割礼祭の直前。カヅサ殿は、正式に引退した。
順に語ろう。
待降節頃。カヅサ殿はウタイショウ云々という称号をダイリより与えられた。
武将の最高峰を意味するそうだ。
今更ですか?
そう冷やかしたくもなるが、これでオーザカも、カヅサ殿に刃向かう正当性をまたひとつ失うことになる。
10日ほど祝賀会に追われたカヅサ殿。
そろそろ堪忍袋が破け果てたのでミヤコから脱出。
ミノ国東端で足掻き続けている、カイ国シンゲンの息子に引導を渡すためだとの名目で。
長男のキミョウ殿あらためカンクロー殿が指揮していたが、半年近く膠着状態。
父としては何をチンタラやっていると苛立たしく思いながらも様子見していたのだ。
現場でどんな指導をしたかは知れない。
ただ、その後すぐに結着がついた。
シンゲンの息子は逃げ去った。その家臣どもはほとんどが討ち死に。
カンクロー殿の采配による勝利。父は助言をしただけだ。そう発表されて全員が凱旋。
この戦功によりダイリはカンクロー殿に、アイタノ・ジョースケという称号を与えた。
シナノよりさらにずっと北にある領国。そこの統治権だそうである。
いつものアイタノカミみたいなのよりは、少しは実のある扱いらしい。
受領名とは、地方領主が、行ったことのない土地の権利でも好きなだけ濫発してよい、実体の無い空約束。
そこは同じだが、今回は曲がりなりにも日本王たるダイリが正式に与えた。
ただ僻地も僻地なのでカンクロー殿本人は行く気もないそうだ。
だいたい現地の人には伝わっているのか。それが一番気になるのだが。まったくわからないので、喜ぶべきかどうかも判然としないところだけれど。
とりあえず、おめでとうございます。
ここまでの段階を踏んで、あらためて、王位継承の儀が執り行われた。
カンクロー殿はノフタタ殿と更に名を変え、ミノとヲアリの正当な領主となる。
ギフ城も、彼のものだ。
今後は、治政に邁進するよう。侵入者には鉄槌を振るうべし。まだ20歳そこそこなので、家臣たちの助言によく耳を傾け、最後は自分の判断で、国の発展を指揮していくのだぞ。
そしてカヅサ殿は、ひっそりと隠居をする。
「当面はサクマの邸に住まわせてもらう」と本気だか冗談だかわからないことを言った。
その瞬間、サクマ殿が取り乱したのが印象深い。
アヅチ城の基礎工事もほどなく始められるが、まずは仮の居室をつくる。出来次第、そこへ住む。それまで居候させろということだ。
カヅサ殿には何人もの妻がいて、血の繋がっている子供だけでも、20人以上いる。
元クボウの息子も人質にとって大事に養育してたりするから、ギフ城には幼児がいつも遊んでいた。
家臣たちの子供も一緒に育て、見処のある者は側近にした。
カヅサ殿を居候させるからには、この子たちもついてくる。サクマ殿ならずとも、瞬時にそう考える。
ミヤコでのカヅサ殿は屈強な家臣に囲まれて常時戦闘態勢。
だが、ギフ城へ行くとこれが一変するのだ。
そうはいっても子供の前でも油断はしない。礼儀作法に徹底的に厳しいカヅサ殿なので、デレデレした好々爺ぶりなどは見せないのであるけれども。
実は子供が大好きなのだ。女性たちとよりもずっと、少年たちと過ごす時間を大切にする。
こんなこと、カヅサ殿とよほど親しくなければ、知り得ないことだが。
サクマ殿は、自分の邸にカヅサ殿が何人の子供たちを連れてくるつもりかと恐怖したに違いない。
まして、妻たちまで住まわせるとなれば、大所帯である。
仮、といったって大きな村ひとつ作るようなものだ。
私も、大いに気になった。
意外な答えが返ってきた。
「六畳の茶室ひとつあればよい。用があれば、馬で出向く」
ひとりきりで暮らすおつもりですか?
「おうよ。今までそんな暮らしを、したことがなかったからな。
護衛はつけるが、飽きるまではひとりにさせろ。
そのくらいのわがままは、許せ」
わがままですか。そうですね。
今まで、ずっと、世のため人のために、戦ってきたんですものね。
わがまましてください。思う存分。
……もしかして、クゲたちと遊び呆けてるうち、そんな心境になりましたか?
「公家どもか。ああ、そちにも鬱憤をぶつけたことが、あったかな。
あればあるだけ湯水の如くカネを使い、遊ぶことばかりに憂身をやつす困った連中だが、最近はかれらを憐れむようになった。
先祖代々ああいう生き方しか、学んでこなかったのだ。
予のように親へ刃向かう術すら知らずにな。
悪意からなら斬ってもよいが、悪意はないのが困りものだ。なんとか夢見の悪くない使いみちを、公家どもに与えてやれんものかなと、最近は思うようになった。
それも、茶室で考えてみたいことのひとつだな」
むつかしい問題ですね。
しかしカヅサ殿がどんな国をつくりたいのかは、感じ取れる気がします。
悪意無き総ての人間に、救済を。
それはまさしくデウスの真意そのものではないかと私には思えるのです。
アヅチへの教会設立の準備を、本気で始めないといけないな。
町はあっという間に、発展するだろう。カヅサ殿の力で。
今すぐにでも、乗りこみたい。
この王国に住む総ての人間に、カヅサ殿の思いを伝え、広めたい。
それが、デウスの御心にも適う仕事に違いない。