二喜が三年ぶりに外に立ち、勇者たちを励ました後のこと。
あの日の翌日から、二喜は体調を崩して何日か寝込んでしまった。
といっても、天恐が悪化しただとか、別の病気にかかったとかいうわけではない。
単純に疲労が原因だろうというのが医者の診断だ。
ここ数日、早く外へ出ようと少々無茶をしたので、それが祟ってしまったのだろう。
そんなわけでしばらく休んでいたのだが、その間にバーテックスの総攻撃が始まることはなかった。
二喜の体調が治り、再び病院内を歩き回れるようになった後も、世界は何も変わっていない。
ひとまず、ほっとした。
勇者とバーテックスの戦いは二喜のあずかり知らぬところで起こり、認識できない時間の中で終わる。
そう聞いた。
だから、自分が寝込んでいる間にみんな死んでいる、という可能性だってゼロとは言い切れない。
二喜は勇者たちが絶対勝つと信頼しているが、それでも心配なものは心配なのだ。
そんな二喜のもとに、客が訪れる。
「よう二喜、タマとあんずが来たぞ」
「お邪魔します、二喜さん」
「ああ、いらっしゃい」
来訪者は球子と杏の二人だ。
病室に入ってきた二人は、二喜の様子がいつも通りであるのを確認すると、少し安心したようにため息をついた。
「どうやら身体は問題ないようだな、タマ達が帰った後、病院で倒れたって聞いてぶっタマげたぞ」
「いやあ、心配かけたみたいでごめん。まあ、ただの疲労からくる体調不良だろうって言われたし、今はもうご覧の通り問題ないから安心して」
「疲労……あの日、外に出るためにいろいろ無理をしたと聞きました。私たちを励ますためにやってくれたことは嬉しいですし、感動もしましたが、無茶は駄目ですよ?」
「いやホントごめん。でも、どうしても総攻撃が始まる前に見せたかったんだ、僕のあの姿を。まあ、実際には今もまだ総攻撃は始まっていないんだから、急ぎすぎた面はあったかもだけど」
しかしそれは結果論だ。いつ総攻撃が始まるかなんてわからなかったんだから。
後で倒れるほど無理をしたことに後悔はない。
「まあ無事みたいで安心しました」
「そうだな。それに、お前の思いは確かに届いたぞ、二喜。お前の言う通り、総攻撃なんて蹴散らしてやるさ、心配すんな」
「球子……」
「そうですね、二喜さんの思いは伝わりました……ああ、そう言えば、二喜さんに謝らなくてはならないことがありました」
「謝らなきゃいけないこと?」
二喜の方には杏に謝罪されるようなことの心当たりはない。
「せっかく以前二喜さんにアドバイスしていただいたのに、この間の戦いでは私が頭に入れた知識を役立てることができませんでした」
そういえば二か月ほど前、「戦闘で他の勇者に劣る自分は、皆の足を引っ張っているんじゃないか」と悩む杏に、戦いの本でも読んでみてはどうかと勧めたのだった。
「本を読んで得た知識と、今までのバーテックスとの戦いをもとに作戦を立てたりもしました。でも、前回の襲撃ではそれを皆さんに言うことが出来なかったんです」
杏の声には並々ならぬ悔しさが滲んでいる。
「温泉旅館に泊まった日のちょっとした遊びをした時は、立てた作戦に沿って指示を出すことができたんですけど……いざ実戦になった時は、もし失敗したらって思って、言い出すことすら出来ませんでした」
──だけど、と杏は続ける。
「次はそうはなりません。私の持ち得る知識を全て活用して、必ず勝って来ます」
あの杏が、いつもどこか自信なさげだった杏が、二喜の目を真っ直ぐ見て、胸を張ってそう宣言した。
その瞳には、一点の悩みも映っておらず、確かな自信が宿っていた。
「私が今日来たのは、これを言うためです」
話し終わった杏は、なおも堂々としており、とてもカッコよく見えた。
「どうだ二喜、あんずもなかなか言うようになっただろう!」
「なんでタマっち先輩が得意げなの?」
「でも、球子の言う通りだ、めちゃめちゃカッコよくなったな、杏。頼りにしてるぞ、勇者様」
二喜は思いのままに杏を称えた。
「そんな二喜さんまで……でも、そうですね、任せてください。若葉さんに相談されて、一緒に作戦も練りましたから」
「若葉が?」
そうか、若葉が自分から杏に相談を持ち掛けたのか。
自分から人を頼れるようになったようでなによりだ。
二喜が若葉の成長に喜んでいると、病室の扉が再び開いた。
「千景さん?」
いち早く気付いた杏がその名を口にしたように、入ってきたのは千景だった。
「土居さんに伊予島さん……他にも来ている人がいたのね……だったら、出直すわ」
千景は病室に入って球子と杏の姿を確認すると、すぐに踵を返した。
その様子を見て、杏は慌てて千景を止める。
「あのっ、私たちの用はもう終わりましたから、千景さんどうぞっ!」
「私も別に急ぎの用ではないから……」
「いえいえ、私はこの後タマっち先輩と予定があるので……ささ、中へ」
無理に急ぐ必要はないと言う千景を、病室の中へ誘導する杏。
千景は困惑しながらも、仕方なく中へ入った。
「予定? タマはそんなの聞いてないぞ」
「いいから! あ、そうだ二喜さん」
椅子に座りながら首をかしげる球子を無理やり立たせながら、杏は二喜の傍へ寄って耳打ちした。
「頑張ってくださいね」
「……?」
なぜ、急に応援を……?
