もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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十六話:一歩

 ひなたが帰ってから少しして、入れ替わるように大社職員が二喜の病室にやって来た。

 

「上里ひなた様はずいぶん橋渡さんのことを信頼なさっているようですね」

 

「なんですか、急に」

 

「諏訪の真実など、かなり踏み込んだ話もしていたようですから」

 

「なんで知って……ああそういえば聞いてるんでしたね」

 

 確か少し前に、この病室での会話はこの大社職員にも聞こえるようになっていると言っていた。

 

 今まであまり意識することはなかったが、こうしてひなたとの会話内容について当たり前のように知られていると、それを実感する。

 

「それにしても、大社もなかなか大きな嘘をつくじゃないですか。あれだけ諏訪の存在をアピールしておいて、実際は既に音信不通だなんて。僕もすっかり騙されていましたよ」

 

 やや抗議の意図を込めて言う二喜だが、対するは表情を一切変えることなく返答する。

 

「それについては申し訳なく思います」

 

 大社職員はまず一言謝ったのちに、続けた。

 

「しかし、バーテックスの襲撃が本格的に始まってしまった以上、いくら勇者が勝利したといっても、不安が残る市民は少なくない」

 

 確かに、襲撃が続く限りは不安だろう。

 

「不安は人々の精神を蝕み、不和を生みます。そのちょっとした不和が集団に与える影響は、橋渡さんも最近目の当たりにしたでしょう?」

 

 つい先日まで、勇者たちの周囲を取り巻いていた険悪な空気。あれは友奈の重傷に端を発する不和が原因だ。

 幸いなことに今は解決したとはいえ、一時は勇者同士の争いに発展しかけた。

 

「もしあんな事が四国中で起こったら暴動になりかねない。そうなれば、たとえ勇者様たちが敵を退けてくれても四国は崩壊してしまう」

 

「そうならないために、より多くの希望となるものが必要だったと?」

 

「はい。先ほど上里ひなた様もおっしゃっていましたが、自分たち以外にも誰かが生き残っているという情報は、人にとってかなり心の支えになる。だから、既に通信が途絶えている事を伏せた上で、諏訪との通信記録を公開しました」

 

「……」

 

 確かに、諏訪の真実は公表するわけにはいかない。

 大社の言い分は理解できた。

 しかし、納得できるかと言えば微妙なところだ。

 

「それって、真実がバレたらおしまいじゃないですか。大社への信頼が修復不可能なレベルで落ちて、それこそ暴動になりますよ」

 

「ええ、ですから外に漏らすわけにはいきません」

 

 そうは言っても、人の口に戸は立てられないと言うし、いつかバレてしまうのではないか。

 

「それは、だいぶ危ない橋を渡っていませんか……? それなら、最初から諏訪のことは言わずに、何か別のことで心の支えを作ってあげた方がリスクも少なかったんじゃ……」

 

「……今考えれば、そうかもしれませんね」

 

「え?」

 

 意外だった。何か理由があってのことかと思っていた。

 

「この件では大社でも、もっといい方法があったんじゃないかという声が出ています」

 

 少し声のトーンを落としながら、大社職員は語る。

 

「しかし、すでに今の内容で公表してしまった以上、もうそれを貫くしかない。今できるのは、通信は途切れたものの諏訪の人々がまだ生きていて、大社の発表が嘘にならない事を祈るくらいです。いずれ勇者様に確認してきてもらう事になると思いますが」

 

 後からやっぱり嘘でしたと発表すれば、バレたとき同様、暴動になりかねない。

 

「それで、勇者が確かめに行った結果、諏訪が滅んでいたら?」

 

「嘘を重ねる事になると、私は予想します」

 

「……」

 

 間を置かずにそう答える大社職員に、二喜はもう何も言えなかった。

 

「愚かすぎて情けない、と思いましたか?」

 

「そんなことは……」

 

 嘘だ。少し思った。

 

「いいんですよ、事実です。私はもう三年も大社にいますが、この組織の力不足を感じなかった日はありません」

 

 目を伏せながらそう述べる大社職員の表情には、どこか申し訳なさを含んだ感情が映っていた。

 基本的に無表情のこの職員にしてはとても珍しいことだと、二喜は思った。

 

