もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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二十話:壁の外へと

 三月になってからしばらく経つが、まだまだ外は寒い。

 そう感じるのは二喜が普段、空調の整った病院内にいるからだろうか。

 

 この日、二喜は大社職員同伴のもと、病院の屋上に出ていた。

 

 まだ一人で外出する許可は得られていないが、もうすでに、二喜は短時間なら外を出ても気分が悪くならないくらいにまで回復していた。

 

 おそらく次の検査あたりで天恐の症状もステージ1と判定されるだろう。

 

「そういえば、大社の職員たちって一同に会する機会とかあるんですか?」

 

「また随分と唐突ですね」

 

 二喜の呟きに、大社職員は呆れるように言い放つ。

 

「いやだって、ここの病院にもあなたをはじめ大社の人結構いますけど、正月とか節目の時期も大社本部に行ったりしていた様子がなかったですから」

 

「大社は多岐にわたって活動していますから、当然その構成人数も多い。とても一か所に集まるなんてできませんよ」

 

「じゃあ……あんまり他の部署の人たちと話す機会とかもない感じですか」

 

「そうでもありませんよ、個人的に情報交換をすることはあります。例えば……大社の広報部や受付窓口の者たちは、最近四国の住民に広がっている妙な噂のせいで仕事がしにくいと嘆いていました」

 

「妙な噂、ですか」

 

「壁の外に関するもので、壁の外はバーテックスが持つ毒素やウイルスにより汚染されており、人間が住める場所ではなくなってしまっているという噂です」

 

「嫌な噂ですね……」

 

 壁の外で実際に有害物質を検知した者などいないので、いわゆる根も葉もない噂というやつだ。

 しかし、噂というのはなんの証拠もなくても真実であるかのように広まってしまう。特にこの手の不安を煽るタイプの噂は。

 

「はい、放置すれば、かつて四国外から避難してきた人達への迫害や差別に発展しかねません。大社は公式にその噂を否定していますが、確かな証拠なしに否定してもなかなか噂は鎮静化しない」

 

 かといって、簡単に調査員は派遣できない。襲撃が落ち着いているとはいえ、一体や二体はバーテックスが出るかもしれないからだ。

 

「だから、今勇者たちは壁の外の小島に調査へ行っているわけですね」

 

 二喜は、四国の壁へと目を向ける。

 屋上からなら、あの巨大な壁がよく見える。

 今まで外に出られなかったので、実際に見るのはこの日が初めてだったが、本当に壮大な壁だ。

 

「ええ、他にも理由はありますが」

 

 現在、勇者たちは壁の外に出ている。

 外といっても、瀬戸内海に浮かぶ小島なので四国の目と鼻の先だが。

 その目的は、空気や水質などの環境調査のためのサンプル回収──だけではない。

 

「それ以外の理由っていうのは……やっぱり、本格的な遠征の予行演習……?」

 

「そうなるでしょうね」

 

 総攻撃の後、神託により四国の平穏がしばらく保たれることがわかった。

 これまでは襲撃を警戒して勇者が四国を離れるわけにはいかなかったが、今ならばそれが可能となる。

 四国の外を調査するにはまたとないチャンスというわけだ。

 

 いつかは来ると思っていたが、想像以上に早くそのときが来た。

 

「すべては、今日の結果次第か……」

 

 勇者は四国の外への遠征に行くのか、そして行くとしたらどこまで行くことになるのか、それが決まるのは、今日の予行演習の結果次第。

 二喜は、その結果が気になって仕方がなかった。

 

 

 

 

 

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 その日の夕方、小島での事前調査の結果が出たと、大社職員が教えてくれた。

 

「とりあえず、大気、水質、土壌ともに汚染などされておらず、人類の生活に問題が出るようなことは考えられませんね。むしろ、天災以前よりも環境が良くなっていることを示す数値でした」

 

「それは、皮肉なものですね」

 

「そうですね、しかし、人類による環境汚染は昔から問題になっていましたから、人間がいなくなったことで環境が良くなるのはある意味当然と言えるでしょう……まあその話は置いておいて、本題ですが……」

 

 大社職員が一拍間を置く。

 二喜は固唾を飲んで言葉を待った。

 

「まず、壁の外でも勇者様たちは問題なくその力を扱えました。おそらくこれは巫女も同じ……まあ、彼女たちの中には四国の外から来た方たちもいますから、想定通りです」

 

 四国を離れることでバーテックスに対抗する力を失う、ということはなさそうだ。

 

「そして、神樹様のお力を応用した通信技術によって、仮に遠征に出たとしても勇者様たちと情報のやり取りをすることが可能であるとわかりました」

 

 それならば、向こう、あるいはこちらでトラブルがあった際はすぐさま戻ってくるといった対応も素早く行える。

 

「以上により、勇者様方が四国外へ遠征し、調査をすることは十分に可能であるとの結論が出ました。大社としてはこの機を逃す手はないとして、数日後、勇者様方による四国外遠征が決定されました」