杏が何を言いたいのか、二喜にはよくわからなかった。
「じゃあ、私たちはこれで……ほら、タマっち先輩、行くよ」
「おいあんず、タマはもう少し……おーい、あんず~~」
頭の上を疑問符でいっぱいにしながら叫ぶ球子を引っ張って、杏は病室の外へ出て行った。
「なんだったんだ、杏のやつ……」
「さあ? ……伊予島さんは普段おとなしいのだけど、たまに暴走するのよね……」
困惑が抜けないままため息をこぼす千景に、二喜はひとまず話しかけた。
「まあいいか、とにかく、いらっしゃい千景。見舞いに来てくれたのか? 嬉しいよ、ありがとう」
「別に……高嶋さんのところに行ったついでよ」
ふいっと顔を背けながらそう答える千景。
千景が自分から二喜の病室に来るのは決まって何かのついでだ。
しかし、ついでであっても自分から来てくれるのは嬉しかった。
「友奈のところへ行っていたのか。そういえば、同じフロアに入院しているのに、寝込んでいたせいで何日か友奈に会ってないな。友奈の様子はどうだった?」
「すっかり良くなっていたわ。明日、退院だそうよ」
「そうなの? 知らなかったな」
「今日出た検査結果で決まったそうだから。私以外にはまだ伝えていないって言っていたわね」
一番最初に友奈の退院を知ることができたからか、千景はどこか上機嫌だ。
前々から思っていたことだが、千景はどうやら友奈のことが好きらしい。
その「好き」がどういう「好き」なのかはともかく、一番大切な人であるのは間違いなさそうだ。
逆に友奈のほうも千景を相当気にかけているようだが。
「ああでも、ついさっき乃木さんが高嶋さんの病室に入っていくのが見えたから、今頃乃木さんも聞いているでしょうね」
「若葉も……そういえば、話は変わるけど若葉とは仲直りできたみたいだね」
若葉と最も険悪な雰囲気になっていたのは千景だ。
でも、もうその雰囲気は感じない。
「仲直りっていうか……まあ、もう許したわ……私にも言い過ぎたところがあったし、あの子も変わろうとしているっていうのがわかったから……」
「何かあったの?」
「別に……一緒にゲームをしただけよ」
「ゲーム……若葉が?」
「ええ、私も意外に思ったのだけれど、暇つぶしにやるくらいはするみたいよ。それで、一人でクリアできなくなったから私を頼ったそうよ……まあ少しは丸くなったのかしらね」
やはり若葉は些細なことでも仲間を頼れるようになったらしい。
それにしても丸くなった、か。一触即発状態だった千景が言うのだからそうなのだろう。
いいことだと、二喜も思った。
「そういえば……あなた、この間はなんであんなことをしたの……?」
「あんなこと?」
「天恐のくせに外に出て、応援? みたいなことして……」
「ああ、あれのこと……まああれは何というか、君たちの支えになりたかったんだよ。どうにかして」
「あなたから見て、私たちはそんなに頼りないってこと……?」
少しムッとした表情で千景が言う。
「違うよ、君たちのことは頼りにしてる。もちろん君のことも信頼しているよ、千景。だって、僕たちは“仲のいい友達”だろう?」
「まだ言ってるのね、それ……」
千景はやや呆れ気味にため息をついたが、構わず二喜は続ける。
「でも、どんなに信頼していたって心配なものは心配なんだ。そういうもんだよ、友達って」
二喜の言葉を聞いていた千景は、少し考えるような仕草をした後、こう告げた。
「前にも言ったけど、私は友達とか、信頼とか、よくわからないわ……でも、私はあんな奴らには負けない。だから……あなたは無理しないで、ここで待っていればいい……」
「え……」
「それだけよ。……柄にもないこと言ったわね。失礼するわ」
「あ、おいっ、千景……ッ」
千景は話し終わると、顔を背けて足早に病室から去って行った。
呼び止めても止まってくれなかったのは、本人も言っていたように柄にもないことを話して恥ずかしかったからか。
「まったく、千景のやつ……球子も杏も、そんなことを言うためだけに、わざわざ来てくれたのか……」
