戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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水兵は毎日、丘の上へ水を汲みに行く。

 

ナウには3箇月ぶんの保存食が積みこんである。かなりの量だ。

ここには、ドン・ペドロの聡明さが顕れている。

日本ではまともな食事にありつけないと、船団員皆が承知していることも背景にある。

定航船は、年に一往復でも莫大な利潤を生む。普通なら、一品でも多く交易品を積みたいところだ。

だが、欲の皮をつっぱらせたせいで沈んだ船団は過去にいくらでもある。

ドン・ペドロは、安全と安心に勝るものなど無いと主張する。

優秀なる彼のおかげで、今の私たちには持久戦が可能となった。

 

しかし、水ばかりは補給が必要だ。そこで給水部隊が選抜され、繰り出される。

村を通過すると、パードレはどこへ行ってしまったのか、と住民に泣きつかれるという。

かと思えば、石を投げ鍬をふるい、水兵を追い払おうとする邪宗の手先もいる。

もちろん見た目に区別などつかない。

日本人が十字を切り、跪いても信用するな。それが水兵たちの共通認識として定着してしまった。

嘆かわしいこと、この上ない。

 

そんな訳で我々宣教師も、あの丘へ戻るわけにいかない。

教会は、踏み荒らされて、見るのも痛々しいそうだ。

丘の上の十字架も、すでに無い。伐られて薪にでもされたか。

ヴィルトゥスが詰まってる。さぞやよく燃えただろう。

それはいずれ、きさまたちを焼き尽くす深緋の炎となるだろう。

 

シモ島の各地から、うちへ来なさいとの招待を受けている。

フィラドからも来ている。近々、フェルナンデスが行くことになっている。

フィラド島の領主は一徹な邪宗徒だが、その周辺には全住民が信徒となっている小島もいくつかあるのだそうだ。ひとまずそこへ身を寄せるつもりだと。

なんだかんだ言って、フィラドは情報蒐集の利便性からいっても、無視できない存在みたいである。

聞けば聞くほど、ヴェネツィアに思えてくる。

 

 

聖マテウの祝日には、ブンゴからアルメイダが来てくれた。

オオムラの内乱を知ってすぐに出立したが、ここまで向かってくれる船がない。陸路海路を1箇月、行ったり戻ったりしていたが、その間にたっぷりと情報を仕入れることができたという。

 

「ドン・バルトロメウは生きている。

ただ、かくれている。安心しろ。彼の信仰は揺らいではおらぬ。

アリマの王とは兄弟で、強固な同盟を組んでいるが、そのためアリマ王も城を追われ、領内の支城へ逃げ延びた。

皆、反撃の機会を窺っているが、しばらくは様子見だな。今は坊主どもの勢いが強すぎる。

我々も下手に姿を見せた瞬間、メッタ打ちにされるぞ」

 

イルマン・アルメイダ、あなたは、日本語が話せるのですか?

パウロという日本人従僕を一人連れてはいるが、その子に頼りきっている風には見えない。

アルメイダの情報蒐集と分析が驚異的だったので、つい訊いてみた。

 

「私は日本語を話せない。

ということにしておいてくれ。生半可に知っていると思われただけで、日本人どもは何もしゃべらなくなる。

こいつら、もともと感情を表に出さない民族だが、結束して秘密を守ることも本能的に叩きこまれている連中だ。

フェルナンデスのように心を開いてみせることも結構だが、それでは交渉役はつとまらん」

 

アルメイダは、ラテン語・カスティリヤ語・ヴァレンシア語・ラウマ語などをわざと絡み合わせて答えた。

従僕の前でも気を抜かないのか。

察した私は、それ以上訊くのをやめた。

 

「パードレ・トルレス。あなたたちは、もうしばらくここへ退避なさってた方が良いでしょう。私は、フィラドへ行ってきます。フェルナンデスとも情報を交換しておきたい。冬からの滞在先も、適地を探しておきます。それでは、今日は疲れたのでもう休みましょう」

 

私はずっと熱が下がらず、伏せっていたのだが、アルメイダのおかげで心の霧が少し晴れた。翌朝は、気分がよかった。

そこで、水兵たちの水汲みに同行させてもらうことにした。

町の光景を、この目でたしかめたかったのだ。

 

