「そんな……友奈が!?」
頭の中で大社職員が言った事を何度も反芻する。
信じられなかった。信じたくなかった。
意識不明の重体とはつまり、場合によっては命すら危険な状態にあるということに他ならない。
「それに、他のみんなも負傷したって……彼女たちはどうなったんですか!」
「緊急搬送が必要なほど重症なのは高嶋友奈様のみです。しかし、長時間勇者の力を使い続けた影響が出るかもしれませんから、検査が終わるまでは一時的とはいえ全員入院となるでしょう」
「全員、入院……」
ほんの二週間ほど前までは、楽しく旅館に泊まっていたのだ、彼女たちは。
ああいう楽しそうな顔を、もっとして欲しかった。なのに……。
「……友奈が運ばれた特別治療室っていうのはどこにあるんですか」
「知ってどうするんです、言うまでもないことですが、治療中に入ることはできませんよ」
「そんなのはわかります! でも、だからってこのまま自分の病室に帰ってじっとしてるなんてできません!」
大社職員は何かを考えながら二喜を見る。
相変わらず何を考えているのかわからない人だが、二喜も負けじと見つめ返した。
やがて、ため息をついて大社職員はこう言った。
「……そこの廊下を曲がって、進んでいった先です。すみませんが、私はこれから大社本部へ報告に行くのでおひとりで行動願います。くれぐれも、治療の邪魔になりかねないことはしないでください」
「当たり前です」
二喜は大社職員の説明通りに廊下を進み、特別治療室へと向かった。
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大社職員に説明された道を進んだ先には、大きく、頑丈そうな扉があった。
その上には、手術中と書かれた赤いランプが光っている。
どうやら、この扉のさらに奥に特別治療室はあるようだ。
そういえば、聞いたことがある。
この特別治療室で行われる手術というのは、ただの医者による医療行為だけでなく、神樹様由来の霊的な治療も施すらしい。
だから、その手術が行われている間は、手術に必要な人間以外は特別治療室の前に行くことすら許されないようだ。
「仕方ない……終わるまではここで待つしかないか」
友奈がどんな様子なのか気が気でなかったが、手術が終わるまで待つことにした。
それから少しして、もう一人ここへ来た人物がいた。
「二喜さん!」
「ひなた……」
ひなたは息を切らしながら駆けつけてきた。
知らせを聞いてすぐに飛んできたのだろう。
「友奈さんは……?」
「この扉の奥。まだ手術中で、これ以上は入れない。……他のみんなとは、もう会ったのか?」
「まだです、皆さん後ほどこちらの病院に入院となる、という話ですから。私は先に来ました」
「そうか……手術、無事に終わるといいんだが……」
「……待つしか、なさそうですね」
それから、一時間、二時間と時間はどんどん過ぎていった。
その間、二喜は手術がうまくいくことを祈り続けた。
ちら……と横を見ると、ひなたもまた、両手を組んで祈りを捧げていた。
巫女であるひなたの祈りはどこか神聖さが宿っており、二喜の祈りの何倍も効果がありそうだと感じた。
そして、六時間ほどが経過した頃、ようやく手術中を示す赤いランプが消えた。
すると中から鍵の開く音がして、一人の大人が出てきた。
「あの、友奈さんは……」
その大人に、ひなたは友奈の容態を聞く。
「上里様……それに、あなたは確か……」
その大人はどうやら医療関係者というより、大社関係の人らしい。二喜のことも知っているようだ。
「ひとまず手術は成功し、命に別状はありません」
手術成功の知らせは喜ばしく、気が緩んだ二喜とひなただったが、続く言葉があった。
「しかし、まだ意識は戻らず、絶対安静であることには変わりありません。この先どうなるかも、断言できない状況です」
「そんな──」
「関係各所にも知らせに行かなければいけませんので、私は失礼します」
「っあの!」
どこかへ向かおうとするその大社関係者を呼び止める二喜。
「まだ何か?」
「この先の、治療室の前までいってもいいですか……」
「……どうぞ、特別治療室の中までは入れませんが」
それだけ答えると、大社の人は報告をしにどこかへ行ってしまった。
二人はすぐさま移動し、扉の奥、特別治療室前まで行く。
