坊主に効く、特効薬はないものか。
私はルイス・フロイス。来日して14年になる。
この王国には、坊主という、1000年間好き放題やらかしてきた悪魔どもが巣くう。
連中を駆逐し、迷える民を解放して生きる目的を指し示し、アニマを救済する。これが、我らデウスの使徒に課せられた使命である。
来日以来、ただひたすらに坊主どもと戦ってきた。
少なからぬ邪宗徒を、我々の味方に変えた。
しかし元来、坊主とは悪魔である。
かれらの邪心を、純真無垢であった状態に戻すことは、不可能に近い。
それでも我々は、諦めてはならぬ。
徹底的に戦い、そして、勝利せねばならぬのだ。
私は灰の日より、精力的に各地を巡回した。
信徒へも求道者へも、機会があれば坊主にまでも、デウスの教えとそれを具現化するカヅサ殿の偉大さを説いてまわった。
それをできる最適任者は自分をおいて他にない。
今もそれは確信しており、揺るがない。
しかし思わぬ抵抗に、きりがないほど直面する。
坊主は例外なくカヅサ殿を憎悪する。
ヒエノヤマ、イセイ湾、そしてエチゼン。
たしかにイコ宗徒を根絶やしにした。
女・子供・老人であろうと、一切容赦しなかった。
改宗しますと泣きついても赦さなかった。
どうせ口先だけだとわかっているし、我々はすみやかに完全に目的を遂行する必要に迫られていたのだ。
迫らせたのは他ならぬお前たち自身である。
それを忘れてはいかんよ。
むしろ、そこまでされても過ちに気付かないお前たちにとっては、邪宗に染まりぬいたままひとおもいに殺された方が本懐だったと言えないかね?
それにしても、殲滅対象となったフォッケ宗とイコ宗はともかく、なぜゼン宗やジョード宗などまでが同じ批判をするのか。
日本の仏教は垣根を持たず、仲良く横一列に並んでいることの証左とも言えるわけか。
すべての宗派が連帯し、カヅサ殿憎しと叫ぶ。
坊主とはせせこましく争っているように見えても結局、一枚岩なのだ。
区別せず叩けばよいということか。ならば、手間も省けよう。
それにしても。カヅサ軍がいないところへ来てみると、空気が変わる。
フォトケもアミダも、猫も杓子も、滅茶苦茶な体制批判を朝から晩まで喚いている。
中央ではお目にかかれない光景ともいえる。かれらは公権力の膝元では、大して騒がないのだ。
地方に行けば行くほど、わからず屋がわからず屋相手に気炎を上げたがり、手をつけられない有様だ。
ほとほと嘆かわしい。
自分たちの主張は無知な相手にしか伝わらない。それを少しは自覚したらどうか。
無知でも心根が曲がっていなければ、私は君たちに語る。
カヅサ殿をただ闇雲に恐怖する地方民は多い。
聞く意思があるなら、耳を傾けてくれたまえよ。
カヅサ軍は、デウスの信徒を決して攻撃しない。
少々強引なやり方をする場合もあるが、目的は悪を斃すことだからだ。
正しい道を歩み、よく学びよく働く者を、デウスは決して見棄てたりはしないものだよ。
私はそう説いて、民草へ安心を与える。
納得してもらえない場合もあるが、いずれ、わかってもらえるだろう。
私は何度でも語るよ。いつでも訪ねるし、訪ねてきてくれてよい。
復活祭を過ぎて、私はミヤコへ戻ってきた。
教会の建築は、まったく進んでいない。
問い合わせた。
人夫が払底していて、頭数が揃わないのだという。
アヅチの方が稼げるからと、そちらへ出稼ぎに行く者が今はとても多い。
そう言われると、ぐうの音も出ない。
そうはいっても、中途半端に工事が止まったままでは、格好もつかない。
タカツキに使者を出し、領主ジュスト・タカフィ殿へ相談をした。
ほどなく、ジョルジ・ユキヤフエンシ殿が検分に現れた。
ジョルジ殿は、ヴィレラの時代に受洗した、古参信徒のひとりである。
当時はミヨシ殿の家臣だったはずだが、今もしっかり生き抜いている。
このことだけで、じゅうぶん実力が知れよう。
彼はさっそく配下の兵に仕事を命じ、ミヤコ教会の建築に取りかからせた。
また、自らも材木運びなどを率先して手伝い、暑い日は手持ちの脇差しを売りにやらせ、そのカネで作業員に水菓子をふるまうなど、してくれた。
その献身ぶりはたちまち評判を呼び、ここで働きたいと志願する職人を、多少なりと確保することにつながった。
私は、ジョルジ殿と何度か対話を重ねた。
ジョルジ殿はカヅサ殿を大変に尊敬しており、その力によって日本全土を平定し、争い無き楽園をもたらすべきだという方針を理解し、これに沿った行動をしてくれている。
心強い同志である。もっともっと励んで更に高い地位を目指してほしいものだと応援する。
出世街道というものは、エウロパに限らず日本でだって政治力が問われる世界だ。
ジョルジ殿の主君はジュスト殿であり、その上には、かつてワタ殿を殺害したアラキが今ものさばっている。
アラキは、裏切りに裏切りを重ねることでのし上がってきた、肚に野心を煮えたぎらせる男である。
時局に乗じ、勝ち馬に乗る嗅覚はきわめて鋭いのであろう。
そのアラキは、カヅサ殿の命令で、オーザカを包囲する要衝につけられている。
本来ならば、その地点を経由する、オーザカへの人や物資の流出入は厳しく制限されなければならない。
しかしアラキはここで、賄賂をとって私腹を肥やすという不正行為をはたらいている。
いざオーザカを攻める際にも、うまく立ち回って、上級幹部の脱出を手引きするとか何とか、やりかねないとジョルジ殿は、警戒する。
残念ながら証拠を押さえることが大変難しく、ここまで述べたアラキの不正は今はまだ疑惑と片付けられてしまう。
下手に告発しても、ジョルジ殿が亡き者にされるだけであろう。
くれぐれも慎重に動いてください。アラキは狡猾です。目をつけられたら、ジョルジ殿の方が反逆者にでっちあげられてしまいますよ。
悩ましい話だが、それでも今ここで仲間割れをしては坊主の思う壺である。
アラキと戦うとしたら、オーザカを消してからだ。それまでは、監視をゆるめず泳がせておいてやる。
平和への道は、山頂を目指すに似て、一歩一歩着実に進めていかねばならぬものだと思う。
時には回り道に思えても、登ったり降ったりを繰り返す必要があっても、やむなきことだ。
しかし強い意志で困難を乗り越え、私たちは目標へ到達してみせようではないか。
私はその一員として、地道に、教えを説き続ける。
同志と、それから蒙を啓いて心を入れ替えた信徒たちの笑顔に支えられて、力強く立ち向かう。
何度でも、何度でも私は語って聴かせるよ。
いつでも、どこからでも、かかってくるがよい。