勇者たちがバーテックスの総攻撃を退け、全員無事で帰ってきた次の日。
結局、あれから勇者たちは全員2、3日入院する事になった。
みんな大怪我こそ負わなかったが、外傷はなくても身体のあちこちを痛めていたし、何より疲労も限界を超えていたからだ。
そんな中、二喜は友奈の病室を訪れていた。
「やあ、お見舞いに来たよ、勇者様」
「ありがとー……って、最近はなんかすっかりお見舞いされる側になっちゃったね私」
「今回はほんの数日でしょ」
「うん、そうみたい。今回の戦いはすっごく連携がとれてて戦いやすかったから、怪我も少なかったみたい。なんかね、みんなとの絆がぐーんと深まった感じがしたよ」
大袈裟なジェスチャーで今の勇者たちの絆を表現する友奈に思わず笑みがこぼれる。
「あはは、それはいいね」
「本当、よかったよ。ただ、私はアンちゃんに援護してもらったり、みんなに助けてもらってばかりだったから、次はもっと頑張らないとかな」
「そうか? 普段は友奈だってみんなを助けたりしてるんだから、いいじゃん別に」
「えー、私そんなことしてるかな?」
「してるさ、例えば……ほら、正月の演武のとき、友奈は出演しなかっただろ?」
正月に、大社から勇者たちに、民衆の前で勇者の力を見せてくれという一種の催しものの依頼があった。
そのとき、杏と友奈は不参加だった。
「うん、みんなの前で何かするのはちょっと恥ずかしくて……」
「それ、嘘でしょ」
「え……」
「友奈が不参加だった本当の理由は、杏が出演しないと言ったからじゃないか? だから、杏を“一人だけ不参加”にしないために自分も出ないことに決めた」
「……ッ」
二喜の発言に、友奈が息を飲む。
その反応で、二喜は自分の推測が正しかったことに確信を持った。
「やっぱりそうか」
「なんで、わかるの……?」
「んー、別に、ただの推測だよ。強いて言うなら……みんなの前で恥ずかしいからっていう理由が後付けっぽく思えたからかな。杏がそう思うのは納得できるけど、友奈ってそういうタイプじゃないでしょ」
実際、友奈は皆の前で何かをすることに苦手意識を持っているという感じはない。
きっと、杏を含め、全員が演武に対して前向きであったら友奈は喜んで参加していただろう。
「そっか……二喜くんはわかっちゃうんだね……でも、私は別にアンちゃんを助けた、なんて大層なことはしてないよ。私がただ、誰かが一人でいるのを見たくなかっただけだよ」
「仮にそうだとしても、杏からしてみればありがたかったと思うぞ。一人じゃないっていうのはそれだけで心が楽だからね」
「そうかな……」
「そうだよ。だから、助けられてばかりなんて考えなくていいと思う。友奈は十分すぎるくらいに頑張ってるよ。むしろ、もっと自分を大切にして欲しいくらいだよ」
勇者たちは立場もあってか、自分よりも他の人を助けようとする意識が強いように感じるが、友奈は他の勇者たちよりもそれが顕著だ。
「あはは、ありがと。二喜くんは優しいんだね」
「な、なんだよ急に……」
面と向かって優しいだなんて言われると恥ずかしい。
「じゃあ、他の勇者のお見舞いも行きたいから、僕はもう行くよ?」
「うん、来てくれてありがとうね」
恥ずかしさもあって、二喜は席を立つ。
そんな二喜を、友奈は手を振って見送ったのだった。
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友奈の病室を出た二喜は、そのまま杏の病室へと向かった。
ノックをして病室に入れてもらうと、そこには球子もいた。
「なんだ、球子も来ていたのか」
「なんだとはなんだ、タマはあんずが寂しそうにしてたらいつでも傍にいてやるんだ!」
「私は寂しそうになんてしてないよっ、タマっち先輩が暇だっただけでしょ、もう!」
冗談まじりに言う球子に対して、頬を膨らませながら怒る杏。
もはや見慣れたと言っていい光景だ。
「そういえば、改めてお礼を言わせてください、二喜さん。二喜さんのおかげで思いついた作戦で、総攻撃を勝利に収めることができました!」
「僕のおかげって……作戦考えたのは杏でしょ。ホント、凄いよ君は」
