もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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4話:瀬戸大橋

 特別であり、逆に、当たり前でもある。

 この地に住む者にとっては、あの大きな橋はそういう存在だった。

 

 神世紀になってからは市の名前になるほど象徴的だったあれは、四国と本州とを繋ぐ道としての役目を終えても、変わらずそこにあり続けてくれる。

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 あの夏祭りの日から、俺の生活はがらりと変わった。

 

 一日のほとんどを勉強に費やす毎日。

 

 つらかったけれど、命懸けで戦う勇者たちを思えばいくらでも我慢できた。 

 

 夏休みが終わり学校が始まると、俺は部活もやめ、学校の授業より進んだ勉強を休み時間などでやっていた。

 そして家に帰ったらまた勉強、そんな日々を繰り返した。 

 

 当然、友達と遊ぶこともしなくなったので、心配する友人たちもいる。

 

「夢継、何があったか知らないけど流石に勉強しすぎじゃないか? 休まないともたないぞ」

 

「そうだよ四舞君、身体を壊したら大変だよ」

 

 祐大(ゆうだい)美々(みみ)は特に心配していて、俺も申し訳なく思ったが、大丈夫だよと言うしかなかった。

 

 こんなところで止まるわけにはいかないから。

 

 

 

 やがて大赦の手伝いが始まり、放課後はそのまま大赦に行くようになる。

 そこで様々な手伝いをした。

 

 やはりというべきか、大赦の担当者や俺と同じ参加者を含め、出会う関係者全てが、俺の年齢を聞くと驚いたような表情になる。

 

 まあ無理もないだろう。

 中学生で大赦の仕事を手伝っている者なんて、周りを見ても自分だけだったから。

 

 最初のうちは荷物運びや書類整理などの雑用をやっていたが、二週間ほど経つと地質調査や災害・事故などの発生状況を記録するのに動向させてもらえるようになった。

 

 なんでも、この調査で得た記録は、現在大切なお役目をしている人たちへの支援に関わっているのだそうだ。

 

 すぐに勇者のことだと察した。

 

 もしかしたら、両親が俺に勇者たちに関わる仕事を経験させてくれるよう働きかけてくれているのかもしれない。

 

 

 

 そんなふうなことを思いながらも日は流れていき、大赦の手伝いを始めて一か月ほどが経った10月の上旬、家でこんな話をした。

 

「夢継ちょっといいか」

 

「いいけど……どうしたのさ二人して」

 

「お前に伝えておくことが二つある」

 

 両親が揃って何やら真剣な面持ちだったので俺は何を聞かされるのかと気を引き締めた。

 

「一つは連絡だ。11日、お前は瀬戸内海の水質調査の手伝いをすることになっているだろう? 大赦から別途連絡があるだろうが、そのときの大赦の担当職員は俺たちだ」

 

「そうだったんだ、それは気が楽だよ」

 

 少しホッとしていたら母さんが釘を刺した。

 

「でも私たち以外にも同僚がいるから気を抜かないようにね」

 

「なんだそうなのか」

 

「ええ、私たちと同じく夫婦で大赦に勤めている人たちよ」

 

 ということは、自分の両親(この人たち)を含めて夫婦が二組か、ずいぶんと珍しい。

 

 そう思っていると父さんが話し始めた。

 

「ともかく、それが連絡だ。そしてもう一つ、お前の今後に関することだ」

 

 なんだろうか、と俺も改めて向き直る。

 

「ここ最近、母さんとも話していたんだがな……これから先、お前が自分の願いのために活動する中で、俺たちの協力が必要になるときが沢山あるだろう」

 

 確かに、それは間違いない。現に、俺のような中学生が大赦の制度に参加できているのは両親の協力があってこそだ。

 

「それに対して、迷惑がかかるかも、金銭面の負担が申し訳ない、といったことを思うかもしれない」

 

 もう既にそれは感じている。両親に無理だと言われれば俺はどうするだろう……。

 俺は少し不安に思ったが、親たちから放たれた言葉は真逆だった。

 

「だが、お前はそんなことを気にしなくていい。迷惑をかけてもいいし、金も自由に使え」

 

「え……」

 