「諏訪の件で民衆を騙したのも、大社に力がないことが原因です。暴動が起きれば、大社はそれを抑えられない。だからそれが起こらないように民衆から不安を取り除こうと焦り、その場しのぎにしかならない嘘をついた」

 

「……」

 

「大社は、生き残った人類をまとめ、バーテックスという脅威に対抗するにしては、非常に頼りない組織と言わざるを得ません」

 

 大社職員は、自らが所属し、現状間違いなく四国で最も力を持っているはずの大社という組織を、そう評した。

 

 そしてそれは、二喜にも心当たりがあることだ。

 思い返してみれば、大社はバーテックスとの戦いにおいて、効果的な手段を打てているとは言い難い。

 

 戦闘は基本的に勇者たちに任せきり。

 その勇者たちへのサポートも、勇者システムという装備の強化は最低限行えているものの、先日の勇者内で起こった不和に干渉できていなかったことを考えるに、十全には程遠い。

 

 さらに四国内の統治という面でも、危ない綱渡りをしなければいけない始末だ。

 情けないと評するのも無理がない体たらくぶりだった。

 

 しかし、考えてみれば当然なのである。

 だって、ここにいる職員含め、大社に所属する面々は、もとはただの神職関係者でしかないのだから。

 

 神社を運営していた、あるいはそこで働いていただけの、一般人だ。

 神樹という神の力を運用するにあたり、それに関する知識を持っているのが神職関係者しかいなかったから、彼らがまとめ役になる以外に道がなかったというだけの話。

 

 外敵との戦争に関するノウハウがない人間に、まともな指示が出せるはずもない。

 

 それでも、そんな素人集団に頼らざる得ないのが現存人類の置かれた状況というだけ。

 

「……想像以上に、人類は今窮地ってわけですかね」

 

「はい、大社に代わって、もっとちゃんとした組織が指示を出してくれれば、それがいいんでしょうが……そう都合よくいきません。今は、とにかく自分たちにできることをするしかないのです」

 

「自分にできることを……ね」

 

 もとより二喜には大社にどうこう言う資格などない。

 まだ、何もできていない二喜には。

 

「ま、じゃあ僕もせいぜい自分にできることをやるとしますか。ちょっと付き合ってもらっていいですか?」

 

「それはかまいませんが、いったい何を?」

 

「空に慣れる訓練ですよ。一人でやるなって、あなた言ってたでしょ」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 二喜に付き添いを求められた大社職員は承諾する。

 

「それとたぶんこれから数日、相当な頻度で付き合ってもらうことになると思うんですが、いいですかね」

 

「相当な頻度? なぜ、急に……」

 

「数か月も待っていられなくなりましたので。少なくとも、友奈が退院する前に結果を出します」

 

「数か月? 退院前……? 何を……あ、まさか……」

 

 二喜が何を話しているかわからなかった大社職員だったが、すぐに二喜の意図に気付いて二喜を見つめる。

 

 二喜も、その視線から目をそらさず、まっすぐ見つめ返した。

 

 二人が視線を合わせること数秒、やがて諦めるように大社職員は肩をすくめた。

 

「……無茶が過ぎると判断して私が止めたら、素直にやめること。それを守るのが条件です」

 

「わかりました、それは守ります。……それじゃあ近くで見ていてくださいね、僕は、あいつらのためならどこまでだって頑張れるってことを」

 

 二喜はそう言って、カーテンを開いて窓に手をかけた。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 その日、ひなたを含めた勇者たちは、病院に呼ばれていた。

 

「ここで待っているように言われたが……何の用なのか聞いている者はいるか?」

 

 病院に入ってすぐのロビーに集まったものの、用件を聞いていない若葉は他の者たちに質問する。

 

「いーや、タマたちも聞いてない」

 

「はい。タマっち先輩や私にも、用件は伝達されていません」

 

 球子と杏がそう答えると、他の者たちも、言外に自分もだと頷いた。

 

「それにしても、まだお昼なのに誰もいませんね……」

 

 普通なら他の患者や病院スタッフがいるはずだ、とひなたが指摘する。

 

「……どうせ病院なら、高嶋さんのお見舞いに行きたいわ」

 

 千景がやや退屈そうにそう呟くと、少し遠くの廊下から声が響く。

 

「おーい、みんなー」

 

「た、高嶋さん!?」

 

 患者衣をまといながら手を振ってやってきたのは、まだ入院中の友奈だ。

 

