あの後、俺はひたすらに泣いた。泣いて、泣いて、ただ泣き続けた。
いつしか泣き疲れ眠り、起きたら銀の死を思い出してまた泣いた。
しかし、どれだけ涙を流そうとも、銀を
今朝はふらふらと支度をし、朝食も食べずに登校した。
両親が何か言っていた気がするが覚えていない。
学校に着いてからは、いろんな人に心配された。
「おい、夢継お前……大丈夫か? 顔、ヤバいぞ」
そう言ったのは友人の
「四舞くん……大丈夫? 保健室連れて行こうか?」
少々控えめながらも優しく声をかけたのは隣の席の
その他、クラスメイトや先生らも声をかけてきたが、当たり障りのない返事をしていたと思う。
学校が終わると、またふらふらと家に帰る。
そんなことを数日繰り返していたら、いつの間にか夏休みになっていた。
あれだけ楽しみにしていた夏休み。空も晴れ渡り、世の子どもたちは大はしゃぎだ。
しかし、俺の心は曇ったままだ。というより、完全に空っぽになってしまったかのようだった。
練りに練った夏休みの予定も全くの無駄となり、飯を食って風呂に入って寝る以外は、ただ一人自室でぼーっと座り込むだけの日々。
本を読むわけでも、ゲームをするわけでも、夏休みの宿題をするわけでもない。
エアコンも付けずに、ただ開いた窓から騒々しいセミの鳴き声と共に入ってくる風に当たるだけ。
ただそれだけの、空虚な時間を重ね続けた。
目に映る世界から、
三ノ輪銀という一人の少女が、自分にとってこれほどまでに大きな存在だったのだと、
ふと、窓の外の木にセミの抜け殻があるのが見えた。
中身を失い、すっからかんになってしまっている。
まるで、今の俺みたいだなと、少し思った。
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心の時間が止まっても、現実の時間は容赦なく流れ動く。
もう、銀が死んでから一か月が経過した。
俺は結局、今日までせっかくの夏休みを一歩も外に出ることなく過ごしていた。
今日だって、いつもと同じように自室にいたが、なんだか外の様子が普段より騒がしい。
(そうか、今日は夏祭りの日か……)
この辺では、一番規模の大きな祭りだ。数多くの屋台が並び、盛大な花火も上がる。
俺も、毎年必ず誰かしらと行って遊んでいた。──銀と一緒に行ったことも、当然ある。
「…………」
何となく、行ってみようという気になった。
たぶん、祭りの賑やかな雰囲気に、銀の面影を感じたからだと思う。
一か月ぶりに外に出る俺に両親は少しだけ驚いていたが、止めたりはしなかった。
むしろ「大事に使いなさい」と小遣いをくれた。
祭りの会場は、元気に走り回る子どもたちがいれば、集まって談笑する大人たちもいて、やはりというべきか、非常に大賑わいだった。
皆、今日という日を全力で楽しんでいる。
そんな雰囲気を肌で感じながら、俺は特に何をするわけでもなく独りふらふらと歩く。
学校の友人たちも来ているはずだが、会わなかった。
遭遇しても気まずくなるだけだろうから、運がよかったと思う。
適当に屋台の食べ物を買って、食べ歩いているうちにいつの間にか太陽は落ちていた。
「帰るか……」
久々に出歩いたからか、疲れが出てきたので、祭りの終了を待たずして帰ろうと思い立つ。
「ああ、でもそろそろ花火か」
疲れはしたが、俺も、ここまで来たらせっかくだし見ていくか、と昔見つけた花火の良く見える穴場に向かうことにした。
歩きながら、俺は考える。
そこそこ長い時間ここにいたが、俺は祭りを楽しめていたのか、気分転換ができたのか。
──自分でもよくわからない。自分で自分がわからないだなんて、初めてだ。
「っと、確かこの辺だったな」
考えているうちに目的の花火がよく見えるスポットに着いていた。
しかし、そこには見知った二人の人物の姿があった。
「あれは──」
鷲尾須美と乃木園子。
銀の仲間であり、親友だった女の子たち。
まだこちらには気付いておらず、
その姿を見て、俺の中に突然、怒りのようなものがこみ上げてきた。
(なんで……っ! そんなに笑っていられるんだ……死んだ銀のことは忘れて楽しそうに!)
そんな、湧いて出てきた感情のままに、二人に一言何か言ってやろうと近づく。
その時だった。
ドォォオオオン!
腹に響く、大迫力の音が空に炸裂した。同時に、祭りの会場が一気に沸き立った。
花火が始まったのだ。
俺は不意を突かれ驚き、とっさに木の影に隠れてしまった。
出鼻をくじかれ悔しく思ったが、なにやら二人の会話が聞こえてくる。
「ありがとう、これ」
そう言って、須美ちゃんが猫のようなキャラクターのストラップを見せる。
応じるように、園子ちゃんも同じようなストラップを二つ出した。
二人合わせて、三つある。
三つ……?
「ひとつは、ミノさんのぶんね!」
「うん!」
「──────っ!」
このとき、この言葉を聞いて、俺はどれはどの衝撃を受けたことだろう。
ところどころ聞き取れない部分はあったものの、二人の会話は続く。
「私……選ばれた勇者がわっしーとミノさんでよかった」
「三人だから頑張れたんだよ」
「二人の友達になれて、よかった……」
「うん、友達だよ、私たち3人は。これから何があっても、ずっと」
ああ、俺は────何をしているんだろう。
あの二人が銀のことを忘れる? そんなことあるわけがないじゃないか!
二人と銀は、親友
自分が恥ずかしくて情けなくて、許せない。
銀が死んでつらいのが、まさか自分だけだとでも思っていたのか。
彼女たちは親友の死を目の前で体験し、言葉では表せないほどの大きな悲しみを背負いながらも、それを堪えて命懸けの戦いを続けている。
世界を守るために。
そんな彼女たちに、俺は今何をしようとした?
