パードレ・アレッサンドロ・ヴァリニャーノ。
インディア管区の巡察師として4年前、40名余の会士を引き連れて、リジボーアを発った。
ゴア到着後、そのうちの15名を極東の日本へ先行させる。
今年、かれらはナンガサキへ上陸した。
私はヴァリニャーノについて、ブンゴへ派遣されたレイモンとゴンサロの両パードレからしか、噂を聞いていない。
ヴァリニャーノに対する2人の尊敬は度を越していた。
御主が地上へ送りたもうた最大級の聖人だといわんばかりの持ち上げようである。
だから、聞き流すことにした。
この点アルメイダは、ほぼ15人全員から情報を聞き及んでおり、その上で冷徹な分析を加えている。
更に、それを忌憚なく語ることに、躊躇がない。
さすがにカブラルの耳に届くと面倒だから、私とこっそり2人きりになってからぶちまけるくらいの配慮は計算しているが。
兎も角も誰かに語りたくてたまらなかったのだろうなあ。
と、察するところあまりある。
パードレ・ヴァリニャーノは、ラウマでイエズス会士になって、まだ10年ほど。
年齢も、40に達していない。
にも拘わらず、カブラルと同等の四盛式誓願を修め、総長からの特命を帯びて送り出された。
その特命のひとつとして、日本布教区を独立させるか否かの決定権も与えられているらしい。
……日本に、司教座を置く?
それはまた、ずいぶん、夢のような話ですね。
もっとずっと先のことだと思ってました。
「インディア管区の中心拠点はゴアだが、ここの現地民を文明化することは不可能だと、どうやらラウマでも見切りをつけているらしい。
代わりにこれから期待されているのが、チイナと、日本だ。
ことに日本人の知能の高さと潔癖を重んじる習性は、きわめて重視されている。
日本へのパードレ割当てをゴアの都合に頼っている現状では、改革も難しかろうということで、今度の巡察師には格別、巨大な権限が付与された。
日本でパードレを任命できるようになれば、コンパニヤの戦略も、今と大きく変わってこような」
アルメイダも、パードレになれますね、すぐ。
それはなんとも心強い。
「さて、そうなってくるとカブラルはお役御免だ。
本人が心を入れ替えることは難しかろうから、日本を去ることになるだろう」
パードレ・カブラルは、トルレスの宥和主義から一転、厳格主義へ転換させました。
これが、新布教長によって、第4段階へと移行する形になるわけですね。
コンパニヤがより発展するための新しい体制が、必要とされる……
「すんなりいけば、だがな。
しかしカブラル自身が切実にそれを察しておって、すでに画策を始めておるよ。
巡察師の手出しを封じようとな。
しかし権限の圧倒的な差は明らかなので、カブラルも強くは抵抗すまい。
日本で築いた資産を持てるだけ持ち出し、アマカウかゴアで悠々余生を過ごすのではないかな」
うらやましいですねえ。
カブラルは相当の蓄財をしていると聞いてます。
アルメイダとミゲルはその財務担当をしていたんでしょう?
実際、どのくらい貯めこんでるんですか。
「わしらが管理していたのは、定航船が持ち出しする商材の記録と、コンパニヤの年間経費を集計するところまでだ。
それでも、すごいぞ。
コンパニヤではパードレ1人あたり年間20クルザードの生計費を給付しているが、おまえだってそんな予算もらった試しがなかろう。
カブラルは、いかなる支出も抑えたがる。あのドケチぶりは病的だ。
もちろん浮かせたカネはすべてカブラルが懐に入れる。
加えて、定航船が持ってきた商材はすぐナンガサキの倉庫に入れられるのだが、そこから先の商売はすべて、地元に暮らすポルトガル人の領域だ。みんなグルさ。
末端価格で何倍、何十倍にも化ける利益を、連中だけで独占だ。想像するだけで愉快じゃないか。なあ?」
……いいんですか?
パードレ・レイモンが特にその件を憤ってました。
聖職者にあるまじき行為であり、デウスの教えへの冒瀆であると。
「レイモンか。
認めたくないものだな。若さゆえの、甘ったれだ。
考えてもみろ。カブラルはナンガサキ開港以来、7年間、その急速な発展を推し進めてきた。
あの街で財を成し、生き続ける努力は並大抵ではないぞ。
そんな連中を手懐けて、名実ともにパパとして君臨しているのがカブラルだ。
デウスもなんら罰など与えていない。
そこまでちゃんと見て代案を示すならともかく。レイモンの愚痴は、ただの嫉妬じゃあないか。
おまえからも、よく言ってきかせろ」
……はあ。よく言ってきかせます。
ナンガサキって、私はまだ行ったことがないんですけど、ずいぶんと賑やかな街みたいですね。
豚肉を食べさせる店もあるって聞いてます。
どうなんですか?
「フロイス、覚悟して聞け。
ナンガサキは流浪者の巣窟だ。
世界のどこにも、こんな都市はない。
住民はすべて、デウスの信徒だ。イエズスのコンパニヤ一択だ。純粋たるものだ。
だから、おそろしい。
ここにモーロ人がいれば、あるいはエスパニヤ系のフラーデが混じっていれば、治安の悪さはかれらが原因だと主張することも可能だ。
しかしナンガサキで起こる事件はすべて、我々コンパニヤが責任を負うべきことになる。
だから、なにひとつ、事件などは起こさない。
ここまでは理解できるか?」
……覚悟して聞いてます。
つまり、治安は、悪いと?
「ナンガサキはもともとオオムラ領だが、すでにドン・バルトロメウの権威は及ばなくなっている。
役人も、警吏も、とっくに逃げた。
町区ごとにコンフラリヤが自警団を抱えているが、喧嘩はいたるところで毎日絶え間なく起きる。
ナンガサキ駐在宣教師の主たる日課とは、揉め事があるたびに呼ばれ、当事者から事情を聴取し、デウスの代理人として調停することだ。
小さい事件は従僕たちや各組長に任せるが、収束できなければ最終的にパードレが出向くしかない。
パードレがゆるしを与えることで、事件は起きなかったことになる。
この聖務がどれだけ過酷なものか、少しは想像できるか?」
……アルメイダよ。私はいま、呆然としています。
腑に落ちたところも、いろいろありますが。少し、頭を冷やしたい。
もしかすると夢でも見ているのかもしれません。
考える時間をいただいても、よろしいでしょうか?
「フン。頭がいいのか悪いのか、度胸があるのか無いのかも、はっきり見せない男だな、おまえは。
まあよい。儂も少々、喋りすぎた。
ひとつだけ言っておく。
書くなよ」
はい。
書くべきでないことです。
それは私も、同意します。