「友奈さん、病室にいなくて大丈夫なんですか?」

 

「うん、もう普通に動く分にはへっちゃらだよ、心配ありがとうねアンちゃん。私もここに来るよう言われたから来たの」

 

「そうだったのか、用件は聞いているか? 私たちは知らなくてな」

 

「私も詳しいことまでは……でも、たぶん呼んだのは二喜くんだよ」

 

「二喜が? そういえば、この前何か見せると言っていたな」

 

「うん、最近、担当の大社職員さんと何かやっているようだったし」

 

「ああ、なるほど」

 

 友奈の言葉を聞いて若葉は納得し、二喜から話を聞いていない者たちも、そういうことなら時間まで待つか、と長椅子に腰掛けた。

 

 ただ一人、ひなたが何やら驚いたような雰囲気を醸し出していた。

 

「あれからまだ一週間しか……こんなに早く……?」

 

「どうした、ひなた」

 

「ああ、いえ、なんでもありません。見せてくれるって、何をでしょうね、若葉ちゃん」

 

 何か呟いていたひなたに若葉が声をかけたが、ひなたはとっさに誤魔化した。

 

「お、二喜が来たぞ」

 

 球子がそう言って指を差したほうに視線が集まる。

 そこには大社職員に手を貸してもらいながらも、松葉杖なしで歩く二喜の姿があった。

 

「悪いね、皆のほうが早く来るとは思っていなかった、待たせちゃったかな」

 

「いや、それはいい。それより二喜、杖無しで歩けるようになったのか」

 

「あ、もしかして私たちに見せたいものってそれのことだったり?」

 

「あーなるほど、確かに考えてみりゃ凄いことだな、胸を張りタマえ、お前の努力の成果はこの目でしかと見たぞ!」

 

「はは……まあ、それも間違っちゃいないんだけど、今日見せようとしたのは別のものだよ」

 

 みんな杖無しで歩く二喜の姿だけでも十分驚いていたが、二喜は首を横に振る。

 

「そうなんですか、じゃあ何を……?」

 

 杏の質問に、二喜はこう答えた。

 

「強いて言うなら、君たちの守ってくれた平和の成果、かな。やること自体は当たり前で、何の凄味もないことだけど」

 

「……っ! やっぱり……」

 

 二喜のその答えを聞いて、今度はひなたが反応した。

 ひなた自身の予想が当たっていたと確信したのだろう。

 

「あの、二喜さん……無理はしなくても……」

 

「無理じゃないよ」

 

「……っ」

 

「無理はしてない、大丈夫だひなた。だから、そこで見ていてくれ」

 

「わかり、ました」

 

 二喜にそう言われ、引き下がるひなた。

 

「……よく言いますよ、無茶も無理も散々したくせに。あなたに付き合っていたせいで私も寝不足です」

 

「うっ、それは申し訳ないですけど、みんなの前で言わなくてもいいでしょう……」

 

 ひなたに言った言葉に、大社職員がツッコんだ。

 やや呆れ顔だ。

 

「そんなくだらない強がりは必要ないでしょうに、行動で示すんでしょう?」

 

「そうですね、じゃあ、ここからはひとりで歩きます。自分の力で見せたいから……」

 

 二喜は大社職員から離れ、一人で歩く。

 まだ、たどたどしい足取りだが、一歩一歩踏みしめるようにして歩いた。

 

「二喜は私たちに何を見せようとしているんだ……? さっきのやり取りを見るに、ひなたは知っているのか? 私にはまだわからないが……」

 

「そうか? タマにはだいたい分かったぞ……二喜のやつ、マジか……」

 

「球子にはわかったのか……」

 

 若葉が周囲を見渡すと、他の者も二喜の姿を真剣に見つめている。

 どうやら自分以外は気づいているようだ。

 

 まあ見ていれば自分にもわかるか、と二喜へ視線を戻す若葉。

 すると、二喜の歩いている方向に、外への扉があることに気付いた。

 

「いけない、二喜っ! そっちは──」

 

 天恐の入院患者に外は厳禁、天災以来染みついたその常識ゆえ、反射的に二喜へ手を伸ばしてしまう若葉。

 しかし、その手を誰かが掴んで、若葉の動きを止めた。

 

「千景!?」

 

「ダメよ、乃木さん」

 

「しかし……」

 

