カヅサ殿は、ひと月ほどミヤコに滞在していた。
治安維持は部下に任せきり、一切の政務から隔絶して過ごした。
これまでの彼を知っていたら、およそ考えられないことである。
連日ダイリサマのとりまき連中と、球蹴り遊びをしたり、詩をつくったり、サケを飲んで踊ったり。
たっぷり汗を掻きながら、遊んであげていたようである。
この貴族どもは、クゲと呼ばれる。
先祖代々ひきこもりだけがお仕事の穢れ無き国王に仕え、外界との交渉事に時々従事する、触角と光沢を持つ御器カブリだ。
柄じゃないのは本人が一番よくわかっているはずだし、私には確信をもって言えるのだが、カヅサ殿は楽しんでなどいない。
それどころか。
カネの浪費しか能力を持たない骨の髄まで腐りきったナレノハテ共とのおつきあいに、苛立ちを抑えて抑えて耐えていることを察する。
まあオーザカさえこの世から消し去れば、そのあとでクゲとダイリを葬ることなど、いとも容易いのだから。
その時までの辛抱だと割り切ってこそ。
早くその日が来ないものかな。
苦労の甲斐あってカヅサ殿はクゲ連中から、大変な人気を集めている。
クゲにも「代々続く貴族の家系に生まれたけれどこんな生活したくてしてるわけじゃない」と正直な愚痴を吐く者もいて。
「カヅサ軍に入りたい、あなたに就いていきたい」と熱烈なる想いを打ち明けたりもするそうだ。
「ならお前たち同士で相撲をとってみよ」と言ってみても、相手にぶつかることを極端に恐れるから試合が始まらない。
生まれてこのかた箸より重いものを持ったことのないお坊ちゃまに「戦え」なんて言っても無理だよねえ。
結局、空回りな情熱に過ぎないので、真剣に取り合わないのが一番みたいだなあ。
カヅサ殿がそんな仕事に忙殺されている間、家臣たちも猛烈に忙しい日々をこなしていた。
カヅサ軍に入りたい者が、ミヤコへどんどん集まってくる。
その審査、登録、そして基礎訓練。
かれらもまた、夢だけ膨らませて身ひとつで家を飛び出してくる、お子ちゃまだ。
来れば諸手で歓迎され、すぐに鎧と馬をもらえる。なんて生ぬるい幻想を抱き、何でもしますからと威勢だけいいところを見せようとする。
とりあえず馬糞の始末とか、縄を編んだりとか、雑用を与えられる。
こいつは真面目で盗みも逃げもしない。と信用されてからやっと、武具の運搬くらいまでやらせてもらえる。
そんなもんだよ軍隊てのは。
社会勉強のつもりで、まあ1年は耐えてみるんだね。
大丈夫。カヅサ軍に1年もいられたら、君は間違いなく、すでに精鋭だ。
昇天祭を過ぎた頃。
カヅサ軍は数万人を引き連れて、カワチ国へ出陣した。
これだけの軍勢ならオーザカ攻めも無理ではなかろうが、それはまだ先の話だ。
今始めれば犠牲も相当に出るだろうし、実戦経験を持たない初年兵は錯乱して何をしでかすかわからない。
だから練習に丁度いい対象が選ばれた。
オーザカ郊外の、反社会勢力が立て籠もる拠点を、ひとつずつ潰していったのだ。
2週間ほどで、新兵たちの顔には自信が宿り始める。
攻撃対象となった城砦は悉く破壊され、周辺の町や村は焼き尽くされ、田畑の作物は一切合切薙ぎ払われた。
山ひとつ包囲して残党狩りをする作戦も実施された。
かつてヒエノヤマで実践した攻略法をもとに、より無駄なく、容赦もしない行動規範を学ばせたのだ。
強い軍隊とは、均一的な人殺し集団を意味しない。
陣地を構築し、物品を移動し、その保全に気を配り、指示をすみやかに伝達し、食事をつくり配給し、負傷者は救護し、敵陣地を制圧したら速やかに解体し無力化する。
この連携を学ばせるには、適切な教育課程が必要だ。数だけ揃えればできる芸当ではないのである。
カヅサ軍ではこの水準がきわめて高いのだが、それでも、向いてない者には壊滅的に向いていない。
こんなつもりじゃなかったよと悩み打ちしおれる者が現れれば、教会へ寄越してほしいと伝えてある。
毎日、ゾロゾロ、ミヤコへやって来るね。
できる限り、話は聞いてあげよう。
それで悩みが吹っ切れればよし。
もう一度カヅサ軍で働きたいというなら、診断書と紹介状を持たせてやるし。
どうしても向いてないようなら、もっといい仕事を案内してやる。
信徒になるかどうかはその後でいい。
いずれ、カヅサ殿が日本を平定してからでいいんだよそれは。
クゲも、兵士も、まだまだ未熟だ。もう少し、時間が必要なのさ。
ミヤコへ戻ってきたカヅサ殿は、報せを聞いてギフへ戻っていった。
トトミ国へ、また、シンゲンの息子が攻め入ったらしい。
ミカワ王が必死で救援を求めている。こっちも、またか。
カワチで経験を積んだ兵の3割ほどを連れていくことにした。
残りはキナイでの防衛任務に就かせ、更なる経験を積ませる。
本当に無駄がない。テキパキと進んでいるなあ。
テキパキといえば。
ミヤコの教会を、いよいよ建て直すことにした。
うんと豪勢な建築にするべく、職人たちとも調整を重ねている。
工事が始まれば、カヅサ兵からも作業員を出してもらう予定だ。
カブラルも予算を計上してくれたし、タカツキに建設中のエウロパ式教会よりも更に見事なものにという、壮大な夢が広がる。
カヅサ殿に倣って長期的な展望を見据えた計画を立てるとしたら。
最大の問題は、宣教師不足に尽きる。
以前、日本人イルマンを養成し教会管理まで任せようという方針があった。しかしカブラルによってこの案は完全に撤回された。
日本人に会士並みの権限など与えるべきではない。
では宣教師不足をどうするか。
カブラルはポルトガル人パードレを増援するよう、すでに要請をゴアへ出している。
とくに優秀な者を請う、との注文をつけて。
さすがはカブラル。采配がすばやい。ほんと、頼りになる。
大局を見て、常に先手を打つ。布教長たるもの、この能力が必要なのだなあ。
学ぶべきことは多い。
私は、その後継者となるための努力を重ねる。