 なんでそこまで言ってくれるのだろう。その疑問には母が答えてくれた。 

 

「貴方はもう、十分過ぎるほどに辛い思いをした。だから、これからは自分の願いだけを考えていいのよ。私たちは、貴方が幸せになれればそれでいい」

 

「……っ!」

 

 思わずこみ上げてきた。

 俺は、恵まれている。

 

「二人とも……ありがとう」

 

 両親がこんなにも俺を思っていてくれるなんて思っていなかった。

 ならば二人の想いを無駄にするわけにはいかない。

 俺は改めて誓った。勇者たちを支えられるような人間になると。 

 

 

 

 

 

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10月11日

 

 今日は事前に連絡があった通り、瀬戸内海の水質調査の手伝いをする日だ。

 

 俺は学校が終わると、すぐに大赦から指定された待ち合わせ場所である大橋へと向かった。

 

 するとそこでは、大赦の制服を着た大人が四人待っていた。

 

 その内二人は俺の親だ。そしてもう二人はこの前聞いた、もう一組の夫婦だろう。

 

「来たか夢継、こちらは今日一緒に仕事をする俺たちの同僚、犬吠埼夫妻だ。しっかりと挨拶しろよ」

 

「四舞夢継です。本日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく。話は聞いてるよ、その年でもう大赦の手伝いだなんて立派だなあ」

 

「本当にね、うちの娘たちと年齢もそんなに変わらないのにすごいわ」

 

「ありがとうございます、でも……僕はそんなに立派ではないですよ」

 

 銀を(うしな)い、一度はその怒りを銀の親友たちにぶつけようとした男だ。

 

 立派な男には程遠い。

 

「さて、そろそろ始めようか」

 

 時間になったので水質調査を始める。

 大橋の下に行き、調査に使う道具や、実際の作業についての説明がされた。

 

 一定間隔を空けて、その地点の瀬戸内海の水をサンプルとして回収。

 作業自体は非常にシンプルで、特に難しい部分はなかった。

 

 そのまま作業に入り、自分の親や犬吠埼夫妻にいろいろと教えてもらいながらも、順調に進めていく。

 

 この水質調査が、具体的に何の役に立つのかまではわからなかった。

 どうも、秘匿性の高い情報のようだ。

 おそらく、バーテックスとかいう化物の侵攻と何かかかわりがあるのだろう。

 

 

 

 そのまま特に問題も起きないまま時間は流れ、夕日が紅く輝く頃には、ほとんどの作業が終わった。

 

「よし、夢継は犬吠埼さんたちとそっちで使っていた道具を先に片付けてきてくれ。俺たちもこの作業が終わり次第すぐに行く」

 

「わかったよ」

 

「それじゃあ、二人とも、頼む」

 

「OKだ」

 

「わかりました」

 

 父さんが頼むと、犬吠埼夫妻は片付ける道具をまとめ始めた。

 

「夢継、犬吠埼さんたちが教えてくれるけど場所を間違えないようにね」

 

「わかってるよ母さん」

 

「夢継君、それじゃあ行こうか。これを持って付いて来てくれ」

 

「はい、今行きます」

 

 渡された道具を持って犬吠埼夫妻の後ろを歩く。

 

 移動している間にちょっとした世間話をした。

 

「それにしても、今日、夢継君の働きを見て思ったが……やっぱり大したものだよ」

 

「そうね、まだ中学二年生だなんて、とても思えないわ」

 

「いや、そんな……」

 

 あまり褒められても少し居心地が悪いので、俺は別の話題を持ち出した。

 

「そういえば、娘さんがいらっしゃるんでしたっけ、さっき言ってましたよね」

 

「ええ、二人ね。姉妹なの」

 

「へえ、どんな子たちなんですか?」

 

「風……上の子は中学一年生でしっかり者なんだけどね、妹の樹はまだまだ甘えん坊で……」

 

「はは、確かに、樹はまだそばにいてあげなきゃ心配かな、まあ今は少しくらいだらしなくてもいいじゃないか、まだ小学生なのだし、風がそばにいてくれている」

 

「むしろ風は樹を少し甘やかしすぎな気もするわ……」

 

 奥さんは少し心配そうに、逆に旦那さんは楽観的に自分の娘たちのことを話す。

 