「そうだぞ、あんずは凄いだろ!」
杏が褒められると自分のことのように嬉しいのか、球子も笑顔だ。
「そういう球子だって大活躍だったそうじゃないか」
「まあな! タマの切り札で強敵も焼き払ってやったぞ!」
切り札、というのは詳しくは知らないが、反動が大きい代わりに攻撃力の高い強化形態のようなものだそうだ。
「へえ、ぜひ直接見たかったよ……それで、今は二人でなんの話をしていたんだ?」
二喜が来る前から談笑していた二人に聞いてみる。
「今は、タマっち先輩とここを退院した後の話をしていました」
「退院した後?」
「そうそう、まずは一緒に美味いうどん屋に行って退院祝いでもしよう、ってな」
「うどん屋、そういえば香川はうどんが有名だったな」
「ん? 二喜は香川のうどん食べたことないのか?」
「あっちょっと、タマっち先輩っ」
球子が首をかしげていると、杏が焦って止めた。
球子は、杏がなんで焦っているのか分からず、さらに困惑した様子だ。
「僕はもともと徳島にいたからね、香川に来てからもずっと病院だったし、うどんはまだ食べられてないんだ」
「あ……そうか、すまん二喜」
杏が慌てていたのは入院生活の二喜を気遣ってのことだと気づき、二喜に謝罪する球子。
「別に気にしてないからいいよ。杏も、気にしないで。それよりさ、二人も香川出身じゃないはずだけど……やっぱりここのうどんって美味いの?」
二人が気を遣わなくていいよう、会話の発展させる二喜。
気にしていないというのも本当だ。
「おう、タマも初めて食べた時はびっくりしたぞ! やっぱりうどん県なんて呼ばれるだけあって、他とは違うな」
「バーテックスには全然通用しなかったけどね……」
「そうそう、やっぱアイツらとは分かり合えん」
「ちょっと待って、なんでバーテックス?」
ちょっと何言ってるかわからなくなってきたのでさすがに二喜はツッコんだ。
「ほら、タマが脱臼したときあっただろ? その戦闘の時、タマは高級うどん玉を囮にする作戦を実行したんだが……全く反応しなくてさ」
「飛びついて隙が生まれると思ったのにね」
「うどんで、バーテックスを……?」
普通に考えたら、そんなことできるわけがないと分かりそうだが……。
それができると思えるほどに、香川のうどんは美味いのか……。
香川県民がうどん狂いなのは聞いていたが、愛媛県民の二人にまでそう思わせるとは、香川のうどん恐るべき……。
「二喜は、ここを退院したら、何かやりたいこととかあるか?」
「僕が、退院したら……?」
「はい、だいぶ良くなってきているみたいですし、案外近いうちに退院できるかもしれませんよ?」
考えたこともなかった。
しかし、杏の言う通り、二喜の天恐は順調に回復しているし、機密の件もあって完全に自由とはいかないかもしれないが、監視付きで退院というのはあり得る話かもしれない。
「うーん、思いつかないな……」
「天災前は、何か趣味とかなかったのか?」
「趣味……そういえば、空を見るのが好きだったよ、星とか眺めたり……」
天恐になってからは全然できなくなってしまったが、もし、天恐が治るのならば久しぶりにそういうこともしてみたい。
「星か、じゃあ二喜の天恐が治って退院したら、タマと一緒にどこか山でも行って星を見に行こう。ちょうどタマは山登りとかのアウトドアは大好きなんだ」
「山へ星を見に……?」
「あ、それ私も行きたい!」
「もちろん、あんずも一緒だぞ、どうだ、二喜」
「僕と、一緒に行ってくれるの?」
「おう、きっと楽しいぞ!」
二喜は球子たちと一緒に山の上で満天の星空を眺めている様子を想像した。
それだけで、胸いっぱいに楽しい気持ちが広がった。
「そんでその時に美味いうどん屋にも連れて行ってやる、楽しみにしてろよ?」
「ありがとう、球子。うん、楽しみにしてるよ」
いつか、二喜にも本当にそんな日が来るのだろうか。
来るといいな、と二喜はまだ遠いであろう未来に思いをはせた。
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しばらく球子と杏の二人とお喋りしたのち、二喜は二人に別れを告げ、自分の病室に戻ろうと廊下へ出た。