花火の音が止めてくれなかったら、今頃彼女たちに汚い言葉を浴びせかけていたんじゃないのか。
自分はこの一か月、何もせずに引きこもっていただけなのに。
俺はとんだクソ野郎だ。
このままではダメだ。変わらなければ。
頭の中で考えがぐるぐると巡る。
俺にできること。俺のやるべきこと、やりたいこと。
考えていると、ちょうどあの二人が俺に気付いた。
「あの、夢継さん……ですよね」
「メグさんこんばんは~」
「あ、や、やあ、二人とも」
「メグさんもここで花火見てたの~?」
「ああ、そうなんだ。ここはよく見えるから」
彼女たちには謝らなくてはいけない。でも、いきなり謝罪しても彼女たちからすれば意味不明だろう。
どうしようかと黙っていたら、須美ちゃんがあることを提案してきた。
「あのっ! 夢継さん、せっかくですし、よかったらご一緒しませんか?」
「え……」
「うんうん、メグさんも私たちと一緒に花火のラストスパートを楽しもうよ~!」
一瞬、二人が俺を誘う理由がわからず、驚いたが、すぐにわかった。
二人は、俺を元気づけようとしているのだ。きっと察したのだろう、銀の死に、俺が参ってしまっていることを。
なんて子たちだろうか。自分たちだって、まだつらいだろうに。
「本当にありがとう、二人とも」
俺の口から自然と漏れた感謝の言葉は大きな花火の音にかき消された。
「え、メグさん何か言った?」
「いや、ぜひご一緒させてもらうよって言ったんだ」
せっかく勇気を出して誘ってくれたのだ。今はこの時間を楽しもう。
「それはよかったです、では、残りの花火を楽しみましょう」
この日二人と見た花火は、人生で一番綺麗で、迫力のある花火だった。
そして、それを見ているうちに、俺のやることも決まった。
(俺は────)
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「ただいま」
花火が終わると祭りも終わりを告げ、俺は須美ちゃんと園子ちゃんの二人と分かれて帰宅した。
「おかえりなさい……あら、夢継あなた──」
「少し、顔色が良くなったな」
俺の顔を見て、二人はどこか嬉しそうだ。
見てわかるほど、家を出たときに比べてマシな顔をしていたのだろう。
「母さん、父さん、いままで悪かった。心配も迷惑もたくさんかけてしまった」
当たり散らしてしまったことも含めて謝罪する。
「お前が謝ることなんて何もないさ」
「そうよ、夢継が悪いことなんてないわ」
「ありがとう、あと、二人に聞いてほしいことがあるんだ」
「聞いてほしいこと?」
言葉にするには勇気がいることだったが、俺はもう、変わると決めた。
自分の眼差しに確かな決心を込めて、改めて両親を向く。
「俺は……俺は、大赦に入る!」
俺は自分の両親にそう言い放った。
「ちょ……夢継、いきなり何を……将来の夢の話?」
「それも間違いじゃないよ母さん。でも、俺は出来るだけ早く大赦に入りたい、それこそ一日でも早く」
「どうしてそんな、急に……」
「夢継、もう少し詳しく話せ」
父さんも母さんも若干混乱気味だ。
無理もない、一か月引きこもっていた息子が夏祭りに行ったと思ったら、いきなりこんな話をするのだから。
「俺は……もう嫌なんだ、理由もわからず大切な人を失うのは」
俺の情けない告白を、両親は黙って聞いた。
「俺は銀にずっと守られていたのに、あいつに何もしてやれなかった……もう、あんな思いはしたくない」
「夢継……」
「だからせめて、あの子たちの力になりたいんだ」
「あの子たち? まさか勇者様たちのことか」
「知り合いだったの……?」
俺が銀以外の勇者とも知り合いだったことは言っていなかったので、両親は少し驚いていた。
「うん、だけど今のままじゃ俺にできることなんてほとんどない」
「それで、大赦……か」
「でも夢継、出来るだけ早くと言っても貴方はまだ中学生よ?」
「やっぱりどうにもならないかな……」
普通はそうだ。中学生でも働ける仕事なんてそうそうない。
ましてや大赦はより難しいだろう。
しかし、ここで父さんが口を開いた。
「正式な大赦職員でなくていいのなら、方法がないこともない」
「それでもいい、何かあるなら教えてくれ!」
「将来大赦に入ることを強く望む学生が、職業体験のような形で働ける制度がある。無論勇者様たちと直接関われるような仕事はやらせてくれないが、一応大赦内部にいるぶん、少しは情報も入ってくるし、将来大赦に入る際も有利になる」
「ちょっと待って、でもそれは普通大学生、早くても高校生が参加するものよ」
中学二年の俺にはまだ早すぎる、と母さんは言った。
「確かにそうだ。だが、中学生が参加してはいけないわけではない。一度だけだが前例もある。もちろん好奇の眼差しで見られることは避けられないだろうが」
「そのくらい構わない、参加するよ」
悩むまでもなかった。
あの子たちのいる世界、銀がいた世界に少しでも近づけるのなら、そんなことは問題にもならない。
「そこまで本気なのね……なら私から言うことはないわ」
俺の決意を知って、母さんも納得してくれた。
「じゃあ早速、明日にでも申し込むとしよう。おそらく夏休みが明ける頃には実際に働くことになる。あと、将来正式に大赦に入るなら、試験もあるから勉強もしっかりしておけよ」
「わかった、いろいろありがとう」
こうして、俺は勇者たちを支えるという、途方もない目標のための小さな一歩を踏み出した。
読んでいただきありがとうございます。
次回、序章4話「瀬戸大橋」
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