 対照的ではあったものの、仲良し家族なのだなということは共通して伝わってきた。

 

「仲の良い姉妹なんですね」

 

「ええ、とても」

 

「夢継君は兄弟が欲しいと思ったことはあるのかい?」

 

 俺が少し羨ましそうにしていたからだろうか、旦那さんはそんなことを聞いてきた。

 

「どうでしょう、うーん……特にそう思ったことはない、かな?」

 

「そうなんだ」

 

 昔から、学校でも友人たちの間でそういった話はよくした。

 ひとりっ子の友人たちは、その多くが兄弟に憧れていたような気がするが、俺自身は特別兄弟が欲しいとかは思ったことはない。

 なぜだか一瞬考えて、わかった。

 俺には三ノ輪家がいたからだ。

 

 そういえば、あれから鉄男や金太郎に会っていない。

 俺はまた少し自己嫌悪した。

 俺と同じか、それ以上の悲しみを味わった鉄男のことを、まるで考えてやれていなかった。

 今度、会いに行こう。

 

「いずれにしても、子どもが立派に育つのを見るのはとてもいいことね。今日の夢継君を見てそう思っちゃった」

 

「ああ、夢継君のように、とまではいかないかもしれないけど、風と樹のこれからの成長を見届けることができるのは楽しみだし、誇らしいね」

 

「ですから、買いかぶりすぎですよ、俺を」

 

 そんなにも俺が立派に見えたのだろうか、さすがに少し心がくすぐったいような感覚を覚えた。

 

 その後も、二人の娘さんたちの話を聞いた。

 犬吠埼夫妻ときたら、娘さんの話をすると止まらない。

 この人たちはもしかしたら親バカというやつなのかもしれないな、と思った。

 

  

 

 そうこうしているうちに目的地に着き、道具を所定の場所に戻し終わる。

 

「さあ、これでひとまず片付け終わったな。四舞さんたちも、もうじき来るだろう」

 

 旦那さんが放った言葉で俺はほっと息をついた。

 慣れない仕事をしたので気疲れしたからだ。

 

 ふと、周りを見渡してみると少し離れたところにちらほらと人がいるのが見えた。

 皆、大橋を見上げながら写真や動画を撮ったりしている。

 

 橋など撮って映えるのだろうか。ここらに住んでいるのなら、いつもの光景だろうに。それとも、観光客だろうか。

 

 そう思ったその時、カランカラン、という涼しげな音が聞こえてきた。

 

(ああ、あれを撮っているのか)

 

 そういえば、大橋にはなぜか大量の風鈴がついているので、写真や動画映えするのかもしれない。

 

「あの大橋の風鈴って、確か大赦が付けたんですよね。何のために付けたんですか? ここ数年ですよね、あれが付いたの」

 

「うーん、確か神樹様のお力を支えたり、何か大切なお役目の手助けになるものだと聞いているよ」

 

「へえ……って、さっきまであんなに音鳴ってましたっけ」

 

 作業中、ずっと橋の下にいたが、風鈴の音が気になることはなかったので、大きな音は鳴っていなかったはずだ。

 いや、作業中に限らず、そもそも普段からこの風鈴はあまり大きな音で鳴らない。

 

 だが今は、その大量の風鈴が、森で鳴いているひぐらしの大合唱よりもさらに大きな音で空に響いている。

 

 ごく稀に大橋の風鈴がとてもよく響き渡る日があるという噂を聞いたことがあるが、今日がその日なのだろうか。

 

 それで橋の動画を撮っている人がいるというわけか。

 

「そういえばいつもより鳴っているね、どうし──うわっ!」

 

「きゃあっ」

 

 旦那さんの言葉が途中で詰まり、奥さんが小さな悲鳴をあげる。

 

 その原因は、地震だ。

 ドンッと突き上げるような揺れが、急に来た。

 思わずよろめいてしまうような強い揺れだった。

 

「う、わ」

 

 しかし、パニックになってはいけないと、落ち着いたままやり過ごしていると、次第に揺れは小さくなる。

 

「お、おさまった……」

 

 揺れがおさまると、犬吠埼さんたちは先ほどまで大橋を見上げていた人たちの方を見ると、すぐに動いた。

 

