舟はぶじ、ブンゴへ着いた。
私はさっそく、フナイの教会を目指す。
エウロパ人であることは珍しがられなかった。
だが日本語がミヤコ訛りしていることを、話す人からことごとく指摘された。
14年ぶりのフナイ教会へ辿りつく。
門をくぐった途端、異臭が鼻を突いた。
豚だ。豚を飼っている。
懐かしいといえば懐かしい。
リジボーアでも、町のあちこちに豚舎や牛舎はあった。
しかし日本ではありえない匂いだ。
馬舎だって、日本人は糞をすぐ掻き出すし、馬の体だってよく洗ってやるから、臭くない。
だからこそ余計にここの臭気は強烈で、私は吐き気を抑えることができなかった。
敷地全体の広さは変わっていない。
聖堂に住院、宿泊所、墓地。
そして2棟の病院。
アルメイダがつくった、日本で初めてエウロパ式医療を処方できる施設。だった。
鉄炮で負傷しても弾を体から摘出することさえせず、化膿するまま放置しながら坊主にカネだけ貢ぎ続けていた多くの日本人が、この病院で救われた。
しかし数年後、ラウマの公会議で、人間の生死に聖職者が関与することを禁止される。
この報せが日本へ届いた時点で、病院経営はコンパニヤの手を離れ、日本人に引き継がれることとなった。
だが日本人に病院の維持は無理であった。
アルメイダは新しい土地へ飛び回っていて、助言もできない。
やがて廃業した。
今見ると廃墟のような佇まいだ。
肝試しには、うってつけだろう。
フナイ全体の印象は、決して、明るいものではなかった。
私が訪れた日、教会にはエウロパ人がいなかった。
パードレも、イルマンも。巡回中とか理由はついていたが、責任者不在だったのだ。
従僕たちは言われたままの雑務を片付けていたが、掃除なども行き届いてないことは一目でわかる。
ここから半日の距離に、ウスキという町がある。
そこにはパードレ・モンテが常駐しているらしいので、翌日そちらへ向かうことにした。
フナイは古くからの大きな町で、ブンゴ王の邸を中心に構え、栄えている。
しかし政庁はウスキにある。
ブンゴ王も、普段はそちらに暮らしている。
ウスキは要塞都市だ。
岬の先端には険しい崖がそそり立っており、この頂上に、鉄炮隊同士での攻防を意識した小城が築かれている。
沿岸に並ぶ、海賊衆の護りも堅固そうである。
この国と争うべきではない。はっきりとそう感じさせる力強さが、私には理解できた。
パードレ・モンテは私と同期だ。63年の定航船で共に来日した。
お互い、老けたな。
笑みがこぼれる。
「パードレ・フロイスよ。
日本人の信徒は現在4万人。その大半は、ナンガサキとアリマに集中している。
次いで、ゴトウ、フィラドかな。
キナイではタカツキが突出しているが、それを含めても1千人ちょっとしか信徒を獲得できていない。
日本にパードレは12人しかいないのに、そのうち2人もミヤコに派遣しているというのは、きわめて効率の悪い配分だと思う。
この点は、理解してもらえているだろうか」
パードレ・モンテよ。無学な私への説明に感謝する。
だがしかし。
エウロパより、ゴアより、チイナよりも、日本におけるデウスの布教が困難であることは、貴兄も御承知であろう。
日本人信徒ひとりはエウロパでの洗礼10人分と同じ価値がある。
日本の中でも、ミヤコ周辺における戦乱の多さと坊主による妨害は、私がシモでくぐり抜けてきた経験よりはるかに大きいものだった。
応援をよこしてもらう余裕がなかったことは理解できた。
しかし、私とニエッキが決して力不足だったわけでも、力を抜いていたわけでもないことは、どうかわかってもらいたい。
「パードレ・カブラルは君に、もっと厳しく詰問をするだろう。
私はできる限り君の味方をしたいと思っているが、君の今の釈明では、カブラルを納得させるのは難しいのではないかと感じる。
まだ時間はあるから、もう少しよく考えておくことを薦めたい、かな?」
パードレ・モンテよ。君の忠告に感謝を捧げる。
ところで、パードレ・カブラルは今どこにいるのだろう。ブンゴにいると、聞いていたのだが。
「パードレ・カブラルの出現を予測することは、きわめて難しい。
ただ、私の想像だが、アリマに行っているのではないかと思う。
ドン・バルトロメウの実兄が昨年春、信徒となった。ドン・アンドレという名だ。
背中にひどい腫瘍ができて、何人もの坊主や祈禱師を雇ったが治るわけもなく、最後は我々にすがった。
しかしすでに手の施しようがないほど悪化していて、年を越せるかどうかも危ぶまれた。
彼が死ねば、息子を中心とする反対派勢力が、仏式で葬儀を行おうとするだろう。
その前に我々が、相手の度肝を抜くほど壮大な秘蹟を挙行する必要がある。
となると、カブラルほど手際よくできる者なんて、いないからね」
坊主勢力というのは、シモでも、まだまだ脅威なのかい?
「パードレ・フロイスよ。
君の報告でも書いてあったが、カヅサ殿は坊主どもとその信者を、徹底的に焼き尽くし、殺し尽くしてくれるそうだな。
その武勲はシモまで鳴り響いていて、坊主たちを恐怖させているよ。
爽快ではあるのだが。しかし、あまりそればかりしても、かえって敵を意固地にするばかりだともいえる。
良くも悪くも、シモにはカヅサのような強烈な武将はいない。
坊主はのさばり放題だが、我々はあくまでも無抵抗主義でこれと戦わねばならない。
そのこともカブラルから再教育されると思うが、今後は肝に銘じておいてくれたまえ」
あれ。
私はカヅサ殿の全国統一をシモからも支援して、しかるのちにデウスの国教化を開始するという順序で考えていたのだけれど。
なんだか雲行きが怪しいぞ?
それにミヤコで感じていたときより遙かに、シモにおけるカブラルの支配力は大きそうだ。
モンテは本心から私に忠告をしてくれているようだが。
そうでないと私がカブラルから相当厳しく問い詰められるぞと、心配してくれている。
慎重な言葉遣いから、それがひしひしと伝わってくる。
なるべく余計なことは、自分からは口にしないように、しておこうかな。
私はカブラルからの指示があるまで、ブンゴ国にとどまり、情報蒐集に専念しようと思う。