「遅れました、すいません!」
創一が畑に着いて放った第一声は謝罪だった。
「あ、うたのん、そーくん来たよ」
「あら、今日は少し遅いのね。お寝坊さんかしら」
創一を待っていた二人は白鳥歌野と藤森水都。勇者と巫女という、互いに土地神に選ばれた少女だ。
両者ともに創一のいっこ上で、学年は中学二年生。
もっとも、それはこの諏訪に学校が存在していればのはなしだが。
「いやあ、その通り、寝坊です。すみません」
「ノープロブレム。たまに寝坊するくらい、別に謝るほどのことじゃないわ」
予想はしていたが、歌野は少し寝坊した程度では怒らなかった。
「はは、そう言ってくれると助かります……でも、遅れた分はちゃんと働きます!」
「元気があってグッドね! じゃあ早速始めちゃいましょ、共に農業王へのロードを突き進みましょう!」
「それは歌野さん一人でやってください」
「ええっ!?」
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西暦2018年 夏
爽やかな青空が広がり、太陽の強い日差しが照りつける中、創一達は長野県守屋山のふもと近くにある畑でせっせと鍬を振るっていた。
人類にとっての悪夢の始まりである「7・30天災」から3年。
現在、創一は命からがらたどり着いたこの諏訪地域……正確には諏訪湖周辺に出現した巨大な柱が作る結界の中で、ずっと生活している。
「おお、歌野ちゃん、水都ちゃん、それに創一君もおはよう、こんな朝から精が出るねえ」
「こりゃあ我々も負けてられませんなガッハッハ」
ぞろぞろと数人で現れたのは農家の大人たちだ。
皆、談笑しながらそれぞれ自分たちの畑へと向かっている最中だろう。
「おはようございます! 皆さんも今から農業ですか?」
「そうよ歌野ちゃん、今日も美味しい野菜たくさん収穫しましょうね」
歌野の元気な声に、農家のおばちゃんも笑顔で返事を返す。
「グッド! それじゃあ皆さん、今日も一日頑張りましょう!」
「おう! 任せとけ!」
「アンタ、そう言って張り切りすぎてまた腰をやるんじゃないよ」
「ワハハハハ!」
こうして軽い冗談も交えながら、諏訪の人々の朝は今日も始まる。
この雰囲気は創一にも元気をくれる。
結界の外は相変わらず悲惨だが、諏訪の人たちは明るい。明日を皆で迎えるために一丸となって頑張っている。
そんなこの街の人たちが創一はとても好きだった。
とはいえ、この諏訪の人たちが最初からこんなに明るかったわけではない。
創一がここに来たのは「7・30天災」から一ヶ月が経過していた頃だったが、その時は皆、絶望に顔を暗くしていた。
それでも時間をかけて、少しずつ笑顔を取り戻していったのだ。
今となっては天災前と何ら変わらない。
いや、なんなら天災前よりもさらに前向きに生きている人すらいるだろう。
諏訪の人々が明るい心を保っているのは、歌野のおかげだ。
彼女は、天災によって皆が絶望して下を向く中、人々を懸命に励まし続けた。
『今は苦しい状況ですが、きっと活路が見つかります』
『今まで人間はどんな災害に遭っても、生き抜いて来ました。私たちはまた立ち上がれるはずです!』
『結界内での生活を保つには、自活が必要です。畑を耕し、魚を獲りましょう! 生き抜いて行くために、皆で力を合わせましょう!』
歌野はそう言って、自らも鍬を振るい、畑を耕した。
しかし最初のうちは、ほとんどの人は動かなかった。
皆、何をやっても無駄だ……と諦めていたのだ。
それでも歌野は呼びかけ続けた。
さらには結界を破ろうとしてくるバーテックスたちと戦い、かつての創一のような、外から逃げてくる人がいれば何の迷いもなく助けに行った。一度として弱音を吐かず、いつも笑顔だった。
そんな彼女の姿を見てか、天災から数か月が過ぎた頃には彼女に協力する住人がだんだんと増えていった。
「どんなつらい目にあっても、人は必ず立ち上がれる」
これを合言葉に、今では諏訪全体で協力し合っている。
──そしてこの三年間、諏訪での犠牲者はただの一人としていない。
