ヒュウガ国全土を束ねる領主は存在しない。
ブンゴ国が特殊なだけで、シモ島を構成する9領国のうち8つは多かれ少なかれそんな状況なのだが。
1月にブンゴへ駆けこんできた領主はイトウ殿という人物で、ヒュウガ国中部を治めていた。
ヒュウガ国を大まかに北・中・南の三部に分ける。
南部を治めるキタハラ殿。国境を挟んだサツマ王とは、同盟関係にある。
同様に北部のツチモツ殿も、すぐ隣のブンゴ王とは争わない。
中部のイトウ殿は、ブンゴ王と昵懇だが、同じくらいサツマにも媚びを売っているようだ。キタハラとは小競り合いをよくしていて、サツマに調停をしてもらうことも多かったらしい。
近年になって、サツマの血の気が上がってきた。ここで、政情の変化が起きる。
キタハラにはサツマ軍の加勢がつくようになり、小競り合いのたびにイトウ軍は敗北を重ねた。
サツマはキタハラを贔屓するので、イトウはブンゴ王のもとへ泣きついた。
ブンゴ王は、イトウ殿が旧領を回復するまでキタハラ軍を押し戻してみせよう、と約束する。
この状況で、ヒュウガ国北部の統治者であるツチモツ殿は、果たしてどちらへ就くだろうか。
悩むまでもない。どう考えても、ブンゴとイトウに協力をする。
よしんばイトウと仲良くできなくても、ブンゴを敵に回す理由は無い。
仮にキタハラとサツマがイトウ領を完全に占領してしまったとする。
次はツチモツ領が緩衝国となる。その不安定な立場は、長年イトウ領を見ていたからわかるだろう。そうならないようブンゴ軍に協力してサツマを撤退させ、これからも緩衝地帯はイトウ殿に背負わせよう。
これしかないだろう。そう私は考える。
不思議なことに、ブンゴ軍は現在、ツチモツ軍と戦っている。
戦場はツチモツ領。進攻中に、なにかの行き違いが生じたか。
現場での混乱がひどいらしい。後方への連絡が二転三転しており、待機部隊までが右往左往している。
どうして、こんなことになったのか。
純軍事的な判断とは思えないので、政治的な理由かな。
どちらかが、あるいは双方が、相手を怒らせてしまったのか。
誤解から始まったことならその原因を確かめ合い、謝罪をして、とっとと共通の敵へ向かい、本来の目的に全力を投入するのが統治者の責務だと思いませんか。
指揮官はブンゴ王の長男殿。いったい何をやってんだよ。
私は前線がどうなっているのか気が気でないのだが、ウスキのお邸ではとてもそんな心情を口に出せる雰囲気ではない。
カブラルとブンゴ王は大雑把に筆で描かれたヒュウガ国の地図を眺め、この辺りが絶景らしいからここに教会を建てよう、とかそんな話ばかりしている。
ヒュウガ国内にはテラが沢山ある。それらを解体して木材を再利用すれば工程も短縮できる。進軍しながら兵たちに運搬も同時にさせれば一石二鳥いや三鳥だと、笑いが絶えない様子である。
ああもう。ああもう。ああもうもう。
城からの使者が、控えの間で待ちぼうけを食わされている。
以前のブンゴ王は、政務には一切、手抜きをしなかったのになあ。
最近は、王位は息子に譲ったのだと言い訳することも多くなってきた。
それでいて、言いたいことはずけずけ言う。気の向くまま命ずる。さっきの木材調達の指示とか。
前線で指揮が乱れるのは、息子ばかりのせいではないのか?
使者たちが、何人も待たされている。退屈なので世間話を始めている。
緊張感の弛緩が、伝染している。これはまずいとハラハラする。
彼らの言葉はブンゴ訛りが顕著だが、私は聴き耳を立てる。なんとか解読を試みる。
手懸かりがほしい。なんとかしたい。
このままではいけないことだけは、わかっているのだから。
「諸州から、増援が到着中だ。すでに、二万もの兵が集まった。土持の余命も、長くなかろう」
「そのあと直ちに全軍を南へ向かわせるのだろう?北や西の守りは、大丈夫か」
「須古の動きは要警戒だが、戸次殿が立花を堅守しているから大丈夫だろう。それより鎮純殿は耐えられそうか」
「難しそうだ。北から柳川、南から島津。我々が援軍を出せない以上、残念だが有馬の命運はここまでかと」
「有馬が……消えるのか……無念でならない。あいつらさえ、あいつらさえ来なければ、こんなことには、ならなかったのに」
「まったくだ。あいつらが、心の底から、憎くてたまらない。あいつらさえ、あいつらさえ……」
わかる地名が現れた。アリマ?
ナンガサキにも近い、トルレスが開拓した町だ。
私も昔一度立ち寄ったが、今は様変わりしているだろうな。そこも戦争中なのか。
シマヅとはサツマ国の王家で、ヒュウガ国へ攻めこんだ我々の敵の名だ。
やつら、シモ島の南端から両翼を広げて北進を始めたということなのか?
いったい何が起きているのだ。
私たちは、内輪揉めなどをしている場合では、ないぞ?