カヅサ殿は、引退の準備をされている。
42歳。まだまだ若いと、誰しもが思う。
長男のキミョウ殿は19歳。
こちらは日本では、もう立派な成人とされる年齢だ。
敵を葬り尽くしてからの譲位では、キミョウ殿に経験を積ませられない。
それにあと10年の間は万一の事態が生じても、カヅサ殿が直接、戦場で代役を務められる。
そんな猶予期間を設けての王位継承を、本年中には行うつもりだという。
「奇妙にすべてを委せられるようになれば、予は好きな場所へ行けるようになる。
フロイス、そのときは、エウロパを案内せよ」
あ、あはは。夢のようなお話です。
今日のカヅサ殿は、とりとめがなかった。
常に戦場であるかの如く気を張り詰め、家臣の前でも気を許さないのが彼の信条であるが、普段は飲まぬサケも用意させ、ごく少人数でくつろぎながら談話をした。
古代グレーシアに、シュンポシオンという文化があったという。
地上の叡智たちが集まり、政治・経済・平和・幸福・文明などについて、ただひたすら語り合うという饗宴だ。
頭がよいだけでは成立しない。参加者全員がお互いの実力を認め合い、同じ理想を抱きながら、かつ純粋に議論を愉しみ、更なる親睦を深める。そんな条件が揃っていなければならぬ。
まさか日本で、これを味わう機会が訪れようとは。
10年前の私に話しても、一笑に付して終わりだろう。
10年後には、カヅサ殿とエウロパで、今日のことを思い出しているかもしれない。
ああ、ほんとうに夢のようだ。
カヅサ殿には、主に家臣たちの子息からなる少年ばかりの親衛隊がおり、日々の身の回りを、かれらだけにまかせている。
物心ついた頃より主君への忠誠を教えこまれ、その寵愛を受けることを競い合って過ごしてきて、完璧であることを求められそれに応え続けられる資格をもった、少年たちである。
その中でも特に選り抜かれた美しい数名が、私をもてなしてくれた。
かれらもまた、エウロパという別世界に興味津々である。
カヅサ殿が完全に隠居をしてエウロパまでの旅をする時までお側に付き、その手を携え共に過ごしたい。そんな熱意をひしひしと感じる。
ラウマの教皇庁にも、幼少時からずっと仕えていて教皇のお世話を担当する少年たちが大勢いるはずだが。
元来、日本人は子供ほど聡明であること、エウロパ人を凌ぐのだ。
私はできる限り大勢の、日本生まれの美少年たちをラウマへ連れていきたいという願望を抱く。
世界が驚嘆することは、まちがいない。
今宵語られたカヅサ殿のつぶやきを、忘れぬうちに控えておきたい。
彼がここまで油断して口が軽くなることも、今後、滅多になかろうと思う。
最後は少年の一人に膝枕され、きもちよさげに、まどろんでいた。
かれらの前でもこんな光景は年に数度と見せないそうだ。
それほど特別な夜だった。
「本願寺が、泣きを入れてきた。
越前での根切りが、よほど恐ろしく伝わったようだ。
大成功だった。そちにも、感謝は尽くせない。
友閑と康長にこの件は担当させているが、もう少し締め上げてから、和睦を受け入れる。
やつら、城の中までは見せようとしないからどうせまた裏切るのは目に見えているが。どこから攻めたものかまだわからん」
カヅサ殿でも攻めあぐねる、ホンガンジ。
日本で最も堅牢な砦だと曰くつきの存在。
カヅサ軍に属する城砦で最も防衛力の高い設計はソウダイの城だと言われるが、そのソウダイをして、オーザカの難度は桁違いだと言わしめる。
幾重もの小路で侵入経路を制限し、城下の町家もすべてイコ宗徒が個別に武装を施している。
小山の最頂部にそびえるホンガンジ城郭は鉄炮隊を各所に配置できる構造を備え、隠し扉や脱出口も周到に張り巡らされた、およそ並の武将では考えつかないほどの防御思想に貫かれている。
だからこそ無抵抗で手に入れ、その技術を隅々まで調べたいというのが、対オーザカ戦を難しくさせている課題なのだ。