 

「四国外遠征……」

 

 とうとう始まる。

 確かに、四国内を安定させるため、少しでも希望が欲しい大社としては、この機を逃す手はないだろう。

 勇者たちが壁の外で希望を見つければそれでよし、仮にそれが叶わなくても、情報さえあれば何かしらの安心材料を作ることができる。

 

「遠征って、具体的にはどこまで……?」

 

「具体的なルートはこれから調整しますが、最終的な目標は北海道になるかと」

 

「北海道……日本の北の果てじゃないですか。本当に、行けるところまで行くつもりなんですね」

 

「もともと、人類生存の可能性がある北方の大地と南西の諸島のどちらかにするつもりでしたので。そのうち、諏訪を中継していけるのは北方の大地……すなわち北海道というわけです」

 

「諏訪……」

 

 ほんの半年前まで、若葉が通信していた場所。

 通信が途切れてしまった今、諏訪がどうなっているのかを一番知りたがっているのは若葉であろう。

 その若葉が、ついに諏訪へ足を運ぶのか。

 

「また、通信可能であるとはいえ、神託があった際にそれをいち早く勇者様にお伝えするために、巫女も一人同行します」

 

「巫女!? まさか……」

 

「はい、上里ひなた様です」

 

「そんな……! 危険だ!」

 

 壁の外には当然バーテックスがいる。

 奴らと直接戦う力を持つ勇者ならともかく、巫女であるひなたは自分で身を守る術を持たない。

 

「もしかして、樹海化っていうのは壁の外でも起こるんですか?」

 

 それなら、バーテックスが現れてもひなたは安全でいられる。

 

「いえ、樹海化はあくまで神樹様の結界内でのみ可能な手段ですから、壁の外では発動しません」

 

「それなら……!」

 

「ですが、神託は勇者様たちの安全確保という面でも必須です。それに、上里ひなた様ご自身が同行に立候補されています」

 

「そう、ですか……」

 

 どうやら、決定事項であるようだ。

 ひなた本人と勇者たちが了承しているのなら、あとは彼女たちに任せるしかない。

 

 二喜が気を揉まなくても、ひなたのことは若葉をはじめとした勇者たちが全力で守るだろう。

 まあ心配なものは心配だが。

 

「遠征の目的としては、引き続いての環境調査、そして一番の目的は生存者の探索です。もし、我々とは別にバーテックスに対抗する手段を持ち、生存している人類がいるのなら、お互いが生き残るために協力関係を構築する、そうでなかった場合でも外での情報を共有してもらえれば上々です。場合によっては四国で保護することもできるでしょう」

 

「生存者か……いてくれるでしょうか」

 

「信じる他ありません」

 

 つまり、わからないということだ。

 二喜自身も、壁の外がどうなっているかなど、想像することすらできなかった。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 時間というものは容赦なく過ぎていくもので、瞬きをするように流れていく。

 

 今日は勇者たちが四国外遠征へと出発する日だ。

 ここ数日、勇者たちは遠征への準備や打ち合わせで忙しく、また、そんな勇者たちに二喜も会いたいなんていう我儘は言えなかったため、今日まで勇者たちは病院へ来ていない。

 

 危険な壁の外へと赴く彼女たちに、何も言えないまま当日を迎えてしまった。

 

「会ったところで、特に気が利いたことは言えないけど……」

 

 自分でも、そんなことはわかっていた。

 しかし、四国に壁ができてから三年半、外との交流などほとんどなかった。

 何があるかわからないのだ。

 そんな旅へと向かう前に、やはりどうしても会っておきたかった。

 

「勇者たちは、いつ出発するんでしたっけ」

 

「10時ごろですね、瀬戸大橋記念公園に集まり、最後の確認をした後、出発する予定です」

 

 二喜は病室の壁に掛けてある時計に目をやった。

 今は朝の8時半、朝食を食べたばかりだ。

 

「……ここから記念公園って、歩いたらどれくらいですかね」

 

「? 何故そんなことを……まさか」

 

 唐突な二喜の質問に、大社職員は首をかしげる。

 そして、すぐにその意図に気付いた。

 

「勝手に病院を抜け出してしまおう、なんて馬鹿な真似は絶対にやめてくださいよ?」

 

「……考えていませんよ、そんなこと」

 

 大社職員から、くぎを刺されるが、そんな意思はないと否定する。

 本当は一瞬そんな選択肢が頭によぎったのだが、そんなことをしたら、病院に途方もない迷惑をかけることになる。当然、目の前の大社職員にも。それは嫌だ。

 

「それに、今から徒歩ではどちらにしろ間に合いませんよ」

 

 記念公園はこの病院からそう遠い距離ではないが、徒歩だとやはり時間がかかる。

 加えて、二喜はよくなっているとはいえ天恐患者であることには違いなく、道中何があるかわからない。

 いろいろな面を考えたら、仮に二喜が外出する権利を得たとしても、徒歩で一時間半では全然足りない。

 