湧水所まで到着し、水兵たちが作業を始めてから、私はミゲルという以前から親しくしている若者をひとり借りて、西集落を見に行く許可をもらった。

信徒たちは、どれほど淋しい思いをしているだろう。坊主たちに、いじめられてはいないか。

対話は難しくとも、せめてパードレがここにいるということを、示して見せたかった。

信仰への自信と勇気を与えたかった。

 

稲が刈られていた。そうか、もう収穫期に入っているのか。

ふと、歌がきこえた。

子供たちが聖歌を口ずさんでいる。ヂク・ノビス・マリヤだ。

声のする方へ回りこむと、繁みの中で子供たちが遊んでいた。

私はゆっくりと両手を広げ、祈りを唱えながら、かれらの前に近づいた。

 

とつぜん、石を投げられた。

痛かった。血がにじんだ。本気の石つぶてだった。前を見た。次々と飛んできた。

子供たちが、口々に何かを叫びながら、石をつかんで投げてくる。

痛い。顔を覆う。

お願いだ。やめてくれ。私だ。パードレだよ。

うしろからミゲルが、私に向かって叫ぶ。

 

「パードレ!殴っていいですか!

こいつら、ゼンチョです!」

 

私は下がり、ミゲルを制す。

ちがう。この子たちは聖歌を唱えていた。まちがいなく信徒だ。守るべき存在だ。

何かの誤解にちがいない。ひとまず、逃げよう。

 

ミゲルと共に、走り出す。

子供たちは追いかけてきて、なおも石を投げてくる。

ちがう、ちがうんだ。私はパードレだよ。

ああ、それを日本語で伝えたい。伝えられるものならば。誤解はすぐに、とけるのに。

 

視線の先に、大人がひとり、あらわれた。

体格のいい、強そうな日本人だ。目がギョロリと私たちを見すえている。

殺意を感じる。こいつは、坊主か?

わからない。でも、襲われたらおしまいだということだけは、たしかだ。

ミゲルを一撃で倒しそうな、太い腕を持っている。

私たちは、ひるんだ。立ち止まった。

うしろから追いかけてきた子供たちも、制止した。

静寂の中に、風がそよいだ。

 

男は……子供たちの方に目を向けて、何か言った。日本語だった、と思う。

子供たちは、去って行った。

男は私たちの方へ向き直って、何か話しかけてきた。

私は、伝わらないことを承知の上で、ポルトガル語で礼を言い、自分はパードレ・ルイス・フロイスであると説明した。

男はなおも話しかけてきたが、やはり、まったくわからない。

もう一度礼を言い、日本式に頭を下げて、ゆっくりとその場から去った。

ミゲルと一緒に、船へ戻った。

 

 

夜、いろいろと考えた。

子供たちは、教会へ来てた子らだと思う。

フェルナンデスや私たちから歌や祈禱を教えられ、日本人特有の学習能力でたちまちそれを覚えこんだ。

かれらにとって、唯一知っている歌かもしれない。

旋律を持つ歌は日本には存在しないから、かれらは自然と、普段から聖歌を口ずさむようになったものと思われる。

その子たちを、坊主が取り込んだか?

いや、たかだかひと月かそこらで、そこまではすまい。第一、アニマを穢すつもりなら我々の歌など歌わせないように仕向けるだろう。

 

だから、あの子たちは、いきなり現れた私を見て、驚き、怖がっただけなのだ。

熊か猿だと思って。それで夢中で、石を投げたのだ。

決して、敵意とか、殺意とか、そんなのじゃない。

悪意など、なかった。

それは、躓きですら無いことだ。

 

しかし、私たちのことを、もうそんなに見忘れてしまわれたかと思うと、悲しい。

教会へ戻りましょう、パードレ・トルレス。

私たちは、ドン・バルトロメウが戻ってくるまで、この港を、教会を、私たちの手で、守り抜くべき使命があると考えます。

坊主はより烈しい妨害をしかけてくるようになるでしょう。しかし、立ち向かいましょう。

なによりも、この地の信徒のためです。

私たちは、ここに再び、上陸すべきです。

 

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