三人とも、言い方はそれぞれだったが、共通して二喜の思いがちゃんと自分たちに届いていることを伝えてくれた。
ただそれだけのために、病室へ訪れてくれたのが、二喜にとっては何より嬉しかった。
「ああ……そういえば、友奈が退院するって話だったな……」
ふと、先ほどの千景との会話を思い出した。
「一度様子を見に行ってみるか……」
二喜はベッドから出て、友奈の病室へと足を運ぶ。
「若葉が入っていくのを見たって言っていたよな……」
しかし、友奈の病室の扉の前に立っても、話し声は聞こえてこなかった。
何か込み入った話をしているようであれば、終わってからにしようと思ったのだが、どうやらそういうわけではないようだ。
というより、もしかしたらもう若葉は出て行った後なのかもしれない。
「友奈、二喜だ、いるか?」
二喜は扉をノックして問いかける。
「あ、二喜くん? 入っていいよー、でも静かにね」
いつもの元気いっぱいの声ではなく、少し声の大きさを落とした声で友奈の返事が来た。
言われた通り、二喜はあまり音をたてないように病室へ入る。
すると視界に入ってきたのは、予想だにしていない光景だった。
「若葉もいたのか……ていうか、何してんの」
目に映ったのは、ベッドに座る友奈と、その友奈に膝枕されながらベッドに横になる若葉の姿だった。
「えへへ、耳かきしてあげてたら、寝ちゃった」
「いや、そもそもなんで耳かきしてあげることになるのさ……」
「いろいろあって……でも、起こさないであげてね?」
「……まあいいけどさ」
ひなたや千景がみたら嫉妬しそうな光景だな、と想像してぞっとしながらも、同時に安心しきって寝ている若葉を見ると微笑ましくもある。
よほど耳かきが気持ちよかったのだろうか……?
まあいい。今はそっとしておいてやろう。
「聞いたよ、明日退院だってな」
「え、誰から聞いたの? もしかしてぐんちゃん?」
二喜は頷いた。
それにしても、あれほどの怪我をしたのにもう退院なのかと思っていたが、友奈の身体にはすでに傷は残っていないようだ。
「前も言ったけど、勇者の回復速度には改めて驚かされるな」
「ああ、傷のこと? もうすっかりピンピンしてるよ。あとは鈍った身体を元に戻して、バーテックスをしっかりやっつけてくるからね!」
ビシッと拳を突き出しながら友奈は笑顔を向ける。
二喜に、心配しなくて大丈夫、と示すためか。
「ん……むにゃ……あれ」
「「あ」」
しかし、友奈が動いたことで若葉の目が覚めてしまったようだ。
「あれ……私は寝てしまったのか……って二喜!? なぜここに……っこれは、違う、忘れてくれ!」
「っぷ、あはははは!」
必死に言い訳を探す若葉を見て、ああなるほど、確かに変わったな、と二喜は思った。
これならきっと大丈夫だ。
笑いながら、そう安心する二喜だった。
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「と、まあそういうことがあったんだよ」
「むむむ……若葉ちゃんが私以外の人に膝枕を……くぅ~、複雑ですが、その姿はぜひ見たかった……! なぜ写真に収めてくれなかったんですか、二喜さん!」
「だって僕、カメラはおろか、スマホすら持ってないし……」
「あー、そうでした……」
友奈が退院してからさらに日にちが経過したある日、ひなたと談笑していたときに、急にそれは来た。
総攻撃の神託があってから、半月ほどが過ぎた日だった。
「……う」
「ひなた……? どうした」
話していたひなたが、急に頭を抱えたかと思うと、うずくまってしまった。
「おい、ひなた……ひなたっ、大丈夫か!?」
呼吸も荒くなり、顔色も悪くなってきたひなたが心配で、声をかける二喜。
誰か呼ばなくては、と自分のナースコールのボタンを押そうとしたそのときだった。
「だ、大丈夫、です」
ボタンを掴む二喜の手を、そっと抑え、ひなたがゆっくり立ち上がった。
「大丈夫って……ひなた、いったいどうしたんだ」
「神託が、ありました……」
「神託? 今のが……」
呼吸を整えながらひなたが言った説明を聞いて、二喜は驚いた。
