カブラルは、キナイでの大躍進を、ちっとも喜ばなかった。
「イタリヤ人は、嘘つきで怠け者だ。
夏に5000人と書いてよこし、やりすぎたものだから、今度は7000人と書いてよこした。
そのうち減らしてゆくだろう。見え透いた手口だ。
だいたい考えてみろ。増援に遣わしたペレイラとメスキータはまだ使いものにならんとして、オルガンティーノとステファノーニの2パードレ、ロレンソとコスモの日本人イルマン2。
たったこれだけで、どうして何千人も授洗できる。
嘘でないとしたら、日本人の平信徒に洗礼の権限を与えまくっているはずだ。
こうなると、教義すらまともに伝えているのかも怪しい。
聖書のことばを一から敬虔に学びなおせ!まずは自分からだ!と、やつらに書いて送っとけ。
まったく、由々しきことだ」
ああ。予期してなくはなかったとはいえ、私まで怒られてしまう破目になった。
つらい。言い返せなくて、つらい。
カブラルの八つ当たりは、当然ながら、日本人従僕へも向かう。
ただ心得たもので、上級生たちへは容赦ないが、下級生へは何も言わない。むしろ優しく接してやる。
下級生を叱りつけるのは上級生の役目であり、上級生の不満をぶつけさせる対象をきちんと確保しておかないと、その怒りが管理者側へ向かってくるからだ。
教会内での階層構造を盤石なものとさせる秘訣は、ここにある。
アルメイダから聞いた。カブラルの実家はサン・ミゲルの貴族で、代々軍役を務めていたそうである。
この軍隊式組織術も、その血のなせる業ではないかと思う。
私の軍事知識はリジボーア王宮附属学院で学んだ程度のものでしかなく、カヅサ軍での実体験を通して初めて血となり肉となった。
ここにカブラルの知見と実行力が加われば、どれだけ鬼に金棒だろう。
カヅサ殿の日本統一は、またたく間に達成できる。私はそう確信する。
カブラルから学びたいことは沢山あるし、むしろ率先して協力したい。
コンパニヤ、ポルトガル、そして、カヅサ殿と私たち。これらの利害を一致させて、サタナスと愚か者だけを葬り去る。その筋書きを描くには、私にはまだまだ力が足りない。
日本史をこの世で最高の使徒言行録として完成させるためにも、一日だって無駄にしていられない。
だから忙しいのだ、これでも。とっても。
ところで。
キナイへ派遣されたイルマンのひとり、ディオゴ・メスキータについて。
レイモンから聞いたが、なかなか骨のある男らしい。
昨夏やってきた宣教師のうち、カブラルがポルトガル定航船の商売を独占し巨額の利益を上げていることに異議を唱える者が、少なからずいた。
レイモンも反対派の一人だが、もっと厳しくカブラルを批判した急先鋒が、イルマン・メスキータだ。
彼はコンパニヤが交易に介入すること自体を完全にやめるべきだと主張。
清貧とはなんであるか、と事もあろうに四盛式誓願修道士に向かって、説教を始めたらしい。
勇気は認めるし、パードレだから間違いを犯さないなんてことは勿論ない。
しかし、カブラルの弁術と支配力を見くびってはならない。
メスキータは吊し上げにされ、こってりと絞られた。
そしてキナイへ送られた。
実のところ、ずっと以前から、日本布教区の財源は定航船に依存していたのである。
若い諸君は、メステレ・フランシスコ・シャヴィエルの報告書を、きちんと読んでいないかもしれない。
私はその原稿をこの手で写本した一人だから、今もはっきり覚えている。メステレはサカイを拠点に商社を設立すれば莫大な利益を上げられる、とポルトガル王室宛てに融資の概算見積を送ったりもしているのだよ。
形式的な理想をいうなら。
コンパニヤがポルトガル王室より支給していただいている年間予算がまずあって。ゴアを経由して、割当分を日本で受け取り、その活動費の範囲内で、粛々と布教をするべきだ。
やってみてほしい。無理だから。
定航船がたどりつけない年は、何度もあった。海賊だって、そこらじゅうにいる。
陸上には、坊主たちが巣くっている。
日本では強盗や奸賊の危険は比較的少ないとはいえ、戦乱は絶え間ないし、火事が起きるたび一文無しになる。
そんな異郷で、私たちは草を食み、泥を啜りながら、福音を唱え続けてきたのだよ。
ポルトガル王室へ負担をかけてばかりもよくない。
インディア管区はまだまだ発展途上で、莫大な投資が必要だ。
せめて日本くらい、王室へ奉納をできる立場になってみたいものじゃないか。
君たちの敬愛する巡察師に、いいところをたっぷりと見てもらって、日本布教区が独立すれば、それも可能になる。
日本を東洋一の楽園にしよう。一日も早く。
そのために、財源は必要なんだ。
どうか、わかってもらいたいところなのだけどねえ。
考え疲れて、夜風にあたっている。
ふた月ほど西の空に輝いていた彗星がそろそろ、見えなくなっていた。
はじめの頃は、みんな彗星を見ていた。
日本人は星に向かって、叶いそうにもない願い事をする習慣がある。私もつられて何かを願ったはずだが、忘れた。
天空からの啓示とは、デウスが何かを我々に告げようとしている徴だ。
どう解釈するべきかは、私ごときにはわからない。
西ということは、いよいよ今年、巡察師が来日するのか。
日本は、大変革を、迎えるのか。
それよりは小さな事件も、今日、もうひとつあった。
ブンゴ国の南にヒュウガという領国がある。
ここの王が、サツマの侵攻に押されて、ブンゴまで逃げてきた。
彼は以前よりブンゴ王に庇護を頼っていた。息子を婿入りさせたりといった縁も結んでいたらしい。
統治の才能はいまひとつのようで、このままだとヒュウガ国はサツマ王の別荘地になりそうだ。
ヒュウガは気候が温暖で、住みやすい土地と聞く。
そういう環境では、軍隊は弱くなりやすいものかもしれない。
ウルトラの友達だという鷹が、今も時々飛んでくるのだけれど。
ヒュウガ国は良い鷹の産地としても有名なようだ。
私は鷹狩をしようとも思わないが、最近はついつい、鷹について話している人がいると聴き耳を立ててしまう癖がついた。
山中に住む人は鷹をよく飼っている。
鷹狩の本番は冬で、雪中の小動物を捕らえ、食糧にしたり毛皮を売って、春までを凌ぐのだという。
生きるということは、本当に、どこでも、大変なことであるのだ。