないらしい。
あるときは頭の中に映像が浮かんできたり、またあるときは夢の中で情報が伝わったり、様々な形で神樹様からの預言のようなものを受け取ることができる存在だそうだ。
二喜はひなたしか知らないが、大社本部にはたくさんの巫女がいるらしい。
「うん、若葉ちゃんは本当に旅行に行くなんてして大丈夫なのかって悩んでたみたいだけどね」
「それは、若葉らしくはあるけども……」
巫女の神託のことはよく知らないが、おそらく的中率も相当高く、充分に信頼できる情報なのだろうが、若葉は暇があったら訓練をしているというようなことを聞いたことがあるので、遊びに行くことが心配なのだろう。
しかし、勇者たちは皆大変な仕事をやらされているのだから、余裕があるときに温泉旅館でリラックスするくらいのご褒美はあってしかるべきだろう。
むしろ足りないくらいだ。
「それでね、せっかくだから二喜くんにもお土産でも買ってこようって話になってて」
「僕に? そりゃ嬉しいけど……僕のことなんか気にせず目一杯楽しんできていいんだよ?」
自分たちの休みの日まで二喜に気を遣う必要はないと、遠慮がちになる二喜。
「大丈夫だよ、私はお土産選ぶのだって楽しいし。ぐんちゃんも別に構わないって言ってたよね」
「まあ、大したものを買う気はないけど……」
「まあ、皆がいいなら僕はありがたく待ってるけど……本当に、無理はしなくていいからね? みんなが楽しんで、心と体をリラックスさせることが一番大切なんだから」
「あはは、二喜くんは優しいんだね。でも、それは大丈夫だよ。もちろんみんな楽しむことを第一に考えているから」
「それならよかった。じゃあ、楽しんできてね。今度、その旅館での話とかも聞かせてよ」
「うん! ヒナちゃんは写真もたくさん撮って、二喜くんに見せてあげるって言ってたよ」
「それは……若葉の写真だらけになりそうだな……」
そして、旅館での若葉がどう可愛かったか、どんなところがカッコよかったか、などの話を数時間にわたって話してきそうだ。
「あなたも大変ね……」
そんな、ひなたの若葉語りを予感した二喜の様子を察し、千景がやや同情的な視線を二喜に向けるのだった。
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二人が帰った後、夕飯の病院食を食べた後に、患者のためのシャワー室で身体を洗いながら、二喜はひとり思う。
「温泉旅行か……」
きっと、露天風呂とかもあるのだろう。
二喜も昔、家族旅行で両親と一緒に温泉旅館へ泊ったことがある。
露天風呂の、言葉にしづらいが、何とも風情のある感じが好きだった。
入浴したのは夜だったので、星空を見ながら入ったことを覚えている。
あのときは雲もなく、とても綺麗だった。
ほんの数年前の話だが、もうずいぶんと昔のことのように感じる。
「……」
シャワーも終わり、自分の病室に帰って来た。
今、二喜は旅行になんかとてもいけない。
外に出ることすら、怖くて無理だ。
いつかは、自分もまた昔みたいに旅行へ行けるようになるのだろうか。
広い広いあの空の下を歩いて、遠出することが。
そして、露天風呂から星空を見上げて、それを綺麗だと、そう感じることができるようになるのだろうか。
そうなって欲しいと思う。
そう思いながら、二喜は窓のカーテンへ手を伸ばした。
「……ッ」
しかし、その手は伸びきる前に引っ込んだ。
少なくとも、今はまだ無理だ。
今の二喜には、夜空を隠すカーテンを開く勇気すら、まだなかった。
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それでは次回「真実を写す」もお楽しみに!