「これは……」
「友奈さん……っ」
部屋の前まで来ると、ガラス越しに友奈の様子が見えた。
ベッドに横たわるその身体は、あちこちを包帯で巻かれている。
さらに、点滴や輸血のチューブが何本も繋がっており、彼女の傷と出血の多さがうかがえた。
見ているだけで痛々しいその様子に、二喜は言葉を失う。
しばらく二人はその場に立っていた。
途中、ひなたは「他の人たちの様子も見てきます」と言って別の病室へ向かった。
二喜はそれに返事をすることもなく、動けないでいた。
勇者たちが命を懸けて戦っているのは知っていた。知っていたつもりだった。
しかし、球子が脱臼したときもそうだが、実際にこうして大怪我を負っているのを見ると、衝撃を隠しきれない。この期に及んで、二喜の現状認識は甘かったと考えざるを得ない。
その姿が見えるほど近くにいても、結局、二喜にできることなど何もなかった。
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二喜は結局、あれからも自分の病室には戻らず、廊下の壁際の長椅子にずっと腰掛けていた。
友奈の手術が終わってからどれだけ時間が経っただろう。あのあと二喜は座ったまま少し寝ていたので、一夜は明けていそうだ。
「友奈はまだ、目を覚ましていないか……」
こうも意識が戻らないと、本当にこの先起きるのか不安になる。
また、他の勇者たちのことも気がかりだった。
「二喜さん……?」
「二喜?」
そんなことを考えていたちょうどそのとき、杏と球子がやって来た。
「二人とも……歩いて大丈夫なのか!? 勇者はみんな入院したって聞いたけど……」
「入院といっても、私たちの場合検査のための一時的なものですから。負傷も、友奈さんに比べれば大したことはありません……若葉さんの負傷は軽いとは言えないですけど……」
若葉の負傷が友奈を除く他の勇者よりも大きいというのは聞いていない。大丈夫なのだろうか。
「安心しタマえ、その若葉でも、たぶん明日か明後日には退院だ」
二喜の心配を察したのか、球子がそう教えてくれた。
「タマたちのことより、友奈だ。二喜、いつからいた? 友奈の様子は今どうなってるんだ……!」
「僕は友奈が運ばれた時からいるけど、友奈はまだ一度も目を覚ましていないんだ……」
二喜は言いながら、ガラス窓を指さした。
球子たちはそのガラス窓から友奈の様子を見ると、その表情を曇らせた。
友人であり、共に戦う仲間の痛々しい様子には二人とも相当堪えたらしく、そのまま黙って椅子に腰かけうなだれていた。
「あ、若葉さん」
さらに少しして、若葉が来たことに杏が気づいた。
杏の言う通り、友奈ほどではないが負傷しているらしく、ひなたに肩を貸してもらっている形だ。
一歩、歩くごとに痛みから表情を歪ませている。
「友奈の様子は……どうだ?」
「まだ、意識が戻りません」
「そうか……」
若葉が友奈の姿を確認したとき、申し訳なさそうにしているのが気になった。
「きっと大丈夫ですよ、大社の人も、命に別状はないと言っていましたから……」
慰めようとしたのか、ひなたがそう言ったが、それを口にするひなたの口調は重く、空気が和むことはなかった。
そして最後に、千景が点滴スタンドを押しながら姿を現した。
千景は、二喜の姿があることにほんの一瞬驚いたようだが、すぐに友奈のいる部屋に目を向けた。
千景が現れた瞬間、若葉がバツの悪そうに視線を伏せたが、千景はそれに反応せず、そのまま若葉を通り過ぎて窓から友奈を見つける。
千景は、悔しそうに拳を握り締めていた。
「どうして……こんなことに……」
怒り、悲しみ、そして無力感。様々な感情が内包されたような声だった。
「これが……あなたの引き起こした結果よ……どうしてこんなことになったか、わかっているの……?」
すると千景は、キッと若葉に鋭い視線を向け、そんなことを言いだした。
「……ああ、私の突出と無策がこの事態を招いた」
「違う! わかっていない、一番の理由は、あなたの戦う理由なのよ!」
「戦う、理由……?」
若葉は何を言われているのか分かっていないような感じだったが、二喜のほうがもっとわからない。
いったい何が起こっている? 若葉のせいって何のことだ、友奈の怪我のことなのか?