「それじゃあ遅れた分は働きで取り戻すとしますか!」
創一はそう言って作業に取り掛かる。
「それは頼もしいわね」
歌野も再び手を動かし始める。
「まあ歌野さんほど効率よくはできないですけどね」
歌野は超が付くほどの農業好きで、「将来農業王になる女」と自称するだけあって農業に関しては色々とすごい。
「そんなことないと思うけど……ねえ? みーちゃん」
同意を求められ、水都が答える。
「えっと……うたのんと比べてどうかはわからないけど、そーくんも十分すごいと思うよ」
「そうですか?」
「うん。あんまり手伝えない私が言うのは変かもしれないけど……」
「みーちゃんの言う通り。ここへ来てはじめて農業を経験したなんて信じられないくらい、そー
なんか褒められてしまった。
創一は少し照れて頬をかいた。
「そ、そう言ってくれると嬉しいです……にしても、もう三年くらい経つんですね」
「そうね。でもそー
歌野がどこか懐かしむような口調で言う。
「誰かがちゃんと手伝ってくれたこと自体、初めてだったもんね。うたのんがすっごい喜んでたの私も覚えてる」
続けて水都もその日のことを話し出した。
「歌野さんが?」
「もうみーちゃん! 恥ずかしいからそのことは言わないで! ほらっ、早く農業をスタートするわよ!」
歌野が少し顔を赤くしながら話しを止めるように言う。対して水都はどこかイジワルな顔だ。
この二人がこういう顔をするのは珍しいので、創一はなんだか得をしたような気分になった。
そして創一もまた、初めて農業をした日のことを思い出した。
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創一が諏訪へ来てからもうすぐひと月になろうという頃。ここでの生活も慣れてきて、諏訪の実情もおおよそわかってきていた。
まず、諏訪は結界に守られているからといって、決して安心できるわけではないということ。
たしかに外よりは安全だが、いつバーテックスに結界が破られるかわからないし、いつまでも暮らせるほど物資があるわけでもない。
さらに、なまじ外(四国)と連絡が取れてしまうために、人類が今どれだけ絶望的な状況なのかわかってしまう。
人類はもう終わりなのだ、こんな狭い場所で生きていけるわけがない、諏訪のほとんどの人がそう思っていた。
そんな中、白鳥歌野だけが明るく、笑顔で皆を励ました。そして、その歌野を、藤森水都はずっと近くで支え続けた。
(どうしてあんなに頑張れるんだろう?)
創一はずっと疑問だった。
自分より年上で、神から力を授かったとはいえ、この頃はまだ小学生。
本来なら、そこまでやる必要はないはずだ。
だが、彼女がバーテックスとの戦いを終えた後、傷ついた身体でそのまま農作業を始めたとき、気づいた。この疑問そのものが間違いなのだと。
疑問に感じるべきなのは「なぜ彼女が頑張るのか」じゃない。「なぜ自分たちはやらないのか」だ。
それに気づいたら、急に自分が恥ずかしくなってきて、すぐに歌野のそばに駆け寄り、話しかけた。
「あ、あの!」
「──え?」
声に振り向いた歌野に創一は言う。
「白鳥さん、俺も……俺も手伝います!」
放たれた言葉に、歌野と水都は一瞬固まって互いに顔を見合わせ、言葉の意味を噛み締めた。そしてすぐに、ぱぁっと嬉しそうな笑みを浮かべ、創一のほうへ向き直った。
「リアリィ!? 私と一緒に農業やってくれるの!?」
「は、はい」
先ほどまで疲れが顔に出ていたのに、とてもハイテンションになる歌野。
「やったねうたのん!」
それとともに、なんなら涙が出ているんじゃないかというくらいに喜ぶ水都。
「あっでも俺、鍬も持ったこと無いですし、農業については全然素人で……」
「ノープロブレム! 全然大丈夫よ! 私が教えるもの。えっと……一か月くらい前に来た子よね? 確か、種島……そ、そー
「違うようたのん、創一君だよ」
「おっと、ソーリー。ごめんなさい」
歌野が申し訳なさそうに手を合わせる。
「いえいえっ、お好きなように呼んでください」