すると、何やら別の病室の扉の前で立ち止まっている千景が目に留まった。
「何してんの?」
「なっ、橋渡君……!?」
声をかけると、突然人が現れたように感じたのか、驚く千景。
よく見れば、千景がいるのは先ほど二喜も寄った友奈の病室だ。
「友奈に用か? 入ればいいじゃん、それとも呼んでやろうか?」
なにやらもたもたしている千景の前に出て、友奈の病室の扉をノックしようとすると、千景が止めてきた。
「ちょ、待って!」
「え、なんで?」
「──っいいから、ちょっとこっち来て!」
「お、おいっ」
千景は二喜の手を掴み、どこかへ連れて行く。
困惑しつつも、二喜は仕方なく引っ張られるままに付いて行った。
千景に連れてこられてやってきたのは、千景の病室だ。
「おい千景、いいのか? 友奈に用があったんだろ」
「橋渡君、いきなり高嶋さんの病室をノックするとか、やめて頂戴! 別に、ちょっと高嶋さんとお話したかっただけだから、そんな、ノックして呼ぶほどのことじゃなかったんだから!」
「お、おう……すまん……でも、話したいだけにしろ、用があったのは事実なんだろ? じゃあ、病室に入るか、友奈を呼ぶかしないとじゃないか」
「それはそうだけど……何を話せばいいのかわからなかったんだから、いきなりああいうことされると困るのよ……」
「ああ、そういう……」
ようは、友奈とお話をしたかったけどいざ扉の前に立つと緊張してしまったということだろう。
「そんなこと、悩む必要ないと思うけどな……さっき僕も友奈の部屋に行ったけど、会話に困ることはなかったよ?」
「そうは言っても……」
「あ、そうだ、それなら二人で退院した後の予定でも立てたらどう?」
「退院した後の予定……」
「うん、さっき球子と杏の二人とそういう話をしたんだけど、割と盛り上がったよ」
未来の予定を決めているときの会話はたいてい楽しくて会話も弾むことだろう。
「盛り上がる……土居さんたちとはその後どんな流れになったの?」
「その後って、退院したらって話? 僕が退院したら、一緒に星を見に行こうって言ってくれたよ」
「ああなるほど、予定って、そういう遊びの予定のこと……私は駄目ね……退院後の予定って聞いたら、手続きとか、そういう面倒なことを勝手に考えちゃったわ……」
「それは……あんまり盛り上がる会話じゃないな……」
普段遊びの予定とかをたてるタイプでないと、そういう方向に思考が偏ってしまうのだろうか。
「勇者たちの退院後って、なんか特別な手続きでもあるもんなの?」
「さあ……あったとしてもほとんど大社側でやってくれると思うけど……でも、あなたは結構面倒なんじゃない? あなたの立場、なかなか面倒くさいことになっているのでしょう? 退院後、どこに行くかもわからないわよ」
「う……」
そういえば、球子たちと予定を組んだりしたが、二喜がいつまでも香川にいるとは限らない。
天恐が治れば、勇者たちと会う必要もなくなるからだ。
もはやほとんど治療と関係なく会っているとはいえ、いちおう建前上、二喜が勇者たちと交流しているのは天恐治療の研究のためだった。
「そうか……故郷に帰ることになるかもしれないのか……うーん、まあ、両親の墓参りにも行っておきたいし、それはそれでいいんだけど……君たちと離れるのはなあ……」
「故郷に両親……ね」
二喜の呟きに、千景が反応して呟き返した。
そして、二喜はハッと気付いた。千景の前で、出すべきではない話題であったと。
「あ、千景……ごめん、変な話しちゃって、他人のこんな話聞いても、気まずいだけだよな……」
うっかりしていた。千景の前では故郷だの親だのの話は禁句だった。
そうでなくても、他人の、それも亡くなった親の話など、聞いていて気分のいい話ではない。
どうにか誤魔化そうとする二喜だったが、当の千景はあまり気にしていないようだ。
「別に、謝ることないわ。ちょっと、羨ましいって思っただけだから」
「うらやましい……?」