疑問は尽きない。だが、二喜の理解など待ってくれるはずもなく、千景はなおも続ける。
「あなたは復讐のためだけに戦っている! だから、怒りで我を忘れて、周りの人間を危険にさらしても気付きさえしない!」
千景はヒートアップしていく。
普段若葉を庇いそうなひなたや、理不尽があれば割って入る球子が、なぜか動かない。
二人から見ても、千景の若葉に対する怒りは正当なものということか?
かといって、二喜も動けないでいた。
状況がさっぱり呑み込めない現状、かける言葉が二喜の中にはないからだ。
「あなたにリーダーの資格なんかない! あなたが戦うことで、高嶋さんが……きっとこの先も誰かが傷つく! だったら、もう──っ」
「言い過ぎです!」
千景の言葉を遮ったのは意外にも、普段おとなしい杏だった。
「若葉さんは今までずっと先頭に立って戦ってきたんですよ、すべてを否定するのは間違っています!」
「……っ!」
思わぬ相手から反論された千景は、杏の側へ近づく。
これはまずいと思った。手が出る確信があった。
そして思った通り、千景は手を振り上げる。
球子が、それを察知して動いたのが見えた。
勇者同士の、暴力沙汰が頭によぎる。だめだ、それだけは止めなくては。
「ダメだ千景ッ待て!!」
反射的に、声が出ていた。大きな声が。
瞬間、その場にいた全員が二喜のほうを振り向いた。
頭に血が上っていた千景でさえも、動きを止め、一瞬ぽかんとしているのがわかった。
だが、すぐさま怒りの感情に戻り、今度は二喜にその矛先を向ける。
「何? あなたには関係ないでしょ、黙っていなさいよ、橋渡君……というより、あなたなんでここにいるの? 無関係の他人なんだから出て行きなさいよ」
お前は関係者じゃない、そのことを強調するような言葉が二喜に突き刺さる。
「千景さん!」
杏が叫ぶ。二喜の気持ちを考えてのことだろう。
しかし、二喜は千景ではなく、杏を止めた。
「杏、いい。それに関しては、まさに千景の言う通りだ」
二喜が認めたことで、杏も他のみんなも、何も言えずに黙ってしまった。
「僕は勇者でも巫女でもない。君たちがなんで言い争ってるかわからないし、君たちがどんな場所で、どんな苦労をしてバーテックスと戦っているのかも、実際のところ知らない……そんな部外者さ」
二喜は、様々な感情が宿る千景の瞳を見ながら、続ける。
「それどころか、君たちが大変な苦労を……それこそ命すら危うくなるような苦労をかけた末に保っている平和を、何の見返りもなしに受け取っている、そんなクズ野郎の一人だ、僕は」
「だったら……ッ!」
「だからこそ! 文句は先に僕に言え!」
「は……?」
「そりゃ、何があるかわからない危険な戦いなんだ、一緒に戦っている仲間にだって言いたいことはあるだろうさ。だけど、全部を否定してやるな。それをやるなら、せめて僕からにしろ」
千景は、意味が分からないといったような表情だ。しかし、構わず二喜は続ける。
「今回、若葉が何をやらかしたのかは知らない、だけど、少なくとも今までのバーテックスとの戦いで、ただ足を引っ張っていたというわけじゃないんだろ? だったら、君たちに対して何の役にも立てていないくせに、恩恵だけはいっちょ前に貰っている、僕のような人間を先に否定しろ!」
仕舞いには息を切らせて二喜は言った。
上手くまとめられなかったが、勢いのままに出し切った。
争いを止めなければと必死だったのもあるし、何もしていない自分よりも、命を懸けて戦っている若葉が責められている状況が嫌だったのもある。
「……あなた、何言ってるの? 意味不明だし、気持ち悪いわ」
「そうだね」
自分でもそう思う。
「あなたを否定したところで、何も変わらないわ。くだらない……」
「そうかもね、だけど、若葉の全部を否定したところで、それは同じだ」
「……」
千景は押し黙った。
「こんなふうにみんなで喧嘩して……一番悲しむのはいったい誰なんでしょうね……?」
ひなたのその言葉を最後に、特別治療室前は静寂に包まれた。
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次回「星空を睨む」
お楽しみに!