神託とは、こんなにいきなり来るものだったのか。
「それより、総攻撃が来るのは今日です。もう間もなく始まる……っ」
「なんだって……!」
「私は、皆さんにこれを伝えなくては……すいませんが二喜さん、これで失礼します」
そう言って、ひなたは駆け出して行ってしまった。
当然、止めることなどできるはずもなく、二喜は黙って見送った。
「バーテックスの、総攻撃……」
急に来ることは知っていたが、まさか、このような形で知ることになるとは。
「なにか、役に立てることは……」
そんなものはない。
「くそっ!」
わかっていたことだ。始まってしまえば、二喜にできる手助けなど、何もない。
だから始まる前に、自分にできることをしたのだから。
「頼む、頼む……! どうか、みんな無事で……っ」
だから、二喜は祈った。
なにもできることの無くなった二喜にやれる唯一にして最後のこと。
それは祈ること。
勇者たちの勝利を、無事を、祈ることしか二喜にはできない。
だからこそ、二喜は祈った、祈り続けた。
何か知らせが来るその瞬間まで、ずっと。
どれだけの時間が経っただろう……。
少なくとも、ひなたが飛び出してから数時間が経過していた。
あの後、ひなたは勇者たちに神託を届けられたのだろうか。
ちゃんと情報が伝えられたとして、総攻撃はもう始まっているのか。
ひなたの神託では、今日だと言っていた。
間もなくというのがどの程度の時間なのかわからないが、今日はまだ終わっていない。
もしかしたらまだ総攻撃は始まっていないかもしれない。
始まっているのなら、今、勇者たちは戦っているのか。
いや、二喜たち一般人には勇者とバーテックスの戦っている時間は認識できないはずだから、もし戦闘が始まったのだとすれば、二喜たちの感覚では次の瞬間にはもう終わっているということになる。
であれば、もう勇者たちは戦闘を終え、戻って来ているのか。
あるいは、彼女たちは敗北し、また四国でバーテックスによる蹂躙が始まるのか。
様々な考えが頭をよぎるが、それでも二喜は祈るのをやめなかった。
今も、両手を合わせて顔の前で握りしめ、祈り続けている。
「どうか、どうかお願いします……神様、神樹様、彼女たちを守って……っ」
勇者たち一人一人の顔を思い浮かべ、その彼女たちが無事で帰ってくることを、ひたすら願い続けた。
そして、陽も傾きかけてきた頃、コンコン、と病室の扉を叩く音が聞こえてきた。
「橋渡さん、私です」
大社職員の声だ。
その声がした瞬間、二喜は大きな声で問いかける。
「バーテックスの総攻撃はどうなったんですか!? 勇者たちは、彼女たちは無事ですか!?」
二喜のその問いに対して、大社職員の平坦な声が返ってくる。
「その件について、橋渡さんにお伝えしなければならないことがあります……とにかく、入ってもよろしいですか?」
「……どうぞ」
そのもったいぶったような言い方に、少し嫌な予感がした。
まさか、勇者たちが負けたのか……?
いや、だとしたらそれはもっと逼迫すべき危機的状況だ。だが焦っているような声ではない。
ならば、勝利はしたものの、また以前のように大怪我、あるいは死者を出してしまったのか……?
そんな恐怖を感じつつ、扉が開かれるのを二喜は待った。
そして、扉がすべて開ききったとき、二喜の心からは恐怖はきれいさっぱりなくなった。
「ああ……」
二喜の頬を涙が伝う。
しかし、その表情は笑顔だ。
「みんな……っ」
扉の先には、勇者たちが全員そろって立っていた。
身体のあちこちに傷はついているものの、前回の友奈のような大怪我はない。
皆、笑みを浮かべていた。
「みんな! よかった、本当に……心配したんだぞ!」
二喜は飛び降りるようにベッドから離れ、勇者たちの元へ駆け寄った。
かくして、四国の勇者たちはバーテックスの総攻撃……後世では「丸亀城の戦い」と呼ばれることになる激戦に勝利し、全員生きて帰って来たのだった。
読んでいただきありがとうございます!
感想や評価もお待ちしております。
次回は番外編、二喜視点ではなく、勇者視点のお話です。
お楽しみに!