「不謹慎よね、ごめんなさい。でも、私は故郷でいじめられていたし、親も酷い人たちだから、わざわざ墓参りの為に故郷へ帰りたいって聞いて、つい……」
「え……」
千景の発言に、二喜は自分の耳を疑った。
「ホント、最低な人たちだったわ……自分勝手でロクでなしの父も、私を置いて他の男に逃げて……挙句天恐になって帰って来た母も、そんな両親の子どもってだけの理由で私を平気な顔でいじめてきた村の人たちもね……でも、私が勇者になった途端、みんなして媚びへつらってくるんだから、笑えるわよね……」
「おい、千景……」
二喜の声を聞いて、今度は千景がハッとした。
「ああ、ごめんなさい、つまんない話をしてしまったわね……」
「いや、それはいいんだが……今の話、勇者のみんなには……?」
「するわけないでしょう、何を言ってるの」
「みんなにもしない話を、僕にしてくれたの……?」
「え? あ……」
千景は、少し考えた後、唖然としていた。
自分自身でも、なんでこんな話をしたのかわからないようだった。
「私、なんで橋渡君にこんな話を……お願い、今の話は誰にも言わないで、なんて思われるか……」
「あ、ああ、わかった、絶対言わない」
たぶん、言ったところで別に勇者たちが千景を色眼鏡で見るようなことはないと思うが、本人が聞かれたくないと言っている以上、言う通りにしよう、と二喜は決めた。
この話を聞いているはずの大社職員にもあとで釘を刺しておかねば。
「本当、なんでこんなこと話しちゃったのかしら……でも、橋渡君になら、まあいいか……」
「え……」
「とにかく、この話はできるだけ忘れて頂戴」
「あ、うん……」
気になることを千景が言ったが、忘れろと言った話を蒸し返されても嫌だろうし、今は触れないことにした。
「じゃあ、話を戻して、友奈の病室に行って何を話すかについてだけど……」
「そうそう、高嶋さんと遊びに行く約束を取り付けるなんて、私にはハードルが高いわ……何か別の方向から……」
そして、二人はお互い、先ほどの千景の身の上話には触れずに雑談を続けた。
できるだけ何事もなかったように、別の話で記憶を上書きするように。
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千景の病室から戻って来てから時間が経ち、もう寝る時刻になったころ。
二喜は千景の話を思い出していた。
「忘れろっていってもなあ……」
二喜もできるだけ意識しないようにしてみたものの、やはりそうそう忘れられる内容ではない。
思いがけず聞いてしまった千景の過去話。
過去に故郷や親関係で何かあるとは思っていたが、思ったよりも千景の過去は闇が根深いようだ。
今まで自分から突っ込んで聞くような真似をしなくてよかった。
そんなことをしたら、本気で嫌われていたに違いない。
「まさか、向こうから言ってくるとは……」
言うつもりがないのに口から漏れてしまったということは、千景本人も心のどこかでは誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「なんで、僕に話してくれたのかな……」
勇者のみんな、つまり友奈にも千景は話していないと言っていた。
もちろん、二喜にだってたまたまの偶然、言おうと思って言ったわけではないのは百も承知だ。
けれど、千景は二喜になら別にいいか、とも呟いていた。
「僕になら、どう思われても関係ないってことかな……」
友奈にも言っていないのは、あの話をすることで嫌われたり、そうでなくても変に思われるのが嫌だったのだろう。
実際にはそんなことにはならないと思うが、頭ではわかっていても怖くて言えないのが人情というものだろう。
逆に言うと、千景は二喜なんぞにどう思われようが気にしていないのかもしれない。
「それとも……」
あるいは、それだけ二喜のことを信頼してくれているということなのだろうか。
もしそうだとしたら、それは本当に、本当に嬉しいことだと、そう思う二喜だった。
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