 どうにかして出発前に一目会いたかったが、さすがに無理か。

 諦めるしかないかと二喜はため息を吐いたが、大社職員の言葉は終わっていなかった。

 

「ですので、その気なら私の車で行きますか」

 

「は……?」

 

 頭の中が完全に真っ白になり、静止した。

 時間が止まるというのはこういう感覚か。

 

「え、どういう……僕、そもそも外出許可が……」

 

「ああ、言い忘れていました。今日は橋渡さんにお伝えすることがあったんです。橋渡二喜さん、貴方の病状の経過観察の結果、多少の外出なら可能という判断がおりました。したがって、都度申請が必要で、かつ大社の監視下に限り、外出許可を与えます」

 

「え……」

 

「以上、大社、および病院からの通達です。お伝えするのが遅くなり、申し訳ございません」

 

 二喜はしばらく思考の空白が抜けず、固まっていた。

 大社職員の言っている意味が、なかなか呑み込めなかった。

 しかし、少しして、ようやく理解が追い付いてきたところで、大社職員に向かってこう口を開いた。

 

「言い忘れてたっていうのは、絶対嘘でしょ」

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 二喜が記念公園に着いた頃、勇者たちは勇者装束を身に纏い、すでに準備は終わっている様子だった。

 

「あれ、二喜!?」

 

 車から降りた二喜に真っ先に気が付いたのは球子だった。

 

「や、やあみんな……」

 

 二喜は日傘をさしながら歩いて勇者に近づく。

 天恐患者が外を出歩くときには空への視界を遮る日傘がよく使われるが、実際に使ってみると、確かに少し楽だった。

 

「二喜、ここまで出てこられるようになったのか」

 

「よかったね、二喜くん!」

 

「でも、どうしてここに……?」

 

 勇者のみんなも二喜の元へ近づいてくる。

 若葉と友奈は二喜が外へ出てこられるようになったことに感心し、杏は二喜がここにいる理由が気になったようだ。

 

「出発前に、見送りをしたくて……」

 

「あなた、それだけの理由でここまで来たの? 本当にもの好きね」

 

「そう言ってくれるなよ千景、やっぱり心配でさ」

 

「それにしても、無茶しますね、二喜さん」

 

「それは君もだろひなた、聞いたよ、一緒に付いて行くんだってな」

 

 勇者たちは、それぞれ二喜と言葉を交わす。

 その表情はどこか穏やかだった。

 友人の見送りは、四国を遠く離れる勇者たちの心を少しは支えられたということか。

 

 遠征は、乗り物を使わず徒歩による移動で行われるそうだ。

 バーテックスは人類文明に反応するので、船や飛行機、車などを使うとおびき寄せてしまう可能性があるらしい。

 

 勇者たちはその身体能力で素早く動けるが、そうでないひなたは皆に運んでもらうことになるそうだ。

 

 やはり、楽な道のりというわけにはいかなそうだ。

 

 しばらく会話していた二喜たちであったが、とうとう出発の時が来てしまう。

 

「それじゃあ、二喜、我々は行ってくる」

 

 リーダーである若葉がそう言うと、皆の雰囲気が少し引き締まる。

 そういえば、二喜は彼女たちが勇者装束を着て勇者としての役目を働いているところはテレビや写真で見たことがあるだけで、直接は見たことがない。

 

 これが、彼女たちの任務を遂行するときの雰囲気なのだろう。

 

「うん……あ、最後に言いたいことがあるんだけど……」

 

「ん? どうした、二喜」

 

 何もできない二喜だけど、それでも会って、みんなに直接言いたかったこと。

 それは、当たり前のことで、それでいてとても大切な言葉だった。

 

「行ってらっしゃい、気を付けて。ちゃんと帰って来てね!」

 

 遠征で二喜にできることはない。だが、帰りを待つことはできる。

 ならば精一杯それをやるだけだ。

 

 二喜の言葉を聞いた勇者たちは、一瞬静まり返ると、皆で顔を合わせて、すぐに笑顔になった。

 

「ああ、行ってくる。二喜もその間、身体を壊さないようにな」

 

「いってきます! 大丈夫、私たちはちゃんと帰ってくるよ」

 

「壁の外ではタマのキャンプ知識が大活躍するはずだから、何も心配いらないぞ!」

 

「外で何かいいものを見つけたら、二喜さんにもご報告しますね」

 

「あなたに心配されなくても、当然帰ってくるわ、素直に待ってなさい」

 

「危険があったら私の神託で回避してみせますから、どうか安心して待っていてくださいね」

 

 勇者たちはそう言うと、瀬戸大橋を渡って壁の外へと向かって行った。

 二喜は、それをずっと見守っていた。

 

 また彼女たちがこの橋を渡って帰ってくる姿を信じて、いつまでも見つめていた。

 




読んでいただきありがとうございます!

次回もお楽しみに!
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