「橋渡君が見せようとしているものがあれなら、私たちはここで見ていてあげるべきだわ」

 

「ッ!」

 

 その言葉を受けて、若葉はもう一度二喜の姿を見る。

 

 よたよたと、頼りない足取りだ。

 しかし、そこには確かな意思がこもっていた。

 

「そう、だな……」

 

 若葉は伸ばした手を引っ込める。

 それを確認して、千景も掴んでいた手を放した。

 

 皆が見守る中、病院の自動ドアが開く。

 あと一歩で、そこはもう外。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 心臓が、体中の血管を揺らす。

 たったの一歩が、なかなか踏み出せない。

 

「はぁ、はぁ、はっ、はぁ……」

 

 さっきひなたには大丈夫だなんて言ったけれど、実際はそうではなさそうだ。

 身体が芯から震えているのがわかる。

 

『生きて──』

 

「──ッ!」

 

 久しく聞いていなかった、母の声の幻聴まで聞こえてきた。

 幻聴が聞こえるほどに症状が悪化しかけているということか。

 

 いや、違う。

 

 実際に母の最期の声を聞いた場所が、確かプラネタリウムの出入り口だった。

 今二喜がいる場所も、病院の、ちょうど出入口。

 だから思い出しているのだ。

 

 あのとき母は、二喜を建物の中へ入れるために背中を押した。

 だからきっと、この幻聴もまた、二喜の背を押している。

 

 今度は建物から出ようとしている二喜の背中を、文字通り押してくれている。

 

「う、ぉぉおおおおお!」

 

 過去のトラウマにすら背中を押され、二喜は叫ぶ。

 

 叫びながら、一歩、また一歩と地面を蹴った。

 やがて、身体は扉を超え、病院の(ひさし)も超え、照り付ける日光の下へと躍り出た。

 

 あっと声を上げる病院内の皆へ、二喜は力いっぱい振り向いた。

 

「どうだ、勇者たち! 僕は、ここまで治ったぞ!」

 

 足の震えを押し殺し、背筋を無理やりにでもピンと立てて、言ってやった。

 

「これも、君たちのおかげだ。君たちが僕に会いに来てくれたおかげだ! いや、それ以前に、僕が頑張れたのは、君たちが戦って、こうして平和な四国を守ってきてくれたからだ!」

 

 まっすぐに、勇者たちを見る。

 皆、二喜の言葉に耳を傾けている。

 

「僕はこのままもっとよくなって、いつか、今度は僕が君たちを助けられるように……どんな方法であれ、支えていけるようにまでなってやる! だから……っ」

 

 戦いを控える勇者たちに、今、してやれること。

 

「君たちも、頑張って、バーテックスの総攻撃なんて、蹴散らしちまえ! 君たちならできる! だって、君たちは、凄いやつだから……僕をここまで引っ張ってこれるくらい、凄いやつだから!」 

 

 二喜には、これくらいしか思いつかなかった。

 勇者たちが守ってくれたおかげで得られた結果と、未来への希望を見せる。

 

 二喜が見せることのできる結果も希望も、大したものではない。

 だがこれが、自分が友達にしてやれる精一杯だ。

 何もしないよりは、はるかにマシであろう、精一杯。

 

 そして、それは確かに勇者たちに届いた。

 

「任せろ、もうこの前のような過ちは起こさない。必ず全員無事で勝ってきてみせるさ!」

 

「私も、今度はこんな大怪我しない! バーテックスをやっつけて、みんなを守ってみせる!」

 

「二喜の言う通り、タマたちは凄いんだ、だから絶対、あんな奴らに負けはしない。安心しタマえ!」

 

「私だって、今度こそ二喜さんにアドバイスしてもらったように、自分の知識を活かしてみせます!」

 

「あなたに言われるまでもない……あんな奴ら鏖殺してやるわ……!」

 

「二喜さん、こんなに頑張ってくださるなんて……本当に、本当に感謝します……っ!」

 

 勇者たちは皆、口々にそう言うと、二喜のもとへ駆け寄った。

 その様子を、大社職員がいつも通りの無表情で、しかしどこか穏やかな雰囲気を纏いながら見守っている。

 

 かくして、二喜は勇者たちを支えるために、自ら彼女たちに一歩踏み込んだ。

 

 小さく、頼りない一歩だが、確かな意味のある一歩だった。

 




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