戦争とは、ただ敵を駆逐するだけの作業ではない。
勝ったあと負けたあとの政略まで含め、様々な要素を考え準備しておき、なおかつ、いざ戦闘となれば作戦を遅滞なく実行させられるだけの練度も維持し続けなければ務まらない大仕事である。
リジボーアで受けた歴史の授業で、ここまで真剣に考えたことはなかった。
まさか世界の涯てで、軍政学を、原住民から学ぶ機会を与えられようとは。
エウロパ中の軍事研究者が卒倒しそうな話だ。ぜひ、卒倒させてやらねば。
「越後の謙信が最近、怪しくなってきた。
越中は呉れてやる。加賀は半分こだ。と決めたことなのに、取り分をもっと寄越せという。
どうやら勝頼に頼られて、手を結んだらしい。
あんな奴、適当にあしらっておけばよいものを」
ケンシンとは、エチゴ王。クヌカ地方の東北に広がる領国の主である。
カンガ・エチュウが坊主に占領されると、エチゴは孤立した。
だがカヅサ殿がエチゼンを平定し、カンガ西部までを支配下に置いたので、エチゴもこれに呼応し、同盟を結んだ。
残りはエチゴが好きにせよ、という協定ですっきりした解答だと思うのだが。
いまさら、ゴネているらしい。
カツヨリとは、シンゲンの息子である。
今年の夏、ミカワ国へ攻め入って惨敗した大将だ。
カイ国を本拠地とする。父親はその領土を大幅に拡大させた。息子の代で総崩れになった。
残った領地を防衛するだけの戦力もまかなえなくなり、エチゴと同盟を結んだらしい。
この際一番いいのは、エチゴ王に仲介してもらってカヅサ殿とも同盟を成立させ、今後は身の丈に合った領土を治めることに誠心誠意尽くすことではないかと思うのだがな。
私はエチゴ王がどのような人物か知らないので、尋ねてみた。
「昔は、輝虎と言った。謙信は法号で、坊主の証だな。信玄と同じで、諸宗を渡り歩いたようだ」
あ、もう充分です。それ以上は聞かなくてもわかりました。
極冠の地に住む、毛むくじゃらの野蛮人なのだろう。
カツヨリの方がまだ話が通じるかもしれない。
ふと思った。
シンゲンはそれでも、武将としては強く、政治手腕も卓越していたのかもしれない。
しかし息子にそれを引き継がせることなく、戦場に立ち続けて、ある日死んだ。
カイ国の崩壊はそこから一気に始まった。
見るも憐れなほどに。
カヅサ殿はこのような失敗例を真似ないために、若くして引退。キミョウ殿に王位を譲ろうとしているのでは、ないですか?
「無論、それはある。家臣たちも慣れるまで時間がかかろうしの。
そちは久秀を知っておろう。
予は、あんな風にもなりたくないのだ」
ヒサヒデとはソウダイのことだ。70歳近いはずだが、いまだに現役を離れられない。
昔、息子がクボウを殺したが、今もソウダイがやったと信じている人は少なくない。
それほどソウダイ個人の印象が強すぎるのだ。
カヅサ殿は、息子の方が立派になり有名になることを望んでいる。
父親はこんな人物だった、とたまに語られるくらいが理想なのだという。
そのためにはキミョウ殿が自分から学び、考え、実践する機会を積極的に設けなくてはならない。
来年からはその環境を整えるのが、自分の勤めとなるであろうという。
すばらしい。
そんな発想、坊主には理解すらできないでしょう。
エウロパの城について訊かれた。
いつも訊かれるのだが、構造や建築の技術となると、私には到底、覚束ない。
セメントの作り方すら知らない。
カヅサ殿は、ギフの城をキミョウ殿に明け渡したのち、新たな居城をつくる予定である。
当初これをエウロパ様式で、という要望であったのだが。
私の助言だけでは、外見を中途半端に模倣した風変わりな建造物にしかなりそうにない。
そこで今回は完全に見送りとなった。
それでも今まで日本には存在しなかった新しい発想の城を造るつもりで、随所に工夫を施すべく、職工たちと議論をたたかわせている。
わくわくする話だ。
私こそ、この場から、いろんなものを学びたい。