慌てて大丈夫だと伝える創一。
「そう? それじゃあこれからそー
「では歌野さんで」
「OK! じゃあそー
高らかに叫ぶ歌野。
「え……いや俺はそこまでは……」
「いいからいいから! レッツ農業!」
こうして創一は歌野たちと共に畑を耕し始めた。
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あれから色んなことがあったな……と創一は野菜を収穫しながら過去を振り返っていた。
歌野や水都とちゃんと話すようになったのも、あの日からだ。
それ以前は、命を救ってもらったことへの感謝はしていたが、現実を受け入れるのに精一杯で二人に話しかけることなどできなかった。
しかし、あの日、意を決して二人を手伝い始めてからは、とても仲良くなった。
「皆さん、そろそろ少し休憩を入れましょう!」
しばらく農作業を続けて、太陽が真上にくると、歌野が皆にそう呼びかけた。
歌野のその言葉を受け、一緒に作業をしていた大人たちは手を止めて汗をぬぐいながら木陰に入る。
昔のことに思いをはせながら鍬を振るっていたらいつの間にか随分と時間が経っていたようだ。
大人たちは今日収穫した野菜について話したり、今日の夕飯は何にしようかなど、他愛のないことを喋ったりしている。皆、笑顔だった。
創一も歌野と共に水都の座っている日陰に行く。
「みーちゃん見て! 今日も出来のいいのが穫れたわ!」
そう言いながら歌野は今穫れたキュウリを水都に見せる。
「ほんとだ。おいしそうなのができたね」
水都が応える。その後、創一が穫れたての野菜を数個洗ってボウルに張った水の中に入れる。そこからキュウリをとって軽くトゲを落とし、三つに割った。パキリ、とみずみずしい音を立てて割れたキュウリを二人にも渡す。
「ありがとそーくん」
「サンキュー! うーん! やっぱり収穫したての野菜はデリシャスだわ!」
かぷり、とかわいい音を出しながら二人が食べると、創一もキュウリにかぶりついた。
冷たく、ほんのりと甘い味が口に広がる。歌野の言う通り、今年もおいしくできたようだ。
「いやあ、それにしてもやっぱり夏は暑いですね……」
畑にいると日差しが直に当たるので余計にそう感じる。
「そういえば……そーくん、今日は作業中ぼーっとしてるときあったけど大丈夫?」
水都が少し心配そうな顔をする。
「そうなの?」
歌野もキュウリをかじりながら言う。
「いや、それはたぶん、ちょっと昔のこと思い出してたからだと思います。別に調子悪かったわけではないから大丈夫ですよ」
「昔のこと?」
「ほら、さっき話してたじゃないですか。俺が初めて農業手伝ったとき……とか」
「ああ、そういうことだったんだ。体調崩したんじゃあなくてよかったぁ」
水都がほっと息をつく。
「でも、よく気づいたわねみーちゃん。私ったら全然気が回らなかったわ」
「確かに。水都さんのそういうところ、結構すごいですよね」
二人で称賛すると、水都は恥ずかしそうに慌てた。
「いっいやいや、全然そんなことないよ。私はただ──────っ」
「みーちゃん?」
「水都さん?」
急に水都が言葉を止めて少し顔を険しくした。最初はどこか痛いのかと思ったが、どうやらそうではない。これはまさか────。
次の瞬間、この諏訪の街全体にけたたましいサイレンの音が響いた。
「うたのん!」
「わかってる! 来たのね、奴らが」
このサイレンは、バーテックスがここに接近してきたときになる警報。やはり、先ほどの水都は土地神から神託を受けていたのだ。周りの大人たちがざわつき始める。
そんな中、歌野が大きな声で言い放った。
「皆さん! 安心してください! あんな奴ら、私がチャチャっと片付けてきますので!」
今まで何度も皆を救ってきたその声を聞いて、人々は込み上げてくる不安を打ち払う。
「ええ、わかったわ歌野ちゃん。頑張って」
「頼んだぞ!」
「どうか無事で!」
住人たちが口々に歌野に応援の声をかける。
「はいっ! 白鳥歌野、いってきます!」