「あそこにいる人たちを避難させよう。あれだけの揺れだ、何があるかわからない」

 

「わかったわ」

 

「お、俺も行きます、手伝います」

 

 揺れの大きさに少し怖くなったが、ここで待っているわけにもいかない。

 

「……本当は君も避難させたいが、この状況で一人にさせるほうが危険か……わかった、四舞さんたちがこっちに合流するまで、夢継君も一緒に来てくれ」

 

「はい!」

 

 大橋の近くには、どうやら見えていた以上に人がいたようだ。先ほどの地震でざわめく人の声があちこちから聞こえてくる。

 

「皆さん、橋や海から離れてください! 近づかないで!」

 

「近くの避難所へ避難を! ここからはあの道をまっすぐ行けば着きます!」

 

 避難誘導を開始したことで、冷静になり、避難を始める人たちが出てきた。

 しかし、やはり人数も多いし場所も広いせいで声の届かない人も大勢いる。

 幸い声をかけた人々は迅速に避難してくれているので、その人たちの避難はすぐに完了した。

 

「こっちの人たちはとりあえず避難させたけど、まだあっちの方にもたくさんいたよな……」

 

 時間がかかりそうだ──と思っていたが、その少し離れた場所の人だかりも、避難が済んでいた。

 よく見ると、遠目だが、俺の両親が同じく避難を呼びかけているのが確認できた。

 

「四舞さんたち、先に向こうの人たちの避難誘導をしてくれていたのね」

 

「よし、それじゃあ他に人がいないか確認しよう」

 

 その言葉を聞いて、俺は周囲を見渡す。

 

 ──すると、遠くで、小さな人影が二つ地面に横たわるようにしているのが見えた。

 

「な──っ」

 

 距離があったので顔はわからないが、着ている服に見覚えがあった。神樹館の女子制服だ。

 

 つまり、倒れているのは小学生。

 俺はとっさに叫んだ。

 

「大変です! 女の子があっちで二人、倒れてる!」

 

「なんだって!?」

 

「早く助けに行かないと!」

 

 俺の叫びに、犬吠埼夫妻はすぐさま反応した。

 

「あっちです……って、たしかあそこは──」

 

 女の子たちが倒れている場所、あそこはさっき俺たちが作業をしていた場所じゃないか……?

 

 あそこには俺たち以外誰もいなかったのに、どうして急に女の子が倒れているのか。

 疑問の答えが頭の中から出てくる前に、事態はさらに最悪な方向へと動いてしまう。

 

 ドンッ!

 

「うお!?」

 

 足が地面から浮き上がるのではないかと錯覚するほどの衝撃が身体を襲った。

 

「な、ま、また地震!」

 

 大地が再び大きく揺るがされ、体がバランスを失う。

 しかも、この揺れ方は────、

 

「さっきよりも、揺れが強い!」

 

 先ほどの一回目の地震も十分に大きかったが、それと比較してもなお、今揺れている二回目のほうがはるかに大きく揺れていた。

 今まで経験したことがないほどだ。

 全く身動きが取れない。

 

 そして、次の瞬間、ピシィッッ!、という不気味な音が、複数回、揺れる大気を突き抜けるように響き渡った。

 

「な、何の音だ!?」

 

 なにか亀裂が入るような音だ。地割れ?

 

 その音の正体は、この直後の犬吠埼の奥さんの声ですぐにわかることとなった。

 そしてそれは、考え得る限り、最悪の事実だった。

 

「う、上! 大橋が!」

 

「な、あ────」

 

 瀬戸大橋が、傾いている。

 さっきの音は大橋の柱などの重要な部分が、壊れる音だったのだ。

 

 

 

 あり得ない、いくら揺れが強かろうが、あの大橋の大きな柱が一斉に壊れるなんて──!

 

 などと、考えている余裕もなかった。

 瀬戸大橋が、西暦の時代から何百年もの間ずっと、この地域の象徴であったあの大橋が。

 

 一瞬で、一気に、崩れて────────。

 

 




読んでいただきありがとうございます。
感想、ご評価等お待ちしております。

次回、序章5話「力無きもの」
序章のクライマックスです。お楽しみに。

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