そう言って、歌野は急いで近くの神社へと向かう。勇者としての装備がそこに祀ってあるためだ。
歌野はそこで素早く勇者装束に着替えて武器である鞭を手に取る。そして水都からバーテックスの来る方角とその狙いを聴くと、すごいスピードで駆けて行った。
「あっ、うたのん! 私も行く!」
それを追って水都も走り出す。
「ちょっと!? 水都さん待って!」
さらに続いて創一も追いかける。水都は自分のことを、たまたま巫女になっただけの臆病者だと言っているけれど、そんなことないと創一は思う。
実際、今もこうして歌野を心配して危険な場所までついて行っている。
創一たちが追いついた時には、もう戦闘は終盤にさしかかっていた。肝心の戦況は、歌野の圧倒的優勢だ。
それなりに数がいたと思われるバーテックスは次々に倒され、あっという間に最後の一体となる。
「せぇえやぁっ!」
それを倒すと、少し辺りを見回して、もう敵がいないことを確認する。そのときに創一たちと目が合った。
「二人とも、来てたのね……」
少し困ったように歌野が言う。
「危ないから待ってたほうがいいって、いつも言ってるのに……まあ私が守るから問題ないのだけど」
しかし同時に、どこか嬉しそうな様子でもあった。
「ゴメンねうたのん。でも心配で……」
「わかってるわ、ありがと。そー
「いや、俺は……」
二人と一緒にいたいだけですよ。と言いかけたが、恥ずかしかったのでやめた。
創一はふと結界の外に目をむける。相変わらず崩壊した世界がその瞳に映った。
(いないか……)
創一が来てからしばらくのうちは、まだ時々外から避難してくる者もいた。
しかし、天災から三年が経過した今、諏訪へやってくる人間はいない。
もう、神に守られた土地以外にいる人間は皆死んでしまったのだろうか。普段は明るくしている創一も、この景色を見るとどうしてもそう思ってしまう。
「そー
創一の様子が変わったのに気づいた歌野が声をかける。
「どうしたの? 顔が暗いわ」
「いえ……なんでもないです」
「そう……?」
歌野はそれ以上追求しなかったが、まだ少し引っ掛かるようだった。
心配させてしまっただろうか、と創一は反省し、話を変えることにする。
「それより帰りましょう! みんな待ってます」
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歌野たちが帰ると、待っていた住民たちから盛大に感謝の声が上がる。
「ありがとう! 今回も助かったよ!」
「よく無事で戻って来てくれた!」
「すごいぞ!」
その感謝と労いの声は、決して「勇者が戦えなくなると自分たちの身を守ってもらえなくなる」といった自己中心的な考えからくるものではなく、もっと心からの、あたたかいものだった。
「ふっふっふ! もっと褒めてくださって構いませんよ?」
歌野は自信家で目立ちたがりなところがあるので、こういうのは嬉しいだろう。また、勇者である歌野や巫女の水都だけではなく創一にも声をかけてくれる人がけっこういる。そのことは当然創一も嬉しいのだが、同時に少し複雑な気持ちになる。
(俺はついて行ってるだけなんだけどな……)
創一は今まで、この諏訪のためになることを自分なりに一生懸命やってきた。あるときは畑を耕し、またあるときは諏訪湖へ魚を獲りに行った。病人が出れば医者に連れていき、小さな子供が泣いていれば慰めた。
しかし、バーッテックスについては歌野と水都の二人に任せるほかない。そのことが情けなくって仕方がなかった。
世界をあんなにした化け物どもを、あの二人だけに押し付けてしまうなんて……と何もできない自分の無力を嘆かなかった日はない。
(俺も勇者のように戦うことができたら……)
そんな思いを胸に抱きながら、創一は今日も懸命に生きるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回、「歌野と水都」
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